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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第8章 箱庭の天聖邪

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淑女語の「ぎゃふん」

 お茶会の帰路は、やはり即席の反省会となった。

 ヴァレーリエの報告を元にヘルミーネから私の失態を一つひとつ注意され、すべての反省が終わる頃には馬車が離宮に辿りつく。

 王城の門から離宮までだけでもかなりの距離があると思うのだが、今日の反省点はそれだけ多かったらしい。

 馬車から降りる際に、ヘルミーネからはありがたくも「まだまだ目が離せない」という評価を戴いてしまった。

 当分ヘルミーネの生徒を卒業する予定はないのだが、これは喜ぶべき評価ではない。

 できるであろうと期待していたことができていない、という評価だ。


 ……うう、やっぱり最後の『ジジイ』が不味かった。


 明日からは言葉遣いを重点的に直そうと宣言されてしまったのは、そういうことだろう。


「ところでヘルミーネ先生。わたくし、ベルトラン様をぎゃふん……ではなくて、こっぴどく……でもなくて、えっと……」


 淑女らしい言い回しはないだろうか、と記憶を探るのだが、なかなかピッタリと嵌る言葉が出てこない。

 よく考えなくとも、ヘルミーネは私の淑女教育のための家庭教師だ。

 少々汚い言葉として、故意に教えることを避けられていたのかもしれない。


「申し訳ございません、ヘルミーネ先生。『あのジジイを「ぎゃふん」と言わせてやる』とは、淑女らしくはなんと言えばよろしいのでしょうか?」


わたくしとしては生徒に教えたい言葉ではございませんが、簡潔に『あのご老体には肝を冷やしていただく』でよろしいのではございませんでしょうか」


「わかりました、ありがとうございます」


 教えたくはないと言いつつも、生徒の質問へは丁寧に答えてくれたヘルミーネに礼を言い、早速教わった言葉を使わせていただく。

 言い回しはともかくとして、そろそろ私はベルトランに一矢報いたくて仕方がなかった。


「では、ヘルミーネ先生。あのご老体に肝を冷やしていただく良い方法はございませんでしょうか?」


「紳士淑女らしい報復方法は、以前お教えしたとおりです。基本は情報戦と思ってください」


 今回の目的は『報復』だが、相手を喜ばせる場合に必要とするのも情報だ。

 目的の善悪はともかくとして、淑女は自らの手を汚さないし、相手に自分の影も見せない。


「まずは目標を決めましょう。どういった結果が、ティナさんの『勝利』でしょうか」


「わたくしとしては、わたくしに関わらないでほしい、ということぐらいでしょうか……」


 一矢報いたいとは思うが、別に物理的に排除したいだとか、第八王女のように破滅すればいいだなどと大それたことは考えていない。

 ただ本当に単純なことなのだが、私の平穏を脅かしてほしくないだけだ。


「ティナさんのその望みは、わざわざこちらから何かをしなくとも、離宮に籠っているだけで達成されますが?」


「え? そうなのですか?」


 何もしなくともベルトランは私に関われないらしい。

