バシリアからの忠告
「んー、カスタードは最高です」
バリシア作のケーキは、全体的にクリーム色をしている。
これはクリームの好みを聞かれた時に、カスタードが好きだと答えたからだ。
白いスポンジケーキにカスタードホイップを選択したバシリアは、ラガレットで出したプリンを思いだしたようで、このケーキは見た目がプリンっぽい。
その分シンプルに見えるのだが、味は私の好みど真ん中と言って間違いなかった。
カスタードとクリームを混ぜたカスタードホイップに、間には飴やナッツを砕いたものが挟まれている。
上部へは砂糖がまぶされ、何をするのかと思えば、焼きごてで表面をカラメル色に焼き上げた。
そこへクッキーとクリームを利用してお揃いのリボンをした女の子を二人と、星空をバシリアが描く。
……さすがにこれが私とバシリアちゃんなんだろうな、ってのはわかる。
食べる際に女の子二人の間にナイフを入れれば、バシリアは騒いだだろう。
それを見越してヘルミーネは私たちを散歩へと送り出し、戻ってきた時には綺麗にケーキを切り分けてくれていた。
それぞれのお皿に、女の子形のクッキーを一つずつ配置してあるのはさすがだ。
「ティナ様のお好みは、少しおとなしいですわね。果物もジャムも使っていませんもの」
「カラメルのほろ苦い甘さを好んでいるのですが……」
たしかに、華やかさはないかもしれない。
クッキーで描かれた部分を取り除けば、遠目にはプリンに見えるかもしれないケーキだ。
あまりゴロゴロと具をいれるのも、とシンプル路線をリクエストしたが、子どもが食べるケーキとしては確かに物足りないものかもしれなかった。
……バシリアちゃんも、シンプル路線で飾りがいがなさそうだったしね。
シンプルな好みを伝える私に、バシリアは絵を描くことに注力してくれた。
ケーキの間へ果物をゴロゴロと詰め込むのではなく、ケーキ周辺に砂糖細工の花を飾ったりとして、ケーキとそれが乗せられた皿そのものを美しく仕上げている。
地味好みの私に対して、それでも楚々とした美しさを誇る一皿を作り上げたのだから、バシリアに淑女教育を施している教師も優秀なのだろう。
……バシリアちゃん自身のセンスも、いいんだろうなぁ。
出会いはあまり良い印象がないが、お互いのペースを守って付き合ってみると、いろいろと気づくことがある。
たまに強引であったり、拗ねて面倒な時もあるのだが、基本は素直になれないだけのツンデレ少女だ。
ディートフリートが絡んでこない限りは、良い友情を築ける気がした。
「……それにしても、本当に面白いことを考えましたわね。ケーキを自分たちで作ろうだなんて」
「バシリア様には流行のお菓子は珍しくもないでしょうし、それならいっそ遊びに変えてしまった方が楽しめるかと思いまして」
「ええ、確かに楽しかったですわ。私、今日のように自分でケーキを作ったのは初めてですもの」
……できてる材料を組み合わせただけだけどね。
私たちはお菓子作りに対して素人であったし、子どもで力もない。
材料を計るところから始めてこそ『お菓子作り』と言える気がするのだが、今の私たちにそれは少し難しかった。
そのため、簡単かつ楽しめる作業が良い、とケーキとクリームの組み合わせや飾りつけだけをすることにしたのだ。
「少し普通のお茶会とは違うかもしれませんが、わたくしとバシリア様だけのお茶会でしたら、こういった趣向もよろしいでしょう?」
「……そうですわね」
ツンっとバシリアが顔を逸らしたのは、照れ隠しだと思う。
少し沈黙があったので、私と自分『だけ』という部分がバシリアの琴線に触れたのかもしれない。
……判りやすいツンデレは可愛いなぁ。
内心でバシリアのツンデレを愛でていることなど表情へは出さず、淑女の微笑みを貼り付けてお茶を飲む。
ケーキ作りという趣向でもてなしはしたが、お茶会はお茶会だ。
メインは情報収集である。
「近頃は、なぜか功爵家の娘が王から離宮を賜ったと噂になっているようですわよ。他にもアルフレッド王子が新しい婚約者を連れていただとか、白銀の騎士レオナルドにようやく春が来ただとか」
……うん、だいたい私にまつわる噂だね。
本来は王族が住む離宮に滞在しているのだから、不思議がられるのは判るし、ベルトランが騒いだせいで道を踏み外してしまった人間もいる。
アルフレッドについては完全に誤解だが、それでいったらレオナルドの春というのも怪しいものでしかない。
レオナルドには私がべったりくっついているが、女性の影など見たことも聞いたこともなかった。
……あ、レオナルドさんの噂も、正体は私?
