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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第8章 箱庭の天聖邪

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祖父 VS 孫娘

 嫌な予感というものは、よく当たる。

 私への来客としてキュウベェに案内されてきた人物は、今最も会いたくない人物と言って間違いのないベルトランだった。


 ……なんでベルトラン様がここにいるんですか。


 思わず胡散臭いものを見る目で見つめる私を尻目に、ベルトランはエセルバートへと挨拶をする。

 私への客と言われているが、ここはエセルバートの離宮だ。

 さらに言うのなら、エセルバートの客として私は離宮に来ている。

 場の主であるエセルバートを無視などできるはずもなかった。


「ご無沙汰いたしております、エセルバート様。お変わりなく、ご壮健な様子。なによりでございます」


「おぬしも相変わらずの堅物なようじゃな」


 そんなのどかなやり取りのあと、二人の視線が私へと向けられる。

 挨拶などただの形式的なものであり、本題はやはり私だったのだろう。

 ジッと私の顔を見てくるベルトランを、私は気合を入れて睨み返す。

 ナディーンとフェリシアという二重の防壁がないだけ、少々分が悪い。

 いざとなったら護衛のアーロンをけしかけるしかないだろう。


「……随分と嫌われておるようじゃな」


「嫌われる覚えはないのですが」


 クリスティーナ、と改めて名を呼び、ベルトランが体をこちらへと向ける。

 警戒感を隠す気もなく無言で見つめ返すと、挨拶もないのか、と少々呆れられた。


 ……挨拶する・しないは考え中です。会いたい人でもなかったしね。


 自分の中で結論が出ず、ジッとベルトランを睨んでいると、ベルトランは私から挨拶の言葉を引き出すことは諦めたようだ。

 内心苛立っていることは眉が揺れたので判るが、まずは自分が優位に立つことを選んだらしい。


「クリスティーナ。単刀直入に言おう。おまえは私の孫だ」


 人を使って調べさせたため少々時間がかかったが、法と秩序を司るソプデジャニア教会での確認も取れた、とベルトランは一枚の書類を懐から取り出した。


「忌々しいことに馬鹿息子との婚姻の届出がソプデジャニア教会へ送られたのが十三年前、おまえの出生届けが出されたのが十一年前になる」


 図々しいことだ、とベルトランは吐き捨てた。

 駆け落ちをして家を飛び出しておいて、しっかりと届け出るものは届け出ていたことが面白くないらしい。

 母のクロエは名を変えず、父のサロモンはサロという名前での書類なのだが、偽名でも書類として機能していたらしいことの方が私には驚きだ。


「おまえは私の不肖の息子サロモンと、それを誑かした売り女の娘で、私の孫だ」


「わたくしの名前はティナで、父はサロです。サロモンなんて名前ではありませんし、母の名前もクロエです」


 母は売り女などという名前ではない、と突っぱねてやる。

 これから懐柔しようという人間に対して、その母親を悪し様に罵るというのは悪手でしかないと思うのだが、ベルトランはこんな簡単なことにも気付いていないのだろうか。


「おまえの名は『ティナ』ではないと言っているだろう。ティナは愛称だ。本当の名前はクリスティーナ・サロモン・カンタールと言う」


「レオナルドお兄様から聞いた名前と違いますので、人違いですよ」


 クリスティーナ・サロモン・カンタールという名前も聞いたことがあるが、父が作った私の指輪に刻まれていた名前は少し違うとレオナルドから聞いたことがある。

 木彫りの指輪には私の名前に続いて父と母の名前が刻まれていたらしい。

 カンタールなどという家名でも領地の名でもなく、母の名だ。

 そして、私の母の名は『ウリメ』ではない。

 クロエだ。


「ティナが愛称だということはレオナルドお兄様から聞きましたが、わたくしの名前はクリスティーナ・メイユです。クリストフ様に教えていただきました」


 とりあえず軽くクリストフの名前で殴りかかっておく。

 私の名前は国王クリストフ公認で『クリスティーナ・メイユ』である。

 クリスティーナ・サロモン・カンタールだなんて、認めてはやらない。

 私はサロとクロエの娘であり、母を売り女だなどと罵る男の孫ではないのだ。

 ついでに、異論があるのなら国王へ物申して来い、とも言っておいた。

 国王公認の名前にケチを付けるのだから、まずは国王の元へと確認にいくべきだろう。

 そんなくだらない用件で国王に謁見できるかどうかは知らないし、私には関係がない。


 内心であかんべと舌を出していると、ベルトランが少しだけ戸惑うのが判る。

 引退したとはいえ、国に忠誠を立てる元黒騎士だ。

 国王を引き合いに出せば、そう簡単には私の言葉を否定はできないのだと思う。


「……なぜ、クリストフ様がおまえの名など知っているのだ?」


「え? そこですか?」


 気軽に国王と謁見などできない、と怯んだのかと思ったのだが、違ったようだ。

 クリストフが私の名前を、もっと言うのなら平民わたしを知っていること自体に驚いていた。


 ……あ、そうか。普通、私が転生者で、王様から離宮を与えられてそこに住んでいるだなんて、思いつくわけないもんね?


