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第28話 スラムに初めて足を踏み入れた

「ん?」

「おはよう、ダーリン」

「えっ……あ、おはよう、ハニー」


目が覚めたら、隣に美少女の恋人がいる。

理想的な朝の風景だなー。


「おはようのキス、して」

「おう」


本当に恋人同士みたいだ。

娼館に入って、まだ3カ月くらいのソフィちゃん。


初々しさがあるなー。


昨日の夜は、ベッドの中でいろんな話もした。


彼女の育ったスラムのこと。

お金がなくて満足にご飯も食べられなかった頃。


そのころに比べたら、パンだけならいつも食べられる娼館は天国。

女の子同士のさや当てみたいな辛いことはもちろんあるけど、家族にお金を渡す為には我慢できるんだって。


まだ17歳なのに、弟や妹たちのために働いている。

すごいな。


俺は25歳になっても、まともな仕事についていなかった。

仕事の人間関係が悪くなると逃げ出してきた。

おかげで歳をとっても、なんの経験も得られなかった。


「ヒロキさんはすごいわ。お店のオーナーなんて」


すごくなんてない。

単に不思議な狭間の部屋に迷い込んだ。

あとは、元世界から異世界に商品を持ってきて、その技術ギャップで儲けているだけ。


「私もいつか、お店を持ちたいな」


そんな話をしていても、それが実現する可能性がほとんどないのだろう。

そんな表情で話をしている。


「かわいいな。ソフィちゃんは」

「ヒロキさんはカッコいいわ」


今だけは、ふたりは恋人同士。

たぶん、ソフィちゃんも楽しんで恋人ごっこをしてる。


リア充なんてあきらめていた俺だけど。

異世界ならそうでもないんじゃないか。


そんなことを思っていたりする。


「さて、いかなきゃ」


青髪少年との約束の時間に間に合わなくなる。

こっちの世界の人達は時間にルーズだけど、俺は時間を守るのが当たりまえだと思ってきた。


こんなときは、異世界常識を使ってもう少しだけ恋人ごっこをしていたいけど。

やっぱり、ダメだな。


☆  ☆  ☆


「どうだ?」

「ばっちりさ。昨日解体したばかりのオーク骨を確保したよ」


それは楽しみだ。

素晴らしいスープが取れるはず。


市場に寄って、ネギやにんにく、甘みを出すための野菜とかを買ってから、スラムに向かう。


ソフィちゃんと青髪少年が生まれ、育った場所だな。

あ、青髪少年は今もスラム住まいか。


「しかし、お前がスラム住まいだとは知らなかった」

「何言ってるんだよ。街ガイドなんて勝手にやっているのはスラム住まいだって決まっているよ」


確かに、街ガイドをしても大した収入になりそうもない。

ちゃんと金を払ってくれる人が1日に何人いるか、下手したらゼロの日もあるだろう。

街のまともなところに住めるはずがないな。


「ここから先がスラムさ。治安が悪くなるから、離れないでね」


高床式の掘っ建て小屋が並んでいる。

下は湿地みたいで、木の橋の路を歩いていく。


「なんか匂うな」

「スラムの匂いさ。すぐ慣れるよ」


なんともいえない匂いがする。

あちこちに人がいて、じぃーと俺のことを見ている。


こんなとこにまともな格好をした奴が来ることはないんだろう。


「あそこが解体のおっちゃんが住んでいる小屋だよ」

「しかし、オーク骨を入手しても、どこでスープづくりをするか、だな」

「大丈夫。ちゃんと、用意してあるから」


青髪少年は優秀だな。

簡単な指示しか出していないのに、俺の考えを読んで準備してくれる。


ソフィちゃんとの出会いも結局、この青髪少年の段取りだったのだろう。

俺の好みに合いそうな娘を店に連れてくる。

そのときから、用意された出会いだったのかもな。


「ここが食堂さ」


ゴザの日除けがあり、小さな木の箱がいくつも置いてある。

これらがテーブルとイスになるらしい。


「ここの厨房を借りておいたよ。いつもより、ちゃんと掃除するように言っておいた」

「そうか」

「大鍋は新しいの借りてきたばっかりだから綺麗だよ。水も綺麗なのを買ってきたから」

「おいおい。そこまでするのは、金が掛かったんじゃないか」

「あ、大銅貨1枚ちょうだい。水代と大鍋の借り賃。あとは、みんなに協力してもらったから大丈夫」


たしかに、このあたりに来ると俺を見ている人達の表情が違うな。

暖かい感じがする。


