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ワールドエンド・テラリウム ~模型屋アトラと竜たちの歌~  作者: MUMU
第六章 模型屋アトラと黒薔薇の城
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第五十八話 進化終着点



竜が歩く。


鱗と尾を備えたトカゲのような竜。波のような砂丘を蹴散らし、小山のような岩を踏み砕いて歩く。その巨体は城塞のよう。


生物の存在を許さぬ虚無の帯デッドベルトでありながら、竜は意に介さず生きている。形あるものを砕き、虚無をさらに虚無へと堕としていく。


「あれでもまだ中ぐらいのサイズなのデス」


砂漠の中に斜めに掘った穴にて、黒衣の魔法使い、スウロが言う。


虚無の帯デッドベルトを北上すればもっと強大な竜がいるデス。種類によっては何でも噛みつき、呑んでしまう。模型に隠れながら進むこともできません」

「うーん。強そうだね。都市曳航竜ほどじゃないけど」

「当然デス。都市曳航竜は真なる竜銀レアルドルムでできています。次元が違うのデス」

「あたしが倒してやろうか」


槍を肩にかけ、汗だくで穴の中に寝そべるのはピアナ。彼女は模型から出てきた槍士である。


「ここから北方までおよそ一万キロ。倒しながら進んだら何十年もかかるデス」

「何十年かあ」


アトラは自分の背丈を意識する。旅を始めてから少し伸びた気がする。


「もう旅立ってから三年だよ。こんなんで北方に行けるのかな」

「寄り道は無駄ではないのデス。人助けをしたり、街を災害から守ったり、北方から戻ってきた都市曳航竜の噂を追いかけたり、すべてアトラの血肉になってます」


それに、とスウロは指を振る。


「アトラはまだ体が成長しきってなかったデスからね。北方行きはしばらく待つ必要があったデス。今ぐらいで成人を迎える頃でしょうか」

「バターライダーだと13で成人なんだけど」

「まあ有意義な旅だったデスよ。自分の経験は肯定的にとらえるべきデス」


スウロはあまり焦る様子がない。彼女は彼女なりの目的で旅をしているらしいが、人助けであったり、圧政を敷く地方領主を懲らしめることは旅の目的の一つらしい。


「というかピアナ、倒せるんだアレ」

「「森」にはもっとバケモノじみたやつもいたよ。見たところデカいだけの竜だ。ものの数じゃねえ」

「まあ倒しても血の匂いで別のが来るだけだし、やり過ごそうよ」


そうこう言ううちに竜は遠く歩み去る。日も傾いてきたころ、三人は日除けのために掘っていた穴から這い出す。


「マスター、今日もやんぞ」

「そのマスターって呼び方しっくりこないんだけど」

「贅沢言うんじゃねえ。あたしが呼びたいように呼ぶんだよ」

「マスターなのに……」


アトラは木剣を構える。構えたシルエットが砂地の上に長く伸びた。


「振ってみな」

「えいやっ」

「だめ」

「早っ」


ひゅん、とピアナの槍が風を切る。ばしんと音がして、アトラの木剣が飛ばされる。


「あっ」

「握りが違う。手首を下に倒してるから筋が伸びてる。だから横からの衝撃に踏ん張りがきかねえ。肘を少し曲げてゆるく持てって言ったろうが」

「うーん……でもこの持ち方に慣れてるから、なかなか直せなくて」

「力が入りすぎなんだよ。普段は柔らかく構えて、斬る瞬間に筋肉を固めるんだ。よくそこまで鍛えたもんだが、筋肉の使い方はシロウト以下だな」

「うう」


ピアナが旅に同行するようになって二週間ほど。

ピアナの戦闘力がアトラの比ではないことはすぐに分かった。だが、より有用なのはその索敵能力である。数キロ先からでも竜の接近に気づき、身を隠すよう指示を出す。アトラたちを小模型スノードームに隠し、遠くまで偵察に出ることもできる。ピアナが安全を確認すると、騎竜でアトラとスウロが距離を稼ぐ、そういう旅を続けていた。


