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グルノールの転生少女 ~ないない尽くしの異世界転生~  作者: ありの みえ
第5章 再会と別離

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ある意味不穏な手紙

 オレリアからの手紙を読むために、と気が進まないながらも英語を学ぶことにした。

 前世で一度挫折しているせいか、とにかく苦手意識が強い気がする。

 しかし、今の私は心身ともに子どもだ。

 子どもの柔らかい頭でなら、前世では一度覚えてもすぐに忘れてしまった英単語の数々も、もしかしたら覚えることができるのではないか。

 そう前向きに考え直し、真面目に取り組んでみるのもいいだろう。


「まだこの国の言葉を勉強中なのに、途中から英語まで習ったら、頭の中で混ざっちゃいそうです」


「そういうことも、確かにあるかもしれませんね」


 さっそく英語の習得についてヘルミーネに相談したところ、こう答えられた。

 実に子どものやる気を削いでくれる、正直な言葉である。

 ただ、無責任に「そんなことはないですよ。英語を覚えましょう」と言われるよりは何倍も信頼できる言葉だった。


「……やっぱり、今習ってる言葉を全部覚えてからの方がいいですね」


「そうですね。しばらくはお手紙を教材に少しだけ勉強いたしましょう」


 とりあえずは私がこの国の文字で手紙を書き、それをヘルミーネが英語に訳す。

 英語に訳された文面を教材にして勉強し、最後に私が英語で手紙を書き直してオレリアへと送る。

 そんな流れを組んでみた。


「まずはアルファベットを覚えましょう」


 英語を覚えるのにも、書くのにもアルファベットは必須である、とヘルミーネは少し大きめの塗板こくばん白墨チョークでAからZまでのアルファベットを書いた。

 まずは大文字と小文字を合わせて十文字覚えましょうか、と授業を始めるヘルミーネに内心で冷や汗を流す。


 ……さすがにアルファベットは全部覚えてるよっ! これ、全部覚えるフリしないとダメ……だよね?


 アルファベットは覚えている、と言うわけにはいかない。

 私はここでは初めて英語を習うことになっているのだ。

 覚えているはずも、知っているはずもないというのが正しい。


 ……ね、眠い……。


 すでに覚えているアルファベットと、今まさに覚えようとしていますという姿勢で向き合うのは恐ろしいほどに単調で、退屈な作業だった。

 つい欠伸あくびが漏れそうになるのだが、そんなことをしたらヘルミーネに怒られるのは判っている。

 出来る限り真面目に取り組んでいるように見えるよう眉を寄せていたら、ヘルミーネからは苦戦しているように見えたようだ。

 いつもよりほんの少しだけ早い休憩時間に、心の底から安堵の溜息を漏らした。







「……さま、お手紙、届いてます」


 やさしすぎる英語の授業で逆に疲れきった心をレオナルドに甘えて癒していると、カリーサが私宛の手紙を持ってきた。

 手紙とカリーサは言ったが、封筒の他にもカリーサが抱え持つ大きさの荷物がある。

 私へ手紙を送ってきそうな人物に心当たりがなかったのだが、差出人の名前には覚えがあった。


「なんでアルフレッド様からお手紙?」


 以前も一度手紙をもらったことがあったが、あの時はまだ手紙をよこす用件のようなものは一応あったはずだ。

 しばらく館へと滞在したことのお礼という名目で手紙をよこし、その実は竜田揚げのレシピを完成させて送れ、という実に食欲に正直な用件が。

 竜田揚げのレシピはすでに送ってあるので、二回もアルフレッドから手紙が届くとは思いもしなかった。


 ……相変わらず、手紙では気遣いのできる人だなぁ。


 子どもでも読めるように、という気遣いが文面から感じられる。

 単純な単語と、短い文章で用件を手短に綴った手紙だ。


「げっ」


 早速読んでみた白い便箋に綴られていたのは、あまり歓迎できない内容だった。

 要約するのなら、「祖父エセルバートに相当気に入られたようなので気をつけろ」という以前ヘルミーネが危惧したものと同じ心配が書かれていた。

 エセルバートがヘルミーネの優秀さを買っているため、今のところは抑えられているが、早いうちから王妃教育を施しておこうと、王都から優秀な教育係を送り込もうとしているだとか、むしろ王都へ呼び寄せて完全に囲い込んでしまおうだとか、迷惑極まりない企みがなされているそうだ。


 ……王族怖い。エセル様の行動力怖いっ!


 手紙の内容に、思わず鳥肌が立つ。

 横でぶるりと震えた私を不審に思って首を傾げているレオナルドへ、無言でアルフレッドからの手紙を渡す。

 渡されたからには読んでもいいのだろう、と手紙へと視線を落としたレオナルドは思考が止まったかのように凍りついた。


「……ティナは、王都へお嫁に行きたいか?」


「いつかは何処かへお嫁に行くかもしれませんが、王族のトコには行きたくないですよ」


 絶対に嫌です、お断りです、と言葉を重ねて、ふと気になったので聞いてみる。

 生まれはともかく、現在は平民の私が王族の嫁になどなれるのだろうか、と。


「もちろん様々な条件はあるが、平民が王族に嫁ぐことはまったくありえないという話じゃない。隣国は高貴な血だのなんだのと婚姻を結ぶのにもうるさい制約があるようだが、我が国の王族は個人の資質を尊ぶ。そのため、能力が認められれば平民だからと縁を結ぶことを躊躇いはしない」


