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第五十六話 銀無垢の部屋




政府庁舎とはアトラティアの中心にある建物であり、外観は石造りの砦のようだった。

全体を深い空堀が囲んでおり、槍を打ち付けながら歩く衛士は絶えることがない。


ピアナはどのように侵入したか。


空堀に投げ込まれている四人の衛士を見て、推して知るべしか。


「どこだシルヴィア……」


警戒が厳重とはいえ見た目だけのこと。アトラティアの街に外敵など来るわけもなく、政府庁舎へ物取りが入ったこともない。緊急事態をいち早く感知できるほどの練度は無かった。歩哨交代は一時間おきと聞いているから、それまでは動けそうだと推測。


建物が立派な割に人は少ない。ギルドから大勢のハンターが移っているはずであり、ピアナもそれを警戒していたが、出くわさない。


「確か……牢屋は離れの方だろ……だからこっち」


ほどなく見つかる。牢の建物は別棟になっており、外見は完全な円筒形。筒状の渡り廊下を含めて窓が一つもなく、政府庁舎からしか入れないようになっている。


見張りはいない。だが壁に少しだけ出っ張りがあった。見張りが腰を引っ掛けて休むための簡易的な椅子だ。


「誰もいねえな……そうか、手入れで大勢が連れてこられたんだったな、忙しいのか? その……取り調べとかで」


捕まった人間がどうなるかの知識がほとんど無い。もし聡明な人物が同行していたなら、あまりにも人員が少ないことを怪訝に思っただろうか。


牢屋は鉄製のドアが集合住宅のように並んでいる近代的な施設だった。ドアの格子窓から覗き込んでみれば、寝台と便座、手洗い場に小さな吊り棚が見える。人はいない。


気配を探る。大勢の足音、話し声、皮の鎧が壁に擦れる音。ピアナはハンターとしての感覚で人の気配を追う。


「向こうに集まってるな……? しかも物々しい。連れてこられた連中が暴れてんのか?」


ピアナは人の気配を追う。

それはすぐ形に現れた。衛士が倒れていたのだ。

一瞥してまたぎ超える。明らかに眠り粉を吸った眠りだ。シルヴィアの仕業だろう。

ついでのように街頭で演説していた男たちも倒れている。これから投獄されるはずだったらしく、全員が両手を縄で繋がれていた。


「こいつらシルヴィアの仲間……ってわけでもねえのか? 仲間のフリして一緒に捕まったのか?」


階段を登って庁舎の二層へ。ピアナは二層に来たことがないが、廊下が伸びてるだけだ。やはり数人の衛士が眠っている。


「シルヴィアがいるな」


気配で分かった。鉄製のドアをためらうことなく開けると、中にいたシルヴィアがはっと振り向く。


「え……あ、ピアナ、どうしたの、こんなところに」

「シルヴィアを探しに来たんだろ、眠り粉まで使って何やってんだよ」

「言ったでしょう、銀の蓄財について調べてて……手入れがあるって聞いたから侵入のために私も……」


そこでピアナの鼻がひくと動く。

匂いではない、あえて言えば熱に近い気配だ。


そこは四方を石で囲まれた部屋であり、奥にはインゴットが積まれていた。文字通り山のように。


「うおっ……」


それはアトラティアの街で加工される竜銀ドルムのインゴット。一枚で十億の銀を収めている。それが数百、あるいは千枚以上。


「銀じゃねえか! やっぱり溜め込んでやがったか!」

「ピアナやめて、もういいの」


内部には女性がいた。だぶついた毛布のようなローブを着ている。ピアナを見てもごもごと口を動かしたのは、あくびを噛み殺したのか。


「そっちのでっかい人も聞きたいの?」


シルヴィアは少しためらうように見えたが、ピアナとローブの女性を見比べ、そっと目を伏せる。


「はい……こちらの方にもお話を」

「いいよ、じゃあまず名乗っておくと、私はレンナ」

「ハンターのピアナだ。レンナっておとぎ話の魔女みてえな名前だな」

「魔女じゃないけど、多分そのレンナだよ」

「マジかよ」


子供の頃はよくその名前で脅かされた。いわく、レンナの魔女は子供をさらって生き血を吸う。夜遅くまで起きてると窓から覗く。嫌いなものを食べないとカバンにその食べ物を詰める。