どうやらバシリアは私に関する噂を集めてきてくれたようだ。
話を聞いてみると、バシリアはミカエラを通じてソフィヤと交流を持ったことも知っていた。
本当に、貴族の情報収集能力というものは、どうなっているのだろうか。
とてもではないが真似できる気がしない。
「わたくしがベルトラン様の孫だという話は、どのぐらい広まっているのでしょう?」
「王城へ入れる貴族の耳へは入っているでしょうね」
王城と一言でいっても、この国の王城は王の城ではなく、王の居城と王族の離宮、騎士の詰め所や訓練場、文官や大臣が働く役所棟といった、国の中枢を担う建物が集められた小さな町といった感じだ。
私は招かれたため普通に入城を許されているが、未成年のバシリアは本来手紙さえ送れない場所で、成人しても文官として群を抜く優秀さを身に付け、それを周囲から認められなければ王城へ入ることは許されないそうだ。
必然的に王城で見かけることになる貴族たちは、この条件を満たしていることになる。
未成年の王族の遊び相手として呼ばれる子どもや、白騎士以外は、だ。
……今回のバシリアちゃんの招待は、私が離宮の主だから、ってことで許可が下りたんだよね。
本来は王族へ与えられる離宮に滞在する私の扱いは、王の子と同じかそれ以上に大切にされているらしかった。
白銀の騎士が足りなくなっているため、離宮の警備は白騎士が当っているが、白銀の騎士であるアーロンが護衛として付けられているのもそのためだ。
普通に考えたら黒騎士、もしくは白銀の騎士の一家族を離宮に滞在などさせないし、護衛も付けたりなどしない。
「中央に興味のない地方の華爵と、時勢を読めない忠爵ぐらいではないかしら? この話を知らないのは」
「ほとんどの貴族が知っている、ということですね」
「ベルトラン様が暴れたらしいですわよ。シェスティンお姉様が教えてくださいましたわ」
……その『暴れた』は比喩表現だよね? まさか物理的な表現だったりしないよね?
ベルトランならば物理的な意味でもありそうな気がする。
しかし、一応は亀の甲より年の功。
それなりに年齢を重ねてきた人物ではあるはずなので、王城で物理的に暴れるような真似はしないだろう。
そんなことをすれば、王城への立ち入りも禁止されるはずだ。
「白騎士を唆した人物がいるそうですわ」
「え?」
一瞬なんのことだろうと考えて、すぐに思いだす。
私へは実害がなかったためピンとこなかったのだが、先日の小金を貰って不審者を手引きした白騎士のことだろう。
「唆した人物って……」
「まだ調べきれてはいないのですけど、以前から親交があったわけでもない同士が繋がっての犯行だったそうです」
フェリシアの側を離れるな、とバシリアからは釘を刺されてしまった。
白銀の騎士が護衛に付けられているとはいえ、その人数は一人だ。
フェリシアの側にいれば、彼女自身の護衛の手も借りられる、と。
……え? 何? 私、そんなに危険な状況なの?
私の周囲はなにやらおかしなことになっているようだ。
少ししつこいぐらいに釘を刺され、お茶会は終了となる。
「バシリア様、どうぞお持ちください」
私作のケーキは、ヴァレーリエが綺麗に箱へ詰めてくれた。
中身の確認としてバシリアへ見せた箱の中には、見覚えのない茶葉の袋が見える。
……なんだろう?
疑問が顔に出てしまったのか、目の合ったヴァレーリエがバシリアへと解説する姿勢で私へも聞かせてくれた。
ケーキに合うお茶の葉を用意したのだ、と。
……ホントに優秀な侍女だね。お茶のことまでは、考えていなかったよ。
次は茶葉を混ぜるのも面白いかもしれない。
一瞬だけそんなことを考えて、すぐに自分の思いつきを否定する。
茶葉など、ケーキのように簡単に組み立てられるものではない。
せいぜいお茶にあわせた砂糖やミルクの産地にこだわるぐらいの遊びしかできないだろう。
今回のケーキ作りのような賑やかさにはなってくれないはずだ。
バシリアの乗った馬車が去っていくのを見送り、馬車の姿が完全に見えなくなったところでヘルミーネへと向き直る。
今日のお茶会はどうでしたか、と採点を求めると、ヘルミーネは少しだけ難しそうな顔をした。
「淑女のお茶会としては悩ましいところですが、バシリア様個人をおもてなしする、という意味では大変喜ばれていたようにお見受けいたします」
お茶会の典型からは外れるが、バシリアからは好感触だったのでよしとする、と一応の合格点をいただき、ホッと胸を撫で下ろす。
淑女らしいおもてなしなど、私にはまだまだ難題だ。
「相手の情報を集めるというのは、本当に大切なことですね」
今回の趣向は、お互いに気心が知れている子ども同士だからこそ、なんとかなったのだと思う。
これがソフィヤやミカエラ相手では通じない趣向であろう。
……アルフレッド様やフェリシア様なら、ノリノリで付き合ってくれそうではあるけどね。
そんなことを考えていたからか、ヘルミーネと反省会をしていたのだが、フェリシアの侍女がやってきた。
時間切れです。
続きはまた明日。
誤字脱字はまた後日。




