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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第8章 箱庭の天聖邪

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秋の部屋と寒さ対策

 月が替わって、暦の上では秋となる。

 秋になったからといってすぐに暑さが収まるわけではないが、私室は夏の部屋から秋の部屋へと移された。

 夏の部屋から見える庭は夏の花々が植えられていたが、秋の部屋から見える庭では紅葉こうようが楽しめるらしい。

 まだ葉は青々としているが、秋が深まると赤くなり、やがて葉が落ちて庭一面が赤い絨毯を敷き詰めたようになるのだとか。


 ……さすがは元・お姫様の離宮。柿とか栗とか、食べ物は植えられてないね。


 少しぐらい何かあってもいいと思うのだが、離宮で栽培されている食べ物は厨房の近くに小さなハーブ園が作られているぐらいだ。

 畑や家畜の飼育は、離宮では行われていない。


 ……夏の部屋はグルノールの館とほぼ同じだったけど、秋の部屋はちょっと変化がついてきたね。


 夏の部屋は壁紙がミントグリーンで家具の色から全体的にチョコミントを連想する部屋だったのだが、秋の部屋は色合いから感じる温かみを考慮してか、薄い桃色だ。

 板張りの家具だったものも、ところどころが壁紙と合う暖色の布が張られている。


 ……うん、畳の違和感すごい。


 暖かな暖色系で揃えられた壁紙や絨毯の中に、そこだけぽっかりと若草色の畳が敷かれていた。

 私の寛ぎ空間として用意させたのだが、夏の部屋よりも違和感が際立つ。


 ……小さな絨毯でも敷こうかなぁ? 畳の上以外は基本靴着用だから、土足禁止空間用の絨毯。


 畳の上に絨毯を置く想像をし、それならばいっそ炬燵コタツを置きたくなる。

 もちろん今生では炬燵など見たことはないので、実現は難しいのだが、畳の上には炬燵がよく似合う。


 レオナルドのいない寂しさは、作業に没頭することで誤魔化す。

 后の症状を纏めた記録を読み込む他に、冬の部屋は自分で整えましょう、とヘルミーネから課題を追加された。

 個人的にはある物をそのまま使えばいいと思うのだが、身分を剥奪された王女の使っていたものということで縁起が悪く、また物自体は私には分不相応なものでもあるらしい。

 少しどころではなく面倒で勿体無いとは思うのだが、家具の質を落とすことには賛成だった。

 高価すぎてはうっかり傷を付けてしまうことが怖くて、息が詰まる。


 ……冬の部屋、か。


 やっぱり炬燵が欲しいな、と絨毯の上の畳を見る。

 秋はまだ始まったばかりで朝晩の気温が下がってくる程度だが、今のままではどう考えても冬の裸足生活は諦めるしかない。

 自分のために靴屋が作ってくれる靴なので、サイズが合わないという意味では窮屈だなんてことはないのだが、やはり靴を脱ぐというのは格別な開放感がある。

 この開放感を知っている以上は、一日中靴を履いての生活には戻りたくない。


「お嬢様、ゴドウィン氏からお礼状が届いております」


 そろそろ休憩にお茶が欲しいな、と顔をあげたタイミングで、ヴァレーリエが盆に手紙を載せてやってきた。

 手紙を受け取りつつお茶をお願いし、中身を確認する。


 ……えっと?


