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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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子どもたちの春華祭 1

 春華祭しゅんかさい二日目は、ミルシェたちとお祭りを回る約束をしていた。

 そのため、朝食を食べ終わるとカリーサをお供に街へと出かける。

 メンヒシュミ教会へ出かけるのも二日に一度なので、連日私が街へ行くのは意外に珍しい。

 街の中に住んでいても、メンヒシュミ教会へ行く以外は相変わらずほとんどを館の中で過ごしているのだ。


 ……改めて考えると、私の生活スタイルは深窓のご令嬢だね。


 特に用事がないから館から出ないだけなのだが、これが平民の子どもの生活と思えば少しおかしい。

 住んでいる場所もあるかもしれないが、ミルシェは家の手伝いをしていると聞くし、ペトロナやエルケだって家業を手伝っている。ニルスやルシオは私の相手をすること自体が仕事だ。

 ヘルミーネの授業があるとはいえ、一日中が自由時間も同然なのは私だけだった。


 ……や、テオもそうだった。


 レオナルドに諭されて以来、授業態度は改善したし、ミルシェの仕事を気まぐれに手伝うことはあるらしいのだが、基本的にテオは自由気ままに遊び暮らしている。

 どこの母親も息子は可愛いらしく、ミルシェには厳しい母親も、テオは溺愛して好き放題にさせているのだとか。


 ……絶対、テオが赤ん坊同然なのって、母親のせいだよね。


 そう考えると、テオとディートフリートは少し似ている気がした。

 どちらも本来躾けを行うべき人間に仕事を放棄され、ひたすらに甘やかされて自由に放置されて育った結果の暴君だ。


 ……このまま改善していくといいね、テオもディートも。


 そんなことを考えている間に、待ち合わせ場所へとついた。

 騎士の住宅区と富裕層の住宅街の境界に立つ見張りの騎士から少しだけ距離をとって、ミルシェとテオ、ルシオとニルス、ペトロナとエルケといったおなじみの顔ぶれが揃っている。


「ミルシェちゃん可愛い……なんですか? 蝶のはねですか」


 春華祭を迎えて私に付き合ってくれていた犬耳の仮装はなかったが、今日のミルシェの背中には、昨日街でみかけた子どもの仮装と同じような蝶の翅が付いていた。

 近くで見ればお世辞にも出来がいいとは言えないが、可愛らしい蝶だ。

 よく見れば、テオの背中にも同じ柄の蝶の翅が付いていた。


「おまえこそ、なんで翅つけてないんだよ。しゅんか祭は子どもにとって一年に一度のかせぎ時だぞ!」


「なんでと言われても……」


 子どもが恋の仲立人キューピッドをして菓子や小遣いを稼ぐ風習があるとは聞いたが、積極的に参加をする気にならなかったというか、館でバルトのお手伝いと称して贈り物を届けただけで行事への参加は達成した感がある。

 さらに言うのなら、もともと私は人見知りだ。

 街の子どものように、積極的に恋の仲立人になるため、仲立ちを必要としている大人に声をかけるなど、少し考えるだけでもハードルが高かった。


「ほら、やるよ!」


「ありがとです?」


 ずいっとテオの手が差し出され、反射的に手をお皿にして受け取る。

 ポンッと手のひらに載せられたのは、黄色い紙に包まれた飴玉だった。


「え? テオがお菓子くれた!? なんで?」


 驚いて顔をあげると、自信満々といったドヤ顔のテオと、苦笑いをしているエルケの顔がある。


「今年のおれはすごいぞ! 恋の仲立人を昨日だけで三人からたのまれたんだからな!」


「……三人って、すごいの?」


 胸をそらして自慢げなテオには悪いが、現在城主の館に滞在中の白銀の騎士だけでもその倍はいる。

 家の中だけの仲立ちにはなるが、私が運んだ数の方が多い。


 いまいちすごさが判らなくて首を傾げると、テオは気分を害したように唇を尖らせた。


「三人はすごいんだぞ! いままでで一番だからな!」


「それは、すごいね?」


 ……よくわからないけど。


 とりあえずテオが自慢しているので、すごいねと感心しておく。

 平均がわからないので本当にすごいかどうかは判らなかったが、テオが自慢しているのだ。

 褒められたいのだろう。


 すごいすごい、とよくわからないながらもテオを褒めると、テオは判りやすく調子にのった。

 そして腰に手を当てて胸を張ったまま、触れてはいけない話題に触れる。


「おまえはどうだった?」


「……初めてのお祭りだったので、カリーサたちとお祭り見学しました」


 嘘はつきたくないし、正直に話してテオの心をへし折るのも気が引けたので、嘘ではないがテオの質問からは少しそれた答えを返す。

 私なりに気を遣った回答だったのだが、調子に乗り始めたテオは思わず殴りたくなるようなドヤ顔を輝かせ、春華祭の楽しみを半分以上逃しているぞ、と言ってニヤニヤと笑う。


「お祭りの楽しみかたは、人それぞれだよ」


 そろそろこの話題から外れたいのだが、テオはどうしても今年は人生で一番多く恋の仲立人を頼まれた、という自慢話を引っ張りたいらしい。

 満面のドヤ顔を浮かべたまま、勝負をしよう、と言い始めた。


「面倒そうなので、です」


「やってみろって! ぜったい楽しいし、お菓子もらえるんだぞ!」


 ……現時点で、テオのテンションが面倒臭いよ!


