第28話 決心
味深を出た後、俺達は当初の予定通り、この辺りを散策する事にした。
ま、隣を歩く相手が代わっている時点で、全然〝予定通り〟ではないのだが……。
「へー。こっちの方は、こんな感じなんですね」
周りを見渡しながら、姫城先輩が感嘆に似た声を挙げる。
「こっちに来るのは、初めてですか?」
「そう、ですね。学校や駅からあまり離れた所には、普段、行かないですから」
確かに、喫茶店や甘味処に寄るならまだしも、他の用事ならよほど急ぎでない限り、地元で事足りるだろうから、こんな所まで足を伸ばす必要はない。
「あ、本屋さん」
姫城先輩が、書店を見つけ、足を止める。
それを見て、俺も足を止めた。
県内を中心にチェーン展開しているお店で、建物の大きさもそれなりに大きい。品揃えの方もマニアックなものを除けば、結構いい方だと思う。
「入ります?」
興味津々といった雰囲気の姫城先輩に、俺はそう尋ねる。
「え? あー……。いえ、またの機会という事で」
「そうですか」
姫城先輩が歩き出したので、俺もそれに倣う。
多少の逡巡があったようにも見えたが、本人がいいと言うのだから、ここは素直に従っておく事にしよう。
「姫城先輩は――」
「静香」
「え?」
「従姉弟なのに、〝先輩〟って変でしょ? だから……」
言われてみれば、そうかもしれない。では、気を取り直して――
「静香、さんは、お姉さんと仲がいいんですか?」
「……どうでしょう? 悪くはないと思います」
今の間は、考えたためというより、俺に名前を呼ばれて照れたため、回答が一拍ほど遅れたのだろう。その証拠に、静香さんの顔は赤く、目線も正面に固定されたまま、こちらを向こうとしない。
「城じ――孝君は、ずいぶん姉と打ち解けたようで」
相変わらずこちらは見ず、自分が呼ばれた時の数倍照れた様子で、静香さんがそう言う。
「いや、別に、打ち解けたとかそういうんじゃ……」
少なくとも、まだ俺の方は、そこまで澄玲さんと〝打ち解けた〟という感じは受けていない。
「嘘です。昨日もあんなに楽しげに――あっ」
慌てて、口元を押さえる静香さん。
その行動が彼女の〝失言〟をよりいっそう目立たせた。
「えーっと……」
これは、どう反応したらいいのだろうか。ここまであからさまだと、聞かなかったふりをするのも不自然だし……。
「す、すみません。実は、二人の話、盗み聞きしてしまいました」
「え?」
盗み聞きされていた事より、静香さんがそういう行為をしたという事の方に驚く。
「夏樹さんに誘われて……本当にすみません」
「あぁ……」
なんか、納得。
「どうやら、ウチのがご迷惑を掛けたようで……」
「いえ、無理矢理誘われたわけでは、決してないので……」
道の隅で、頭を下げ合う二人。
傍から見たら、さぞかし奇妙な光景だろう。
「……孝君の初恋の相手は、姉だったんですね」
「えぇ。まぁ……」
昨日の遣り取りを聞かれていた以上、ここで否定をしても仕方ないし、別にどうしても隠した事でもないので、一応、肯定しておく。
「三回忌の時、私もあの場所にいました」
もう一人、澄玲さんの他に女の子がいた事は覚えている。ただ、澄玲さんのインパクトが強く、その姿はぼんやりとしている。
「姉は社交的で、初対面の相手にも積極的に話し掛けられる性格です。でも、私は……。正直、羨ましかった。従弟と話している姉が、私も話したかった。話せば良かったと、ずっと思ってました」
静香さんが再び、足を止める。
釣られて、俺も足を止めた。
「それが、私の初恋の記憶です」
「……え?」
今、なんて……? なんか、初恋って聞こえて気がするんだが……。
「正確に言うと、その時の事を後から初恋の記憶にした、という感じですね。多分、当時の私は、そんな事を思っていなかったと思いますし」
そう言って、微苦笑を浮かべる静香さん。
その微妙な表情が、俺には、彼女の言葉が事実である、何よりの証拠のように思えた。
「孝君、お話があります」
視線を一度、下に落とした後、静香さんが、俺を力強い眼差しで真っ直ぐ見据える。
それはまるで、浮かんだ躊躇いを、断ち切るようで……。俺の中で、緊張が高まるのがはっきりと分かった。




