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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第8章 箱庭の天聖邪

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秘密のお茶会 2

 フェリシアは『お母様の離宮』と言っていたが、妃が住む離宮は王の居城と回廊で繋がった建物だ。

 離宮自体の正門は居城と別にあるのだが、どちらにせよ恐ろしく大きい。

 私が滞在している離宮は『小さめ』と聞いていたが、グルノールの館よりも大きいためあまり小さいという実感がなかった。

 しかし、こちらの離宮を見れば、確かに小さな離宮だと思える。


 ……比較対象がすごいだけだけどね。


 建物は広いが、クリストフの二人の妃とは一度顔を合わせたことがあるため、少しだけ気が楽だ。

 お妃様を私の自立訓練の相手として利用するのはどうかと思うが、丁度良い相手でもあるのだろう。

 ほどほどに緊張をする、しかし無様な姿など見せられない相手であった。


 ……誰だろう? あれが第一王子エルヴィス様かな?


 護衛とはいえ、レオナルドのエスコートで回廊を歩いていると、中庭で飛び跳ねる黒髪を見つける。

 黒髪の小さな男の子が飛び跳ねていたために視線が行ったのだが、男の子の正体は闘技大会で会ったアンセルムだ。

 

 妃の離宮にはアンセルムを産んだジョスリーヌも住んでいるため、アンセルムが離宮の中庭で遊んでいたとしても不思議はない。

 不思議はないのだが、アンセルムと一緒にいる金髪の男性には見覚えがなかった。

 

 単純な思考にはなるが、金髪であろうと思える男性の心当たりといえば、名前が出てくる人物が第一王子しかいない。

 第一王子はディートフリートの父親だ。

 金髪のディートフリートの父親なのだから、第一王子自身が金髪である可能性はある。

 顔が祖母グロリアーナに似ていれば断定できるのだが、と少しだけ意識してそちらを見ると、レオナルドの体によって視線が遮られた。


 ……あれ? 隠された?


 気のせいかな? とレオナルドの顔を見上げてみる。

 キリリと引き締まった顔つきで前方を見ていて、何を考えているのかは判らない。


 ……お仕事モードのレオナルドさんはカッコいいね。前は顔が怖かったけど。


 闘技大会ではカッコいい姿を見せてくれると言っていた気がするが、試合会場で剣を振るっている姿よりも、真面目に仕事をしている今の顔の方が格好良いと思う。

 正直なところ、遠眼鏡ごしに見た棒人形同士の手合わせは、いまいち迫力が足りなくて面白いものではない。

 前世のコンサート会場のようなアーティストの表情や流れ落ちる汗まで見える大画面で、迫力のある試合が見られるのなら盛り上がりもときめきもあるのだろうが、残念ながらそんな素敵な設備はなかった。

 実況なんてものもなく、あったのは審判役の試合開始と終了の合図だけだ。


 ……スポーツ中継と似てるね。ルールが解れば楽しめるんだろうけど。


 私には物足りない物だったが、大画面などないのが当たり前なこの世界の人には普通に楽しめるし、興奮する試合だったようだ。

 途中から一緒に見ていたアンセルムは大興奮だったし、そのせいでせっかくフェリシアが口裏を合わせてくれたというのに、私がエセルバートの席から試合を見ていたということがレオナルドにばれてしまった。

 相手がフェリシアより警護が厳重なエセルバートだったのでそれほど怒られはしなかったが、警備の都合を考えてフェリシアと一緒にいるようにと言い含められていたのだ。

 たしかに、フェリシアの側を離れれば怒られるのは仕方がない。


 離宮の侍従の案内で回廊を進み、応接室へと案内される。

 離宮には大きな応接ホールがあるらしいのだが、私的な客はこちらへと通されるそうだ。

 侍従によって両開きの扉が開かれると、奥にはグロリアーナと見知らぬ金髪の男性がいた。


 ……さっきの人とは違うけど、誰だろ?