よそ者が侵入してきた、ではなく、青髪少年の友達が来たって感じか。


「おっちゃん、連れてきたよ」

「おー、用意できているぞ」


大きなモモ部分の骨がぜんぶで8本。

げんこつと言われる骨だ。


この部分が一番いい出汁がでるんだ。


しかしでかいな。

豚より何倍もあるな。


「あとは食堂でやってくれ。最低限の処理はしておいたから」


たしかにげんこつは綺麗に処理されている。

まだ新鮮だし、そんなに臭みは出ないだろう。


「おばちゃん。お湯はできた?」

「もちろんよ。ほら、ぐらぐら言ってるだろう」


本当に準備万端だな。


ふたつあるカマドには薪がくべられ火が起されている。

それぞれにお湯が入った大鍋がかけられている。


「まずは、この骨をすべて大鍋に入れて」


俺は下処理の作業を説明しながらやってみた。

この部分は手間はかかるが20分もあれば終わる。


豚骨スープを煮出すためには最低8時間かかね。

その部分は火をキープしておくことは必要だが、難しくはない。


だから、食堂のおばさんに説明してやってもらうことにした。


そんなことをしていたら、子供がたくさんよってきた。

カワイイ子が多いな。


いろんな色の髪で、キラキラした好奇心満々の瞳。

そのな子達が俺の作業を覗きこんでいる。


なんか楽しい気分になってくる。


☆   ☆   ☆


大鍋を食堂おばちゃんに任せて、俺は百均に仕入れに来ている。

今日はどどんと貯金から10万円をおろして、大量仕入れをするつもりだ。


いままで人気のあった化粧品や飴を中心に売れそうな物をガンガン買う。

バックパックに入りきらなくなるから、でっかい袋も用意して両手に持っていく。


なんと言っても棚ができたからな。

商品がなくてスカスカじゃカッコつかない。


一度、狭間の部屋に飛び、荷物を置いたら次は家電量販店。

コピー用紙は家電量販店が一番安い、と思う。

A4用紙500枚で税込み380円は安いな。


依頼分が10包みで在庫分が2包み。

重量24キロだから、バックパックに入れるとずっしり重い。

路地に入ってすぐに狭間の部屋に飛ぶ。


これでだいたい良いな。

店の棚に並べてみた。


おーいい感じだ。

高級店ぽく、30センチ角のひとつのスペースに10個づつくらい並べる。


ちゃんとお店らしく見える。


お店を開く前に飯を食って、オーク骨スープの様子をみてこよう。

予定では20Lくらいできる予定だ。


ラーメンスープだと50人前だな。

味の素はいるな。


食材は業務ストアで買ってこよう。

大量買いなら、あそこが一番安いからな。


野菜なら異世界の市場で手に入るだろう。

よくは調べてないが、聞いたところなんでもあるように感じた。


ラーメンはないが、小麦粉で作った麺はある。

それは確認済みだ。


俺が探すより、青髪少年に丸投げだ。

間違いなく、効率的に探してくれるだろう。


「どうかな?」

「いい感じですよー」


食堂おばちゃんが汗をたっぷりかきながら応えてくれる。

大鍋を覘き込むと、すでに白濁したスープになっている。


だいぶんいい感じだ。

しかし、まだ骨の髄までは煮出ていないぞ。

これは10時間コースだな。

完成は夕方になるな。


青髪少年を呼んでもらい、ラーメンに必要な食材手配を頼んだ。

大銅貨1枚半で用意できるという。

思ったより安いな。


☆  ☆  ☆


夕方になった。


店の方は商品が豊富になったから、売り上げも増えて金貨3枚超えになった。

予約のコピー用紙の分が別に金貨8枚あるので金貨11枚になった。


店は順調だな。


さて、オーク骨ラーメンを作るぞ。


「全部用意できているわよ」


青髪少年がちゃんと用意してくれたようだ。

今日は野郎系ラーメンではなく、普通の豚骨ラーメンのレシピを使う。


「なにができるのー」

「おいしいもの?」


俺がラーメンを茹でている大鍋の周りには子供達が集まってきている。


「もうすぐできるぞ」

「できたら食べていい?」

「ああ、喰え」

「わーい」


どこの世界でも子供はかわいいな。

幼稚園から小学生、中学生くらいの子供が集まってきている。

高校生くらいになるとあまりいない。


「いいんですか? 食べさせてもらって。お金払えませんよ」

「何言っているんだよ。一番手間が掛かるスープを作ったのはおばちゃんだぞ」