「え、じゃあ、わたしに能力があるってことになったら……」


「王子の妃に、と望まれる可能性がある」


「わかりました、お勉強しません!」


 メンヒシュミ教会にもいかないし、英語の勉強も止めます、と宣言する。

 他になにか止めるものはあるだろうか? と思いつく限りを探し始めると、レオナルドに膝の上へと座らされた。


「ティナが嫌だと言う相手には嫁がせないし、ティナが自分で選んだ男の子を連れてきても、俺より弱かったら認めないから、そこは安心していいよ」


「……後半はどうかと思います」


 そう指摘をして、レオナルドに抱きつく。

 一応は相手が王族であっても、私の気持ちを酌んでくれる気はあるらしい。


「もしも命令されたらどうするんですか? レオ、わたしより王様の命令を優先しますよね?」


「王命まで発せられたら、そこはさすがに……ティナを嫁にしたければティナを口説き落とせ、と口説く許可ぐらいは出すかもしれない」


「そこは最後まで認めない、って言ってください」


「ぐふっ!?」


 えい、っと足を振り上げて特注靴の洗礼を食らわせる。

 今は膝に座っていたので、振り上げた足はレオナルドのふくらはぎへと当った。

 これはかなり痛いはずだ。


「それにしても、ディートはマンデーズの街に行ったんですね」


「ディートフリート様、な」


 ついこれまでの調子で『ディート』と呼んでしまったら、レオナルドに『ディートフリート様』と直された。

 普通に考えたら私は平民で、相手は王子様なので、レオナルドの指摘は正しい。


「ティナがマンデーズの館を勧めた、とエセルバート様から聞いているぞ?」


「そういえば、そんな話をしたような気が……?」


 たしか、ディートフリートに対して毅然とした振る舞いのできるカリーサを欲しがったので、代わりにマンデーズ館の有能家令イリダルをお勧めしたのだ。

 ディートフリートを甘やかせる王都の乳母や使用人から引き離し、マンデーズ館に預けてはどうか、と。

 思いつきで提案しただけだったのだが、エセルバートはその後ちゃんとレオナルドと話を詰めていたらしい。

 まさか本当にディートフリートがマンデーズ館送りになるとは思わなかった。


「イリダルには王族として恥かしくないよう、黒騎士が主と仰ぐに相応しい王子へと躾けてくれ、と紹介状を書いておいた」


 イリダルは優秀な使用人ブラウニーなので、主に命じられたことは必ずやりきるだろう、とレオナルドは笑う。

 主人二人の会話であるため口を挟んではこないが、カリーサも大いに同意である、とばかりに何度も頷いている。


「……次に会うことがあったら、もう少し我儘が抑えられる子になっているといいですね」


 もう会う予定もないのだが。

 アルフレッドがわざわざこんな手紙で忠告してくれるぐらいなのだから、注意はしておいた方がいいだろう。

 記憶違いでなければ、台風のようなアルフレッドでさえ現国王よりおとなしいらしいのだ。

 その現国王と性質が似ているというエセルバートの行動力は、想像するのも恐ろしい。


「その箱の中身は?」


「竜田揚げのレシピのお礼に、って。わたしの好きそうなものを詰めてくれたそうです」


 カリーサが抱えたままだった荷物を受け取り、中身を確認してみる。

 輸送用のため外装は木箱と可愛げもなにもない入れ物だったが、中に詰められている箱は色とりどりで可愛らしい。

 一つひとつを確認してみると、色鮮やかな刺繍糸や髪飾りといった小物、日持ちのする焼き菓子や飴といったお菓子が詰めこまれていた。


 ……うわぁお。アルフレッド様、パワフルすぎて付き合うと疲れるけど、センス素敵ね。


 少なくとも、レオナルドの贈り物よりは私の好みに近く、お菓子と小物の割合も小物の方が多い。

 これがレオナルドからの贈り物であれば、九割はお菓子であっただろう。

 レオナルドの中では、私は花より団子のお子様なのだ。


 アルフレッドへのお礼の手紙は、後日ヘルミーネと相談しつつ書いた。

 沢山の贈り物をいただいたが、私にはこれに返礼するものがなかったので、サリーサに作り上げてもらったプリンのレシピを、カリーサに書いて貰う。

 竜田揚げのレシピでこれだけ喜んでくれたのだから、プリンのレシピも喜んでくれるかもしれない。


 ……あれ?


 カリーサに書いてもらったレシピを確認していると、ふと頭に引っかかるものがある。

 料理のレシピも、薬の処方箋レシピも、手順書という意味では同じものだ。


 ……これ、私が英語を覚えたら、オレリアさんに料理のレシピのふりをして薬の処方箋を届けられたりしない?


 例えば、なんらかの記号や暗号で食材と薬の材料を結んで、食材の名前と量、作成の手順を伝えることができれば、と考えて、思考を中断する。

 これ以上は考えても無意味である、と。


 ……そんな漫画みたいなこと、打ち合わせもなしには絶対に無理だよ。


 事前に打ち合わせればチャレンジしてみてもいいかもしれないが、オレリアと打ち合わせをすることなど不可能だ。

 まず打ち合わせるために、オレリアに会うことからして難しいのだ。


 ……いい考えだと思ったんだけどね。


 スタート地点から躓いて、良い案だとは思ったのだが、この考えには蓋をした。

明日の更新はおやすみします。


誤字脱字は春になったら修正します。

誤字脱字、見つけたものは修正しました。

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