 そうは思うのだが、疑問は表情おもてへと出さず、フェリシアに続く。

 本日妃の離宮を訪問すると言い始めたのはフェリシアなので、フェリシアに倣えば問題ないはずだ。


「ごきげんよう、お母様。エルヴィス兄上。噂のふくろうを連れまいりましたわ」


 梟とは私のことだろうか、と内心で突っ込みつつ、紹介されたようなので挨拶をする。

 グロリアーナに会うのは二度目だが、第一王子と会うのは初めてだ。


 ……闘技大会では、王族全員に会う前にエセルバート様の席に隠れちゃったしね。


 王爵を持たない王子・王女に会う必要はないようだが、庇護してくれるらしい国王とその妻や、王爵へは挨拶をしておいた方が良い。

 そういう意味では、まだ正妃として数えられるお后とも顔を合わせたことがなかった。


「お初にお目にかかります、エルヴィス第一王子。……いつかは可愛らしいお菓子をありがとうございました」


「これはご丁寧に。でも、そうかしこまる必要はないよ。いつもレオナルドの足を蹴っているお転婆な妹君だと聞いているしね」


 ……何処から漏れた情報ですか? アルフレッド様しかいませんね。さて、どうしてくれようか。


 レオナルドであれば特注靴の洗礼を食らわせるところなのだが、相手が王子ではさすがに同じことはできない。

 私にできるアルフレッドへの報復があるとすれば、アルフ情報を伏せるか、グルノールの街へと帰ったあとでアルフレッドの所業をアルフへと言いつけるぐらいである。


「でも、お妃様の離宮へお邪魔するとは聞いていましたが、なぜエルヴィス様もご一緒なのでしょう?」


 母親の住む離宮なのだから、エルヴィスも離宮に住んでいるとも考えられるが、王爵を得た王族は貴族街に館を与えられ、そこに住むと聞いた気がする。

 この記憶が間違っていなければ、エルヴィスもまた貴族街に屋敷を持っているはずだ。

 となると、王爵を持つ王子が昼間から仕事で母親の離宮にいる、とは少し考え難い。


「それほど不思議がることはないわ。兄上は仕事熱心な方ですもの」


「仕事熱心な方だと、離宮におられるのですか? つまり、通勤時間の短縮を目的として、離宮にお部屋があるのだとか……?」


 同じ王城内であっても、移動に馬車を使うぐらいだ。

 貴族街にある屋敷と王城を毎日往復するのは、それだけでも相当な時間がかかる。

 王子ということは、幼少時は妃の離宮に住んでいたはずでもある。

 当時使っていた部屋をそのまま、もしくはこれだけ大きな離宮なのだから、新たに部屋を用意することもできるだろう。

 

 勝手に辻褄を合わせていくと、なんとなく納得できてきた。

 ただ、私の呟きを聞いたフェリシアが「そういう考え方もあるわね」と美しい顔で微笑んでいたので、私の考えが間違いであることは理解できる。

 どうやら貴族街に住んでいるはずの第一王子が母親の離宮にいることには、私に想像がつかないような理由があるらしい。







「……まずは、クリスティーナ嬢には礼を言っておこう。きみに刺激されたのか、ディートフリートが文字を書けるようになった」


 王位に近づける予定のない子であったため、伸び伸びと育てさせたのだが、さすがに字ぐらいは書けてほしかったというエルヴィスに、自分の目が据わるのがわかる。

 そういえば、エルヴィスはディートフリートの父親だった。

 我儘で我慢の利かない息子を育てた一因を担っているはずだ。

 そんな父親が、のん気にも近頃はディートフリートの文字が綺麗になってきただとか、貴族的な言い回しができるようになってきただとか、ディートフリートの成長を喜んでいる。


「……ディートフリート様を人並みに育てたかったのなら、なぜ家庭教師を解雇されたのですか?」


 ヘルミーネであればディートフリートが癇癪もちであろうと、我儘な暴君であろうと、根気強く付き合い、一人前の王子へと教育できたはずだ。

 途中で手放す人材としては、惜しすぎる。


「ハルトマン女史は祖父が用意してくれた家庭教師で……なんというのか、その……」


「ディートフリートを甘やかしたいナディーンと対立し、ディートフリートの教育に対してまったく向き合わない兄上たち夫婦に呆れて、逃げられたのよね、たしか」


 歯切れの悪いエルヴィスに代わるように、フェリシアがその辺りの話を聞かせてくれた。

 教育熱心なヘルミーネは早々にディートフリートを取り巻く環境が悪いと見破り、環境の改善を訴えたそうだ。

 乳母と引き離すか、使用人を入れ替えるか、と。

 エルヴィスはこのヘルミーネの訴えを聞き入れず、かといって祖父であるエセルバートの用意したヘルミーネを解雇することもできず、ヘルミーネとナディーンの争いは三年続いた。

