第四十四話 三人のバザール
砂漠を渡る白い道。
広大な平野に石の散らばった礫砂漠。道とは石をどけただけの地面である。石をわずかに取り除くだけで砂漠に道が作られて、それは何百年も残り続ける。
はるか昔から、あるいは「極北の魔王」との戦いの前から存在したという古い砂漠。そこを騎竜が往く。
「広い砂漠だね……もう3日も走ってるのに」
「騎竜がよく走るとは言っても、速度はさほどでもないデスからね。とはいえそろそろ山に当たる頃デス。靄が出てるので分かりにくいだけデス」
「この先って山があるの?」
「ええ、標高が平均6000メートルを超えるカラトルム山脈。その山に風が当たって靄を生むのデス」
「へー、高い山って初めて見るなあ」
「というかもう標高1500ぐらいあるデスよ。なだらかな道を選んだから分かりにくいだけデス」
道は蛇行しつつ無限に続くかのよう。遮光ゴーグルを降ろしたアトラはもくもくと竜を走らせる。湿り気の混ざった白い風が時おり吹く。
「……あれ、誰かいる」
それは三つのテントだった。獣の革を使った白っぽいテントであり、その前ではそれぞれラクダが座り込んでいる。
「ラクダだ、あれも初めて見るよ」
「このハイウェイロン砂漠は太古から存在するデスからね。かつての旅人は騎竜ではなく、ラクダで砂漠を渡っていたのデス」
騎竜を止める。道は三方に伸びており、どれも北側に向かっている。ちょうど三叉の鉾のような塩梅である。
それぞれのテントから人が出てくる。いずれも髭面で、頭に布を巻いた商人風の男たちだ。
右側のテントの男が言う。
「いらっしゃい。ワンドーラの店へようこそ」
「お店やってるんですか?」
「そうだよ旅人さん。ここは4つの道の交わる辻。それぞれの道から来た旅人がここで商品を売って、また買っていくのさ」
おおらかに腕を広げて語る。アトラたちは騎竜を降りて会釈をする。
「お客さん、騙されちゃいけないよ」
真ん中の男が言う。似たような髭面で頭巾を巻いたスタイルのため、少し混乱する。
男はラクダの頭を撫でで、鼻息を胸のあたりに浴びながら言った。
「ツーナルグの店こそ本来ここにあった店なんだ。こいつらはペテン師さ。旅人を言いくるめて荷を安く買い取り、ガラクタを高値で売りつけるんだ」
「おいおい、人を悪者にするもんじゃない」
左側の男が言う。やはり同じような姿だ。
「スリーゼルの店こそ真っ当な商売なんだよ。お客さん、うちで買っていきな。砂漠の旅はもう少し続く。そろそろ水が尽きてきた頃だろう? このラクダで朝イチで運んだ水だ。新鮮だぜ」
「いえ水は……」
言いかけて黙る。模型に入れば水はいくらでも都合がつくが、むやみに語ることもなかろうと思われた。
「ええと、じゃあ買わせていただきます。せっかくですからお三方とも見せてください」
「いいとも、さあこちらへ」
「うちの店から見るといいよ、ほらほら」
言うが、三人とも自分のテントの前から動こうとしない。
その様子がなんだか妙だったので、アトラが小首をかしげると、真ん中のツーナルグが説明する。
「ああ、ちょっとした紳士協定ってやつさ。俺たちは決して他のテントを覗き込まない。客引きをするときは自分のテントの前から動いてはならない。他の商人の村へ行かない。ってな」
「はあ、なるほど」
まずは右端、ワンドーラのテントを覗く。陶器の水がめに入ったたっぷりの水。乾燥させた野菜に干し肉。瓦のように硬いパンやクッキーなどの保存食が並んでいる。
店ごとの違いはさほどないという。小物の品揃えが少し異なる程度だろうか。宝飾品や織物。象牙や翡翠の置き物。弓矢に短剣。書物もいくらか置いてある。見た目よりテントは広く、立派な店に思われた。
とりあえず針と糸、干し肉などをいくらか買う。ワンドーラとの取り引きをテキパキと終えてから。何となく尋ねる。
「いい品揃えですね。ここまで運ぶのって大変じゃないですか?」
「ああ、仕方ないさ。この辻のところで客を取られちまうからね。だがお客さん、あのツーのやつには気をつけな」
「ツーナルグさん? どうしてですか?」
