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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第8章 箱庭の天聖邪

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ムスタイン薬 2

 セドヴァラ教会から実際に調薬をする人間として、協力者が四人やって来る。

 バルバラが言うには熟練の薬師と若手の薬師とのことだったが、若い薬師の方が雑な仕事で驚いた。

 オレリアのところとは逆の結果が出ている。


 ……オレリアさんの家では、経験者のバルバラさんより、素人のパウラさんの方が覚えがよかったんだけどね。


 この差は一体どこから生まれてくるのだろうか。

 後々のために検証をする必要がある気がした。


 ……でも本当に、どこから仕事が雑になったんだろうね?


 彼等が取り扱っているのは、薬として人の口へと入るものだ。

 雑に扱って良いはずはないし、効果が落ちるだなんてもっての他だ。

 この辺りの謎を解明できれば、聖人ユウタ・ヒラガの秘術が長い年月をかけて失われてしまった一因も判るかもしれない。


 瑠璃るりの星砂の粒が揃っていないことはひと目で判ったので、写本を元に素材から材料にするまでを実際に行ってみた。

 瑠璃といえばラピスラズリという石の名前だったが、瑠璃の星砂に使われている『瑠璃』はあくまで色の名前であって、石としての名前ではない。

 瑠璃の星砂と呼ばれる材料になる前の、素材としての名前は『満天の砂岩』だ。

 ヴィループ砂漠にある満天洞という洞窟で採れる岩なのだが、満天洞という名前をつけたのも、瑠璃の星砂という名前をつけたのも、聖人ユウタ・ヒラガだったらしい。

 彼は己の記憶にある薬を再現するために、自分の足で行ける場所のすべてを回り、とにかく目に付く物すべてを調べ上げた。

 ハーブや薬草というものがあるのだから、植物から薬効成分を見つけ出すぐらいならば私にも解るのだが、岩を砕いて湧き水をすすり、未知の魚の腸まで開いたという記録を見れば、聖人ユウタ・ヒラガの奇人っぷりがよく解る。

 聖人と言えば聞こえは綺麗なのだが、当時は変態だとか、偏執狂へんしゅうきょうだとか、遠巻きにされていたのではないだろうか。

 目的のためには手段を選ばなすぎて、同じ日本人だというのに遠い人にしか思えない。


 ……まあ、その偏執狂レベルの情熱のおかげで、この世界に調薬技術が生まれたらしいけどね。


 終わりよければ全てよし、と金網の張られたざるに手を伸ばす。

 聖人ユウタ・ヒラガの基準としては、この笊を抜けられない大きさの粒は、星砂ではなく砂岩だ。

 まずはこの笊を抜ける大きさまで満天の砂岩を砕く必要があった。


 写本を読み上げながら、実際の作業を行う薬師たちに指示を出す。

 研究資料の記載による選別によれば、セドヴァラ教会が寄こした『瑠璃の星砂』は材料として不適格であり、まだ『満天の砂岩』であると説明をしたら、不満のある顔をしてはいたが、指示には従ってくれた。

 懐かしい作業だ、と愚痴を言いながら熟練の薬師が砂岩を薬研やげんではなく袋に入れて叩き潰す。

 彼は若い頃にこの作業をしているのか、慣れた手つきで木槌を振るっていた。


「この笊を通り抜けられたら、次は目の細かい笊の出番になります」


 瑠璃の星砂は、砂と呼ぶように粉と呼べるほどに細かくしてしまうわけにはいかない。

 そのため、恐ろしく細かく編み上げた金網の笊に入れ、細かく砕きすぎた粉を選別する必要もあった。

 この時に出る砕きすぎた粉は、別の薬を作る時に使えるそうなので、ありがたく保管しておく。

 私から見れば塵とか粉にしか見えないのだが、今は使う予定のないこの粉に聖人ユウタ・ヒラガがつけた名前は『星の元』だ。

 どういった意図があったのかは判らないが、聖人ユウタ・ヒラガの名付けセンスは少しロマンチック寄りだと思う。


 ……でも、なんかこう……アイテム名っぽくて、調合ゲーム思いだすんだよね。


 瑠璃の星砂を必要量作るだけでも丸一日以上がかかり、少し思考が逸れてきた。

 やっていることは調薬作業の下準備なのだが、可愛らしい名前が付けられた材料たちに、なんだか錬金術師が鍋でケーキを作るゲームが思いだされる。


 けれど、可愛らしいのは名前だけだ。

 写本には成分名と思われるカタカナが並び、前世でも薬を作る仕事になどついていなかった私にはさっぱり意味の判らない単語がびっしりと詰まっている。

 私にもう少し学があれば、こんなモノからこんな成分を抽出していただなんて、聖人ユウタ・ヒラガは凄い! と感動もできたと思うのだが、申し訳ないが私は研究資料をひたすら読み解くだけにさせていただく。

 聖人を褒め称えるのは、セドヴァラ教会にお任せしたい。


 素材から材料を作り出す作業は、現在セドヴァラ教会で管理している物とで明らかな差があり、薬師たちの研究魂に火をつけたようだ。

 聖人ユウタ・ヒラガが『セドヴァラの青水』と名付けた液体は、写本の記述どおりの見た目をしていたのだが、薬師たちはこれも素材から材料にしてみようと言いはじめた。


 ……記載どおりの見た目だから、大丈夫だと思ったんだけどね?