 そうは思うのだが、テオの提案は案外悪くないかもしれない。

 面倒臭いのはとりあえず我慢するとして、恋の仲立人とは要は贈り物を配達するだけのお使いだ。

 お使いを達成するとお礼として菓子や小遣いが貰えるが、お使いをする側の子どもはお金を一切使わない。

 お金持ちの子どもも、家が貧乏な子どもも、一緒に楽しめる行事かもしれなかった。


「……じゃあ、午前はお祭りを回って、午後から夕方まで勝負ってことでいい?」


「おう!」


 今日の予定として恋の仲立人勝負を組み込めば、テオはようやく静かになった。

 どうも昨日の成果が嬉しくて、今日も引き続き恋の仲立人をしたかったらしい。

 これまでは悪戯などをして怒られるばかりで、人からお礼や誉められることが殆どなかったのだとか。


 ……うん、テオは順調に更正中だね。


 テオとは一つしか違わないのだが、なんとなくお姉さんな気分がして、テオの成長を温かく見守ることにした。

 まだまだ暴君なところは残っているが、このまま更正していけば、すぐにミルシェのいい兄になってくれるだろう。







 午前のお祭り見学は、ニルスの解説付でいろんな催し物をしている施設を回った。

 昨日のお出かけは予期せぬエセルバートとの遭遇によって途中で館へと帰ることにしたので、正直ニルスの案内は嬉しい。

 ニルスの春華祭に対する理解はヘルミーネに近く、恋の季節というよりは商業系の教会が中心になって盛り上がるお祭りということだった。

 ニルスの所属するメンヒシュミ協会では、本を中心としたのみいちが行なわれているらしい。

 読まなくなった本や、図書室の新しい本と入れ替えたため不要になった古い本、他にもメンヒシュミ教会で印刷したばかりの新刊本なども販売しているそうだ。

 城主の館にもない新刊本は少し気になったが、私たち一行はカリーサ以外全員子どもだ。

 やはり本や花よりも、食べ物の屋台を覗く時間が一番長かった。


 ……テオはホントに成長したね。


 以前は母親から貰った小遣いで自分だけが屋台で物を買っていたのだが、今日は買った物をミルシェとはんぶんこで食べている。

 ミルシェとの仲も多少改善されているようで、なんだか少し寂しい。

 以前はミルシェが『ティナおねえちゃん』と私を慕ってくれていたのだが、今は名前を呼ばれる頻度がテオと半々ぐらいだ。

 少し妬けてくるのだが、これは仕方がない。

 私はあくまで他所よその『お姉ちゃん』であって、血の繋がった兄には勝てないのだ。


 お昼になって一度解散をする。

 テオが言い出した恋の仲立人勝負をするために、仮装をする必要がでてきたからだ。


 いつの間に用意していたのかは判らないが、私用にと作られた蝶の翅を背中に背負う。

 贈り物を届けてお礼を貰う、という行事のためか、小さな背負い鞄に翅を付けた、という形だ。

 仮装といっても蝶の翅のついた鞄を背負うだけなので、そう時間はかからない。


 蝶の翅も付けたし、と合流場所である騎士の住宅区入り口へと戻ると、テオが待ち構えていた。


「いいか! いっぱい恋の仲立人をやった奴が勝ちだ!」


 単純明快なルールを宣言し、テオがミルシェの手を掴む。

 兄妹仲が良いのはいいことなのだが、少々面白くない。

 が、男女に分かれて勝負をしよう、という話になった時、カリーサがいる分だけ女の子の数が多かった。

 そのため、数合わせにミルシェをテオに取られてしまったのだ。

 ここは多少面白くなくとも引き下がるしかない。


 ……ってか、大人カリーサを数に含めるって、実質こっちのがハンデ付けられてる気がするんだけど?