 ヴァレーリエが『お礼状』と言っていたように、丁寧な挨拶のあとに続いた内容は、私へのお礼がほとんどだ。

 先日孤児院で遭遇した自称ゴドウィン・ギブスについて報告したところ、それの調査が始まったらしい。

 政敵からの嫌がらせか、たまたま騙っているのが自分の名前だっただけなのかはまだ不明だが、自称ゴドウィンの目的と引き取られた孤児の行方ともども調べてくれるそうだ。

 面倒なことになる前に知らせてくれてありがとう、というのが主な内容だった。


「……普通に考えたら、貴族の名前を騙るって、犯罪だと思うのですが?」


 自称の方のゴドウィンはそれをしていた。

 もしかしたら私の感覚が間違いで、自称するぐらいなんということもないのだろうか。

 あまりにもお粗末な自称ゴドウィンの行動に自信がなくなり、貴族であるジゼルに話を振ってみる。

 自分の感覚がおかしいのだろうか、と。


「お嬢様のおっしゃるとおりです。貴族の名を騙ることは犯罪になります」


 貴族を自称するわりに、下町を徒歩で移動していたり、一見身なり良く揃えていたがサイズが合っていなかったりと完成度が低い。

 自称の方のゴドウィンは、突けばすぐにボロを出すだろう。


「……今さらですが、ジゼル経由で報告させた方がよかったのでしょうか?」


「私経由で、ですか?」


 きょとんっと瞬いて首を傾げたジゼルに、内心で溜息をはく。

 華爵であるジゼルは家を持ち直すために功績を欲しているはずなのだが、本人がどこかのん気で鈍い。

 私には功績の尻尾がパタパタと揺れて見えているのだが、ジゼルはその尻尾を掴むどころか、尻尾の先に功績がぶら下がっていることにも気が付いていないようだった。


「ジゼルの家は華爵なのですよね?」


「恥ずかしながら」


「華爵は功績を挙げれば数代の存続が認められたり、忠爵へと上がったりする、で間違いありませんか?」


「その通りです。女の身では爵位を上げるほどの功績は望めませんでしょうが、せめて次代へは繋げたいと考えております」


 ……そう思っているんなら、気付こうよ。


 ゴドウィンは杖爵だ。

 そのゴドウィンの名を騙る人間を捕まえれば、それはジゼルの功績となるだろう。

 少なくとも、ゴドウィンはジゼルにそれなりの恩を感じ、有力な嫁入り先を世話してくれるかもしれないし、それこそ次代への爵位存続ができるかもしれない。


「ジゼル経由でゴドウィン様へと報告をすれば、それはジゼルの功績になったのでは、と思ったのですが……?」


 本当に気付かないのか、と直球で指摘する。

 指摘を受けたジゼルはというと、可哀想なぐらいに表情おもてへと出してうろたえ始めた。


「あ……、ああ? そう、そういえば……?」


 動揺しすぎて素が出てきたジゼルは初めて見る。

 普段はアーロンとレオナルドから戦力外と数えられていても内心の不満をグッと押さえ込んでいるジゼルなのだが、今は内情がよくわかる顔だった。


「……不覚です。まったく気が付いておりませんでした」


「家を持ち直すのは、大変そうですね」


 そうツッコミをいれると、ジゼルはそっと目を逸らしたあと、無理をしていると判る笑みを浮かべる。

 動揺を押し隠そうとしているのだとは思うのだが、すでに散々うろたえる姿を見たあとだ。

 空元気でしかないことは、誰でも察せられる。


「真面目に働いて、功績を積み重ねていきます」


「領地の経営を持ち直したり、領民との関係を改善したりする、という方法もあると聞きましたが?」


 無理に功績など狙わなくとも、堅実に家を存続させる方法はある。

 そうも指摘すると、ジゼルは今度こそ私から目を逸らした。


 ……領地自体にも、なにか問題があるの?


 なにが問題なのだろうか。

 そうは思うのだが、これ以上ジゼルの事情に踏み込むのはやめておく。

 所詮他人事ひとごとと言えば聞こえは悪いが、頼まれてもいないのに首を突っ込む話題でもない。

 他所の領地とジゼルの家の問題だ。

 他人でしかない私がどうこう言える話ではない。


「……ジゼル」


「はい」


 最後にこれだけは、と声をかける。

 踏み込んで無理矢理事情を聞きだすような真似も、胸を張って手を貸すと宣言することもできないが、小指の先を差し出すぐらいならいいだろう。

 そう思って。


「他人の家のことなので、これ以上は言いませんが、なにか相談をしたり、うっかり愚痴を洩らすのなら、早目がいいと思いますよ」


 今ならうっかり王女や前国王といった権力者えらいひとに情報を洩らせる人間わたしが側にいる、と。

 どちらも公私はきっちり区別している人物なので、贔屓はしてくれないだろうが、改善策などの知恵は貸してくれるはずだ。

 ジゼルの家が持ち直すということは、領民との関係も良好な物になるということだ。

 為政者として民の幸せを考えるあの二人であれば、知恵どころか相談にも乗ってくれるかもしれない。


「わたくしはまだ子どもで頼りないと思いますが、わたくしがうっかり相談を持ち込む方々は頼りになります」


 ちょっと愚痴を零してみますか? と悪戯っぽく促してみたのだが、ジゼルは困惑した顔で黙り込んでしまった。

 ジゼルの家の問題は、愚痴としてでも外へは洩らせない種のものらしい。


 そのまましばらく待ってみたのだが、ジゼルは何も言わなかった。

 ただもの言いたげな目はしていたので、家を持ち直すことについてはまだ諦めていないのだろう。


 ジゼルの判断に任せます、と会話を終了すると、ジゼルは見るからにホッと胸を撫で下ろしていた。







 レオナルドの根回しのおかげで、離宮へは時々白銀の騎士が寄るようになった。

 そのせいかお飾りの騎士団と揶揄される白騎士も、心なし顔が引き締まって見える。

 ウルリーカはこれを「良い傾向だ」と喜び、ヴァレーリエは「普段からこうであるのが普通である」と厳しい感想を漏らしていた。


 ……書類の読み込みも、大分進んだね。


 ざっと目を通すだけなら、書類を渡されて直ぐに済ませている。

 今は二回目の読み込み作業で、気になるところや共通項、気になったところを書き出したりとしているのだが、それもあと少しで終わりそうだ。


 ……同じ薬が何度か使われてるのって、なんでだろう?


