第四十二話 防衛戦
「どうしても引かないつもりか!」
「くどい、魔法使いよ、山を出し鉄を出し、神代の力もかくやと思わせる魔法使いよ、傲慢にふるまう勿れ。我らの前に立ちふさがることは許さぬ」
閃光。土をぬぐわれた砲門が砲声を叫ぶ。はるか上空に打ち上げられる榴弾。
「や……やめろ!」
腰の道具袋を漁る。取り出したのは手帳の切れ端。それをグランの街にかぶせる。
瞬間、街全体を覆う白い屋根。弾頭がそれに当たって爆炎と変わる。
だが防げたとは言えぬ。紙の膜は火薬によって弾けとび、周囲に延焼が広がる。
そびえたつ築山のために船からは見えないはずだが、その天を焦がすような猛火は攻撃の成功を知らせるだろう。アトラは焦りを見せる。
「だ、ダメだ。紙だと模型に置いても紙のままだ。何かに見立てないと実体化しないんだ」
そして思い出す。街にはスウロがいるはずだ。すでに何度も起きた爆発に巻き込まれていないか。
甲板では衝撃波が続いている。土砂を魔法使いたちが吹き飛ばし、露出した砲門から無理矢理に火が撃ち出される。
「どうする、絶え間なく土をかけ続けるか。でも甲板の人が生き埋めになったら……」
「そこか」
模型からの声。アトラに向けて意識された声だ。
はっと視線を上げる瞬間、ごく近くに着弾。全身を打つ衝撃。大量の土砂が巻き上げられる。
「あうっ!」
坂を転げ落ちる。模型が一緒に落ちるのを見て、体を自ら回転させつつ受け身、どうにか斜面に足を突き刺して立つ。騎竜がパニックを起こして斜面を降りていく。
「模型が!」
手を伸ばす。そのときに背後で連続する轟音。
「――!」
無意識に、模型ではなく、その中央にある艦船に手を伸ばす。
だが動かない。鉄で出来てるかのように微動だにせず、その艦船の周囲だけ地面もガチガチに固まっている。
「動かせ、な……」
砂の雪崩。上部で爆発とともに大量の土砂が降ってきて、アトラの体を無数の礫片が打つ。
「うぐっ……」
打たれながら、アトラは今の一場面に戦慄していた。
自分は何をしようとした。船を素手で掴んで、何をしようとしたのか。
「う、動かせなかった。なぜだろう。街は動かせたのに。まさか、銀が練り込んであると動かせないのか? そうか、じゃあ銀を飲んでる野生の竜とかも、直接倒すことはできない……」
何かを振り切るように早口で言い、片腕で頭をかばいつつ模型を展開。
領主はアトラを目撃し、斜面を転がり落ちたと検討をつけたようだ。断続的に山の上部が砲撃されている。
「ど、どうすればいいんだ。船を箱で囲めばいいのか。でも鉄の箱じゃないと大砲で破られる。鉄の箱はそんなすぐに作れない……」
転覆させる。そんな考えも浮かぶ。
例えば鉄の板を斜めに突き立てる。それが実体化したなら、自重で倒れ込むだろう。想像すらできない大津波が起きるかも知れぬ。
「でもダメだ……普通の川ならともかく、溶岩の河で転覆したら死んでしまう」
アトラ自身、今まさに砲撃されたというのに相手の心配をしている。アトラにそのあたりの整合性を考える余裕はない。
降り注ぐ土砂に耐え、己の体で模型を守りながら、アトラはぎしりと歯噛みする。
「な、何も知らない……」
未熟、無知、幼稚、言語化に至らないそんなイメージが胸の中に渦巻く。
「何も知らないよ。この街に何が起きてたのか、世界がいまどうなってるのか、魔王との戦いでどう変わってしまったのか、何も知らないんだ」
模型を抱え、さらに転がるように坂を下りる。
「でもそれは! あんたらだって同じだろ!」
連続する爆炎。転がり落ちる小石。土の積もった山だったから岩などは含まれていない。それでもアトラの体に強烈に打ち付ける。
「世界にはこの模型があるんだ! 竜の力と魔王の力は、あんたたちの想像をはるかに超える! 何だってできるのに! 憎みあう必要なんかないのに! なぜもっと別の解決策を探さないんだよ!」
