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第五十五話 閉ざされた世界


「政府は銀を不当に溜め込んでいます。これは多くの方が推測していることです」


シルヴィアとは竜銀ドルムを使う術師であり、森での討伐実績ではギルドで五指に入ると言われている。

不思議なことにシルヴィアが話し出すと、ピアナは組んでいた足をおろして真っすぐ彼女を見つめた。


「我々は政府に要求すべきです。ハンターズギルドは縮小させない。今は何よりも銀を配るべきであると、民衆にも、そして我々にも十分な量を」

「シルヴィア、そうは言うがどう交渉する、政府と戦争になっても勝てやしないぞ」

「まず同士を集めるべきです。ギルドから衛兵に移った方々に声をかけます。街角には竜銀ドルムを市民に還元させようと訴える方もいます。その方々とも連携できるはず」


「そうかねえ、演説してる奴らは民衆やら工場やらに配れって言ってんだろ。ギルドの拡充とは食い違ってんじゃねえのごわっ」


呟いてた男にピアナの拳骨が飛ぶ。


この時代、銀は多くのことに用いられる。家畜を肥えさせ麦の育ちを早め、酒を熟成させ、薬品の触媒ともなり、工場では強力な火を生み出す。狭い国土ながらも、多くの国民を養えるのは銀の賜物である。

そして政府とはハンターから銀を集め、分配する役割を担っていた。


「連携は部分的なものです。何よりも政府が銀を蓄財していることは認めがたい。民間とギルドに振り分けるべきなのです」

「だが、ギルドは名目上は政府の直属だ。勝手な動きをするわけには」

「あたしは賛成だぞ、ギルドにも銀が降りてくるんだろ。よりド派手に槍が使えるってもんだ」

「いや待てピアナ、事が大きすぎる。政府への反抗なんてこんな場でついでのようには決められない」

「リーダーの指示を仰ごうよ、どうなんですギルド長」

「……うむ」


ゴドーは全員を眺め渡す。

ハンターズギルドにおいてゴドーの発言権は絶対とされている。ゴドーは自分が是非を決めねばならぬと見たが、まだ判断できるほど材料が無いとも思われた。


「確かに……我々は長年、莫大な銀を上納してきたが、国土の拡大はほとんど観測できず、また全量を民間に配ってる様子もない。どこに消えてるのかといぶかしんでいた」

「ほら見ろ、シルヴィアの言うとおりじゃねえか」

「だが、不当に蓄財してるとまでは断言できない。ひとまずギルドの縮小については回答を引き伸ばし……蓄財が本当かどうか、俺も調べてみよう」


そしてまた全員を見渡し、幕を下ろすように宣言した。


「今日はこれで解散とする」





「ちっ、ゴドーのおっさん、相変わらず中途半端なことばかり言いやがる」


場末の飲み屋である。大勢が詰めかけており、竪琴とオルガンの生演奏が行われている。


ピアナは湯に蜂蜜とハーブを溶かした飲み物を煽っていた。その脇にはローブ姿のシルヴィアもいる。


「ピアナ、さっきは賛成してくれてありがとう、心強かったわ」


シルヴィアは赤褐色の火酒を頼んでいた。度数の強い酒だが、ハンターらしく躊躇なく煽る。


「なあ、政府が銀を溜め込んでるってマジなのか?」

「ええ……森はこのアトラティアの2倍の速さで時間が流れているわよね。森での2ヶ月の稼ぎが8000億ほどよ」


その細く美しい指がカウンターをなぞる。爪に銀を仕込んでおり、白く輝く線が残る。初歩の術であるが、それで簡単な数式を描く。


「そのうち4%にあたる320億が森での2ヶ月、つまり1ヶ月でのギルドの取り分、残りは政府へ納めている。この20年あまりで184兆ほどの竜銀ドルムを納めてきた」

「何度聞いてもゴミみてえな取り分だな……」


ピアナは顔を上げて周りを見る。場末の飲み屋だけあって労働者が多い。誰もが体を煤と泥で汚し、疲れきった体をささやかな酒で癒そうとしている。

ピアナに言わせれば「全員貧乏くせえ」とでもなろうか。


「国土解放を唱える人もいるけど……それはあまり賛成できない。今の国土が40平方キロあまり。1平方キロ拡大するのに100兆の銀がいる。それだけの銀を使っても国土は2.5%ほどしか増えないことになる」