「ってやつだろ」

「おとぎ話ひどい」


レンナと名乗った女性は渋い顔をして、改めて二人を見渡す。


「銀について知りたいんでしょう。アトラティアの街で生産された銀の何割かはこの部屋に集められるの。必要に応じて回収されるはずだった」

「回収って誰がだ」

「この模型のマスター。アトラ」


シルヴィアがわずかに肩をこわばらせる。ピアナの意識が数瞬、そちらに引きつけられる。


「そっか、この世界が模型ってのはマジなんだな」

「あまり驚かないね」

「そう言ってるやつもいるだろ、近所の爺さんも言ってた」

「ですが、そこの銀は数千億はあります」 


シルヴィアが口を挟む。


「あまりにも多すぎる。マスターという人物にはそれほどの銀が必要なのですか」

「必要かどうかは分からない。ただこの二百年ばかり、アトラが降りてきたことは一度もない」


レンナはぼんやりとした様子で、天井とも壁とも言えないあたりを見る。


「外に出られるのは私だけ、でも出ないと決めてるの、呼ばれたこともないし」

「二百年って、マスターってやつバケモンかよ」

「時流速度は現在80倍……。最初の頃は24倍だったから、上の世界では都合三年ぐらいかな。過酷な旅だから、死んでてもおかしくないね」


レンナは独り言のような言葉が多く、どうも要領を得ない。人と相対してると言うよりは壁画の人物と話してるような、という奇妙な形容が浮かぶ。


「もう行きましょう」


シルヴィアが立ち上がる。ピアナも特に腰を重くすることもなく一緒に立った。


「シルヴィア、外の世界って」

「私たちの気にすることじゃないわ。銀があると確認できただけで十分」

「そうか……」


シルヴィアは早くこの場から離れたいようだった。扉をくぐり、外へ出てしまう。


「あの人は私の嫌いなタイプだね」

「シルヴィアのことか?」


ピアナは怒るより先に不思議なものを見る顔になる。シルヴィアを嫌いと言う人間は見たことがないからだ。


「猪突猛進、勇猛果敢、独立不撓、血の気が多くて腕も立つ、生まれついての戦士って感じ、ああいう人は苦手なの。なんとなく昔の知り合いに似てる」

「は……?」


あまり座学の成績がいいとは言えないピアナだが、それでも今言ったような言葉がシルヴィアにそぐわないことは分かる。


「何言ってんだお前……シルヴィアはあれだろ、頭が良くて冷静で……ちこうよれみたいなやつだろ」

知行ちこう合一ごういつ? それも古い言葉だね。学びがなければ行動に意味はなく、行動が伴わなければ学びに意味はない、そうだね、ぴったりだね」

「?」

「今まで何人かの人間がここを訪ねて来たけど」


魔女レンナはあぐらをかいて頬杖をつき、川の流れに身を委ねるような穏やかさで言う。


「マスターのことを聞いたらみんな帰って行った。外に出たがる人もいなかった。責任のある人、知恵者と呼ばれる人ほどそうなったの。それがものの道理かも知れない。模型は外の世界に従属してはいない。模型は完成された世界であり道具ではありたくない。ただ言い訳のように歴代の為政者がここに銀を収めに来た。ある時から国土の拡張もやめてしまった。土地も銀もこれ以上必要ないと考えたのかもね」

「……」

「世界は模型のことわりすら忘れようとしている。それが愛すべき凡庸なる人々というもの。では戦士はどうだろう。賢人はどうかな。分からないね。この土地に戦士はともかく賢人が生まれるかな」


言葉は夢うつつのようになり、若い女という外観には似つかない老成したものを感じた。声は細くなり、しまいには本当に寝息に変わりつつあった。


ピアナは俯いてしまった魔女をじっと見つめて、銀の山と不可思議な部屋を見て、その目に奇妙なゆらぎの色を見せた。


そしてシルヴィアの後を追ったが、彼女はとっくに下層へ降りていた。

倒れた衛士たちは行きよりもずっと増えていて、それをまたぎ超えて、ピアナも政府庁舎を抜け出した。





「しばらく身を隠すって?」


ハンターズギルドに戻ったピアナに、ゴドーたちがシルヴィアからの伝言を伝える。


「ああ……役人に捕まったのは銀の有る無しを確かめるためだった。存在は確認したが、多少強引なことをしたので身を隠す。いずれ、しかるべき手段で正式な訴えを起こす……そう言ってたな」

「そっか……」


街は今更ながらに騒ぎになっていた。正体不明の賊が庁舎に侵入したとのことで、街から衛士が引き上げて庁舎を警備しているらしい。


(つっても時間が経てばシルヴィアのことはバレるよな……仮に衛士に見られてないとしても、シルヴィアを連行した役人がいるわけだし)


「シルヴィアも無茶をしたもんだが、銀があるならこちらも大人しくしてるつもりはない。こうなったら全面対決を考えねばならんな」

「そうだ! これ以上ギルドを縮小されてたまるか!」

「あいつらだってハンターの集めてくる銀は必要なんだ。全員お縄になんかできるわけねえ!」


ゴドーの決断は素早く大胆なものであったし、若いハンターたちは血気盛んである。アトラティアの街に銀を供給する立場として、多くの怪物を倒してきたハンターとしての誇りが彼らを勇気づけている。