 エヴェリーナへと盛られる毒物は、記録によると同じ症状の物が何度か出てくる。

 症状だけなら似た別の毒物という可能性もあるが、それに対するオレリアの処方も同じ解毒薬なので、やはり同一の物なのだろう。

 同一と思われる毒物でも症状の度合いに差があるのは、単純な毒の摂取量かもしれない。


 ……もしかして、犯人は遊び半分か、致死量が判らずに適当に盛ってる?


 書類を見ただけでも判るのは、エヴェリーナへ盛られた毒は五種類。

 毎回摂取量が違うようで症状の度合いに差があるが、オレリアの丁寧な診断書に解毒薬の量についての注意事項が書かれている。

 同じ解毒薬が聖人ユウタ・ヒラガの研究資料に書いてあれば、再現はできるかもしれない。


 ……問題は、オレリアさんが診察できたこれまでの毒と違う毒を使ってきた場合、だよね。


 およそ二十年という長い時間をかけて同じ毒が使われていることを思えば、犯人がこの五種類の毒しか持っていないとも考えられるが、何事も楽観はできない。

 いつもと同じ毒だろう、と診断書にある解毒薬が用意できたとしても、違う毒だったら解毒薬に意味はないのだ。


 ……まあ、一番の問題は、周りも本人も警戒しているのに、いつの間にか毒を盛ることに成功している、ってことだけどね。


 一国の后の口に入れる物、手に触れる物だ。

 警戒されていないわけがない。

 にもかかわらず、犯人はこんなことを二十年も続けている。


 ……よっぽどの暇人? もしくは、絶対に疑われない人?


 とはいえ、犯人探しは私の仕事ではない。

 明後日の方向へと向かい始めた思考に、気分転換の必要性を感じた。


 ……寒さ対策を考えよう。


 国の宝たる聖人ユウタ・ヒラガの研究資料のためには、冬の暖房すら控えることになるとレオナルドから教えられている。

 できれば秋の間に読み終わってしまうか、冬の作業は諦めろ、と。


 ……でも、冬こそ本を読んで過ごしたいよ。寒くてお出かけしたくないしね!


 どうせ部屋に閉じ籠るのなら、有意義に時間を使いたい。

 しかし、研究資料の近くでは暖房が使えない。


 どうにかして火に頼らずに暖は取れないものかと考えて、思い浮かぶのは先日も考えた炬燵のことである。

 私の認識として電気で温まる炬燵というものがあったせいだが、この世界に電気だなんて便利なものはない。

 電気がない時代は炬燵に炭を入れていたと聞いたことがあるので、再現はできなくもないのだが、聞きかじりで再現してみるには火事が怖すぎる。

 そういう話を聞いたことがある、というぐらいで、実際に炭を使う炬燵を見たことがあるわけではないのだ。


 ……ああ、でもいいな。炬燵。電気付けてなくても、結構温かかったよね。


 炬燵布団で空間を区切り、そこに人の足が入る。

 人の体温で中の空気が温まり、布団で区切られているために温まった空気が逃げない。

 真冬は無理だと思うが、昼間ならば冬でもこれで耐えられそうな気がする。


 ……炬燵モドキ、作れないかな?


 電気炬燵は作れないが、形状はわかる。

 大雑把に考えれば、巨大なテーブルクロスでテーブルの側面を覆ってしまうようなものだ。


 ……あれ? 炭は無理でも、湯たんぽを足元に仕込めば、けっこう温かそう?


 電気炬燵という完成形を想像してしまうので、つい無理だと諦めてしまいそうになるが、形状としては簡単だ。

 テーブルに布をかぶせ、中の空気を閉じ込める。

 そこに湯たんぽを仕込めば、なんちゃって炬燵と呼べなくもない気がした。


 ……あ、ちょっと楽しくなってきた。


 ここしばらくは冬の部屋について考えたり、エヴェリーナの毒に関する書類を読んでばかりいたので、ちょっとした工夫程度のことを考えるのがすごく楽しい。

 やはり気分転換は大切だ。


 ……アルフさんがリバーシ盤を作ってくれた時って、どうしてたっけ?


