第六十四話 砲雷撃包囲
奥の部屋。天井を突き抜ける柱のそばにて、戦闘の口火を切るのはスウロ。
「アトラ、模型を」
「うん」
起動。巨人を中心として、鉄でできた高層の建物が林立する都市が生まれる。
「それでね、隠れてる竜は透蠕竜バルアルブって言うらしくて、何もかも消滅させる竜だって」
「まあ何とかなるデスよ」
スウロはその竜は脅威に感じていないようだ。アトラは不思議なものを見る顔になる。
「指示、縮尺最大にするデス」
模型が広がる。最大縮尺だと半径5キロの範囲が再現される。それでも都市の全景は収まらない。
「そういえばツメは呼ばないの?」
「もう模型の中では数万年経ったデスよ。ツメはとっくに寿命を迎えてます」
「あ、そうなんだ」
いつもどこからともなく現れていたサビイロオオワシだが、考えてみれば虚無の帯の旅についてこれるわけもない。いつの間にか別れていたことに寂しさを覚える。
「竜銀によるマーキングはほぼ自動で行われているデス。ハチみたいに小さな機械を飛ばしてるデスよ」
「いつの間に……」
「戦術兵器模型群」
模型から飛び出してくるのは、髪飾りのような黒い小さな物体。スウロが黒いローブの裾でキャッチする。何やら大量にある。
「それなに?」
「アトラ。なぜ模型は物を再現できると思いますか? 茶色の紙で器の形を作って配置すると、模型の中では桶になったり樽になったりするデスが、それはなぜデス?」
「えーっと。魔法みたいなことでしょう?」
「模型が覚えているからデス。このような形状のものは桶であると模型が認識し、模型が桶を再現しているのデス」
「なるほど?」
「あの終着博物館にはたくさんの兵器もありました。これは、兵器を複製機械を使ってミニチュア化したものデスよ。それと空撮映像を投影表示」
二人の周囲に窓が生まれる。都市の映像である。
暗闇ではあるが電気的に感度が高められており、あらゆるものがくっきりと見える。
「アトラ、よく見ておくデスよ。いずれアトラが使いこなさねばならない力なのデス」
「う、うん」
「では行くデス。このあたりに回転砲台を設置」
半球形であり、細長い筒が突き出した物体。
模型の中に置くと、周囲の窓に変化が起こった。街の中で爆煙が上がっているのだ。
「うわっ、何これ」
「榴弾砲デス。回転式砲台からデアノルドに当てないようにばら撒いてるデス。なかなかの威力デスね」
スウロはさらに何個も置いていく。それぞれが3秒に一発という速度で高火力の榴弾砲を発射。着弾点を中心に百メートル近くまで爆煙が上がる。
模型の街に変化が起きる。巨人に近いポイントから建物が次々と消えていく。
「いました、ここデス。重機関銃を設置」
映像の中では緋色の火線が大通りを突っ走る。秒間20発という連射で放たれるのは金属皮膜で覆われた徹甲弾。突き進んだ先で鉄の建物にぶつかり、鉄板をこぶし大にえぐり取る。
「時限式大規模爆薬。進行方向上に置くデス」
連続する消滅。それがある一点に差し掛かった瞬間にすさまじい爆発。火柱が夜の暗幕を焦がすほどに噴き上がり、爆風が街路を駆け巡って、すでに配置してある兵器のいくつかを融解させる。
だが消滅は止まらない、爆炎を突き抜けて次々と建物が消える。あるいは極端に目のいい人間ならば、今の爆発、炎が広がる瞬間にその一部がかき消えたことに気づいただろうか。
「うわすごい、今のが何ともないの?」
「どうやら自分に触れるものも消滅させられるようデス。さすがは都市曳航竜デスね」
小物は形状がさまざまであるが、スウロはそれを手にとって吟味する。
「これはどうデスか。指向性音響兵器」
箱のようなものが出現。全体に電気がスパークし、消滅の方向に向かって音波が放たれる。
鉄の建物がうなる。街全体が震えるような地鳴り。地下にいるアトラたちにも全身が痺れるような感覚がある。
「効いています、動きが遅くなったデスよ」
確かに消滅の速度が落ちている。果たして竜の本体はどのような音を浴びているのか。スウロは周囲に同じ模型をとんとんと置く。
「音は通じるようデス。こうして浴び続ければダメージが蓄積するデスよ」
「なんかえぐい……それにこっちにまで音が来てるよ」