 拒絶しているはずなのだが、何度も離宮を訪ねられている身としては、にわかには理解できなかった。


「離宮の主であるティナさんが拒絶しているというのに、無理に離宮へと侵入してくれば、それはもう先日のように護衛による物理的排除の対象になります」


 問題があるとしたら、グルノールの街へ帰ってからだろう、とヘルミーネは言う。

 王城にはベルトランの頭を押さえつけられる王族にんげんが何人もいるが、グルノールの街にはいない。

 城主の館は黒騎士の持ち物であるため、功爵として館への滞在を求められれば黒騎士レオナルドには断りづらいだろう。

 そうなれば、接触を制限することは難しい。


「ベルトラン様を遠ざけたいのでしたら、王都にいる方が簡単で安全です」


 ただこの場合、ベルトランの私への接触を制限できるだけだ。

 あまり『ぎゃふん』という気はしない。


「……跡取りのアリスタルフを取り上げて伯母様の元へ返せたら、一矢報いることになるでしょうか?」


「嫌がらせにはなるでしょうが、それで肝は冷えませんし、跡取りを失えばティナさんを手に入れようとする猛攻が激しくなるでしょうね」


 ベルトランを『ぎゃふん』と言わせたいだけなのだが、これでは私が『ぎゃふん』と言わせられる目にあいそうだった。

 息子の心配をしているソフィヤに子どもを返してやりたい気はするが、会ったこともない従兄弟は私にとって最強の防波堤だったようだ。


 ……そもそも、親権とかってどうなってるんだろう?


 ソフィヤは家を追い出されたという話だったが、子どもの親権はどうなっているのだろう。

 父親が死んだ状況で母親の意思を無視して子どもを取り上げることなど、祖父にできるのだろうか。


 ……この世界、女系の血の方が優先されるみたいなんだけど、嫁入りした場合はやっぱり立場弱いのかな?


 うーんっと頭を捻ってみるが、パッと思いつく良案はない。

 これは本気で法律も学ぶべきだろうか、と一瞬だけ思ったが、さすがにこれはソフィヤに肩入れしすぎな気がしてきた。

 やりすぎは、相手にとっても迷惑かもしれない。

 自分ひとりで突っ走ったりせずに、本人の希望を聞いてみた方がいいだろう。


 ……ソフィヤ伯母様だと、泣き寝入りしそうなんだけどね。


 まずは相手にとって何が一番痛い攻撃になるのか。

 それを知るために情報を集めましょう、と悩み始めた私にヘルミーネがアドバイスをくれる。

 何をするにも、まずは情報が必要だ、と。


「情報集めというと、やはりお茶会でしょうか?」


「フェリシア様が連日のように開かれるお茶会には、本当にさまざまな身分の方がお集まりになられています。まずはフェリシア様のお茶会で横の繋がりを作るとよろしいでしょう」







 先に終わらせた方がいいと思ったことは終わっているため、早速翌日から少しだけ積極的にフェリシアのお茶会へと顔を出す。

 もとからフェリシアのお茶会では『ふくろうの姫君』と呼ばれて可愛がられていたので、みんな面白がっていろいろな情報を聞かせてくれた。

 中にはヘルミーネの私への教育という意図を汲み取ってか、嘘を混ぜた情報を聞かせてくれる紳士もいる。

 嘘や間違った噂に踊らされないように、と審美眼を鍛えてくれているつもりなのだろう。


 ……アルフさんとアルフレッド様の双子説とか、それどこで使える情報?


