第35話 バトル物より好きな漫画があるんだが
「この赤ワイン煮、すごくうまいな」
「おや、赤ワインだと分かりましたか」
「ああ。オーク肉と赤ワインがこんな合うとは知らなかったけどな」
「この料理は煮込み時間が掛かりまして。喜んでもらえると私も嬉しいです」
「本当においしいわ。ステーキも煮込みも」
「ありがとうございます」
うん、おいしい物は素直にうまいという。
なんでうまいのかを解説するような食レポは嫌いだ。
「ただ」
「はい? なにか?」
「ひとつ、不満があるんだが」
「なんでしょう」
「ズバリ、言わせてもらうよ。このスープ、手抜きじゃないのか?」
前の時も思ったのだが、スープだけは、いただけない。
弱すぎるのだ。
前回と今回は、別のスープだが共通して弱い。
「はて。手抜きと言われると心外ですな」
「このスープもしっかり計算しているってことか?」
「ええ。オーク肉料理は重くなりがちです。それを緩和するために、あえて軽いスープにしているんです」
うーむ、やっぱりそうか。
だけど、俺の評価は違うな。
「軽さをもとめてか。しかし、それは計算違いなんじゃないか。完全にスープが負けていてぺらぺらに感じるぞ」
「それはスープ単品なら、もっと美味いスープはあるでしょう。しかし、セットで出すスープは違うんです」
おー、このシェフ。
自分の料理については完全なプライドを持っていなんだな。
プライドを持つのは一流になるために大切なことだ。
しかし、それを超えることも必要だと思うな。
「俺はオーク肉料理にもっと合うスープを知っているんだがな」
「ほう、それは挑戦的ですな。私にそのスープを飲ませてもらうことはできますか?」
「もちろんだ。いつなら、可能だ?」
「これからはどうでしょう」
おいおい、これから混むって言ってたぞ。
シェフがいなくて大丈夫なのか。
「うちの店はスーシェフがいます。仕込みはすべておわって味の確認も終わっています。心配無用です」
俺が店の心配をしていると感じたようだ。
それなら、今日いくか。
「それならば、食べ終わるまで待って欲しい」
「もちろんですとも。料理をお楽しみください」
こんな思ったとおりの展開になるとはな。
異世界物のテンプレじゃない、別のテンプレ。
グルメバトル漫画のテンプレだ。
「ね。大丈夫なの? あのシェフ。料理に関してはうるさそうよ」
「いや。もちろん、彼がどう思うかは知らない。しかし、俺はここのスープよりオーク肉料理に合うスープを知っているんだ」
「そうね。ダーリンはきっとおいしい物いっぱい食べてきたんだろうから、大丈夫ね」
それは微妙だな。
確かに日本じゃ、いろんな料理は食べてきた。
俺の場合は、B級グルメが多いからな。
だけど、このシェフが作る料理には、がっつり系の精神を感じる。
野郎系ラーメンに感じる精神と共通のな。
だから、どうしてもあるスープを飲ませてみたいと思ってしまう。
どんなシェフがどんな評価をするか知りたい。
☆ ☆ ☆
「ねぇ。なんでスラムの方に向かっているの?」
「それは俺がシェフのスープよりうまいのを出すのがスラムの食堂だからだ」
「ええーー」
こっそり、ソフィちゃんと話している後からシェフがついてくる。
向かっているのがスラムだと分かったときから、眉間のシワが深くなっている。
たぶん、シェフはスラムに入るのは初めてだろう。
シェフの髪は美しい金髪で美中年って感じの男だ。
生まれも育ちも貴族まではいかなくても上流なのだろう。
もしかしたら、貴族以上にうまい物は食べて育っているのかもしれない。
そういう男がスラムに入ることはまずないだろう。
「すごく嫌な臭いがします」
「だろう。まぁ、どぶ川の上に家があるような物だからな」
スラム生まれのソフィちゃんは、スラムの現実を俺とシェフが話すのを呆然としてみていた。
生まれたところを悪く言われるのは嫌だろうが、認めざるを得ないことだしな。
「どこまでいくのか! いい加減、無駄あしの気がしてきたな」
おや、口調が変わったぞ。
レストランのお客さんだと思って丁寧な口をきいていたが、タメ口に切り替えたようだ。
「そろそろだ。最高のスープを飲ませてやるから、我慢しろって」
「本当だな。つまらんスープだったら、どうしてくれよう」
「まぁ、それを考えるのはスープを飲んでからにしてくれ。納得できなかったら、なんでもするよ」
「言ったな。その言葉忘れるな!」
自分が作ったスープがスラムのスープに劣ると言われたことが頭に来ているんだな。
プライドが高いシェフだから、耐えられないとみえる。
「ねぇ、本当に大丈夫? スラムじゃおいしい物なんて食べられないわよ」
「そうとも限らないんだな、これが」
「……」
ソフィちゃんも疑っているなー。
まぁ、スラムはソフィちゃんの方が詳しいから仕方ないかもな。
