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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第8章 箱庭の天聖邪

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秘密の建物

「た、食べられませんわっ!」


 はいどうぞ、と完成したケーキをバシリアへ差し出したところ、バシリアは両手で頬を押さえて固まってしまった。

 ケーキへと手を伸ばす様子はないのだが、小さく体を左右に揺らしてケーキを眺めている。


 ……手に取って、お皿を回して見ればいいと思うんだけど……。


 そんなことには頭が回らないのか、バシリアはお皿の周りを自分が回ってケーキを全方向から眺め回していた。


 ……気に入ってくれたみたいだね。よかった。


 バシリアの反応に満足しつつ、改めて自分の作ったケーキを見る。

 バシリアの好みを聞きつつ組み立てたケーキは、全体的には皿の厚いフルーツタルトのようだ。

 土台のスポンジケーキには四角を選んだので、宝石箱をイメージして飾ってみた。

 側面は細い板状に焼いたバタークッキーで囲んでかっちりとした印象にし、その中央にクリームでリボンのように線を引いて、砕いた赤い飴を宝石のように飾っている。

 上部への飾りつけは、周囲をピンクのクリームで囲い、あとはなにを聞いても好きだと答えられたのでさまざまなお菓子と果物を宝石のように詰め込んだ。

 それだけでは芸がないかと、マカロンを大きいものと小さいもので組み合わせて猫を作ってみた。耳と尻尾はクリームだ。


「……やはり、食べられませんわ」


「気持ちは嬉しいのですが、生ものですので」


 腐るよ、とは思っていても口にしない。

 淑女としてどうかと思う言葉だと、ヘルミーネにお説教をいただく前から判断ができる。


 ……それに、そのケーキは切ってもまだ楽しめるように仕掛けたし。


 むしろ私としては早く切って中身を見てほしい。

 実際の作業を頑張ったのは台所女中キッチンメイドだが、彼女の頑張りに驚いてほしいのだ。


 バシリアの目の前ではピンク色のスポンジケーキを選んだのだが、本当に私が選んだのは白とピンクの二色だ。

 これをバシリアが自分のケーキに夢中になっている間に細く切ってもらい、ジャムを接着剤代わりに市松模様に組み立ててもらった。

 側面のバタークッキーや上部のクリームと飾りで中身は切るまで見えないのだが、切った側面には可愛い白とピンクの模様が現れる。


 早く切って、とは思うのだが、驚かせたいので種は明かせない。

 ではどうするかと考えて、ケーキの前で悩み続けるバシリアに負けた。


「では、そちらはお土産にして、バシリア様が作ったものをいただきましょう」


「それは良い考えですわ!」


 一度別のケーキを食べれば、私の作ったものに対する特別感も薄れるだろう、とバシリア作のケーキを半分ずつ食べようと誘ってみる。

 バシリアはこの案に即飛びついてきた。

 少しでも長く、私が作ったケーキを崩したくはないようだ。


「ティナお嬢様、お茶の仕度はわたくしどもが整えますので、バシリア様にお庭を案内されては」


「そうですね。あとは任せます」


 ケーキ作りのために用意したお菓子やクリームが乗せられたテーブルでは、のんびりお茶を楽しむことはできない。

 テーブルの上を片付けておくから、その間に時間を潰して来い、という淑女語で装飾されたヘルミーネの言葉に、ありがたく従うことにした。







 ……あれ? 私、今女の子とデートしてる?


 秋の花が咲く庭をバシリアの手を引いて歩きながら、ふとそんなことに気が付いた。

 手を引いて庭を案内し、そこかしこに咲く花を観賞するというのは、友人との遊びというよりは恋人たちの逢引デートっぽい。


 ……淑女の友人関係って難しいっ!


 そうは思うのだが、これはレオナルドに知らせれば安心する内容だと思う。

 私にもちゃんと淑女の友人がおり、問題なく付き合うことができている、と。


 ……手紙でも書こうかな。あ、でも手紙を送っても届く前に冬になるかな?