 これはさすがに嘘だろう、と聞いたばかりの情報を頭の片隅へと追いやる。

 たしかに恐ろしく似た顔をしているのだが、よく見ればちゃんと違うところがあるし、アルフとアルフレッドが双子だとしたら、子どもが一人足りない。

 アルフの母親がアルフレッドの乳母をしていたというのだから、母乳を出すためには出産をしている必要があるはずだ。


 さまざまな噂話を拾い集めていると、先日のゴドウィンを騙る男についても知ることができた。

 彼は杖爵のゴドウィンを名乗ってはいたが、華爵家の人間だったらしい。

 一応、貴族ということだけは嘘ではなかったようだ。

 ゴドウィンの政敵である杖爵の腰巾着で、おそらくは政敵の嫌がらせもあるのだろう、と。


 ……もうそこまで調べられたんだね。仕事早いなぁ。


 名を騙られているゴドウィンにしてみれば、自分の評判に関わることだ。

 捜査に力が入るのも、当然かもしれない。


 ……杖爵と信じて引き取られた子、無事だといいね。


 どこの誰か、までは調べられているらしいのだが、その後の情報は誰も聞かせてはくれなかった。

 まだ捜査中ということなら良いが、私に聞かせられない内容ということではないことを祈る。


 フェリシアのお茶会に顔を出していると、増える知人は大人たちばかりなのだが、それでも確実に横の繋がりを作ることができた。

 そろそろ収穫祭だな、と本格的な秋の訪れを感じ始める頃、レオナルドからの手紙をティモンが離宮へと届けてくれた。


「お嬢さんの兄が、報告書のついでに寄越した手紙だ」


 そう言って手紙を差し出されるのだが、今日は私へと直接手渡されるようだ。

 いつもは侍女やアーロンが開封をして中身を確認してから私の元へと持ってくるのだが、と不思議に思って封筒を見ると、やはり開封はされている。

 直接私へと渡してくるので検閲はされなかったのかと思ったのだが、報告書のついでに寄越した手紙であるため、報告書の確認時に検閲されただけなのだろう。


「……無事に、ルグミラマ砦に着いたのですね」


 報告書のついでに、ということで、手紙の内容は実に簡潔だった。

 無事ルグミラマ砦に着いたので、心配をしないように、と。

 ほとんどこれだけの内容だ。


「返事があれば一緒に届けてやれるが……?」


「レオナルドお兄様はお仕事でルグミラマ砦に行っているのですから、急用でもないのにお手紙はできません」


「……レオナルドの妹というだけあって、融通が利かないな」


 レオナルドは昔とは違い、少し融通が利くようになってきたようだが、とティモンが苦笑いを浮かべる。

 なんともレオナルドには似つかわしくない単語が出てきた気がして、逆に私の頭の中は疑問符でいっぱいになった。


「レオナルドお兄様ほど融通の利かない人はいないと思いますが……?」


「いや、融通が利くようになっている。証拠はその手紙だ」


「この手紙ですか?」


 レオナルドからの手紙を指差され、反射的に視線を落とす。

 白い封筒はとくに代わり映えのしない、どこにでもありそうな封筒だ。


「以前のレオナルドであれば、仕事の報告書に私的な手紙など忍ばせなかっただろう。レオナルドは家族いもうとができて、少し変わったな」


「良い変化、なら良いのですが……」


 これはどうなのだろう、と首を捻る。

 心配して手紙をくれたことは素直に嬉しいが、仕事の報告書に手紙を紛れ込ませるということは、公私混同にはならないのだろうか。

 そう考えて、確かに、と思い至る。

 たしかに、以前のレオナルドであれば仕事の報告書に私的な手紙など混ぜなかっただろう、と思った。

 彼は八歳の引き取ったばかりの幼女を、砦が立て込んでいるからという理由でひと月以上放置していたことがある。

 良くも悪くも仕事に対し、公平で公正な人間だった。

 私がオレリアへと情報を洩らそうとした時だって、妹のしたことだからと一緒に牢屋へと入るような人間だ。

 そんなレオナルドが、融通を利かせて私的な手紙を送ってきた。


 ……ちょっと嬉しいかも。


 自然に緩む頬を押さえると、目の合ったティモンが微笑ましげに笑う。

 なんだか気恥ずかしくなったので、慌てて手紙の話題を終わらせることにした。


「手紙に返事を書いたら、なにかの『ついで』に送ってくれますか?」


「明日の朝までに用意ができていたら、報告書の『ついで』に紛れ込ませることができると思う」


「今夜中に用意しておきます」


 ティモンに送ってもらうレオナルドへの返事には、散々悩んで書けた内容はほとんど一言だ。

 おみやげは猫の湯たんぽが欲しい、と。

 レオナルドからしてみれば、理由わけの解らないおねだりだろう。


 ……ベルトラン様のこととか、お馬鹿な白騎士のこととか、正直に書いて遠くのレオナルドさんを心配させるのも嫌だしね。


 当たり障りのない、しかし私が元気であると伝えることができる内容を考えた結果がこれだ。

 何気ない、本当にただのおねだりだった。

誤字脱字はまた後日。

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