第40話 冒険者がやったきた
「うーむ。何か役に立つ物があるかと思ってきたのだが」
「ないわね。私達には化粧なんて無縁だし」
「だから言ったろ。無駄だって」
聞こえているぞ、そこの冒険者の男女3人。
たしかに、俺の店は冒険者向けの品揃えじゃない。
しかし、冒険者のお客さんが増えてきたら役立つ物も仕入れるんだがな。
「この石鹸はどうですか? 外での活動だと汚れが気になりますよね」
「俺たちにそんなものを期待されてもな。どうせ魔物と戦うんだ。自分の血と魔物の血でどろどろになるだけだ」
「そうよ。そんなの外で洗ったところで意味ないでしょ」
うーん、そうだよな。
日本刀や拳銃みたいな武器があればいいんだけどな。
日本だと入手困難だ。
「ポーションもないんだろう」
「ありませんね」
ポーションなんて非科学的な物、あるはずがない。
飲むだけで傷が治るんなんて。
魔法がない世界では不可能なんだよ。
「これはブレスレットかしら。ちょっといいわね」
「それは時計と言う物でして。人気がないから大銅貨2枚でいいですよ」
「5色もあって綺麗ね。だけど、この数字は何?」
「時間ですよ。今の時間が昼3つ鐘から1/4経ったことが分かるんです」
あ、冒険者達。
頭の上に「?」マークをつけてしまったぞ。
時計の必要性も、概念もないと腕時計を説明しづらいな。
「おっ、なんだ? 数字が変わったぞ」
「あ、本当。こっちも」
「おい、これもだ」
そりゃ、変わるって。
クオーツのデジタル時計から、実は正確なんだぞ。
正確すぎるくらいにな。
「ね。これって使えない?」
「どういうことだ」
「ほら、魔物を狩るとき、一斉に攻撃スタートしたりするじゃない」
「あ、この数字を見てタイミングを合わせるってことか」
おー、冒険者達は意外と頭がいいな。
タイミング合わせなら、腕時計が役に立つぞ。
「それは、良い使い方を思いつきましたね。このボタンを押してみてください」
「これか?」
ほーら、驚いている。
ボタンを押すと時と分の表示が分と秒になるんだよ。
「すごい。刻々と数字が増えているぞ」
「本当。あれ? 60になる前に1に戻ったぞ」
「ええ。だけど、その上の2けたの数字が1増えてますよね」
「よく分からんが、すごい仕組みなのは分かったぞ」
「さっき、これ。大銅貨2枚って言ってなかったかしら?」
うわっ、余計なことを言ってしまった。
価値が分かる人なら、もっと高く売れたはずなのに。
「それなら5つ、全部買うぞ。銀貨1枚だよな」
「えっーと、それは無理です」
「はぁ、さっき大銅貨2枚って言ったよな」
うわっ、剣に手を持っていくのはやめて。
売らないとは言ってないじゃない。
「この店は買った品を転売するのは禁止なんです」
「どういうことだ」
「おひとり1つづつなら、ご自分でお使いになりますよね。だけど、3人が5つ買うと転売することになるんです」
「どうして、転売がいけないんだ」
「あー、転売しようと思っている人は、商品を持って店から出れませんよ」
「本当か?」
あ、ひとりの男が銀貨1つテーブルに置いて、腕時計5つ持って外に出ようとした。
出れない…なんか、目に見えない壁に阻まれているようだ。
「本当だな。出れないぞ」
「1個だけ持って出るとどうなるかしら?」
「やってみよう」
今度は何事もなかったように外に出れる。
「うーむ、不思議だな。魔法の扉ってことか」
「そうなりますね」
「では、転売するって考え方はやめよう。仲の良い冒険者にプレゼントするのならどうだ?」
「それなら、大丈夫だと思います」
「本当か? 試してみよう」
扉の前でぶつぶつ言ってから外に出る。
おっ、ちゃんと出れたな。
「本当なんだな。転売をするのはやめよう」
「そうしてください。もし後で気が変わって転売したりすると、もうこの扉は通れなくなりますよ」
「そうなのか。やっぱり転売はよしておこう」
納得してくれてよかった。
銀貨1枚で腕時計5個お買い上げです。
「もし、1週間以内に来てくれるなら、冒険者に役に立ちそうな物を用意しておきますよ」
「本当か。それは楽しみだ。仲間も誘ってまた来るよ」
「ありがとうござます」
なんと。冒険者の常連さんができたぞ。
冒険者が喜びそうな物か。
百均で探してみないといけないな。