 そして三年目のある日、礼儀正しく静かに食事を終えたディートフリートを見て、ヘルミーネはこれが自分にできる限界である、と退職を願い出たそうだ。

 今のままの環境では、食事の間は静かにする、というあたり前すぎることを躾けるのが限界だ、と。


「良い教師だった。そう思ったから、彼女にはディートフリートを王位に近づけるつもりはないと説明もしたのだが……残念ながら、彼女には王族を最初から愚者として育てることへは理解も共感もされなかったよ」


「……ナディーンは理解と共感をしたのですか?」


 今日は侍女として同行しているナディーンを一瞬だけ見て、視線をエルヴィスへと戻す。

 正直なところ、私もヘルミーネに賛成だ。

 民の納める税の上に座っている王族に、故意に育てられた無能な王子など、国民として嬉しくはない。

 王子として君臨する以上は、それなりの努力と成果を求めたかった。


「ナディーンは私の乳母でもあった。すべてを承知で、泥を被ってくれることになったんだ」


 ……つまり、ディートをダメ王子に育てたのは故意で、優秀な侍女って評価は本当なんですね。


 それはそれで、どうかと思うのだが。

 すべて、と簡単に纏められた部分には、クリストフから追想祭の日に聞いた事情が当てはまるのだろう。


「わたくしにナディーンが付けられたのは、なぜですか?」


 乳母で優秀な侍女だというのなら、エルヴィスだって手放したくなどなかったはずだ。

 それなのに、なぜか私の侍女として与えられていた。


「ナディーンは優秀な侍女だ。忠誠心が高く、長年王家に仕えているため父上もナディーンを信頼している。王の命であれば、新たに主となる少女の身分など瑣末なことと受け止め、忠節を尽くしてくれるだろう」


「……なんとなく解りました」


 つまりは、優秀な侍女は割り切りも上手い、ということだろう。

 主となる私が平民であろうと、孤児であろうと、国王に仕えるようにと命じられれば、なんの疑問も不満も抱くことなく主人として仕えることができる人間なのだ。

 そういった意味でも、優秀な人材なのだと思う。


「ナディーンのクリスティーナ嬢への接し方は、きみ次第だ。ディートフリートのように甘やかせてほしければその通りに、王子の嫁になりたいと望めば、それに相応しいように育ててくれるだろう」


「どちらもお断りですよ」


 エルヴィスの不吉な言葉を遮り、故意にナディーンを振り返る。

 王子と話しをしていて、明確に別の人間と話しはじめるのは礼儀知らずにもほどがある行為だとは思うのだが、これは故意だ。

 王子の嫁になどなりたくないので、礼儀知らずな子どもの振りをする。


「わたくしはレオナルドお兄様の妹で、王子さまのお嫁さんになどなる予定はありませんが、ディートフリート様のような我儘な子どもにもなりたくありませんので、甘やかしすぎは困ります」


 淑女としての振る舞いは覚えたいので躾けてくれるのは歓迎するが、ほどほどに甘やかしてもほしい。

 大事なのは加減だ、と言い募ると、レオナルドが困った顔をしているのが見えた。

 たしかに、妹が王族へお尻を向けて侍女と話しをしていたら、兄としては困るだろう。

 護衛としては、困惑をしてもその場を動くことはできないが。


「王子の妻になりたくない、というのなら、なぜディートフリートを矯正した? きみが王子の妻になるためには、ディートフリートが一番年回りが合うはずだが……」


「一国民として、あんな我儘な王子さまは嫌です」


 ほかに理由などあってたまるか、と薄い胸を張ってみる。

 まだ子どもなので私の稼いだお金を税金として納めたことはないが、税を納める国民としては、ディートフリートが気まぐれに齧るお菓子代に税金が使われるというのは我慢がならない。