ピアナはまったくの下戸のため、甘い砂糖菓子をがりがりと噛み砕きながら応じる。


「もっと銀を稼ぎたいんだろ? 森の奥へ行けばいい。強い獣を倒せば銀はいくらでも手に入る。音速で飛ぶ怪鳥だとか、あたり一帯を極低温に変える狼だとかが討伐された記録もある。そういうのは一頭で50億以上の竜銀ドルムを持ってたって聞くぜ」

「ハンターの部隊が全滅したこともある」


シルヴィアはたしなめるように言う。


「ピアナ、あなたは強いけど不死身じゃない。そんな獣に挑んでいたら、命がいくつあっても足りない。私が銀を求めるのはね、安全のためよ。武器よりも防具、突出した戦士よりは集団での戦術、それによって狩りを安定させたいの」

「あたしなら平気だ。一人でも行ける。危険な狩りはあたしみてえな向こう見ずな奴に任せりゃいいさ。あたしにたっぷり銀をくれれば、上等な獣をいくらでも狩ってきてやるよ」

「ピアナ……そんなに戦いたいの?」

「そりゃそうだろ」


腰の後ろ、破れかけたポケットから硬貨を取り出す。竜銀ドルムと兌換できる小銭である。それを無造作に握りつぶす。


「この世界には街と森しかねえんだ。森で銀を稼ぐことが狩人ハンターの使命ってもんだろ」

「……そういうのは、べき論というのよ、ピアナ」


シルヴィアは強い火酒を喉に突き刺すように飲み、ほうと熱い吐息を吐いて言う。


「この世界の姿とか、あり方とかに、意味を見出してはいけないの。まずは人間を見つめる。すべての人が安定した人生を送る。それが優先されるべき。いい、ピアナ、世界には・・・・目的・・なんて無い・・・・・のよ」

「そうなのか?」

「そうよ。世界には神もいないし竜もいない。それはおとぎ話の中の存在。世界は泡のように生まれて、人の一生もまた泡に同じ。使命だとか天命だとか、そんな言葉がささやかな幸せを狂わせる」

「……で、でもな、シルヴィア」


ピアナは、彼女にはめったに無いことだが、弱ったような声で言う。


「世界は透明な壁で囲まれてる。竜銀を使うとその壁を広げられる。その仕組みは誰が作ったんだよ。この世界は神様ってやつが作った模型だって、確か近所に住んでた爺さんが……」

「違うわ、神様なんかいない」


きっぱりと断言し、タンブラーをやや強めにカウンターに置く。ピアナは少し身を引く。


「この世界の仕組みは、ただ天然自然にそうだというだけ。水が高みから低みへ流れること。クレス葉の葉脈末節が必ず同じ数になること。剣魚デュラムの鱗が体節ごとに1、1、2、3、5、8、13、21という数列を描くこと。それは誰が決めたの? 誰も決めはしない。おそらくは極小の世界での力学的せめぎあいから生まれた法則に過ぎないのよ」