 私がなぜ王都にいるのか、なんて理由は知らないのだろう。

 ベルトランが想像できるとしたら、レオナルドの移動についてきて、フェリシアの離宮に滞在することになった、といったところだろうか。

 真実とは大分離れているが、あえて訂正をしてやろうとは思わない。

 孫だというだけで付き纏われることになってしまったのだ。

 そのうえで転生者だなんて自分の価値をあげる情報など、教えない方がいい。

 功績目当てに何がなんでも自分で所有しようと発奮されては、今以上に困ることになる。


「……まあ、いい。おまえの名前はクリスティーナ・メイユではなく、クリスティーナ・サロモン・カンタールで、私の孫娘だ」


「私の名前は王様公認でクリスティーナ・メイユです。レオナルド・ドゥプレの妹で、サロとクロエの娘です。わたくしに祖父などいません」


 以前も言ったはずだが、祖父がいたのなら今際いまわきわにでも父が自分に教えたはずだ、と続ける。

 自分になにかあった時は祖父や親戚を頼れ、と。

 それすらなかったのだから、私に祖父などいない、とベルトランの紫色の目を睨みながら答える。

 あまり父と似ていない祖父だったが、目の色だけは同じだ。


「祖父と思える人がいるとしたら、オーバンさんぐらいですよ」


「オーバン、とは?」


「メイユ村で優しくしてくれた近所のご夫婦の、旦那様の方です」


 事情を知ってしまえば、彼等が私に親切にしてくれたのは、自分たちの子どもの身代わりだったのだろうとは思うが。

 それでも優しかったのは事実だし、親身になって両親の相談にのってくれたり、私にいっぱいおかずを分けてくれたりした。

 精霊に攫われた時だって、一番に見送りにきてくれたのだ。

 血の繋がりなどなくても、二人は私の家族だ。


「お祖父様というのは、オーバンさんのような愛情ある人だと思います」


「私の孫になれば、孫娘として可愛がってやろう」


「お断りですよ。悪戯をしたら木に吊るしたり、館の周りを朝まで走らされる祖父との生活なんて嫌です」


 私が求めるのは、貴族の孫娘ができるような贅沢な暮らしではない。

 お金はあるに越したことはないが、自分に愛情を向けてくれる家族のいる暮らしだ。

 孫を自分の所有物と考え、存在を知った途端に回収しようとするような祖父ではない。


「だいたい、今さらなんの用ですか。お父さんが駆け落ちしてから十年以上放置していて、今さらですよ。ホント、今更です」


 本当に父を取り戻す気があったのなら、十年以上かかりはしないだろう。

 そもそも、ちゃんと息子の動向を見ていれば駆け落ちをする前に気付けたはずだ。

 さらには、人を使って私のことを調べたということは、人を使えば自分が動く必要もなく人探しができたということになる。

 母は名前を変えてはいなかったので、本気で探そうと思えば探し出せたはずだ。

 ベルトランの行動は、本当に『今更』だった。


「孫だってちゃんといるじゃないですか。今更お父さんの娘なんていらないでしょう」


「アリスタルフはひ弱で、いつ死ぬかわからん」


「つまりわたくしを孫の予備スペアにしたいのですね」


 私の従兄弟は『アリスタルフ』と言う名前らしい。

 すでに手元に一人孫がいるというのに、私を欲しがるということは、アリスタルフが死んだ場合の替えが必要なのだろう。

 病弱らしく、一年に何度も死に掛けるという話は聞いている。


「おまえの母は気に食わん女だったが、娘を産むとは……そこだけは評価してやっても良い」


「あなたに母を評価していただかなくても結構です」


 むしろこれ以上口を開くな、という思いを込めてベルトランを睨む。

 売り女だの、気に食わん女だの、息子の妻や、孫の母親に対してあんまりな言い方だ。


「今、手元に残った唯一の孫を大切にせず、気に食わない女が産んだ娘だとかなんとか人を罵倒して、どうして自分が祖父と思ってもらえると思えるのですか?」


 今いる孫のアリスタルフが、ベルトランに引き取られた場合の私の扱いだ。

 手元において衣食住は保障するが、あとは放置だ。

 ほかに健康そうな孫が出てきたら、あっさりと乗り換える。


