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ワールドエンド・テラリウム ~模型屋アトラと竜たちの歌~  作者: MUMU
第五章 模型屋アトラと暗がりの竜
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第四十九話 廃洞の竜





さらに一日。


耐熱手押し車、タオグルなるものはさらに改良を重ねられた。アトラが大まかな形を作って模型の中に投下し、内部の住人たちが細部を成形するという流れであり、試作は10以上も重ねられる。


ようやく完成したものは筒の中に人間が入るような形だった。先端は鉄の円錐、胴体部分は銅板を薄く叩きのばしており、持ち手部分にまで熱が来ないように木のグリップを取り付けたり、空気穴が斜めの金属板で守られていたりと細かな工夫がある。


重量はざっと65キロ。内部では四人が二列縦隊に並び、全力で前に押し続ける形になる。


「今日も兵隊が戦ってたけど、本当にすごい炎だね。あの巨大な洞窟と同じ太さで噴き出すなんて」


アトラは様々な種類の布を細切れにして、模型の中に積み重ねる。内部ではそれを使って耐熱服の補強をしているはずだ。


「アトラ、危なくなったら模型に入るのデスよ。真なる竜銀レアルドルムでできた模型が燃えることはないでしょうし、入れば命だけは助かります」

「うん、スノードームをいくつか持ってく。スウロは本体の模型を見てて」


模型から腕だけを出し、転がして大竜窟の奥へ行く作戦も考えた。

だが何キロもの移動はとても不可能であり、もし模型が回収不可能になった場合の脱出策がないので却下となった。


「ところでどうやってタオグルを外に出すデス?」

「バラして外で組み立てると目立つし……やっぱり坂道かな、ちょっと押すのが大変だけど」


それはすぐに作られる。ドアストッパーのような形状の板である。黒く塗って模型に置くと、黒曜石のような石材の坂となる。


そして決行の時刻。

真夜中。ケイニオンの街を貫く大通りに置かれるのは模型。そこから炎のあかあかとした明かりが生まれ、円錐型の物体が飛び出てくる。先端がめらめらと燃えていた。

やがて鉛筆のような細長い胴体部分も飛び出し、それは重力を受けてどしんと着地する。


「うおおおお!」

「いけーーー!」


そう叫ぶのはアトラを含む少年たち。全力で戦車を押しつつ洞窟に突貫していく。


「アトラ、気をつけるのデスよ……」


スウロは模型をそそくさと回収し、路地の奥へと消えていった。


「……とはいえ、ほんとにあんなんで上手くいくデスかね」


そのような不安の声ははるか後方。アトラたちの押すタオグルはずんずん奥へ進んでいく。アトラはもちろん、他の三人もしっかりと体を鍛えて模型の中で走り込んでいた。破城槌のような物体はかなりの速度を出せている。


先端に火が灯っているのは獣脂を巻いているためであり、燃やすことで照明の役割を果たしていた。観測手の少年がのぞき窓に注意を向ける。


「右側に壁、気をつけて」


気をつけてと言ったものの、タオグルに方向などあるわけもない。

ではどうするか、もちろん壁にぶつかって方向を変えるのだ。


「3、2、1、今!」


があん、と金属の円錐が壁にぶち当たり、とっさにアトラたちは反対側に力をかける。強引に車体が振られ、さらに前進。


「あたた、腕がしびれた」

「鰐はいる?」

「いないみたいだよマスター、なんか壁とかボロボロだね。鎧も転がってる……」


獣脂の明かりはけして強くはなく、広大な洞窟の隅々まで照らすわけではない。


だが、そこに散乱する物体。表面がすすでまっ黒になった鎧などがかすかに見える。かつてこの洞窟に攻め込んだ兵士たちだろうか。

アトラたちは力をセーブしつつ、速歩き程度の速度で進む。


「確か……大砲を鳴らして5分もかからずに鰐が出てきたんだ。ハガネってのはだいぶ街に近い位置にいると思うんだけど」

「いないね」

「なんにもないよ、広いけどほんとにただのトンネルだ」


都市曳航竜によって掘られた、山脈を貫通するトンネルである。その長さは30キロをゆうに超える。とてもではないがこのまま終点まで走破はできない。出てくるなら早めに出てきてほしいとアトラは思っていた。