 冬になれば砦から帰ってくる予定なので、手紙を送っても入れ違いになる可能性がある。

 もしくは無駄足だ。


 ……どうせなら、直接話した方が喜びそうだしね。


 冬にレオナルドが帰ってきた時にでも話そう。

 こっそりそう決めて、心の『レオナルドに話すことリスト』へと今日のことを記していると、不意に隣を歩いていたバシリアの足が止まった。


「どうかしましたか?」


「あの建物はなんですの?」


「建物、ですか?」


 はて、なんのことだろう? とバシリアの指差す方向へと視線を向ける。

 夏の庭と秋の庭の境界だとばかり思っていたのだが、生垣の向こうに白っぽい建物が見えた。


「本当です。なんの建物でしょうか」


「貴女の離宮ですのに、知らないんですの?」


「広すぎて、まだ全部は把握できていないのです」


 バシリアがいるため、少し離れて付いてくる黒犬オスカーを呼び、建物の様子を探らせる。

 黒犬が調べている間に建物へと近づきながら、護衛のアーロンへと話を振ってみた。


「アーロンはあの建物について知っていますか?」


「いえ、離宮の見取り図には描かれていなかったはずです」


 離宮の敷地内については、私の護衛として配属される際に隅から隅まで調べたはずだが、どうやら生垣に目を誤魔化されたようだ、とアーロンは言う。

 アーロン自身、離宮の庭は散策済みだったのだが、境界に作られた生垣とその中央の建物は見事に見落としていたそうだ。

 バシリアが気付かなければ、私も気が付かなかったと思う。


 生垣に沿って歩くと、一角だけ種類の違う木が植えられている。

 不審に思って眉を顰めると、生垣の向こうから黒犬が抜け出てきた。


「ひっ」


 小さな悲鳴をあげて、バシリアが私の後ろに隠れる。

 やはり犬は苦手なようだ。


「どうやらここが入り口のようですね。どうしますか? このまま中を確かめるか、日を改めるか……」


 種類の違う木をアーロンが弄ると、道を塞いでいたはずの生垣が割れる。

 種類の違う木だと思っていたのだが、どうやら作り物の木だったようだ。

 隠し扉として、建物へと続く道を隠していた。


「日を改める……?」


「この先にあるものは、おそらくはお嬢様がお探しになっていたものだと思います」


「わたくしが……」


 ……私が探していたものって、なんだっけ?


 一瞬だけ考えてしまったが、ややあって思いだす。

 ここは元第八王女の離宮だ。

 その庭にあるはずの私の探し物といえば、アレしかない。


「……日を改めましょうか。バシリア様にはお見せしない方が良いでしょう」


「あら、秘密の建物ですの? ぜひ、私も中を見せていただきたいですわ」


「ですが、秘密の建物のようですし、鍵がかかっているはずだと思いますよ?」


 離宮の建物なのだから、ナディーンにでも言えば鍵を用意してくれるだろうが、今は持っていない。

 これを理由にバシリアをおそらくは中にあるであろうアレから引き離そうとしたのだが、ここで意外な伏兵が現れた。

 戦力としては数にかぞえられないジゼルが、せめて武力面以外で補おうとした努力の結果を発揮したのだ。


「離れの鍵なら、用意してあります」


 ……うん、ありがとう! ジゼルは努力家だね! 今だけは余計なことだったけど!