 そして、その乗り換えようとしている方の孫へは、おまえの母親は売り女だ、と母親の悪口を吹き込む。

 これは逆効果満点だ。

 普段から親子仲が悪かったとしても、相手の悪口を吹き込むのは悪手だろう。

 それでなくとも「自分は他者を悪し様に罵る人間である」と自己紹介をしているようなものだ。

 こんな人間に、子どもなど口説き落とせるわけがない。


「跡取りがほしいのですよね。おめでとうございます。わたくしは、あなたの跡取りにはなれません」


 自分でもギスギスと心が尖ってきているのが判る。

 母を悪く言われることにも苛立つが、ベルトランの「自分が絶対的に優位に立っている」「祖父というのはそれだけで孫よりも偉い」という勘違いを疑いもしない態度が一番受け入れられなかった。

 受け入れられないのだが、私の唇は弧を描き、レオナルドには見せられないような笑みが浮かぶ。

 微笑は武器にもなると、フェリシアを見て学んだ。


「クリストフ様や王爵の方々は、将来わたくしに子どもを産んでほしくないそうです。子どもを産む予定はないので、跡継ぎにはなれませんよ。残念でしたね」


 うふふと淑女の笑みを浮かべ、言葉の裏に込めたのは100%の悪意だった。

 産みたければ産んでよい、とエセルバートからは言われている。

 が、丁度良いので、アルフレッドから聞いた言葉を都合良く使わせていただくことにした。

 国王や次期国王が、私が子どもを産むことを望んでいないのだ。

 ベルトランが本当に忠義の篤い騎士であれば、私を跡継ぎにはできないだろう。

 家を繋いでいこうと思えば、今いる孫を大切に養育するしかない。







「お疲れ様です、お嬢さん」


 ベルトランを退散させたあと、気が抜けて座椅子へと体重をかける。

 あまりみっともない姿勢にはなれないが、少し力を抜くぐらいは見逃してほしい。


 ……目に力込めすぎて、少し頭が痛いかも。


 軽く目を閉じて眉間を揉み解していると、キュウベェが温かいお茶とお菓子を持ってきてくれた。

 そんなキュウベェの気遣いをありがたくいただき、ホッと溜息をはく。


「……あれで諦めてくれませんかね?」


 跡取りとして機能しませんよ、と舌を出してやったようなものなのだが、ベルトランの反応はいまいち判らない。

 とにかく拒否の姿勢しか見せない私では埒が明かないと判断したのか、ベルトランはまずクリストフと私に面識があるのかとエセルバートへ確認をとり、お気に入りだと太鼓判を押されたことで無表情になった。

 義理の娘にと望んで断られ、養女にと望んで断られ、と余計な情報まで洩らしてくれたが、そこはまあいい。

 私の親権は今のところレオナルドが握っているようだし、転生者わたしの機嫌を損ねるわけにはいかないと理解しているクリストフがベルトランに加勢するとも思えない。

 そんなことをすれば、『二十歳になれば王都に出てきても良い』という私の気が変わることぐらい察することができるはずだ。


 ベルトランにはまだしばらく周囲で騒がれそうな気はするが、実力行使で来てくれればこちらも実力行使で排除できるようになるので、逆に簡単になるかもしれない。

 だからと言ってこちらから煽るような真似をする気はないので、しばらくは様子見だ。


「あれは我の強い男じゃからの。そう簡単には諦めんし、己の間違いも認めんし、気づかん」


「なんですか、それ。最悪じゃないですか」


 ブーブーと不満を声に出し、ストレスを吐き出す。

 お茶を飲んでいる間に少しだけ気分が持ち直してきたので、淑女の仮面を被り直した。


「今日の離宮へのお誘いは、ベルトラン様と対面させるためだったのですか?」


「一応旧知の仲ではあるからな。一度ゆっくり話した方がよいかと思って、場を設けてみた」


「事前に教えてくださればよかったのに」


「教えておれば、お嬢さんは顔を出さなかったじゃろう?」


「当然です」


 誰が面倒ごとが待っていると知って離宮から出てくるものか、と伸び伸び答える。

 ベルトランが特別評判の悪くない祖父であれば。

 もしくは、父との間になんの確執もない祖父だと知ったのなら。

 私の態度だって今とは違っていたはずだ。

 