「あいつは嘘つきなんだよ。あいつの語ることには一つの真実もない。そういう誓いを立ててるらしい。商売とは嘘である。すべて嘘を語って成り立たせてこそ一流である、ってな」
「はあ」
「俺は正直にやってるがね。あんたら、他のやつらに騙されないようにな」
二人は顔を見合わせるが、他のテントを見ないわけにも行かなかった。そのままツーナルグのテントに移動する。
「この本を全部いただくデス。紙幣でよいデスか」
「紙幣か、まあいいや。紙幣なら額面の二割増しで貰えるかい。なんせ換金するのも大変でな」
「しゃあないデスねえ」
店主は組紐で本を束ねる。詩集やら絵物語が多かった。作業をしながら、ツーナルグは声を潜めて語る。
「あんたら、スリーゼルには気をつけなよ」
「はい? どういうことデス?」
「あいつは嘘をつくのが生きがいなんだ。人生とは虚飾なりとか何とか言って、人をからかって楽しんでるのさ。俺たちはずっとあいつの悪ふざけに付き合わされてる。商売人ですらねえんだよあいつは。俺は正直が信条だから、戯れで嘘をつく野郎は我慢ならねえ」
「ほう」
スウロの目が少し輝いた、と思ったのは錯覚だろうか。
二人はそのままスリーゼルのテントに。
「いらっしゃい、買ってくならうちの店がおすすめだよ」
他のテントと同じような品揃えであり、スウロは品定めのあと、酒を何本か購入した。
「ところでスリーゼルさん、このバザールはみんな互いを嘘つき呼ばわりしてるデスね」
「ん、ああ、困った連中だよ、まだそんな話を吹き込んでやがる」
腕を組み、憤慨した様子で語る。
「他の二人のことなんか知らんがね、俺は真っ当な商売人で、誠実であることを何より大事にしてんだよ。嘘なんか生まれてこの方ついたことねえや」
「ほうほう、そうデスか、アトラ、ちょっと来るデス」
「え?」
スウロは気のせいか足取り軽くテントを出て、アトラの手を引きつつ少し遠ざかる。テントが豆粒ほどに見える距離まで。
「どうしたのスウロ」
「おかしいと思ったのデス。もしこの地点が街道の辻に当たる部分なら、テントが3つだけというのは不自然デス。本来、辻とは人と物の出会う場所、ちょっとした村ができてても不思議はないデス」
「へー、そんなもんかな」
「この場所、本来は道は一つしかないのデス。あとの二つの道は作られたものデス」
「え……」
「遷移「森」」
騎竜に吊っていた模型が反応。スウロが指笛を吹くと、中から一羽の猛禽が飛び出す。
「北側、広範囲に旋回するデス」
サビイロオオワシのツメである。後からさらに二羽ほど飛び出し、めいめいの方向に飛び去る。
「ツメに家族ができたの?」
「部下デスよ。サビイロオオワシはとても賢く、ツメは訓練を受けた鳥デス。簡単な言葉も理解するし、命令すれば自力で部下を増やせるのデス」
「へー」
「ちなみに言うと、「森」の模型は時流速度の影響を受けないデス。常に等倍デスね」
「そうなんだ、いろいろ調べてると思ったらそんなことまで……」
「遷移「写し」」
模型を砂利の上に置く。ガラス蓋がかぶさった銀の板のような眺め、それに地形が刻まれていく。ざらついた礫砂漠が一面に広がり、そこに筆で描くように、白い道が。
「やはりデス」
この地点から北へ伸びる三つの道、そのうち二つの道が互いに近づき、接触している。
「あれっ、これって、この道を進んでったら戻っちゃうじゃない」
「そうデス。約20キロの道のり、しかも細かな脇道がたくさん作られてるデス。旅人はさんざんに迷った挙げ句にまたこの辻に戻ってくる。そこでさらに食料や水を売りつけるのデス」
「ひどい! サギじゃないか!」
「ここが水場デスね」
ループしている範囲の一点。道から大きく逸れた所に丘があり、その向こうに二つの小屋と井戸が見える。
「おそらく三人の商人のうち、二人はここに住んでるのデス。井戸から水を採り、獣を仕留めてわずかな野菜を育てている」
「つまり、本当の商人は一人だけってこと?」
「そうデス。細工物も世界中の色々な意匠があったデス。この土地で何年もかけて、旅人から巻き上げたものデス」
「なるほど……ループして戻ってきた旅人から、細工物と引き換えに水や食べ物を売りつける……」