しかしそれでも、踏破するにはあまりにも巨大な砂漠であった。


星を見て測るところによれば、アトラたちの現在地は南緯にして60度。


虚無の帯デッドベルトとは南緯北緯65度の範囲を指す。アトラたちは虚無の帯デッドベルトの入り口から500キロほど北上していたが、まだ全体の1割も進んでいない。


「今日はこんなもんだろ、言われたところは直しときな」

「うーん、もういいの?」


ピアナは特に厳しいというわけではない。

指摘は的確だと感じたし、必要以上に疲れさせるような訓練はしない。


ただアトラとしては少し不満があった。


「僕も竜とか倒せるようになりたいよ」

「剣なんか最低限できてりゃいいんだよ。マスターにはもっと別の武器があるだろ」

「別の武器?」


はてと考えてから、ぽんと手を打つ。


「知恵を」「違う」


疾風迅雷で否定される。


「あの模型だよ。地形を書き換える力のほうが遥かに役に立つ」

「まあ、そりゃそうだけど、あれはあんまり戦闘に使ってないからなあ」

「使えるように練習しな。あたしが教えられることでもないから」


ピアナはそこで話を切り上げて、あぐらを組んでいたスウロに呼びかける。


「おいスウロ、レンナのやつまだ出てこねえのか」


その質問は何度かしている。レンナというより、模型がどうなっているかが気になるようだ。


「レンナは数日に一度ぐらい顔を見せてるデスよ。でもすぐに模型に戻ってしまうデス」

「数日に一度、って……」


ピアナはざっと計算する。現在、模型の時流速度タイムラスプは10万倍。外の時間で丸一日が経つと、内部では273年が経過していることになる。


「もう何千年も経ってんじゃねえのか。大丈夫なのかよ」

「レンナの精神性は人間とは異なるのデス。もう少し待ってほしいと言ってたデスが……」


ふと模型を見おろすと、側面に違和感がある。


【時流速度 等倍】


「おや」


スウロがつぶやくと同時に腕が出てくる。夕暮れ時の砂地を掴み、中にいる人間を釣り上げるような動き。


「よいしょっと」


栗色の髪と丸っこい顔立ち、眠たげなゆるい目、レンナが現れる。


だが服装が奇妙だった。透けるようなうすもの一枚だけを羽織って、頭には細かな細工の髪飾りを乗せている。冠のように大きなものだ。


「アトラいる? そろそろ入っていいよ」


レンナの主観では膨大な時間を隔てているはずだが、隣近所の人間に呼びかけるように気安く話す。アトラは素振りをしていたが、レンナに気づいて歩いてくる。


「あれレンナ、変わった服だね?」

「ビャード重合ポリマー、まあそんなことどうでもいいの。模型の中の進化が終わったよ」


進化が終わる、という言葉にアトラは首をかしげる。アトラが思うに、模型の中で起きていたのは発展とか拡大である。それが終わるとはどういう事なのだろう。


「とにかくアトラに確認しといてほしいの」

「分かった、行くよ」

「スウロとピアナも来る?」

「一人は見張りに残しておきたいデス。ピアナ、頼めますか」

「ああ、行ってきな」


アトラたちは模型の中へと入る。


下には綿が敷いてあった。いや、綿というより煙のようだ。アトラたちの体重をすんなりと受け止めるが、手で触れようとすると拡散する。そしてまた同じところに集まる。


どこへも流れていかず、一定の場所で渦を巻き続ける煙、そんなものが設置してある。


「何これ」

「緩衝流体、これも別にどうでもいいの。あっちの建物に行こうか」


見ればあたりは森である。アトラが最初に模型を見つけた時のような。まばらに低木が並ぶだけの森。遠くには木造の家が並んでおり、何人かが畑を耕すのが見えた。ちょっとした町があるようだ。


スウロが口を開く。


「レンナ、まったく村が発展してないように見えるデスが」

「ここは自己帰属の森。自分で自分の面倒を見ることのできる人だけが住んでる。つまり自給自足の村ってこと」

「僕たちの村があったとこだよね。少し発展して町になって、お酒とか服とか都合できたのに」

「大昔はそう。アトラティアという街があって、やがて国になった。そのあとに砂漠になったり、汚染されたり海になったり泥になったり暗黒物質になったりいろいろ変わって、200年ぐらい前に自己帰属の森になった」