 やろう、やろうと薬師たちに言われたので、写本を読みあげたところ、判断に困る結果が出てしまう。

 ルベルモン草の根とユッタの実の種をすりつぶした物をアルム湧水で煮だし、水に青い色が出たところで中身をこせばセドヴァラの青水が完成するのだが、煮る段階で問題が出てきた。


「青い、ですね……」


「はい、青です」


 私とバルバラの鍋を入れて全部で六つのセドヴァラの青水を作っている鍋が並んでいるのだが、そのどれもが青い。

 少し丁寧に言うのなら、それぞれに青い。


「違いが出る理由は……煮込む時の温度や時間のようです。色がバラバラなのは失敗ではなく、火の強さが問題だったのかもしれません」


 研究資料の日記部分に、材料を作る際の注意点や細かな変化についての記述がある。

 私の鍋の青が薄いのは、失敗を恐れて低い温度で煮ていたからで、逆に色の濃いバルバラの鍋は火が強すぎる。


 ……そういえば、オレリアさんのところではこれとは違うけど、湯気の温度でお鍋の温度を一定にしてたなぁ……。


 オレリアが感覚で身につけていたことを、研究資料を読んだだけの人間に再現することは難しい。

 これは何度も試行錯誤が必要となってくるだろう。


「同じ青色でも、いろいろありますね。聖人の言う『青』って、どの色でしょう?」


 材料を入れて煮込めばセドヴァラの青水のでき上がり、というぐらい簡単に纏められているのだが、でき上がりは鍋ごとに違う色をしている。

 これが薬の材料になることを思えば、仕上がりに差があるのは不味いだろう。


 ……人手があってよかった。


 結果が安定しないことを、人手を割いて検証してみる。

 火の強さについては素人には調整が難しく、ジークヴァルトから料理人を借りてくることにした。

 料理人が鍋の温度を一定にしつつ、記載された時間煮込んでいく。

 火の強さについては料理人の導入で解決したので、数分ごとにサンプルとして少しずつ鍋の中身を他へと移した。

 別の器へと移したことで判りやすくなったのだが、青の濃さは煮込んだ時間だ。

 煮れば煮るだけ青が濃くなり、研究資料の記載されていた時間の倍煮込んだ鍋は青どころか濃紺に近い色になっていた。


「煮込んだ時間で言えば、真ん中の物が聖人ユウタ・ヒラガの言う『セドヴァラの青水』のはずなのですが……」


「セドヴァラ教会の物とは、色が違いますね」


「そうですね。冷めると色がまた濃くなるみたいなので、もう見た目には別物でしょう」


 セドヴァラ教会から取り寄せたセドヴァラの青水と、器に入ったできたばかりのセドヴァラの青水を見比べ、途方にくれる。

 まだ材料の段階とはいえ、これは人体になんらかの影響を与えるものだ。

 気軽に味見をするわけにもいかない。


 ……となると、動物実験か。


 聖人ユウタ・ヒラガの研究資料にも、動物実験を行ったという記述はある。

 人間が口に入れる前には必要なことだと判るのだが、やはり少し抵抗があった。


「セドヴァラの青水の効能でしたら、動物を使う必要はございませんよ」


 気が重いながらもバルバラに動物実験を提案したのだが、これは意外なほどあっさりと流された。

 研究資料では動物を使って実験をしていたようなのだが、聖人ユウタ・ヒラガはその後、動物を使わなくとも簡単に効能や性質を調べられる道具を作り出していたらしい。

 昔懐かしいリトマス試験紙に似た付箋のような束を箱から取り出すと、バルバラはそれぞれの器へと紙を入れる。

 セドヴァラの青水に触れた部分が青く染まる紙と、真っ黒に変わる紙とで明確な差が現れた。


「黒くなった器の物はもう使えません」


「煮過ぎてユッタの実から毒が出たのですね」


「こうして並べて見比べてみますと……現在セドヴァラ教会で用意されているものはセドヴァラの青水として使える範囲の中間にありますね」


 セドヴァラ教会から運ばれてきたセドヴァラの青水を器に入れ、色を見比べて近い色の器の近くへと置く。

 試験紙が黒くなってしまった物は横へ避けたが、セドヴァラ教会から運ばれてきた物は試験紙が青くなった物の丁度真ん中辺と同じ色をしており、写本の記載どおりの時間煮たものは端から二番目に置かれていた。


