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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第3章 砦の街グルノール

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城主の館

 長旅でお疲れになったでしょう、とタビサに抱き上げられそうになり、これを丁重に辞退する。

 平均より小さな八歳児とはいえ、壮年の女性に抱き上げられるのはちょっと心配だ。

 おそらく抱き運ぶには少々重い。

 重いからいいですよ、と断ると、力はあるから大丈夫ですよ、と返された。

 なので最後の手段とばかりに、貰ったばかりの靴が嬉しいので歩きたいです、と子どもらしく言い直す。

 これにはタビサも納得したようだった。


 ……ま、歩けたのは砦の中だけだったけどね!


 幼女の歩く速度に耐えられなかったのか、建物を出るとバルトに抱き運ばれることとなった。

 おかげで日が暮れる前にレオナルドの言った『城主の館』に到着することができたのだが。


「おっきい……」


 門番の立つ門をくぐると、奥に大きな建物が見える。

 大人の足でも、建物につくまでには何分も歩くことになりそうだ。

 幼女である私をバルトが抱き上げたのは正解かもしれない。


 ……お隣か! ってぐらい、砦とは近いんだけどね。


 正確には、北西の国境を睨む砦と南向きに建てられた城主の館は、建物自体は背中合わせになっているが、敷地は隣同士である。

 ただ砦の敷地が広すぎて、館の敷地も中々に広い。

 建物同士を直線距離で結んでも、とても『お隣さん』と呼べる距離ではなかった。

 館の門から出て、砦の門から入れば、軽い散歩コースになるだろう。


 建物へと続く道を歩くバルトの腕の中で、きょろきょろと前庭を観察する。

 背の高い木や低木、花が植えられているが、基本的には平面が多く残っていた。

 もしかしたら庭の用途は庭師に木や花を育てさせて楽しむ、というものではなく、軍事施設の延長線にあるのかもしれない。

 隊を並べて潜ませたり、野戦病院的な使い方をしたりできるのだろう。


 館の前につくと、門に入ってすぐに見た時よりもさらに大きく見えた。

 裏に回ってみなければ判らないが、館の形は凹の字になっているのだろうか。

 左右の出っ張った部屋はサンルームになっているようで、大きなガラスがはめ込まれている。


「レオにゃルドさん、じょうしゅの館、言ってた。ここ、王様のおうち?」


 そんなわけは無いのだが、子どもらしい言葉を選んだらこうなった。

 レオナルドに時間ができるまで、私は城主に預けられるのだろう。

 漠然とそう理解していたのだが、どうやら少し違うらしい。

 バルトとタビサは一瞬顔を見合わせて、それから朗らかに笑い始めた。


「城主とは、グルノール砦の主のことですよ。さすがに王様じゃありません」


「今の砦の主は、レオナルド様です。ティナ嬢様のお兄様ですよ」


 ……えっと、どこから突っ込めばいいんだろう?


 嬢様やお兄様も気になるが、ここはやはり城主について、だろうか。


「レオにゃルドさん、じょうしゅ様?」


「はい、レオナルド様が現在グルノール砦の主です。この館は、砦で一番偉い方の住まいとして国王様から与えられているのですよ」


 一番偉い人に与えられる、ということは、砦の一番が変われば館の主も変わるのだろう。


「つまり、借家?」


 ポロッと零れたあんまり過ぎる単語に、バルトとタビサは目を丸くした。

 そして、その理解は間違ってはいないが、正解でもない、と苦笑する。


 ……間違っていないと思うんだけどね? レオナルドさんの持ち家じゃない、ってことだし。あ、社宅的な感じ?