土くれの雨を浴び、膝まで土砂に埋まりながらも、アトラは模型を起動させる。
「見てろ! この模型の力を! 何だってできる魔王の力だ!」
アトラは模型に腕を突っ込み。
そして、際限なく土をかぶせ続ける。直径一メートルほどの模型の中央にどんどんと土が積もり、溶岩の河も、中州の土地も埋まり、そして船の模型は少しづつ後退して。
やがて出現するのは積層の山。
なだらかに雄大に裾野を広げ、土砂は溶岩の河も、その周囲も、造船所すらも完全に埋め尽くして。
そしてアトラは斜面を下る。自分の降りる山がどんどん大きくなっていく。砂を駆け下りながら、埋まりゆく足を無理矢理引き抜きながら、やけっぱちのように駆け下りる。
そして最後に木べらを使い、二つの街を、山の反対側にそれぞれ置いた。
※
「ここまでの山が作れるデスか」
あまりにも巨大なその山を見上げて、スウロはあきれたように呟く。
「おおよそデスが高さ1800メートル。質量は1千億トンを超えそうデスね。プリニー式噴火を繰り返した積層火山のようデス」
「もうどうでもいいよ」
騎竜のたづなを引き、アトラは投げやりに言う。
二つの街は山を挟んで両端に存在する形となった。山裾の直径は8キロ。山裾の周囲は50キロ余りであり、もはや完全に別の街である。
あの戦闘艦は砂に埋まっただろうか。模型で見る限りは後退していたように見えた。手では動かせなかったのだから、自分の意志で後退していたと見るべきか。
「山を構成してるのは本当にただの土のようデスね。なだらかな裾野デスから土砂崩れの心配はないでしょう。河の流れも、土を溶岩に変える竜がいるなら、やがて元に……」
スウロは興味深げにぶつぶつ言っている。アトラはグランの街並みを歩きつつ尋ねる。
「ねえ、それより生き残ってる人はいたの?」
「いたデスよ」
反応は早かった。瞬時にアトラの眼が輝く。
「いたんだ! よかった!」
「こちらへ」
案内されたのはひときわ大きな建物。騎竜をそのへんに繋いでから入り、階段を下る。
地下室に至る。がらんとしており埃っぽい。溶岩の熱を浴びていたためか、壁は半ば炭化しており、熱気が残っている。
そして壁際に、子供たちが座っている。数にして15人ほど、みな十歳になるならずの幼さであり、やせ衰えた手足でぼんやりとアトラたちを見つめている。
「子供が……」
「あの子たちは竜銀を与えられてるデス」
その言葉にどきりとする。まさか、あのベルセネットの領主のように人間を踏み越えた存在になったのか。
「グランの街は竜銀の扱いに長けていました。彼らに与えられたのは不死性デス」
「不死……」
「そう、いくつか書類やら日記を見つけました。そこから考えると、グランの街は並大抵の環境ではなかった。気温は常に60度を超え、空気にほとんど湿り気はなく、井戸も枯れ果て、あらゆる家畜も死に絶えた。その熱気は地下からも湧き上がっており、熱気から逃れるすべは何もなかった」
「だから、銀を与えて熱に耐えさせた……?」
「そうデス。銀は獣を竜に変え、人間には強大な力や長い寿命を与える。血を流すように銀を消耗しつづけることで命をつなぐ、そんな技術がグランの街にあったようデス。飛竜を作る技術の応用でしょうね」
スウロはその子たちに近づき、そっと頭に触れる。特に抵抗は示さない。感情が希薄なようだ。
「選ばれた子供たちに銀を与えた。大人たちも最初は銀から作られた薬を飲んでいましたが、5年の間にほとんどが命を落とし、また残った銀を子供たちのために残したのデス。そして最後に生き残ったのが、そこにいる15人のようデス」
「大丈夫なの……銀を飲んでると、その、心とか」
「心配せずともよいデス。普通の食べ物を食べればやがて回復します。その薬についての本も回収しているデス。一ヶ月もあれば普通の人間と変わらなくなりますよ」