「どのぐらい来たかな?」

「もう15分は進んだからね、かなり急いで来たし1キロ半ぐらい」

「鰐がいないね……スウロの言ってた通りかな。鰐は敵の本拠地から来てたわけじゃなくて、入口近くに待機させられてた……」


「マスター、何か光が」


それは一気に来た。

タオグルを包む赤い閃光。そして城を一つ包み込むほどの炎の波。洞窟の果てから吹き寄せて、金属の外殻を炎がなぶる。


「止まって! 模型に頭を入れて!」


瞬時に外壁は高熱となり、アトラたちの服から水蒸気が噴き上がる。手もとのスノードームに頭を突っ込んで息を吸う。


「すごい熱だよマスター!」

「大丈夫……20秒ほどで止むはず」


何を燃やせばこれほどの猛炎となるのか。壁面をガラス状に溶融させ、空気すら焼き尽くす赤い旋風。鉄の衝角がそれをわずかに左右に散らし、内部を満たす水蒸気が熱を遮断。それでも内臓が煮えそうなほどの熱。


「あつつ、手袋が焦げてきた」

「気をつけて、金属部分に触れたら大火傷するよ」


果てしない長さに思われた炎の洗礼。だが予想通り嵐は過ぎ去った。

深夜に吹き荒れたこの炎を街はどう受け止めるだろうか。命知らずの賞金稼ぎが入ったと見るか、それとも鳥や獣にハガネが反応したと見るか。まさか侵入者が生き残ったとは思わないだろう。


アトラは熱湯の衣となった服を脱ぎ捨てる。


「暑い……これ二回は耐えられないな。次の炎が来たらいったん模型に避難しよう。引き返すことも考えないと」


タオグルはゆるゆると進む。あちこちが熱で歪んでおり、車輪は重くなっていたが、なんとか進めていた。


「誰かいるぞ」


少年の一人が言い、アトラも覗き窓の蓋を開ける。はめていた手袋からじゅっと水分のはぜる音がした。車体全体がかなり熱くなっている。


「誰か座り込んでる……そのずっと向こうで洞窟が広がってる、ような」


確かに、全身鎧を着込んだ人物が座り込んでいる。かなり大きな鎧であり、頭部は鰐のそれに似ているが、角やトゲに覆われた凶悪な意匠だ。


洞窟の幅は馬車が4、5台並べるほど。ほぼ筒状の簡素な隧道トンネルだったが、鎧の向こうは何やら四角い凸凹が見える。洞窟がさらに広がって、左右に町並みが生まれるような。


それは錯覚ではなかった。壁に木造りの建物があるのだ。物置か掘っ立て小屋のような、大工が寝ながら作ったようなあばら家である。


「これって……」


アトラはタオグルを端に寄せ、先端を持ち上げると外へと這い出る。


「マスター、あぶないよ」

「大丈夫、あの建物は焦げてない。炎はこのあたりには来ないと思う」


それを受け、少年たち三人も外へと。


「マスター、これ鎧だけだ、中に人が入ってない」

「立派な鎧だね。曲線の仕上げが凄すぎる……。職人が作ったというより、まるで生き物の抜け殻みたい……」


座ってるような姿勢であるが、座った姿勢のまま型が崩れていない。わずかに脱力した肩のライン、そっと膝の上に垂らされた腕、そこに機能美を感じる。きっと、着るものの動きをまったく妨げない鎧なのだろう。


「マスター、俺たちは小模型スノードームで待機しとく。タオグルを動かすときは呼んで」

「え、そう? わかった」


彼らは戦闘要員ではないとはいえ、アトラにとっては少し淡白に過ぎる態度にも思えた。

求められたこと以外で動こうとしない、あるいは模型の外の世界について興味が無いかのようだ。


タオグルの先端の獣脂は燃え尽きていた。アトラはスウロに持たされた照明用の銀板を取り出す。革袋から出すと青白い燐光が広がり、広大な洞窟を照らし出す。

やはり感じた通り、洞窟は胃袋のように中膨れしているようだ。足元にはちろちろと水の流れが見えて、あちこちに小屋のようなもの、足場のような木組みが見える。木組みを視線で追うと、壁から湧き水が染み出してるのが見えた。


