伯母とのお茶会
離宮の警備をする白騎士が大幅に入れ替えられ、今度の人事も白騎士は白騎士なのだが、杖爵の三男や功爵家の嫡男が中心らしい。
同じ白騎士であるため戦力的には期待できないのだが、心根はまったく違うようだ。
己を律し、領民と共存することで代を重ねてきた杖爵と、功績を挙げて爵位を得たばかりの功爵は忠誠心が高く、間違っても護衛対象を金で売るといった馬鹿な真似はしない。
ではなぜ最初からそちらの白騎士を付けてくれなかったのかというと、落ち目の華爵の騎士へ優先的に功績を挙げる機会を用意してやっていたらしい。
誰が考えた気遣いなのかは判らないが、気遣いを無駄にされてお気の毒である。
功績を挙げる一番簡単な方法が、私の滞在中真面目に離宮の警備をすることだったのだが、今回問題を起こした白騎士はそんなことも判らないほど愚かだったらしい。
警備対象の離宮に滞在している人間を、小金で売ったのだ。
件の白騎士に残されたものは、その小金だけである。
帰るべき家も、家族も、職も、みんな失った。
そして彼自身の未来も、おそらくはない。
……まあ、王族も滞在している守るはずの離宮に賊を招きこんだんだから、同情する必要ないけどね。
なんの権利もないくせに、他者を勝手に売る人間の末路だ。
末路だけを聞けば多少可哀想な気はするが、そもそもが自業自得というやつである。
そろそろボビンレースの教本についても考えようかな、とメモ書き用の塗板と睨めっこをしていると、ミカエラから招待状が届いた。
ミカエラとはすでに一度会ったことがあるので、気軽に応じる。
ミカエラの住むジークヴァルトの館は王城の外、貴族街にあるため、少しだけ外出が億劫ではあったが、保護者からもたまには外へ出るようにと釘を刺されているので、これも良い機会だ。
護衛もいるし、馬車での移動も慣れてきているし、と保護者抜きで出かけるには丁度良い練習の場にもなってくれるだろう。
……レオナルドさんはいないけど、ヴァレーリエは一緒だしね。
そろそろ侍女の使い方にも慣れなくては、とヘルミーネの出した課題が『お供のヴァレーリエ』だ。
いつまでも女中役ばかり頼るのではなく、侍女とも上手くやっていくように、と監督役に馬車の中まではヘルミーネが同行してくれるが、本日ジークヴァルトの館で私についていてくれるのはヴァレーリエということになっていた。
ヴァレーリエには少し慣れたが、グルノールで伸び伸びと過ごしていた私を知らない人間だ。
少々の羽目を外すことも、控えた方がいいだろう。
……ヘルミーネ先生の狙いも、そこだろうしね。
いつまでも子ども扱いはしてもらえない。
それを自覚させるためにも、少しずつ私の周囲の人間を増やしていこうとしているのだろう。
「お招きありがとうございます、ミカエラ様」
案内された本日のお茶会会場らしいサンルームに着くと、招待主であるミカエラへと淑女の微笑みを浮かべて礼をする。
まだまだすぐに素が出てしまって『どこへでも出せる淑女』ではないが、十一歳の田舎娘と思えばこんなものだとも思う。
「ようこそいらしてくださいました、ティナさん」
「ごきげんよう、クリスティーナ様」
礼から頭を上げて、声の聞こえた方向へと顔をむける。
一人声が多いぞ、という驚きは表情へと出さないことに成功した。
ゆるりと視線を巡らせると、サンルームに飾られた観葉植物の陰からソフィヤが出てくるところだ。
どうやら私が見落としていただけらしい。
清楚な微笑みを浮かべるソフィヤは、特に隠れていたという様子ではない。
「こんにちは、ソフィヤ様」
気付かなくて失礼をしたと詫びると、ソフィヤは自分の方こそ、無理を言って同席させてもらったのだ、と詫びてくる。
前回はソフィヤへ私とレオナルドを紹介することが目的で呼ばれたが、今回も似たような目的らしい。
ミカエラからはソフィヤが同席するとは聞いていなかったはずなのだが、ソフィヤが自分から外へ出てくること自体が珍しいからか、ミカエラは私に対して申し訳なさそうな笑みを浮かべているが、それだけだ。
「それで、あの……」
出された焼き菓子を美味しく戴きつつ、とりあえずの近況を交わしたあと、不意に沈黙が落ちる。
その沈黙を待っていたかのようにソフィヤが口を開き、また口を閉ざした。
何か言いたげに時折口を開いては閉じるので、おしゃべりをやめて言葉の続きを待つ。
……またベルトラン様のことかな?