 勉強のためのインクや白墨チョーク代に変わるのならいいが、我儘なだけの子どもが贅を貪るために税金が消費されるなんて嫌だ。


「我儘を治すために、ご学友でも付けられてはいかがでしょう? 人付き合いから学ぶことも多いと思います」


 負けず嫌いなところもあるので、勉強にも身が入るかもしれない。

 そう提案したところ、今から学友を付けるのは難しそうだ、と言われてしまった。


「マンデーズの家庭教師は優秀だな。基礎教養に加え、礼儀作法、乗馬、社交……王族として最低限必要な学はほとんど叩き込み終わったそうだ」


「マンデーズにいるのは家庭教師ではなく、家令だったはずですが……」


 有能家令イリダルはあのディートフリートを恐るべき速さで矯正してくれているようだ。

 王爵を得るための勉強が始められるぐらいには、基礎の力がついたらしい。

 そろそろ英語も身に付きそうだという新しい情報に、なんとなく私の方が焦りを感じる。

 私はまだ少しだけ苦手意識が残っており、オレリアへと手紙を出すこともなくなってしまったため、英語に対しては勉強意欲も減っていた。


「……すごいですね、ディートフリート様」


 頑張っているなぁ、とそこは素直に感心しておく。

 イリダルに矯正されて暴君が直っているというのなら、次に手紙が来た時にはもう少し長文で返事を書いてもいいかもしれない。


「頭の痛い話でもある。私と妻の子なのだから、やればできる子だとは思っていたのだが……」


 優秀すぎては困るのだ、とエルヴィスは眉を寄せる。

 王位へと近づける予定のない王子なので、優秀さを示されては困るのだ、と。


「お婿にでも出したらいかがでしょう?」


「貰ってくれるか?」


「要りません」


 ほとんど反射で応えていたが、さすがに失礼すぎる返答だ。

 これにはフォローが必要かと思って、追想祭でクリストフから聞いた話をしておく。

 私をクリストフの養女としてディートフリートを婿にすれば、ディートフリートを王位に近づけることになるらしい、と。


 ……まあ、これだとたぶん王は私で、旦那様は王配ってことになるんだろうけど。


 どちらにせよ、お断りすぎる未来予想図だ。


「今もかはわかりませんが、マルコフ家のバシリア様がディートフリート様をお好きなようですよ。バシリア様の婿へ出してはいかがでしょうか」


 イリダルが仕込んだというのなら間違いはないと思うが、本当に優秀であるのなら、領地経営にも積極的に参加することだろう。

 バシリアの婿としてラガレットに行くというのも、王位から遠ざけるという意味では有効なはずだ。


「……なんでしょう?」


 思いつく限りのバシリアへの婿入りから発生するであろうメリットとデメリットを挙げていると、じっとエルヴィスに見つめられていることに気がついた。

 少し調子に乗りすぎただろうか? と心配にはなったが、今さら猫を被っても仕方がない。

 伸び伸びと素を出したあとでは、まさに後の祭りすぎた。


「私の息子は、本当に脈がないようだな」


 ため息混じりに出てきた言葉に、なんだそんなことかとホッと胸を撫で下ろす。

 ディートフリートに脈など最初からあるわけがない。

 出会いも最悪だったが、私とディートフリートとでは少々どころではなく相性が悪いのだ。


「ご存知かと思いますが、わたくしは前の人生の記憶を持つ転生者です」


 だから子どもは結婚相手としては考え難い。

 正直にそう告げると、エルヴィスは不思議そうな顔をしたので、男女を逆にして想像してほしい、と言ってみた。

 男性視点では若い嫁というのは嬉しいかもしれないが、女性視点では若すぎる夫というのは不安がある。

 今生の実年齢は釣り合っているのかもしれないが、どうしてもディートフリートのことは子どもを見る目でしか見られないのだ。

 夫にどうかと言われれば、お断りであるとしか答えようがなかった。

時間切れ。

お茶会はあと少し続きます。


誤字脱字はまた今度。

誤字脱字、みつけたものは修正しました。ひどかったです。

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