「ここだ!」
オーク肉ラーメンを作ってくれたおばちゃんの食堂だ。
シェフのレストランに比べたら、吹けば飛ぶような食堂だけどな。
「ここに座ってくれ」
「これが椅子なのか?」
ただの輪切りの丸太だ。
カルチャーショックを感じているみたいだな。
「おばちゃん! 例のスープを3つ」
「ね。誰。この金髪さん」
「とある高級レストランのシェフだよ」
「ええっ。あれよね。あのスープ」
「そうそう。あれ。まだあるよね」
「もちろん、あるわ」
よし、待っているとしよう。
と言っても、スープベースはできているから、すぐに出てくるはずだ。
「君はここの出身なのか?」
「ええ。もうすこし奥の方のスラム出身よ」
緑の髪をみて、シェフはそう判断したのだろう。
あっちの世界ではアニメにしか出てこない髪色の人がスラムには多い。
「お前もスラム出身なのか?」
「俺は違う。遠いところから来た」
「そうだろうな。それほど真っ黒なカラスのような髪の男は初めてみたからな」
確かに。こっちでは茶髪に近い黒髪はいるけど、本当の黒髪の人は見ていない。
珍しい髪なんだろう。
「いいか、異邦人よ。この街ではな、場所によって住む人種が違うんだ。美味い物はな上級な人種が住むところにしかないのだよ」
「それはどうかな? 俺の答えは、ここのスープを飲んでからにしよう」
シェフは納得できていない顔だな。
まぁー、スープを飲んでからにしてもらおう。
「はーい、お待たせ。おいしいスープができたわよ」
「おー、来た来た」
おばちゃんと開き直ったな。
自分のスープが美味いっていうのは、スラムじゃ話題だって言ってたからな。
「なんだ、このスープは!」
「どうした?」
「やさい屑しか入っていないじゃないか。こんなスープが私のスープより美味いというのか」
俺のことを睨んでいるな。
まー、具は仕方ないな。安く提供するためだからな。
ラーメンの形にするとどうしても値段があがる。
だから、野菜スープになった。
もっとも、シェフから見たら屑野菜スープだろうけど。
「おいしい!」
おっと、ソフィちゃんがフライングした。
美味しい物には目がないみたいだからな。
「はぁ、おいしい訳ないだろう。これだから、スラム生まれは!」
「私がどこ生まれだって関係ないじゃない! とにかく飲んでよ!! 文句ならその後聞くわ!!!」
あ、ソフィちゃん怒った。怒った顔もかわいいな。
もっとも、怒られているのが俺じゃないからだろうけど。
「それもそうだな」
スープの木器を手に取って、ちょっとだけすする。
「!」
ほら、驚いた。
今度は一口飲む。
おー、天使が舞い降りたような顔だな。
やっぱり、このシェフ。
最高の舌を持っているらしい。
「おい! なんだ、このスープは!」
「だから、オーク肉料理に添える最高のスープだよ」
「これと私のオーク料理……たしかに最高のコンビネーションかっ」
じぃーと、っとスープの入った木器を見ている。
きっと、分析しているんだろう……だけど、分かるかな。
「わ、わからない! このスープの材料が分からない」
「やっぱりね。この味を知らないから、あんなぺらぺらなスープを出して満足していたんだろう?」
「すまん! その通りだ。この味は初体験だ。材料はなんだ?」
うふふ、面白いな、このシェフ。
美味い物の前には、自分のプライドなんてどうでもよくなるタイプのようだ。
その上、材料が分からないとなると好奇心がすごいことになっているな。
「残念ながら、教えられないな。ライバルに教えられるはずがないだろう」
「ライバル? 私のレストランとこの食堂がライバル? 私とこのおばさんがライバル?」
あ、混乱している……面白いな。舌ではライバルとして認めている。それも負けている。頭では絶対認められない。頭と舌が乖離している。
「レシピは教えられないが、スープベースは提供できるぞ。このスープベースを使って、シェフの腕で最高にオーク肉料理に合うスープを作って欲しいんだ」
「うむ。それはやってみたいな。いや、やらないとならない。このスープベースがあってこそ、私のオーク肉料理セットが完成するのだ」
おー、自分の世界に入ってしまったな。
頭の中では、このスープベースを元に最高のレシピの計算がなされているようだ。
「さて、帰るとするか。おばちゃん。あれを残っている分だけでいいから、壺に入れてあげて」
「たっぷりあるわよ。仕込むのを増やしているの。スラムのあちこちの食堂で頼まれるから」
「それはいいな」
シェフはオーク骨スープベースが入った大きい壺を大切そうに抱えながら、レストランに帰っていった。
認めざるを得ないようだな。
圧倒的な味の違いを!
あ、圧倒的じゃなくても、ちょっとでも、いいなっ思ったら。
☆評価を↓でしてねっ。