そんな商売が成立するのだろうか、と疑問に思う。
成立するとしたら、本来の商人はよほど馬鹿正直なのだろう。嘘つきの二人が仕掛けたループに気づきもせず、実際は存在しない辻に座り込んでいる。
「さてアトラに問題デス。あの三人のうち一人だけ正直者がいるとすれば、それは誰デスか? 残りの二人は嘘しか言わないものとします」
「えっ」
「「村」のためにもう少し買い物がしたいデス。我々はアトラが選んだテントから残りの買い付けをしましょう」
「うぐ……選んだら、そこが嘘つきのテントでも買う、ってこと?」
「そうデス。知恵を絞るのデス」
「ううん……」
アトラはそれぞれの会話を思い出す。互いのことを何と言っていたか。
あぐらをかいて考えに沈む。雲が流れて木くずが飛ばされて、かなり長い熟考ののちに、はっと目を見開いた。
「そうか……ツーナルグさんだ」
「ほう、その根拠は?」
「ええとね、まず三人はこう言ってたんだよ」
ワン……ツーは嘘つき、私が正直者
ツー……スリーは嘘つき、私が正直者
スリー……他の二人は知らないが、私は正直者
「ワンドーラさんが正直者だとすると、スリーゼルさんは嘘つきだから、ツーナルグさんが「スリーゼルは嘘つき」と言った部分が当たってる。同じようにしてスリーゼルさんが正直者だとすると、ワンドーラさんの言うことが半分当たってるんだ。ツーナルグさんが正直者の時だけ、嘘つきの二人の言葉に矛盾が出ない」
「御名答、その通りデス」
パンと手を叩き、また指笛を吹く。
遠い空からツメとその部下たちが戻ってきて、模型の中に吸い込まれていった。
「では残りの買い付けをしましょう。指輪とか飾り物も買っておくデス」
「飾り物? スウロそういうのつけないでしょ」
「模型のためデスよ。模型の村にも文化というものが必要なのデス。飾り物一つ、織物一つでも、それを参考に文化が深まるのデス」
「なるほど、そうかも」
祖父の家でのことを思い出す。模型作りの参考にと、祖父は色々なものを見せてくれた。木工や彫金は、真似して似たようなものを作ったものだ。
そしてツーナルグのテントにて買い付けを終え、ループしていない道を選び、北へ進む。
ふと振り返る。三人の商人は大きな動きで手を振っていた。その様子には真っ当な商売人という以外の何も感じ取れない。
アトラは思う。自分にはまだまだ人を見る目が育ってないと。
「変なバザールだったねえ。あの三人って二人は詐欺師なのに、仲良くやっていけるのかな」
「まあ商売人など、自分以外はすべて詐欺師と思ってるデスよ」
「そういうもんかな」
竜はひたひたと砂利道を征く。そのうちに背後に人の気配は遠ざかり、また広漠たる砂と石の世界に。
スウロはあえて言わなかったが、あの三人はもう少し深みがありそうだった。
三人の中に本物の商人がいるとして、ループしている道に気づかない事などありえるのか。
あそこが本来の辻でないならば、最初にあそこで商売を始めたのは誰なのか。
アトラに出した問いかけは、あくまでパズルとしての話。
一番妥当で有り得そうなことは、三人がすべてグルという可能性だろう。
ではなぜ互いを嘘つき呼ばわりしていたのか。
詐欺師のグループであっても仲が悪いこともあるだろうし、互いを仲間とも思ってない場合だってあるだろう。あるいは互いを嘘つきと呼ぶことで、ループした道という大きな嘘から目を逸らさせる狙いか。
「……まあ良いデス。少なくとも値段は真っ当でしたし、我々が知るべきは正直者が誰かではなく、どの道が正しいかだけなのデス」
「何か言った?」
「いえいえ、それよりアトラ、そろそろカラトルム山脈が見えてくるデスよ」
「山脈……山越えかあ、しんどそうだなあ」
「心配せずとも、そこは立派な隧道があると聞いてるデス。世界一大きくて、立派なトンネルなのデス」
「へえ、見てみたいな」
「ええ、ただ、確かトンネルは封鎖されてるとも聞いたデスが……」
そのスウロのつぶやき、今度ははっきり聞こえたが、アトラは特に反応は示さなかった。無駄に不安を抱えないタチである。
騎竜は進み、そして陽炎の彼方に現れる。
夜闇の如き、峻厳なる山並みが――。