「この結果を見るに、セドヴァラ教会のものは『薬効は落ちるが、毒にならない安全性のあるもの』、でしょうか」


 逆に、聖人ユウタ・ヒラガの作り方では効力は最大限に引き出しているようだが、ほんの少し火から下ろすタイミングを誤ると、この時点で薬の材料になるはずのものが毒物に変わってしまう。


「セドヴァラの青水については、安全性を考えて効果を後回しにしたのかもしれませんね」


 こちらも安全性を重視して、セドヴァラ教会から運ばれてきた物を使うべきだろうか、とバルバラに相談すると、バルバラはゆるく首を振る。

 聖人ユウタ・ヒラガの残した研究資料を読める者がいるのだから、失われた秘術を正確に取り戻したい、と。

 多少どころではなく手間がかかっても、そちらの方が良いはずだ、と。


「……解りました。わたくしには研究資料を読むことしかできませんが、バルバラさんたちは頑張って秘術を復活させてください」


「その研究資料を読める、ということがセドヴァラ教会では長年求められていたことです。クリスティーナ様は研究資料を読んでくださるだけでよろしいので、実際の作業や研究の積み重ねは私たちにお任せください」


 まずは安定して正しいセドヴァラの青水を作れるように、と二人が火の扱いを料理人に学ぶ。

 残りの二人とバルバラは、他の材料も聖人の記述と違いがないかと、素材から材料を作り直し始めた。







 ムスタイン薬の材料は、全部で八種類あったのだが、八種類すべてをバルバラたちは作り直した。

 中には今でも聖人ユウタ・ヒラガの残した処方箋どおりに作られているものもあったのだが、ここまできたら全部作りたい、という謎の達成感を求めていた節もある。

 もしかしたら、薬師という人たちの職業病のようなものかもしれない。


「……こんなに簡単に完成していいんでしょうか?」


 材料を作り直されてのムスタイン薬の復活は、あっさりと終わった。

 もともと処方箋通りに調薬するだけなので、簡単に作れることにはなんの不思議もないのだが、あっさりと完成しすぎて不安の方が大きい。

 しかし、不安を感じているのは私だけだったようで、バルバラたちセドヴァラ教会の薬師は、その場で薬術の神セドヴァラに感謝と祈りを捧げ始めた。

 宗教色の薄い信仰だとなんとなく思っていたのだが、やはり祈りを捧げる習慣などはあったらしい。


 ……聖人ユウタ・ヒラガが現れる前は、セドヴァラ教会で病気が治るまで祈っていたらしいしね。その頃の祈りの姿勢ポーズなのかな?


 祈っているのはセドヴァラ教会に所属する者たちだけなので、人数としては少数のはずなのだが、なんとなく祈りを捧げていない私や警護の白銀の騎士たちの方が異端に感じるのはなぜだろうか。

 ここは空気を読む元・日本人として、私も祈りを捧げるべきだろうか、と考え始めて思い直す。

 薬術の神セドヴァラも、理由わけも解らずただなんとなくで祈りなど捧げられたくはないだろう。


「聖人ユウタ・ヒラガは、完成した薬を感染源を運ぶ動物に与えて薬の効果を試したそうなのですが……」


 研究資料に残された処方箋どおりに薬は作ったが、効果の確認をしないことには完成とは言えない。

 動物実験をするにしても、その動物はどこで手に入れたらいいのだろうか、とお祈りモードに入っている薬師たちを尻目にジークヴァルトへと相談をする。

 秘術を復活させる、と言ってあるのだから、処方箋どおりに作りました。効果の程は知りません、とは言えないはずだ。


「アルフレッド様に報告して、動物実験の手配を整えるのが一番だろう。投薬のために薬師を一人借りていくことになるが……」


「誰に行ってもらうかは、バルバラさんたちのお祈りが終わってからですね」


 アルフレッドを通して提出したムスタイン薬は、セドヴァラ教会と共同で動物実験が行なわれることになった。

 安定してムスタイン薬が作れるように、と調薬と材料作りの練習を続ける薬師たちをジークヴァルトの館の離れに残し、離宮で写本を読み込んでいる時に私の様子を見に来たアルフレッドの口から聞かされた。

 まずは一つ秘術を復活させたご褒美に、とアルフレッドが持って来たのは、エセルバートからの招待状だ。


 ……これはご褒美なのか、罰ゲームなのか判断に困るところだね。


 なんとも微妙な気分になったのが、そのまま顔に出ていたのだろう。

 アルフレッドからは軽く頬を抓られた。

まずは一つ目があっさり完成です。


誤字脱字はまた後日。

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[気になる点] 描写がありませんが、マスクや手袋はしてますよね
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