「じゃあ、あの壁も……」

「そう、おそらくは溶けたガラスを吹いてフラスコを作るように、竜銀ドルムが世界の内圧を高めることで壁が広がると言われてる。あれも自然の法則に過ぎない」

「なるほど……」


感心したようにうなずく。


「ハンターズギルドが再編されるなら、より人員の損耗は許されなくなる。防具に銀を使いたいの。何をやるにも銀が必要なの。それなのに……」


100兆もの銀がどこへ行ったのか。

本当に政府が蓄財してるのか、話は何度もそこへ戻ってくる。


「あたしが調べてきてやろうか?」


ピアナが何気なく言い、シルヴィアは少し重たげに視線を動かす。


「……どうやって?」

「あのでけえ政府の建物に忍びこみゃいいんだろ。偉そうな役人を2、3人シバけばすぐに吐くさ。ギルドに迷惑はかけねえよ。捕まりゃしねえが、もし捕まったら自害すりゃいい話だ」

「……。いいえ、駄目よ。あなたにそんな危険なことはさせられない」


そして何杯目かの火酒を煽り、目をうるませて呟く。


「あなたはハンターの仕事に専念してて……調査は私がやるから」





シルヴィアとピアナ。二人はハンターズギルドの同期生であり、年齢も同じである。


訓練所には毎年大勢が訪れるが、14週間の訓練に耐えぬけるのは千人に一人と言われる。

森で生き抜くためには体力はもちろん、戦士や術師としての才能。特に竜銀ドルムを扱う素質が求められる。ピアナは槍士そうしとして、シルヴィアは術師として共に訓練を耐え抜き、ハンターとなった。


生来の無頼であり、口より先に手が出る気質のピアナであるが、なぜかシルヴィアと争ったことは一度もない。ゴドーに逆らうことはよくあったが、シルヴィアの指示には必ず従った。


それはシルヴィアの持つ聡明な気配と、判断の正しさのためであると周囲は理解していた。

今は経験と実績でゴドーが隊長を務めているが、次期隊長はシルヴィアで間違いなかろう、というのが大方の評である。


「おっさん」


ハンターズギルドの詰め所にてそう呼びかける。呼ばれたゴドーは苦々しく振り返った。


「隊長と呼べ、あるいはギルド長と」

「あの件どうなったよ。政府が銀を溜め込んでるって話」

「……うむ、いろいろな方面から当たってみたが、やはり上納した量と分配されている量が合わない。確実に100兆以上が浮いている。おそらくは政府庁舎にあるのか……」

「よし、そんならシルヴィアに伝えとく」

「いや、この話はシルヴィアにすでに伝えたぞ。分かりましたと言って詰め所を出ていったな」

「……そうなのか?」


と、そこへ若い狩人ハンターが数人入ってくる。早足で慌てた様子である。


「ゴドー隊長、聞きましたか」

「どうしたマイルズ」

「手入れですよ。町で演説してた連中がいたでしょ。銀の分配をどうのってやつ。あれが全員しょっぴかれたらしい」

「そうか……前々から目をつけられていたそうだしな」

「ええ、それでですね。捕まった連中の中にシルヴィアらしき女がいたって聞いたんです。美しい女で、白いレースのローブを着てたって」

「何……」


ゴドーは反射的にピアナを見る。

報告にやってきたハンターたちも、いまピアナの存在に気づいたかのようにぎょっとした顔になった。


「い、いやピアナ、俺たちの聞いたのは又聞きだからよ。まだシルヴィアだと決まったわけじゃねえ」

「そ、そうだな。よし、俺から確認しとこう。なに、役人とは顔見知りも多い。仮に逮捕されていても、ギルドの長として頼めば身元をけ出せるかもしれん」


だがピアナは。

特に何の変哲もない表情で、小指で耳をほじるのみだった。


「……なに慌ててんだ? ゴドー、あんたまで」

「いや……別に慌てては」

「は、まさか俺がキレまくって役場に殴り込むとでも思ったのかよ。そこまで頭に血ぃ上ってねえぞ」

「いや……うん、そうだな、すまなかった」

「ち、胸くそ悪い、帰って寝る」


と、ピアナは肩をいからせて詰め所を出ていき。



そのまま真っすぐ、政府庁舎へと向かった。


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