「そうか……じゃあ、ヴァルの街で孤児院とか……引き取り手を探さないと」
「嫌だ」
子供たちの中心、リーダーらしき少年が言う。その子は他の子より年長のようだが、より一層やせ衰えている。銀を他の子に与えていたのだろうか。
「な、なぜ嫌なの……?」
「父さんたちから聞いてる。ヴァルの街は悪魔の棲み処だ。あの人たちのせいで無茶な砂取りをすることになった。あの人たちのせいで銀を回収する魚が言う事を聞かなくなった。それなのにあいつらは責任なんか感じない。いつもグランの街を憎んでる。隙あらば自分たちから財産を奪おうとするって」
「……」
アトラの顔に、墨で塗ったような影が落ちる。
そして強い歯噛みと、ぎしりと音が鳴るほどの拳の握り。
「領主もヴァルの街から選んでいたのに、あいつらは恩に感じることもないって。僕たちを助けに来れたはずなのに。橋を作ったり、船を出したりできたはずなのに」
「やめろ!!」
胴間声を放つ。喉に痛みが走るほどの声だった。子供たちの何人かがすくみ上る。
「よく知りもしないのに勝手なことを言うな! この街はどいつもこいつも同じだ! 自分は悪くないと、相手がすべて悪いと決めてかかってる! 君たちがグランヴァルの何を見てきたって言うんだ、誰かに聞いただけじゃないか! 僕だって何も分かっちゃいないけど、だからってこの街が異常なことは分かるぞ! 不幸を誰かのせいにするのは大変なことなのに!」
一気に言い切って、激しく息をつきながら肩を震わす。それはアトラにとって初めての種類の怒りだった。この世の理不尽さ、人間の愚かさ、そして己の未熟さへの怒りまでもがない交ぜになった、形のないものへの怒り。
リーダーの少年はアトラに怯えを見せて、不安の表情を強く出して言う。
「……ヴァルの街へ行けっていうの?」
「……それは」
アトラは背中の模型を見て、その重みをゆっくりと胸の中に降ろすように、十数秒ののちに言う。
「村に招待する」
「村……?」
「そう、水が流れる川もあるし、畑もある。15人だと少し食料が不安だから、君たちの手で畑を広げるんだ。森で木の実を拾って、野鳥を取る罠をこしらえる。もし住みよい街を通りかかったら、そこに移ってもいい、それでどうだ」
「……」
子供たちはささやきを交わす。何人かは弱っていて、受け答えするのが難しいようだった。
やがてリーダー格の少年は、決然とうなずく。
「わかった、どこへでも行くよ」
「そうか……」
「よいしょっと」
ずるり、と背中から出てくる人物がいた。
「うわ、レンナ!?」
背中から人間が出てくる、という現象に子供たちから悲鳴が上がる。
「い、いつのまに!? 買い出しに行ったまま戻ってきてないはず」
「アトラほんと隙だらけ。空き家に戻ってきたときに忙しそうだったから、こっそり入ってたの」
「戻ってくるならノックぐらい……」
言いかけて思い出す。自分たちは空き家に住んでたわけではなく、隠れていたのだ。
「玄関から入ると目立つでしょ、窓から入ったの」
「レンナ、お酒買っといてくれたデスか」
「あるよ、でもまだ飲めるかな、ちょっと古くなってるかも」
「二人ともマイペースに進めないでくれる?」
アトラも脱力し、ともかくもレンナと落ち合えたことを少しは安堵する。
「そういえば、トラッドさんの飛行機は完成したの?」
「んー……、自分で確認したほうがいいかな」
言われて、アトラは模型を下ろす。
「ええっと、時流速度は200倍だったかな。もう4時間ぐらい経ってるよな。となると33日ぐらい……」
そこで気づく。模型の側面。そこには時流速度が表示されるはずだ。
その数字が意識されて、そしてアトラの目が、大きく見開かれた。
【時流速度 ×100000】