「でも。オーク骨はいいとして、他の材料は用意してもらいましたし」

「うまい物はな、みんなで食べるのが正解なんだ」


木製の器が10個並べてある。

茹でている麺は5人前。


普通の半量のラーメンを作っている。


器に醤油ベースのタレをいれる。

その上から、しっかり煮出したオーク骨スープをたっぷりとそそぎかき混ぜる。


茹で上がった麺を竹ザルでしっかりと水切りをして、ゆっくりと器に入れていく。

あらかじめ茹でておいた青菜をのせ、輪切りのネギを散らす。


「よし、完成だ」

「僕、食べる!」

「私も!」

「待て待て。最初はな、俺とおばちゃんだ」

「えっ、私?」

「朝からずっと大鍋の番してきたんだから、当然だろう」


俺と食堂おばちゃんは器を手にして食べてみる。


まずはスープだな。


「うまい!」


すごい濃厚な出汁だな。

旨味がガツンと来る。


普通の豚骨より深みがあるというか。

滋味というか。


野性感がすごいぞ。


「おいしいです」


食堂おばちゃんも感動しているぞ。


続いてラーメンをすすってみる。

ちょっと太めのストレート麺。


もうちょっと縮れているとスープとの絡みがもっと良くなるんだがな。

市場の麺だから仕方ないか。


しかし、うまい。

濃厚なのにすっきりしたスープと麺が合っている。


これにオークの背脂をちゃちゃって載せて、もやし山盛り、やわらか厚切りチャーシューを載せたらたまらないだろうな。


「おーい。そろそろいいぞ。お前らも喰え」

「わーい」


青髪少年がニコニコしてみている。


「おい、お前も喰え。うまいぞ」

「うん。食べるよ。でも、次でいいかな」

「なんだ? 遠慮するんな」

「遠慮じゃないよ。感動しているんだ?」

「感動?」

「スラムに捨てられているオーク骨がこんなにうまそうな物に変わるなんて」

「だろう?」

「なんでも可能性があるんだなって」

「ああ。オーク骨はまだまだ可能性があるぞ。次はオーク野郎ラーメンを作ったら、ぶっとぶぞ」


青髪少年は、俺の話を楽しそうに聞いている。

そういえば異世界なんだよな。


青髪少年も、無限の可能性がありそうだ。

もし、日本で生まれていたら、いろんな仕事ができるんじゃないか。


俺みたいに指示待ちなんてしないし、先、先と読んで相手が求める物を提供する。

やる気も根性もありそうだし、日本だったら勝ち組になりそうだ。


俺みたいに現実逃避した人生じゃないだろうな。


「これからさ。オーク骨スープ、スラムで作っていいかな」

「もちろんだ。こんなにうまいスープになるオーク骨を捨てるなんて罰が当たりぞ」

「僕もそう思う」


ふたりで笑いあった。

そうしているうちに、2度目の麺が茹であがった。


ここから先は食堂おばちゃんがやってくれる。

一度やり方を見せれば、おばちゃんは完璧にやってくれる。


「ほら、できましたよ。おたべ」


青髪少年に勧める。

じぃーとオーク骨ラーメンをみて、一口スープをすする。


「!」


ほーら、うまい。(笑)

声にならないくらいうまいだろう。


まぁ、半人前だからあっと言う間に完食だな。


「うまかった!」

「だよな。手間かければ、うまいスープができるんだ」


何事も手を抜いたらダメだ。

うまい物を食うには、手間暇かけてだ。


仕合せの三原則にもあったな。


「手間暇をかける」


最後の3つ目の原則だった。


仕合せになるには手抜きはダメだ。

楽して仕合せを望むと、簡単に足をすくわれる。


俺もそうだな。

正直言って、狭間の部屋から日本と異世界を行き来できる俺は楽して儲けることができる。


だけど、それに甘んじていると、そのうち仕合せを失うことになりかねないな。

手間暇をかけて。


オーク骨スープを取るように、骨の奥の骨髄まで利用するから誰もが仕合せになれるんだな。


「みんながオーク骨ラーメンを食べ終わったら」

「ん、食べ終わったら?」

「一緒に行って欲しいことがあるんだ」

「どこだ」

「娼館さ」


いきなり娼館かよ。

まぁー、俺も嫌いじゃないからな。


というより、大好きだが。


「別のところか?」

「ええ。全く違う娼館だよ」


まぁ、こいつの本職は街ガイドだからな。

お客さんになるのはいいよな。


持ちつ持たれつだからな。


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