「ふーん」


アトラは特に深くは聞かない。難しいことはスウロが理解してくれるだろうと考えている。


「あの町でもいちおう買い物はできるよ。宿もあるから休みたくなったら行くといいよ」

「他に町はあるの?」

「小さいのがいくつか、どこも似たようなものだけどね」


進んでいくとやがて森が終わり、平坦な土の大地となる。石灰をまいたような白っぽい土。時おり四角い建物が見えるが、倒壊していたりツタに覆われていたりする。


「ここは……建物がだいぶ洗練されてるデス。「銀の都」にも似てるデスね」

「そうなんだ」


銀の都、という言葉はアトラも聞いたことがあった。


極北の魔王。

かつて世界を支配せんとした強大なる存在。その血肉はすべて銀で出来ており、山のような巨竜を自在に生み出せたと伝わっている。


さまざまな経緯により、アトラはその噂が正しくないことを知っている。アトラが旅をする理由は、北方で何が起きているのか突き止めること、そしてできれば、まだ続いている北方での争いを止めることである。


自己錬鎖じこれんさコンクリートと浄頁じょうけつがんの建物。ほとんどは人工的な素材で理想的に頑丈。数百年は持つけど、数百年が限度だった。今はああやって朽ちていくだけ」

「レンナ」


スウロが、少し責めるような硬さを持って声を放つ。


「この世界は明らかに滅びているデス。人間は生き残ってるようデスが、またやり直しになるデスか? 十分な科学が育った時点で声を掛けるべきだったデス」

「スウロは科学の発展を考えてたの? 光線を放つ銃とか、音の速さを超える飛行機械とかそういうの?」

「そうデス。我々に必要なのは科学力だったデス。かつて薔薇の……」

「それだと都市曳航竜は倒せない。私は・・彼らの強さを知っているから分かるよ」

「……何千年もの発展があってもデスか? 山を一瞬で吹き飛ばすような爆弾も、いつかは」

「科学には限界があるの。そのへんのこともあとで説明する」


(薔薇?)


アトラの耳に単語が残る。だがスウロが押し黙った気配があったので黙っている。


建物が見えてくる。


ほぼ立方体の黒い建物。正確には黒というより、青を極めて濃くしたような色だった。雲母のように光を反射する粒が散らばっている。


「管理者権限、門を開けて」


入り口が開く。扉が開いたり、横にスライドしたりはしない。四角い範囲で壁が消滅したのだ。


「ねえ、ところでレンナ、その変な格好なんなの?」


普段、あまり人の格好を指摘しないアトラでもさすがに気になってきた。上等の布らしいことは分かるが、あまりにも透明度が高すぎる。下にレースに似た何かを身につけてるのも分かるが。暗がりに入るとその透明な服は存在を失い、いよいよ危うく見える。


「巫女ってやつだよ。この時代だと別におかしくないから気にしないで」

「気になるよ……」

「明かりを」


一秒の後。ぱっと明かりが広がる。高い天井と巨大な通路。

その中央にはガラスの板のようなものが渡されている。アトラの認識では標本を飾るためのケースのように見えた。よく分からない道具類が、2枚のガラスに挟まれて通路の中央に飾られている。


「ここは……博物館、デスか?」

「そう、ここは終着博物館。この国で生まれた技術のすべてを保管するための場所」


歩く。展示品は服や時計、ナイフのようなもの、靴に天秤に車輪のついた台座。


アトラに分かるのはそのぐらいで、ほとんどの道具は意味不明だった。小さなカードのようなもの。先端にボールの付いた竿。大皿に金漆きんうるしのようなもので模様が描いてあるもの。透明な球体。


特に多いのは箱型の何かである。扉が付いていたり金属の枝が飛び出ていたり、ガラスの小窓がついていたりする。下に解説文があるが、アトラには読めない。


「この国の人達は何千年も技術を磨き続けた。でもどうしても解けない謎が一つあった。この博物館は彼らの記念碑であり絶望の象徴。自分たちはここまでだというバトンのようなもの」

「解けない……謎」

「うん」


レンナは両手を広げる。

真なる竜銀レアルドルムに触れ、模型世界の数千年を見てきた者。


レンナは人とは異なる精神性を示すかのように、虚空に向かって言った。



「その秘密とは、竜銀ドルムそのもの」

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― 新着の感想 ―
二周目。科学の行き着く先を想像するのは楽しいですね。滅びか拡大か停滞の選択肢のどれを選ぶのかで違ってきますが。
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