 借家はお金を払って借りる家だが、社宅なら会社が用意した寮や建物だ。

 たしかに、社宅の方がしっくりくる気がした。


「バルトさんたち、レオにゃルドさんの家族?」


 様を付けて呼んでいるので、そんなはずはないのだが。

 人間関係の把握は早めに済ませておきたい。

 聞ける雰囲気のうちに、子どもらしく聞き出しておこう。


「私たちは、この館の管理人になります」


「この館は砦の主が変わると館の主も変わることになるので、管理人は別にいるんですよ」


「言ってしまえば、館の備品のようなものです。だから嬢様も、私たちに『さん』は必要ありません」


「ティナ嬢様も、靴や椅子に『さん』を付けて呼んだりはしないでしょう?」


 二人からやんわりと言葉を直されているのだと判った。

 使用人と主の妹では、物と人とで違うものだ、と。


 ……なんとなく言いたいことはわかるけど、ここはあえて空気読まないよ。前世日本人だからね! 年上の人を呼び捨てにするなんて、難しいよ。


 必要ならば、必要な時だけそう呼べば良い。

 使い分けられる自信は正直なかったが。


「お砂糖しゃまと、はちみつ様には、『様』をつけます。甘くて、おいしいから」


 自覚を持って頓珍漢な返答をすると、バルトとタビサは『甘くておいしいのなら仕方が無い』と笑った。

 子どもの中の価値基準では、砂糖と蜂蜜は『様』をつけて呼ぶほど素晴らしいものだ、と理解したのだろう。

 そして、私がまだ身分や雇用関係について理解できていない、と思い込んでくれたらしい。

 特に『さん』を取るように、と食い下がらなかった。


「レオにゃルドさん、砦で一番、なんで? レオにゃルドさん、まだ若い」


 騎士の、この場合は階級だろうか。

 黒騎士と白騎士は、平民か貴族かの差だと聞いたが、偉い・偉くないの差はなんだろうか。

 普通は年齢や実績が加味され、必然的に一番偉い人間は年長者、となるはずだが、レオナルドはまだ二十一歳だと言っていた。

 砦を預かる主としては、若すぎると思う。

 日本の常識で言えば、成人してまだたった一年の若造もいいところだ。


「黒騎士は白騎士と違って、完全な実力主義……じゃ、解らないか。えっと……?」


 子どもにも解るように、とバルトが言葉を噛み砕き、途中でタビサが補足を入れたりして説明してくれた。

 簡単に言うと、黒騎士は完全な実力主義の世界である。

 一年に一度、夏にそれぞれの砦で試合があり、その結果で上下関係が決定するとのことだった。

 その試合でレオナルドが勝ちあがり、若くしてグルノール砦の主になったのだとか。

 驚きの大雑把な選出法である。


 ……いや、一番驚いたのは、レオナルドさんの砦の主歴四年ってことだけどね。


 単純に計算して、十八歳の時にはすでに砦の主だった、ということになる。

 そんな若い主で大丈夫なのか、砦の主ということは書類仕事などもあるはずだ、と聞いたところ、騎士は騎士になる時点で教養の一つとして勉学も修めているので、誰が勝ちあがって主になったとしても、ある程度は問題なく砦を運営できる能力があるらしい。

 歳を重ねて計算能力に自信の無くなった主は、わざと夏の試合に負けてその座を譲る場合もあるのだとか。


 ……黒騎士って、もしかして平民的にはエリート集団?