騒がしいというより、体内に鉛を入れられるような重低音である。不快さと酩酊感、四肢の重さ、関節
を木槌で叩かれるような痛み、経験したことのないダメージが折り重なる。
その時、模型に変化が起こる。
音響兵器に囲まれたポイントから、一瞬で模型の端まで消滅の線が生まれたのだ。
「! 動いた!?」
「いえ早すぎるデス。もしこんな速度で巨体が動いたら街が吹き飛ぶほどの衝撃波が生まれます。これはおそらく消滅をレーザー兵器のように打ち出したデス」
「レーザー?」
「光デス。あの竜は消滅させる光を撃てるデス」
それは連続している。角度を変えつつ何度も。街が端まで消えて地面がむき出しになる。街に設置された兵器群が数秒で半減する。
「やばいよスウロ。もしピアナのいる方向に撃たれたら、それに僕たちの真上をかすめたら」
「落ち着くデス。まずピアナを逃がすデス」
映像を確認。模型の描画範囲ぎりぎりの位置。都市の外縁部では竜銀の光と、天まで伸びる白い槍が垣間見える。
ピアナの人形は街の外縁部にある。スウロは指でその近くに穴を開ける。
「これでいいデス、ピアナなら我々が開けた穴だと察して降りるでしょう」
「そうだね、ピアナはこれでいいけど……」
消滅した街はすでに再生しているが、兵器群は大半が破壊されている。透蠕竜バルアルブはダメージがあるのか、いくぶんゆっくりと移動しているようだ。
「今の攻撃を繰り返せば倒せるはずデス」
「うん……確かに」
だが、そううまくいくだろうか。
比較としては遅くなっているが、それでも人間が走るよりずっと速い速度で移動している。果たして殺せるほどにダメージを溜められるだろうか。
「……この竜って、自分に降りかかるものを消せるんだよね。大砲の弾でも、火でも。でも音は消せない」
「そうデスね。どうりで膠着状態になっていたはずデス。真なる竜銀の武器でも決定打が打てなかったのでしょう」
それにあの槍。転経槍マニカロルカと言っただろうか。万が一あれすらも消滅させられたら目も当てられない。
「あとは雷撃兵器などもあるデスが、あれに電導端子を挿せないでしょう。鉄の街ですから、放電で攻撃するのは危険過ぎるデスし……」
「……自分への攻撃を、消せる」
それは何かおかしい気がする。
何がおかしいのか考えて、そしてぽんと手を叩く。
「そうか、やってみよう。材料取ってくるよ」
「え?」
「スウロはその竜を足止めしといて」
※
それは困惑していた。
思考のほとんどは食欲である。動物のものとは異なり、栄養を取るためではない。
ただ、消したい。
食らって、この世から消してしまいたい。その衝動だけがある。
その姿を見たものはいない。自分自身も見たことはない。ただ自己認識だけがある。
自己認識の中では、おそらく百万の口を持っていた。
体表面に並び。あらゆるものを食うことができる無数の口。どこにも繋がっておらず、あらゆる場所に繋がる口。鉄だろうと空気であろうと噛み砕ける口。
それは攻撃されていると感じていた。弾丸や熱い物体はどうでもいいが、音は不快だった。怒りと苦痛で身もだえする。
消してしまおう。
あの我々に近い巨人も。
ちょろちょろと目障りな人間も。
この世界すらも。
自分が食らい尽くして、何もかも無くしてしまおう。
それが進むべき道であり、自分自身であり、人の意志である。
巨人が動く。
大丈夫だ。あれは怖くない。
どれほどの速さも、鉄の塊も、肌に触れた途端に食らい尽くせる。
道の向こう。
何か来ると感じる。また弾丸か、それとも不快な音を出す箱か。
それは大通りをまっすぐに近づいてくる。
全身に口を持つ異形。
生物のあらゆる不快な器官を持ち、節のある体で這いずる巨体。
あれは。
数秒の動揺。自己認識とまるで同じ姿。
あれは、自分か。
仲間。
同類。
つがい。
透蠕竜バルアルブは、ものの見事にそれと正面衝突する。
激しい痛み。数千の器官が藁のようにひしゃげる。体液がこぼれる、体の一部が破裂する。
その瞬間。
悶絶にのたうつ竜を、巨人の振るう鉄塊が一撃した。
※
「うわグロい、体が半分潰れちゃってる」
それは姿を現していた。緑色の体液に覆われた姿である。何やらさまざまな生物の器官が生えているように見えるが、緑色に染まっていてよく分からない。