 が、残念ながらベルトランの家人としての評判は最悪で、父との確執どころか母に対する発言が酷すぎた。

 あれでは話を聞く気にはならないし、祖父と慕う気持ちも湧いてこない。


「ベルトラン様は、なぜ『ああ』なのですか?」


 具体例を挙げる気にもならず、暈して聞いてみたのだが、エセルバートにはこれで通じた。

 いずれレオナルドも通ることになる道だろう、と前置かれれば、話を聞く私の背筋も伸びる。


「簡単に言えば……ベルトランは功績を挙げて爵位を得た平民じゃ。まあ、成り上がり者と蔑む者が出るだろうことは、簡単に想像できよう」


「それは……」


 たしかに、レオナルドも通りそうな話だった。

 数年前の戦で功績を挙げたというレオナルドは、黒騎士を引退したあとは功爵として貴族の仲間入りをすると聞いている。

 平民から貴族になるのだ。

 当然周囲きぞくとの間に摩擦ぐらいは出るだろう。

 特に、没落寸前の華爵からは妬まれるはずだ。


「あやつ自身、たしかに自分が成り上がり者であるという自覚があった。そのため、自分の息子たちまで侮られぬようにと、息子たちを貴族として厳しく育てたのじゃ」


 そこまでは良いのだが、ベルトランは息子たちに自分と同じ鍛錬を施した。

 平民でありながら騎士への道が開かれるほど恵まれた体躯を持つ自分と同じ鍛錬を、王族の流れをくむ華奢な妻の腹から生まれた息子たちに。


「それは……なんというか……」


 ベルトランと父の体格を思い浮かべるのだが、ほとんど別人種としか思えない。

 体格的に大柄なベルトランとレオナルドが親子というのなら解るのだが、細身の父サロと大柄なベルトランが親子とは、見ただけではわからないだろう。

 そうであると教えられた今でも、二人が親子とは思えないのだ。


「息子たちが侮られぬよう、貴族として生きてゆくのになんの不自由もせぬよう、厳しく育ててきた息子じゃ。三男とはいえ、平民の娘と娶わせるつもりなど毛頭なかったのじゃろう」


 女中メイドとしてベルトランの館で働いていた母クロエと恋に落ち、父は貴族として生きていくのではなく、愛する人との未来を選んだ。

 その頃にはまだ跡取りの長男が生きていたし、予備の次男も生きていた。

 三男である父が家を出たところで問題はないように思えたし、事実ベルトランも家を出た父を追いかけはしなかった。

 しかし不幸が重なり、ベルトランの手元に残った長男と次男は他界し、その子どもである孫たちも一人を残して死んでしまった。

 その最後に残った孫も、病弱で一年に何度も死に掛けるという頼りなさだ。


「たしかに今さらではあるが、あやつが家を出た息子を探しはじめても仕方はあるまい」


「跡取りなど、無理に必要ではないと思うのですが?」


 縁がなかったんですよ、と続けてみる。

 代々貴族の家系を護ってきた杖爵家というのなら、お家の断絶は領民へも影響がある大事件になるかもしれないが、ベルトランのカンタール家は孫を入れてまだ三代目だ。

 跡継ぎに恵まれなかったからといって途絶えても、それほど影響はない。

 それに、ベルトランは功爵だ。

 三代のうちに新たな功績を挙げなければ、四代目からはまた平民に戻る。

 平民に戻るのなら、商売をやっている家でもない限りは跡継ぎもなにもないだろう。


「お嬢さんは意外に薄情じゃな」


「ベルトラン様を祖父だなんて思いたくないからだと思います。これがレオナルドお兄様だったら、子どもの健康を害する前に止めますし、家出をされる前に話し合いなさいってレオナルドお兄様の方を怒ります」


 と、そう言って一つ気がついたことがある。


 ……ベルトラン様って、レオナルドさんの未来の姿?


 黒騎士へいみんから貴族に上がるレオナルドは、成り上がり者と侮られるだろう。

 血の繋がらない妹でも溺愛し、大切にするレオナルドが、自分の子どもが侮られることを良しとするわけがない。

 十分な教育を与えようとして、厳しく躾けるだろうことまで容易に想像ができる。


 ……レオナルドさんには、ベルトラン様と同じ道なんて歩ませないけどね。


 ベルトランには脛を蹴って止めてくれる人間はいなかったようだが、私はレオナルドの側にいる。

 レオナルドが子どもに厳しすぎたり、体を壊すほどの鍛錬を積ませようとすれば、私がやりすぎだと特注靴の洗礼を食らわせて諌めることができるのだ。

 レオナルドにベルトランと同じ道は歩ませない。

まだ少し続きます。


誤字脱字はまた後日。

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