 大工仕事には自信がないので、アルフがリバーシ盤を作った時のことを思いだす。

 あれは代金をレオナルドが支払っていたが、私がリバーシのコマや盤について話し、おおよそのサイズをアルフが決めて注文書を作って木工工房へと持ち込んでいたはずだ。

 同じことが離宮でもできれば、天板と脚の分かれるテーブルもオーダーメイドで作れるかもしれない。


 ……え? 木工工房ってどこにあるの? あ、冬の部屋を整える時に、家具を作ってくれるお店を聞くとか?


 誰に聞けばよいのだろうか、と考えて、真っ先に思い浮かんだ顔はなぜかエセルバートだった。

 ナパジ贔屓が高じてか、離宮の中庭に寝殿造りの離宮を作ってしまったエセルバートだ。

 特注魔として大工を困らせている可能性はある。


 ……そういえば、エセルバート様って冬はどうしてるんだろうね?


 寝殿造りの離宮を思えば寒そうな気がするのだが、よく考えてみれば平安時代の貴族たちはみな寝殿造りの屋敷に住んでいたはずだ。

 風通しのよい木造建築であっても、冬を過ごす方法はあるはずである。


 ……冬だけ本来の離宮で暮らしてたら、ちょっと面白いかも。


 しかし、そんな体たらくで真のナパジ好きを公言して良いものだろうか。

 エセルバートには是が非でも、寒くとも寝殿造りの離宮で過ごしていてもらいたい。


 ……エセルバート様にいただいた座椅子。回転式にできたら楽なんだけど?


 やりたいことと、できそうなこと、工夫次第では再現できるかもしれないことが次々に思い浮かび、一人で考えることの限界を感じる。

 現段階では『できるんじゃないかな?』というだけの思いつきでしかなく、何が本当に実行できるか等のすり合わせが足りない。

 素人わたしができそうだと思うことと、実際に大工プロができると思うことだって違うはずだ。


 ……ヘルミーネ先生に相談しよう。


 授業の時間を待って、ヘルミーネを捕まえる。

 どうやら逃れることができなさそうな英語の授業を粛々と受けると、休憩時間に家具の注文方法を相談してみた。


「普通は家具に求める機能と使う素材、サイズとデザインの指定を書いて侍女や使用人に渡し、彼らが職人の元へと遣いに出る、あるいは職人を呼び出して注文をします」


 でき上がりのイメージがあればそれを描いても良いし、職人を呼び出せば材料の見本サンプルを見ることができる。

 細部は口頭で伝えてもいいのだが、その場合淑女はあくまで侍女や使用人を通して、職人とは直接言葉を交わさないようにするらしい。


「……ヘルミーネ先生。わたくしはグルノールの館ではペトロナちゃ、ペトロナと直接話をして糸を注文したのですが?」


「彼女たちは商人です。お客様の前に出るために教育を受けた者と、工房の中で腕を振るう職人とでは違います」


 つまり、商人は客商売という仕事柄、貴族や王族の前に出てこられる礼節を身に付けているが、職人は礼節を身に付けるよりも自身の腕を磨くため、淑女の前へは出てこられないらしい。

 この国の貴族は自己を律する必要があるため、それほど平民に無体を働くことはないと思うのだが、それでもやはり無礼討ちという物はあるはずだ。

 無体を強いてこないからといって、気軽に付き合える人間ではない。

 そんな人間に失礼なく付き合えるだけの礼節を身に付けていないと自覚があるのなら、職人の側でだって貴族や王族と直接対面などしたくはないはずである。


「王都に知っている木工工房などないのですが、それはどうしたら良いのでしょうか?」


「どなたかに紹介していただくという方法もございますが、離宮に家具を納めた商人などいかがでしょう」


 フェリシアがドレスを作る際、第八王女のお気に入りの仕立屋が窮地にあるだろうとフェリシアは彼らを離宮へと呼んだ。

 自分の好みと第八王女の好みがまるで違うことは承知の上での行動だった。

 あれこそ、本当に突然お得意様を失った商人への救済処置だったと判る。

 仕立屋に対してはフェリシアが救済処置を行なったが、家具を調えていた商人へはアルフレッドが手を回してくれていたらしい。

 私のために整えられた夏の部屋は、アルフレッドの注文で、以前から離宮の家具を入れていた商人へと注文が出されていたそうだ。


 ……ホント、私人としては全裸王女と台風王子なのに、公人としては気遣いできる人たちだなぁ。

誤字脱字はまた後日。

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