前回はグルノールの街でベルトランが迷惑をかけただろう、とひたすらに詫びられた。
今回もベルトランについてかもしれない。
ベルトランがらみで謝られそうな用件など、少し考えただけでも思い浮かんでくる。
「ベルトラン様のことですか?」
「え? あ、ええ。……その、お義父様のこと、ではあるのですが」
あまりにも沈黙が長いのでこちらから話を振ってみたのだが、どうにも歯切れが悪い。
ベルトランの件ではあるようなのだが、少し違うような手ごたえだ。
……なんだろうね?
他に思い当たることがなかったので、淑女の仮面を少し脱ぐ。
子どもらしく小首を傾げて見上げてみれば、少しだけソフィヤの肩から力が抜けた。
……お行儀良く淑女をするよりは、子どもの相手の方が気が楽みたいだね。
子どもらしくと意識して、焼き菓子を口に運ぶ。
ミカエラも助け舟を出すつもりはないようで、ソフィヤの自主性に任せていた。
「あの、クリスティーナ様が、お義父様の孫だというお話を伺ったのですが……」
「そのお話ですか。先日はその噂のせいで、離宮では白騎士が一人可哀想なことになりました」
「噂……?」
さて、どういうつもりで孫かと聞いてきたのか、と探りを入れるために惚けてみる。
ベルトランが私を孫だと騒いだせいで、功爵の孫娘かと軽んじた白騎士が面倒を起こし、処分を受けることになったと細部をぼかして聞かせると、ソフィヤの顔色は見る間に青くなった。
「お義父様の影響で、どうして離宮の白騎士が……」
「あら? 話していませんでしたか?」
よく考えてみれば、ソフィヤはミカエラを通して私とやり取りをしている。
私がどういう扱いを受けている人間なのか、知らなくとも不思議はないのかもしれなかった。
私はレオナルドの妹として扱われているが、王都での滞在先は王城内にある離宮である、とソフィヤに話す。
第六王女も滞在中の離宮であったため、噂を真に受けて私への悪戯目的で忍び込んだ者と、その手引きをした白騎士が重い処罰を受けた、と。
「お義父様の引き起こしたことで……処分された人が……」
カタカタと震え始めたソフィヤに、内心でだけ首を傾げる。
てっきりまたベルトランの謝罪かと思ったのだが、違ったようだ。
つい最近ベルトランが引き起こしたことも知らなかったらしい。
……でも、だとしたら何の用?
ソフィヤといえば、ベルトランの引き起こす騒動についてひたすら詫びられた覚えしかないので、その印象がどうしても強い。
謝罪でなければ何の用なのだろうか? と、今度は先ほどのソフィヤの言葉を思いだしてみた。
「……ベルトラン様とわたくしが、祖父と孫かと聞かれたいのですか?」
話の出だしは、こんな内容だった気がする。
個人的には触れられたくない話題だったため、即座に話題を変えたし、どういうつもりかと探りも入れたが、ソフィヤは青くなるばかりで一向に先へと話が進まない。
このままではまた先日のように、ベルトランについての謝罪で一日が終わっていきそうだ。
……今回は私に謝罪するより、白騎士の家族に謝罪した方がいい気がするしね。
もちろん、不審者を手引きした白騎士は自業自得なので謝罪をする必要はないと思うが。
その家族は、息子のしでかした不始末の余波を受けて大変なことになっている。
ソフィヤが彼等へ謝罪をする必要はないが、どうしても誰かに詫びたいというのなら、被害者は彼等だろう。
「祖父か孫かとおっしゃられるのなら、認める気はございませんが、ソフィヤ様はわたくしの伯母様であらせられるようですよ」
ベルトランの家には連れて行かれたくないので、ベルトランを祖父とは認めたくないが。
ソフィヤには特別苦手意識はない。
ソフィヤについては『伯母』と呼び慕うことになんの抵抗もなかった。
……まあ、今までいなかった親戚だから、そこだけ少し不思議な気はするけど。
「私が伯母……ということは、やはりサロモン様の」
「わたくしの父はただのサロで、サロモンだなんて名前ではありません」
