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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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肖像画と悪戯心

 追想祭が終わったので、遠慮なく髪を切る。

 追想祭は古風な衣装を着ることになるため、凝った編み方をしたいというカリーサの希望で長いままでいた。

 私が髪を切ることについて、髪をいじる楽しみが減る、とカリーサはまだ少し反対なようだったが、結局折れた。

 ただバシリアのように短く、という私の注文には最後まで抵抗をみせ、折衷案として肩より少し下の長さに落ち着いている。


 出会った頃の長さに戻った、というのはレオナルドの感想だ。

 確かに、このぐらいの長さだったかもしれない。

 少し魔が差したので、呼び方も戻りましたね、と言っておいた。

 最初の頃は舌が回らなくて『レオにゃルドさん』と呼んでいたが、距離感としては今一番多く呼んでいる『レオナルドさん』と同じだ。

 呼び方が愛称と『お兄様』から離れたのはレオナルド自身の行いの結果なので、もうしばらくはこのままでいい。


 ……や、そろそろ意地悪も可哀想だから、許してあげようかな? とは思ってるんだけどね。


 先日、用意していた誕生日プレゼントが出来上がった、とレオナルドに一抱えもある薄い箱を渡された。

 ベッドを占拠する熊のぬいぐるみという前例から、レオナルドにしては常識的な大きさの箱だな、と思いつつも礼を言って受け取ったのだが、箱から出てきたものにはなんとも言えない気分になる。

 仔犬のコクまろを傍らに、桜モチーフのワンピースを着た九歳の私が木陰で微笑んでいる、といった実に微笑ましい肖像画が箱の中には収められていた。


 ……こんなポーズ、一度もとった覚えはないんだけど?


 レオナルドに絵が描けるとは思えなかったので、作成法の謎はその場で確認する。

 なんでも、ラガレットで手に入れた素描デッサンを元に、グルノールで腕の良い画家を探して描かせたらしい。

 すでに成犬に近いサイズだったコクまろについては犬種を、ワンピースについては現物を持ち込んで依頼したのだとか。


 ……あの素描にこんな使い方があるなんて、知らなかったよ。


 なんにせよ、絵画としては素晴らしい出来だと思うのだが、私に自分の肖像画を部屋へと飾って眺める趣味はない。

 その場で呼び方を『レオナルドさんへの遅めの誕生日プレゼント』と変更して返品したのだが、レオナルドは嬉々として肖像画を部屋に飾り始めたので、プレゼントをつき返されたという事実に気が付いていないのかもしれなかった。