 大人のカリーサに恋の仲立人を頼む勇者はおるまい。

 そうは思うのだが、テオは止める間もなくミルシェを引っ張っていってしまったので、どうしようもなかった。

 とくに勝ちにこだわるような勝負でもないので、普通にお祭りを楽しめばいいだろう、と割り切ってあとに残されたエルケとペトロナに向き直る。

 どこから回るのが効率的かと相談し始めると、少し離れたところに立っていた見張りの黒騎士に手招きをされた。


「……なんですか?」


「午前にティナちゃんたちが恋の仲立人をする、って話が聞こえてさ。砦の黒騎士への仲立ち希望の贈り物を、預かっておいたよ」


 これを砦の騎士たちに届けてほしい、と脇に集めてあった贈り物の山を見せられる。

 パッと見ただけでも、テオが昨日頼まれたという三つどころの数ではない。


「……これ、反則じゃないですか?」


 間違いなく、この山を砦へ運ぶだけで勝負がつく。

 それだけの数が目の前に積まれていた。


「テオが俺に声をかけたら、俺はテオにこれを頼んだよ」


 だから反則ではない、と見張りの黒騎士はうそぶく。

 テオは確かに声をかけなかったが、私のことは彼が呼んでいるので、ギリギリ反則な気がしてならない。

 少しだけ逡巡していると、見張りの黒騎士は苦笑を浮かべて私の背中を押した。

 どうせグルノール砦の中へ入って怒られない子どもなど、私しかいない、と。

 だから気にする必要はない、とも。


 ……私だって、遊びに入ったら怒られると思うけどね?







 チーム分けは男女だったため、エルケとペトロナも同じチームだ。

 遠慮なく手を借りて、全員で砦の黒騎士への贈り物を運ぶ。


 砦の入り口で門番に事情を話し、エルケとペトロナが砦へ入ることへの許可を貰う。

 本来なら絶対に下りない許可だったが、門番宛の贈り物を渡すと『こっそり』通してくれた。

 一応『こっそり』という風体で進むように、と。


 砦の黒騎士への贈り物は、こちらの想像以上に喜ばれた。

 当然のことながら、春華祭といえども子どもの立ち入りなど許可が出るはずはなく、砦に詰めている黒騎士は毎年異性からの贈り物など貰えていなかったのだとか。

 中にはそのせいで恋人ができず、結婚ができない、と泣き出す騎士もいた。


 ……これは、レオに一応言っておこう。


 切々とグルノール砦と他の砦の騎士の既婚率などを聞かされては、少しだけ黒騎士たちが可哀想になってくる。

 このグルノール砦の主は現在未婚で、仕事熱心であるがゆえに自身の休息は少ない。

 それにつられる部下は自主的に休みを返上して働き、そうでない者も休みは取り辛いという負の連鎖が起こっているようだ。


 順調に贈り物を配達し終わり、住宅区の入り口へと戻る。

 さて、今度こそ街へ出かけようか、というところで、見張りの騎士に再び呼ばれた。


「……さっきより増えてませんか?」


「今年は砦の騎士への仲立ちを受け付けるって話が、どこかから広がったみたいなんだ」


 いつもは受け付けていない贈り物を、今年は受け取ってくれるらしい、ということで、張り切って贈り物を持ってくるお嬢さんが多いらしい。

 とはいえ、まさか行って帰ってくる間に最初以上の贈り物が集まっているとは思わなかった。


「……これ、絶対反則ですよ」


「テオには一緒に謝るから、頼まれてくれないかな?」


「預かっちゃった物は、しかたありませんからね」


 大人であるカリーサが一緒でよかった、と心底カリーサの腕力に感謝しながら、砦までもうひと往復する。

 今度の贈り物は気のせいか、レオナルドとアルフ宛の物が大半を占めていた。


 ……アルフさんは解るけど、レオも人気だね。


 身内として見るレオナルドは少し頼りない時もあるのだが、端から見る分にはレオナルドはいい男なのだろう。

 身体つきはガッシリとしていて、顔も悪くはない。

 日本では細マッチョのイケメンが持て囃されていたが、この国では男は実用性も魅力のうちだ。

 細身のアルフより、筋肉を纏ったレオナルドの方が好まれる。


 レオナルドへの配達が終わり、今度こそ街に出ようとしたら、門番のパールに呼び止められた。

 小さな動作で手招きをされ、近づくと白い封筒を手渡される。


「……ティナちゃん、これをカリーサさんに」


「ほ?」


 ……ヘルミーネ先生じゃなくて、カリーサに春が来た!?


 驚いて目を丸くしていると、白い封筒は私の手に渡る前にカリーサ自身によって攫われた。

 あ、と声を出す間もなく封が開かれ、サッとカリーサの目が手紙の文面を読むのが判る。

 目の前で恋文を読まれるパールは今どんな顔をしているのだろうか。

 そして、それを承知で見守るはめになってしまった私のこの居た堪れなさをどうしてくれようか。

 そんな心配が一瞬だけ頭を過ぎったのだが、手紙を読み終えたカリーサは手紙を封筒へと戻すと、それをそのままパールへと押し付けた。


「申し訳ございませんが、姉より職場恋愛は後々の禍根になる、と言われておりますので」


 貴方との交際はできません、といつもは小さな声で話すカリーサが、今日はしっかりと聞き取れる声で言い切った。

 一瞬だけ芽吹くかのように見えたパールの恋の花は、目の前で綺麗に散った。

途中ですが、時間切れです。


誤字脱字はまた春に。

誤字脱字、見つけた所は修正しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] これはもっと押すしかない、パールさん
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