大事なことなので、訂正を入れる。
私はサロの娘で、サロモンだなんて貴族の娘ではない。
ベルトランは自分の孫だと言っているようだが、私はこれを認めるつもりはないのだ。
「……クリスティーナ様は、面差しはサロモン様に、性格はクロエに似ていらっしゃるのね」
「母をご存知なのですか?」
「ええ、嫁ぐ前に何度かベルトラン様のお屋敷で話しをしたことがございます」
女中としてベルトランの屋敷で働いていた母は、当時伯父の婚約者だったソフィヤを持て成しに出てきたことがあったらしい。
メイユ村での両親しか知らないので、ソフィヤの話は新鮮だった。
「本当に、サロモン様のお嬢様なのですね」
「お祖父様がアレだというのは認めませんが」
「頑固なところはサロモン様に似たのかしら?」
「父は頑固では……」
父のサロは頑固者ではなかった、と言いたかったのだが、思い返してみると思い当たることがないわけではない。
村人にいい様に使われているだけである、もうやめてくれ、と何度か言ったが、そのたびにやんわりと首を振っていたはずだ。
村に受け入れられるためには必要なことだ、と。
……まあ、村に受け入れられるどころか、村がまるごと滅んじゃったけどね。
「サロモン様もお義父様も揃って頑固者で……クロエは二人の間に挟まって苦労していたようです。最後までサロモン様に早まった真似をしないよう説得していたはずですが……」
結局二人は駆け落ちをしている。
頑固な父と、家を出ようとする父を諭す母をもってしても、祖父の気持ちは変わらなかったのだろう。
どこかで父がベルトランに見切りをつけ、母と二人で家を飛び出したのだ。
「クリスティーナ様は、お義父様の家へ戻るつもりは……」
「あるように見えますか?」
今日一番の淑女スマイルを浮かべてソフィヤを見上げる。
これだけで、私がまったくベルトランの元へ行くつもりがないというのは解ってもらえたようだ。
ソフィヤはなんとも複雑な顔をして頬を引きつらせた。
ついでに、ソフィヤが私をベルトランの孫かと確認してきた意図も見えてきた気がする。
……私がベルトラン様の家に入ったら、子どもを取り返せるかもって思ってる?
ベルトランが欲しいのは健康な跡取りのようなので、私がベルトランの家に入れば病弱な従兄弟は要らなくなる可能性はたしかにあるだろう。
単純に考えれば、だ。
だがベルトランは、一度は見逃した父を探している。
三男などいなくても家は続くと考えていたのだろうが、現実にはそうはならなかった。
長男と次男は他界し、何人かいたはずの孫も病弱と聞くアリスタルフだけになってしまった。
予備などいくらあっても良いと考えている可能性がある。
「ベルトラン様の家の子になる予定はありませんが、ソフィヤ様が子どもを取り返したいって言うのなら、できる範囲でお手伝いしますよ」
「……え?」
考えてもいなかった言葉なのだろう。
ソフィヤは目を丸くして驚いた。
「そろそろベルトラン様には我慢の限界なのです。一度『ぎゃふん』っと言わせてやりたいと思っていたところでした」
子どもを取り戻して、ベルトランにひと泡吹かせてやろう、と誘うと、ソフィヤは困ったように柳眉を寄せる。
ベルトランに歯向かうことなど、考えたこともなかったようだ。
「嫌なことは嫌だと伝えないとダメです。あの家庭内独裁ジジイには、一度ガツンと言ってやらにゃひ……ふごっ」
「ティナお嬢様、猫とお口が」
どうやら少しはめを外しすぎてしまったらしい。
普段であればヘルミーネが行う強制終了が、ヴァレーリエの手によって行なわれる。
しめるべき時はしめる、とある意味でヘルミーネに信用されて付けられた今日の侍女は優秀だ。
これは馬車へと戻ったあとにヘルミーネへと報告されて、帰路は反省会コースだろう。
……ううっ、失敗しました。
深呼吸をして、心を落ち着ける。
言葉を改めて無作法をソフィヤとミカエラへ詫びると、二人とも苦笑いを浮かべていた。
誤字脱字はまた後日。