「そうか、銀が取れるんだった。あれって銀の採掘のための施設なんだろうな。それと宿舎……」


何だか荒れ果てた印象だが、暗がりなのでどの程度壊れてるかは分かりにくい。

足元を見る。細かな流れがいくつもあって、川底には銀の粒が転がり、ヤモリのような小さな生き物が這っていった。


「これが湧き水から取れる竜銀ドルムかあ。すごい量だなあ、一つ一つが大きいし、すごく純度が高い……」


この銀の粒であの炎を生み出したのだろうか。アトラはそう考える。

しかし銀だけで炎を生み出せるわけではない。着火する手段も必要である。あるいはスウロのような魔法使いがいるのか。あれこれと考えつつ歩く。


「それに、あの鎧……」


背後を見る。背中を見るだけでも相当な匠の技を感じる。細部の造形は鬼気迫るほどだ。

そして焼け焦げていない。つまり鎧からこっちには炎の風は吹いていない。


「……どういう事だろう? 火吹きの竜がいるんじゃないの? 鰐すら出てこないけど」

「おい、お前」


はっと振り向く。だいぶ目が慣れてきたのか、洞窟のわずかな凹凸も見えるようになってきた。

そこに、黒い衣が。

そう見えたが、実際は真っ黒に汚れているだけだ。小柄でぼさぼさの髪。物珍しそうな、それでいて警戒している気配。


それは子供だ。家と思しき建物から、積み重なる鎧の山から顔を出して這い出てくる。

見れば周囲には鎧や武器が多い。焦げてるものもあるのを見ると、洞窟から集めてきたのか。


「え、子供……?」

「お前、町の兵隊か、それとも賞金稼ぎか」


少年は眼を開けていない。目隠しをしているのだ。匂いを嗅ぐように鼻先をこちらへ向けている。


「ええと……いや、別に何でもないけど」

「領主様の使いなら割符わりふを出せ」

「領主様? そういうのは無いかな……君たちここに住んでるの?」


目隠しの少年は手足が細く、紙細工のように生白い肌をしている。背後に同じような細見の子供が何人かいるが、暗すぎてほとんとま見えない。

目隠しの少年が声を飛ばす。


「賞金稼ぎだ、竜を放て」

「え、ちょっと!?」


どこかで金具がはじける音。かんぬきで閉じられてた檻から竜が放たれる音だ。何かが全身をのたうって這い、まっしぐらにアトラの持つ光に向かってくる。


「でっか……!?」


体長10メートルに迫らんとする特大の鰐。短い手足をばたつかせ、尾を打ち振って迫る。


アトラが腰から木剣ぼっけんを抜き放つとき、それはすでに上体を持ち上げている。後ろ脚を支点にして背筋を反らすような動き、アトラにのしかかりつつ牙を突き立てんとする。


がちい、と牙が金属音を鳴らす。アトラは身をかわして後方へ、背後の掘っ立て小屋のような建物に登る。

そこへ鰐の突進。木材を紙のように弾き飛ばし、上にいたアトラはすんでで隣の家に。


「ちょ、ちょっとやめて! 戦う気なんて無いから!」

「お前は炎の波を抜けてきた、まじない師に決まっている。そうでなくても兵士でないものは食い殺せと言われている」


竜の突進力、皮膚の硬さは鉄でできた怪物のよう。そしてアトラよりも確実に夜目が効く。おそらく周りの子どもたちも。


「き、君たちって……」


屋根から別の屋根へ、しかしその小屋はアトラの体重を支えられない。柱が崩れてアトラが建材ごと雪崩をうつ。どこかをしたたかにぶつけて銀の混ざった泥が打ち上がる。そこへ迫る鰐の爬行。


「このっ!」


だがアトラの立て直しが早い。食いつかんとする鰐の上顎に木剣を突き立て、その反動で離脱。鰐が一息に顎を閉じ、樫の木剣を角砂糖のように噛み砕く。


「や、やばい、どうしよう。小模型で閉じ込めることはできるけど、竜が一匹じゃなかったら……それにこの子どもたちもいるし」


子どもたち・・・・・


「あ……!」

「やれ! 噛み付け!」

「待って! 君たちエイワンの知り合いでしょ! ケイニオン加護の館にいた子どもたちでしょう!」


鰐が回転。その長大な尾でアトラの足を砕かんとする。アトラはわずかな光の中で跳ぶ。背後にあった鎧が砕ける。


「聞いて! 敵じゃないんだ! この街で何が起きてるのか知りたいだけなんだ!」


鰐が加速。その手足で己を矢のように打ち出す動き。アトラの動かんとする先を読んだ曲線の走り。アトラは背後を見る余裕もなく山勘で後退。

その背中が壁のような何かにぶち当たり、鰐が一気に迫らんとするとき。


指笛が。


甲高い音が洞窟内に響いて、鰐が瞬時に反転。アトラを食い殺せた名残惜しさも、戦意のかけらも残さず暗闇に消えていく。


「エイワンだって……」


そして少年たちが高台から降りてくる。

手に手に長物を持ってはいたが、アトラはひとまず、命拾いしたことに安堵した。


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