 内心のツッコミをおくびにも出さず、ありがたくジゼルから鍵を受け取る。

 鍵と隠し扉と、一応以前に探した実績のある離れを見つけてしまえば、もう後には引けなかった。

 宝探し気分でわくわくと瞳を輝かせるバシリアは可愛いのだが、中にあるモノを見ても同じ顔ができるだろうか。

 少しどころではなく不安があったが、ここで引き返すことも難しそうだったので、覚悟を決めて見えている地雷を踏みにいくことにした。







 離れが使われなくなったのは、せいぜいこの夏からである。

 その間に人の手が入った形跡はないが、それほど埃はたまっていない。

 第八王女が作らせた離れというだけあって、内装は離宮と遜色のない一級品ばかりだった。

 これらの家具がこのまま誰にも使われることなく朽ちていくと思えば、少し惜しくもある。


「あまり使った形跡がございませんわね」


 長椅子の座面を手で押さえ、バシリアがクッションの具合を確認する。

 そんな方法で使用頻度が判るのかと思ったら、日常的に使えば必ずできる皺や小さな傷といったものがないのだと、アーロンが教えてくれた。


 内装に気を取られているバシリアにジゼルを残し、問題の物を探す。

 先に見つけることができれば、バシリアの目に触れさせることなく離れ探検を終わらせることができるかもしれなかった。


 ……考えが甘かったよ。クローディーヌ王女はさすがです。


 さすが王族、とでも言うべきだろうか。

 探しモノはすぐに見つけることができた。

 というよりも、建物で囲って外からは見えないように隠されているが、建物の中へと入ってしまえばすぐに見つけることができる。

 離れはもともと第八王女がソレを他人の目から隠しつつ、自分が堪能するために作った建物だからだ。


 ……これじゃ、中からは隠しようがないね。


 建物の中心には、噴水があった。

 というよりも、噴水を囲むように建物が作られたのだろう。

 噴水側の壁はすべてがガラス張りで、どの角度からでも噴水がよく見えるようになっていた。


 ……無駄にわびさびおもむきがありそうな吹き抜けだし。


 これまたガラス扉を開き、建物の外というのか、中庭と呼ぶのか、判断に困るスペースへと出る。

 見上げれば天井や屋根はなく、晴れの日も雨の日も、雪の日ですらも噴水に対する演出として楽しんでいたのだろう。


 ……兄の全裸が飾られた噴水とか、マジ微妙。


 本当に全裸だ、と妙なところに感動しつつ、中央のレオナルド像を見つめる。

 等身大に作られたのだと思うのだが、壷を掲げ持つレオナルドは今よりも一回り小さい気がした。

 十代の頃モデルになったと聞いた気がするので、背と筋肉が足りないのだろう。


 ……顔つきはあんまり変わらないね。この頃から髪の毛は後ろに流してたんだ。


 はっきりレオナルドだと判る顔つきに、噴水を作った職人か芸術家の腕が良いのだと感じた。

 ぜひともこの噴水を作った人間には、現在のレオナルドを見てほしい。

 どこもかしこもムキムキに育った。


「な、なんですの!? 破廉恥ですわっ!!」


 ……あー、見つかっちゃったか。


 内容はともかくとして、腕の良い彫刻にうっかり見惚れてしまい、バシリアから隠すということが頭から抜け落ちてしまっていたらしい。

 いつの間にか中庭へと出てきたバシリアに、レオナルドの全裸をばっちり見られてしまった。


「このような破廉恥なもの、見てはいけませんわっ!」


「わっ!?」


 淑女らしい歩き方をかなぐり捨てて、バシリアがズカズカと私へと襲いかかる。

 両手で目を塞がれてしまったのだが、バシリアの両手が塞がってしまえば、バシリアの目にはばっちりレオナルドの全裸が映るのだが、それは良いのだろうか。

 そのことに気が付いた時には、改めてバシリアの絶叫が至近距離から聞こえてきた。


「きゃああああああああっ!? はれ、はれんちっ! 破廉恥ですわっ!」


「ていっ!」


 だいたいこの辺りか、と見当をつけてバシリアの口を手で塞ぐ。

 甲高い悲鳴はいくらか小さくなったが、お互いの目と口を塞ぐといった、なんとも間抜けな光景になっているはずだ。


「ふごふごっ!」


「バシリアちゃん、声を抑えてください。耳がキーンとします」


「ふごっ!?」


 どうやら脳に私の言葉が伝わったらしい。

 息を飲んでおとなしくなる気配がしたので、そっとバシリアの口を塞いでいた手を離した。


「……これはいったい、なんなんです、す、は、はれん……ふごっ!」


「バシリアちゃん、叫ばないでください。私の目から手を離して、自分の目を塞いだらどうですか?」


「こんなもの、貴女に見せられませんわ!」


「その『こんなモノ』と言われているのは私のレオなのですが」


「はっ!? そう、そうでしたわね……」


 ごめんなさい、と小さな声が聞こえて、視界が明るくなる。

 ようやく外された目隠しに、目を開けると、今度は自分の手で顔を隠すバシリアの姿が見えた。


「とりあえず、後ろを向きましょう。はーい、体を回転させますよー」


 ぐるりとバシリアの体の向きを変え、ようやくホッと息を吐く。

 全裸像に背中を向けているので、これでようやく落ち着いて話しができるはずだ。


「裸の像ぐらい、ラガレットの画廊にもいっぱいありましたのに」


「それは、そうなのですが……貴女のお兄様の体つきは破廉恥ですわ」


「画廊の裸婦像と、レオナルドお兄様の裸に違いなどありますか? どちらも像ですよ」


 ……まあ、たしかにうちの兄の筋肉はエロっぽいけどね! 


 ラガレットの街で老若男女を問わず魅了していた筋肉だ。

 今より若い頃の像とはいえ、その肉体が魅惑的であることに違いはない。


「貴女はお兄様の裸を前にして、随分落ち着いていますのね」


「本物はもっとすごいですよ」


「ほん……もの……っ!?」


 なにかショックだったのか、本物と聞いてバシリアの顔色が悪くなる。

 背後の全裸像など目に入らないのか、くるりと後ろを振り返ったかと思ったら、私の肩を掴んでガクガクと揺すり始めた。


「本物って、どういうことですの!? 見たことがございますの? お兄様の裸ですわよっ!?」


「ふえええぇぇえぇ!?」


 肩を揺すられて目が回る。

 口から情けない悲鳴が漏れて、なすがままに揺られていると、バシリアの手をアーロンが捉え、私を解放してくれた。


「ティナお嬢様とレオナルド殿は兄妹なのだから、なにかのおりに肌ぐらい見ることもあるだろう」


「そうなんですの!? 兄と妹というのは、そういうものなんですの!?」


 他所の兄妹はどうか知らないが、我が家はそういうこともある。

 歳の近い兄妹であれば子どもの頃にでも、歳の離れた兄妹なら妹の世話をする時にでもその機会はあるだろう。


 ……うちの場合は、妹が兄の世話をした時にみたけどね。


 パッと思いだせるレオナルドの肌を見た機会といえば、風呂で髪の毛を洗った時だ。

 他に思いだせることがあるとすれば、引き取られてすぐの夏に、レオナルドが全裸で寝ていることを知った時だろうか。


 ありのままを説明すると、バシリアはホッと胸を撫で下ろし、なぜかアーロンとジゼルは複雑そうな顔をしていた。

ジゼル、頑張った(違)

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