 武力はもちろん教養として勉学を修め、異世界の言語であるはずの英語は実践レベルに達している。

 葬儀等簡略的な儀式もできて、誰がおさになっても即砦の主として君臨できる教育が施されているとなると、もしかしなくともエリートの集団だろう。


「……ホントに、強い弱いで、えらい人、決める?」


「むしろ弱い団長になんて、誰も付いていかないですよ」


 貴族なら家格で上下関係が決まってくるが。

 戦場で身分を振りかざされても、何の役にも立たない。

 それゆえに、貴族の子弟で構成される白騎士は戦場にはほとんど立たない。

 邪魔にしかならないからだ。

 黒騎士に言わせれば、白騎士など王都の門番ぐらいしか任せられない、ままごと集団でしかない。


 ……なんとなく黒騎士と白騎士の仲が悪そうだな、ってのはわかった。


「なんと言っても、レオナルド様は白銀の騎士団にも所属された、騎士の中の騎士ですからね。白騎士どころか、そこいらの黒騎士とは格が違いますよ」


「はくぎん……? 騎士の中のきし?」


 発音がまた少々怪しくなったが、新しく出てきた情報に耳を澄ませる。

 黒騎士、白騎士の他にもまだ騎士がいるらしい。


「白銀の騎士団って言うのは、白騎士黒騎士問わず、本当に優秀な騎士だけが入団を許される王族の守護隊のことですよ」


 その選抜試験は過酷を極め、入団が許される者は五年に一人出るかどうかの狭き門とのことだった。

 その選抜を抜け、はれて白銀の騎士団に入団できれば、出自が平民であろうとも貴族と同等に扱われることとなる。


「……建前上はね」


 ……あ、やっぱり建前だけなんだ。


「レオナルド様ほどの方じゃないと、所詮は平民と侮られて、貴族の姫を嫁に――」


「およめさん?」


 不自然に中断された言葉に、先を促すようタビサを見上げる。

 私の視線を受けてばつの悪そうな顔をしたタビサは、腰を落として目線を合わせてきた。


「白銀の騎士が貴族に求婚できる、ってお話は、レオナルド様のお耳には入れないようにお願いしますね、ティナ嬢様」


「……なんで?」


 会話の流れから、なんとなく想像はできるが、あえて聞いてみる。

 踏んではいけない地雷があるのなら、うっかり地雷原に近づいてしまわないようにある程度の正しい情報がほしい。

 私の疑問を受け、バルトとタビサは顔を見合わせる。

 しばらく目と目で会話をしていたと思ったら、今度はバルトが腰を落として目線を合わせてきた。


「レオナルド様はとても優秀な騎士でしたので、白銀の騎士団への入団を許されて、王都で数年間働かれていたんですよ。その時、とある貴族の姫君に見初められたらしくて、婚約話が持ち上がっていたという噂があるのですが……」


「……わかった。レオにゃルドさんに、言わない」


 王都で婚約話が持ち上がり、現在は王都から遠く離れた国境近くの砦に詰めている。

 つまりは、そういうことだろう。

 婚約話は流れたのだ。


 ……それは確かに触れない方がいい話題だね。







 館に入ってまず案内されたのは、客間だった。

 とにかく広い。

 オレリアの家よりも広い。

 にもかかわらず、ここはただの客間だと言う。


 ……客間がこれとか、主の部屋とかはどれだけ広いんだろうね。


 今生の小さな家と、前世のウサギ小屋と称される日本家屋で暮らした記憶がある私には、客間と言われて案内された部屋の広さが落ち着かない。

 スケールが違いすぎた。


 ……ベッドが大きい!


 そして実物は初めて見る天蓋が付いている。

 タビサに手招かれてクローゼットに近づくと、すでに何着もの服が詰まっていた。


「すぐに着られるように急いで集めたので、しばらくは中古服で我慢してください。すぐに新しい物をあつらえますから」


 そう言いながらタビサは服を私の肩に当てる。

 サイズを直すにしても、新しく誂えるにしても、私の体格を知っておく必要があった。


「レオナルド様は身長と年齢しか仰らないから……スカートの裾は少しあげないと、ずってしまいそうね」


 裾を折り曲げて印をつけ、タビサは服をクローゼットへ戻す。

 服のお直しも大切だが、まだ他の仕事が残っていた。


「食事は朝昼晩の三回、食堂に用意いたしますから、時間になったら下りてきてください。お風呂は一階にありますが、客間にも用意できます」


 入りたい時に言ってくれれば準備します、とタビサは笑いながら言った。


「レオにゃルドさん、街、お風呂屋さんある、言ってた」


「公衆浴場ですか? 興味があるようでしたら、そのうちご案内いたします」


 それではごゆっくり、と客間のドアを閉められて、気が付く。

 ポツンっと広い客間に取り残された。


「あ、あの! わたし、なにしたらいい!?」


 慌てて扉を開け、まだすぐ外にいたタビサを捕まえる。

 城主の館で過ごせ、とレオナルドに言われた。

 タビサには食事の時間やお風呂の準備について聞かされた。

 しかし、それだけだ。

 何をして過ごせばいいのかが判らず、広すぎる客間に愕然としてしまった。


「ティナ嬢様はまだお客様ですし、お部屋が整ったらお嬢様ですから、お好きに過ごされたら良いのだと思いますよ」


「好きにすごす……」


 ……いや、こんな広い場所に突然自由時間を渡されて放り出されても困ります。


 オレリアの家は薬研を使って小石を粉に変えたり、食事を作ったり、とやることがいっぱいあった。

 両親と暮らしていた頃だって、家の手伝いをしていたので、全ての時間が自由時間だ、なんてことはなかった。

 しかし、レオナルドの館に来たら、食事の仕度はタビサがするらしく、オレリアの家と違って手伝いをする要素もない。

 やることがなければ、できることもないのだ。


 ……レオナルドさーんっ! 子どもは、引き取っただけじゃ駄目っ! ご飯と寝床だけ与えとけばいいとか、絶対思ってるでしょっ!!