「……ゴドー、いまギルドに銀はいくらある?」

「こないだ納めたばかりだからな、5億ってとこだ。ピアナ、お前の装備は?」

「補充してねえな……一億もない」

「そうか、まあ銀の量は問題じゃない。役人と衝突するだろうが、膨大な銀を撃ち合う戦いにはならんだろう」

「そうだな……」


起きたことを総合すれば、政府がギルドを潰しにかかる可能性がある。

だがそれは必然でもあっただろうか。長年の抑圧がハンターたちに怒りを与えていた。いずれ起きる戦いならば、シルヴィアが切っ掛けとなったのは必然であると言うものもいた。


(政府庁舎には数千億……あるいは一兆の銀があった。それを使われるとやべえか?)


(いや、ゴドーの言う通り、街中まちなかで銀を撃つわけがねえ。ハンターたちが全滅する前に街が消えてなくなる)


(つまり純粋な腕っぷしの勝負になる? そんならこちらが有利だろう。衛士の数が多くてもあいつらは喧嘩慣れしてねえ。元ハンターだった連中は仲間に引き込めるかも……いや違う、何人いようと俺が蹴散らせばいい話……)


何故だろう。考えれば考えるほど思考にモヤがかかる。

事態はそんな風にはならないと予感される。このアトラティアという模型の街がゆっくりと傾いて、すべてのものが滑り落ちるような、そんな不安がよぎる。

思考から逃れるように顔を上げる。ゴドーはギルドメンバーに指示を出していた。


「ジェイトウ、マオランと一緒に窓を板で打ち付けろ、捕物とりものになったら籠城戦になる可能性が高い」

「了解」

「グランダ、エメス、食料を調達してきてくれ。あと他のギルドメンバーもここに集まるよう呼びかけてくれ」

「分かった」


舞台は着々と整っていく。

ピアナは頭を掻きむしりながら、正体不明の不安に苛立っていた。





深夜、ハンターズギルドの位置する一角は静まり返っている。

近隣の家のものを街の外縁部に避難させたのだ。家畜がいななく声が遠く聞こえる。


「やっぱり来てるぞ、東側の路地に七人だ」

「肉屋の方にもいるな、あっちこっちに少数ずつ……全部で60人ぐらいか?」

「いや弓手もいる。見ろ、あっちの屋根」


やはり大捕物になるのか、寄り合い所に集まったハンターたちは息をひそめる。


「無理すんじゃねえぞ、家族のいるやつは引いてもいい」

「つれないこと言うなよゴドー。シルヴィアのやったことは間違ってない、そうだろ」

「そうだ、ギルドだけじゃねえ、政府はやはり銀を溜め込んでた。国全体を騙してたんだ。俺たちは捕まるべきじゃねえよ」


ハンターたちの士気は高く思える。ピアナには分からない因縁もあったのだろうか。


「……みんなシルヴィアを信頼してんだな、自分で銀を見たわけでもねえのに」


それは、普段のピアナであれば出てこない言葉だったかも知れない。

なぜそんなことを言ったのか自分でも分からなかった。ゴドーが応じる。


「お前だってそうだろう? 昔からシルヴィアだけは信頼してたな。狩りでもそうだし、身だしなみやらお偉いさんとの話し方やら、シルヴィアになら素直に教わってた」

「ああ……訓練所の同期だったけど、あいつだけは他のやつとは違ってたよ。言うことはいつも正しいし、公平だし、本も山ほど読んでた。知識だけじゃなくて……大局観って言うのかな、すげえ広い範囲でものごとを考えてた。俺に足りない部分だよ」


ゴドーは多少ぎょっとした顔になる。ピアナが他人を褒めるのはともかく、自分の欠点を語ることはほとんど初めてだった。

掘り下げるならば、そこまでしてでもシルヴィアを褒めた・・・かった・・・のだが、ピアナ自信は意識していない。


「そうだよ……ああいうやつが人の上に立つべきなんだ。あいつの下なら、思いきり槍を振るえるってもんだし」



――生まれついての戦士って感じ



(何を言ってやがる)


(そんなわけが……あいつほどの賢人が他にいるかよ……)


「来るぞ、四つ辻のほうから捕り手が来てる」


ピアナは身構え、すべての思考を戦いに振り向けようとして。


その瞬間。天の一角にまたたく光。


「――!?」


0.2秒の出来事、窓からの強烈な光が陰影となってピアナの顔を通り過ぎ。


まばゆく輝く光球が、街の一点に突き刺さる。

爆発と閃光。一秒後に打ち上がる猛炎。天をあかあかと焦がす光――。


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