「アトラ、なぜ鏡なら消されないと思ったデスか?」
「うん、この竜ってね、透明なわけじゃなくて、醜すぎて肉眼だとその姿を認識できないんだって。つまり鏡にはちゃんと映ってるんだ。もし鏡で自分の姿を見たら、仲間だと思って攻撃しないんじゃないかなと」
アトラが用意したのは一片10メートルもの鏡である。城の中で見つけてきたものを、装甲車の先端に貼り付けただけだ。
思いつきとしか言えないが、実際に作戦は成功し、竜に隙を作ることができた。そうなれば黒薔薇竜デアノルドの一撃で倒せた次第である。
「これも模型の導きデスかね、アトラのお手柄デス」
「うーん、それにしても匂いがひどい……これ何の匂いだろう。体液の匂いじゃないよね」
「アトラ、それより早く真なる竜銀を回収するデスよ。体のどこかにあるはずデス」
「うええ、この死体を漁るの? 毒とかあるんじゃ……」
どん。とアトラたちの近くに突き刺さる槍。
それは跳んできたわけではない。柄は斜めにかしぎ、はるか遠くまで伸びている。
そして一瞬後、その場に降り立つ人影。肌と言わず髪と言わず、あらゆるものが白い人物。
「ミネアリス、これ倒したの僕たちだよ」
「理解している」
ミネアリスは体液に覆われた死体を見て、遠くにある巨人を見上げる。
「私は真なる竜銀を持ち帰るのが使命」
「させません。気づいてるデスか。この周囲に複数人の狙撃兵を配置してるデス。うかつに動けば蜂の巣デスよ」
アトラが「え?」という顔になる。そんなもの配置していただろうか。スウロの表情はアトラにも読めない。
「銃火器? 私は簡単には死なない」
「デスが。その槍は手放すかもしれない。そうすればあなたの手の届かないところに隠すことは簡単デス」
「試してみるといい」
「待ちな」
また別の人物が来る。ピアナである。どこかで戦いを続けていたのか、革で補強した服はいつもより破損が大きい。
「もう少しあたしと遊びな、体が火照ってきたとこだよ」
「しつこい……戦い方も野蛮」
「ねえミネアリスさん、あなた「勇者」になりたいんじゃないの」
と、前に出るのはアトラ。ミネアリスは答えない。
「勇者って偉大な何かを殺した人のことなんだってね。僕はそんな風には思わないけど。とにかくもう竜は死んじゃったよ。だからあなたが戦う理由はないよ」
「黒薔薇竜デアノルドがいる」
「あの巨人? あれは竜じゃないよ。僕たちが操ってる機械だよ」
ぱしん、と白い槍を背に担ぐ。
「都市曳航竜と同格の存在。それだけで十分」
「うーん」
アトラは巨人を見上げる。すべての物質を鉄に変えて操る竜。何千年もローズオルトの力の象徴であった竜。
「じゃあ、黒薔薇竜デアノルドを壊してもいいよ。そうしたら帰ってくれる?」
ミネアリスはきょとんとする。
そのまま数秒の沈黙。座り心地のよくない空気が流れる。
アトラもきょとんとしていた。意外さと驚きの半々のような顔で周りを見る。ピアナはともかく、スウロが止めに入らないことに違和感があったようだ。
「スウロ、止めないの?」
「別に。ありえない選択肢ではないデス。それに言ったでしょう。狙撃兵を配置していると」
「……」
「いらない」
ミネアリスは、やや憤慨した様子で言う。
「恵んでもらった竜には何の名誉もない。今日はもう止めましょう」
「よかった」
アトラの安堵した声に、場の空気が落ち着いてくるのが感じられた。ピアナも若干、渋々ではあるが槍を下げる。
「名前を聞いておきたい」
「模型屋のアトラだよ、こっちはスウロ、そこの怖い人はピアナ」
「アトラ、この虚無の土地で少年の心を残している者。素晴らしいことだけれど、私はあなたに不安を覚える」
「不安?」
「こちらへ来なさい」
手招きするのは竜の死骸の方角。体液がだくだくと流れているが、まだ腐敗してはいない。それなのに、どこからともなく悪臭が流れてくる。強い匂いではないが、とにかく不吉なものを感じる匂い。老化とか病気とか、あるいは卑屈とか邪悪とか、匂いを形容するにはふさわしくない言葉ばかり浮かぶ。
「あなたに見せておこう。透蠕竜バルアルブの引き連れる人々を、都市曳航竜とは何なのかを」