 突然現れた時間という敵になす術もない私は、夕食までの時間を館の中を探検することで潰すことにした。


 ……だって夕食のお手伝いします、って言ったら断られたんだもん。


 やんわりと自分の仕事を取られては困る、とタビサに辞退されてしまった。

 私の世話がタビサの仕事の内だ、と言うのなら、確かに仕事を奪うわけにはいけない。


 ……東のサンルームは食堂と繋がってるのね。


 東のサンルームを覗いたところ、長いテーブルと十二脚の椅子があった。

 来客時などに使われるのかもしれない。

 玄関ホールを抜けると広い居間があり、大きな暖炉がある。


 ……お風呂、大きい。


 今生で初めて見た風呂がオレリアの家の五右衛門風呂なので、大概の風呂は大きく見えるかもしれないが。

 レオナルドが縦にも横にも脚を伸ばして入れるぐらいだろうか。

 個人宅のお風呂としては、前世でも広い部類にはいるはずだ。


 ……お台所発見。


 小さな鍋に切った野菜を投入するタビサの背中が見えた。

 本か何かで中世のお屋敷は料理の匂いが部屋に漂うことを嫌い、匂い閉じ込めるため地下に台所を作った、と読んだことがあるが、ここでは違うらしい。

 一階の食堂近くに台所があった。


 西のサンルームを覗くと、二階へと続く階段のある書斎だった。

 一階はサンルームとして光の当たる場所で本を読み、二階は本が日焼けをしないように窓が小さい作りをしている。


 二階に上がると、唯一立ち入りを禁止されているレオナルドの私室があった。

 絶対に入ってはいけない、というわけではなく、今日は主が居ないため、勝手に入ってはいけない、というだけのことだ。

 二階にはしばらく私が世話になる客間もある。

 客間は館全体で五室あり、それぞれを覗いてみたらある程度のランク付けがあるのがわかった。

 私の使う部屋のランクは、たぶん真ん中ぐらいだ。


 ……これだけ客間が多くて、城主の館ってことは、あれかな? 王都とかから偉い人が来た時とかに泊まるための部屋かな?


 騎士たちが基本的に詰める砦は軍事施設であるため、お客様が宿泊するには不便があるのかもしれない。


 三階にあがると、東の端にある部屋のドアが開いていた。

 なんだろう? と覗いてみると、バルトが掃除をしている。


「バルトさん、おそうじ。お手伝い、する?」


「嬢様のお部屋の掃除は、私の仕事ですので、お手伝いは必要ありませんよ」


 ……またお断りされちゃったね。


 手伝いは断られてしまったので、邪魔にならないよう入り口に立って室内を見渡してみた。


 ……なんか、客間より広いんだけど?


 私が使うには広すぎる客間だと思ったが、私に与えられる予定の部屋はさらに広かった。

 窓が大きく、バルコニーが付いている。

 ミントグリーンの壁紙に、家具の木製部分がチョコレートのような色合いで、部屋全体がチョコミントのようだ。


 ……色は好きだけどね、チョコミント。


 他の部屋はどんな感じなのだろうか、と少しずつ覗く。

 どうやら三階で一番広い部屋が私の部屋になるようだった。


 ……四階もあるの?


 廊下の端に階段を見つけ、上を覗いてみる。

 なんとなく薄暗くて不気味だ。

 けれど、そこが逆に好奇心を刺激した。


 ……探検、探検。


 三階までの階段とは違い、装飾らしい装飾が無い。

 恐々と階段を上ってみると、少し低い天井が屋根の傾斜に合わせて斜めになっている。

 階段の先はすぐに廊下で、下の階と違って絨毯が敷かれてはいない。

 廊下には六つの扉があり、中を覗くと木箱やら何やらが詰まっていた。


 ……屋根裏部屋だぁ。

 

 華美さの無い素朴な壁紙と低い天井、程よい狭さの部屋にホッとする。

 床は板張りで、備え付けられているベッドも狭い。

 窓は壁というよりも斜めになった天井についていて、ちょっとした秘密基地のようだ。


 ……私、客間や三階のお部屋より、屋根裏部屋がいいな。


 現在は幼女なせいか、これは童心な気がする。

 ちょっと秘密基地っぽい雰囲気の屋根裏部屋に、すっかりここが気に入ってしまった。


 ……おねだりしてみようかな? こっちの部屋がいいです、ってレオナルドさんに。


 とはいえ、確か中世では屋根裏部屋は使用人の部屋だったはずだ。

 確認してみなければ判らないが、レオナルドもここを部屋として使いたいと言ったら許してはくれないかもしれない。


 ……あれ? 裏庭に小さな家がある。


 そろそろ夕闇に沈んで外が見難い時間だが、ぼんやりと裏庭に白い建物が見えた。

 さすがに外は暗いので、なんの建物かを確認するにしても明日にするしかなさそうだ。

屋根裏部屋は浪漫。

予定していたところまで行けませんでした。また明日。

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