 もしくは肖像画の出来が気に入っていて、手放すのが惜しくなった、ということもあるかもしれない。


 ……まだまだ私の側に立って考えてくれる、ってことは身に付きそうにないね。


 菓子ではなくなった。巨大すぎる物でもなくなった。

 その点は評価してもいいかもしれない。

 ただ、もう少し考えてほしかった。

 自分の肖像画を貰って喜ぶような趣味は、私にはない。


 ……や、実は一般的なの? 肖像画を贈るのって。


 私の常識かちかんで見るからおかしいのか、と不安になってヘルミーネに確認したところ、貴族階級では普通の贈り物らしい。

 自分のお抱えの絵師に肖像画を描かせ、絵師の腕を自慢しつつ相手を褒めるのだとか。


 ……レオナルドさんにしては、事前に考えてのプレゼントだったんだね。


 その場で送り返して、少し悪いことをした気がする。

 今からでも受け取って部屋へ飾るべきだろうか、と一瞬だけ考えたが、やはり考えなかったことにした。

 そういう習慣があることは理解したが、やはり私には自分の肖像画を部屋に飾るような趣味はない。







 相変わらず、メンヒシュミ教会へ通う以外はほとんど館で過ごしている。

 それでも暇と感じないのは、私がインドア派だからだろう。

 外へと出かけて遊びを探すよりも、館でヘルミーネの授業を受けたり、刺繍をしたりしている方が楽しい。

 近頃はなぜかバシリアからも手紙が届くようになったので、手紙を書く回数が増えた。

 自分で文面を考えて返事を書くことが多いので、この国の言葉については読み書きにほとんど不自由がなくなってきたと思う。

 最近では、ヘルミーネには文字や文法の間違いを確認してもらうのではなく、内容に問題がないかを相談に乗ってもらっているぐらいで、ほとんど一人で書けるようになった。


「バシリアちゃんの子守女中ナースメイドは、もう完全に元気みたいですね」


 事件直後は正視するのが気の毒になるほど腫れていた顔だったが、今は綺麗に治ったらしい。

 腕の骨も折られていたが、骨折はひと月ほどで治癒したのだとか。

 しばらくは外出を怖がっていたようだが、それでは子守女中としてバシリアを守れない、と奮起して恐怖を乗り越えたようだ。


 バシリアからの手紙を読み上げると、カリーサも少しホッとしたように微笑む。

 子守女中として同業者の具合が気になっていたのだろう。


「……ウィリアムは国から切り捨てられたみたいですね」


 ラガレットの誘拐犯がどうなったのか、レオナルドは私に教えてくれなかったが、バシリアからの手紙にはしっかり書かれていた。

 この辺りはジェミヤンとレオナルドの教育に対する姿勢の違いだろう。

 レオナルドは私の目に嫌なものや怖いものが入らないように行動し、逆にジェミヤンはバシリアにそういった物も含めてつまびらかに見聞きさせる姿勢のようだ。

 どちらが正しい、とは一概には言えないが、アルフのように自分なりの情報網を作っておくことは重要かもしれない。


「サエナード王国に問い合わせるも、そのような者は我が国には存在しないとの返答、と」


 男爵家きぞくと言っていた気がするのだが、簡単に切り捨てられたようだ。

 他国に侵入して誘拐騒ぎを起すような者は、自国の貴族にはいない、と。


 ……まあ、私だって同じ判断をすると思うけど。


 誰に命じられたのか、独断かは判らないが。

 他国に侵入して誘拐騒ぎを起した挙句に捕縛され、内々に問い合わせがあるのならまだしも公式に国へと問い合わせられたら、そんな奴は知らない、としか答えられないだろう。

 サエナード王国といったら、数年前にこの国と戦争をしている。

 ウィリアムの暴走のせいで、また戦争が起こる可能性だってあるのだ。


「サエナード王国の貴族ではないと確定したので、遠慮なくお話を……つまり、拷問?」


 貴族でないのなら、どう扱っても問題はなかろう、とジェミヤンは手っ取り早い方法に移ったのだろう。

 バシリアからの手紙には「お話をしています」とだけ書かれているが、文章の前後を見れば物騒な単語が潜んでいる。

 十中八九は拷問が行なわれているのだろう。


 ……さすがに、それをバシリアちゃんに話すのはどうかと思います、ジェミヤン様!


 レオナルドほど過保護に隠されるのは困るが、こうもあけすけに黒い部分を娘に見せていいものなのだろうか。

 バシリアの将来が心配である。


 手紙の続きには、前後関係を精査したのちは生かしておく理由もない、等と物騒な言葉が続いていた。

 本当に、バシリアの将来を心配した方がいいかもしれない。

 ジェミヤンの教育方針は、バシリアの情操教育にあまりよさそうな環境とは思えなかった。


 ……あ、一応男爵家にも個人的に問い合わせを入れるんだ。


 国からは切り捨てられたウィリアムだったが、さすがに家族は違うと信じたい。

 男爵家へのなんらかの取引材料になるようであれば、ウィリアムも一応は生かされるだろう。


 ……それにしても、ジェミヤン様怖いよ。


 私の前では穏やかそうな紳士だったが、よくよく思い返してみればスケベイからも忠告らしき物を受けている。

 レオナルドとの関係は微妙であり、警戒が必要だ、と。


 ……芸術好きの紳士、って感じではあるんだけどね?


 ジェミヤンの顔を思いだし、彼が大切にしていた画廊についてが引きずられるように思いだされた。

 様々な絵画で飾られた画廊で、ジェミヤンから刺繍で描かれた絵画を譲られている。

 あの時の絵は、今は三階にある私の部屋に飾られていた。


 ……刺繍で絵画って、ちょっと自分でもやってみたいんだよね。


 布と糸代はなんとかなると思う。

 いつかのオレリアへ贈るはずだったハンカチの代金が、ほとんど残っていた。

 問題があるとすれば、私に絵心がないことだろうか。


 ……初心者用の簡単な製作キットとかないかな。もしくは誰かが下絵を描いてくれると嬉しいんだけど?


 と、そこまで考えて、ふと悪戯を思いつく。

 絵心のある知人が一人、私にもいた。







 バシリアから手紙が届くようになると、なぜかディートフリートからも手紙が届くようになってしまった。

 どこからどんな情報が流れて、この文通状態が作られてしまっているのかが少し気になる。


「……読めない」


 マンデーズの街からイリダル経由で届けられた手紙は、封筒は綺麗なのだが、便箋を開いてみると解読に時間を要する難解な記号が綴られていた。

 難解なのは、なにも古代語や英語が使われているからではない。

 ただひたすら単純に、ディートフリートの字が下手なのだ。


「……イリダルの作戦、かと? ディートフリート様に勉強をさせるため、お嬢様にお手紙を書かせて、読み書きを叩き込む作戦……だと思います」


「なるほど。読み手が私なのはディートのやる気を、イリダルの目的は読み書きを身につけさせる、ということは……」


 遠慮なくヘルミーネへと献上してもいい手紙ものなのだろう。

 公人からの私的な手紙と考えれば他者ひとに見せるのは躊躇うかもしれないが、あくまでこれはディートフリートの勉強の一環なのだ。

 私が採点するよりも、よほど相応しい人がこの館にはいる。


「ヘルミーネ先生、ディートフリート様からのお手紙を採点していただけますでしょうか」


わたくしはもうディートフリート様の教師ではないのですが……」


 そんなことを言いながらも、ヘルミーネは快く採点を引き受けてくれた。

 どうやら、自分が教えていた頃は基本文字すら覚えようとしなかったディートフリートが、つたなくとも手紙を書けるようになったという事実に感動を覚えているようだ。

 三姉妹を育て上げた有能家令イリダルはさすがである。

 マンデーズの館に囲うことで、ディートフリートを育てた乳母や使用人から完全に引き離せたことも大きいだろう。


 ヘルミーネによって紙が赤く見えるほどに修正された便箋を封筒に入れ、私はというと「字が汚くて読めません」と一言だけメッセージカードを入れる。

 おそらくは、初めての手紙に対する返事だ、と楽しみにしているだろうディートフリートには酷な内容だと自分でも思う。

 が、ここで甘い顔をしてはいけないと、短い付き合いで充分に学んでいる。

 ディートフリートには冷たいぐらいで丁度いいのだ。


 ……次はもう少し読める字で来るといいね。


 手紙を送ってくれるようカリーサへと手渡す際に、自然とこう思った自分に少し驚く。

 結構迷惑を被ったと思っていたのだが、どうやら私はもう少しぐらいディートフリートに関わってやってもいいか、と思っているようだった。

夏の闘技大会までつきませんでした。

次は多分夏の闘技大会。


誤字脱字はまた後日。

誤字脱字、みつけたものは修正しました。

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