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第三十二話 生物水槽


街の騒ぎをよそに、太陽は巡る。

いくつかの工房がともかくも武器をかき集めて湖に落とす。


先日、乙女が異常なほど大量の武器を帯びていたことは街の噂になっていたが、どの工房が作ったのか誰も分からなかった。武器をかついで丘を上るだけでも一苦労のはずだが、と誰もが首を捻るばかりである。

そのような騒ぎはさておき、再び宵闇の垂れ込める頃。


模型の中では火が焚かれていた。

コークスが高熱を放ちつつ真っ赤に燃え、その真上には丸底フラスコのような鉄塊が乗っている。


丸底の部分には水が、そして口の部分には石の玉が嵌め込まれていた。


原理として、火を燃やすことでフラスコ内の水が気化し、空気が膨張して内圧が高まる。

圧力が限界まで達したとき、口を塞いでいる石を吹き飛ばしつつ蒸気が解放されるという、ひどく原始的な大砲である。

模型を実体化させたものだが、その砲はとびきり肉厚であり、熱量は必要以上に大きく、爆発はアトラの予想を越えて大きかった。


模型の世界を揺らすような轟音。

真上に向けられた口から高速で石塊が射出。それは模型の出口を通り抜け、そこで重力が横倒しになり、瞬時に石壁に到達、その一部を粉砕する。


「何だ!? 今の音は!」

「おい、壁が崩れてるぞ! 弩弓バリスタへ行けなくなる!」


もうもうと上がる粉塵と、散らばった石塊。

巻き上げ式の門が開き、街の男たちが出てくる。衛兵たちもさぞ肝を冷やしたことだろう。


彼らはやがて、それを発見する。

粉砕された壁の向こうに積み上げられ、穴を完全に塞ぐ格好となった土砂の山を。


「壁から土を落としたんだ。模型の時間を調節して、スコップで模型の外に土を放り投げる。これなら短時間で大量の土砂を積める」

「その作業、相談された時は半日と言ってましたが、何時間かかったデス」

「み、三日ぐらい……」


アトラとスウロは射撃地点から模型を回収し、素早く離脱。今は砂漠を歩いていた。

月明かりのみとはいえ歩くのに支障はなかった。不気味にそびえる竜の骨は、月光の下でほの白く見える。


「とりあえず弩弓バリスタに通じる部分を崩せた、これで時間を稼げると思う。今のうちに骨のとこまで行こう」

「そこまでして見られたくないデスか、まあいいデスが」


ひゅう、とスウロが口笛を吹く。たちまち降り立つのは赤錆色の翼を持つ猛禽類。それはスウロの肩に留まりつつ、ぎょろりと眼を回してアトラを睨む。


「その子、ベルセネットでも見たね」

「サビイロオオワシです。名前はツメ。賢い子デスよ」


スウロは手話のような身ぶりをして竜の骨を、そしてアトラの持っている小模型を示す。


二人が模型に入る。ツメは模型を拾って飛び立つが、揺れもないので空を飛んでるという感覚はない。


「見て、剣の乙女が出てきた」


アトラに促され、スウロも模型の中で背伸びして外を見る。砂の上を音もなく疾走する影があった。

それは純銀で出来ているかのような豪華な鎧と、宝石や金を散りばめた長剣を帯びている。昨日のものよりさらに豪華に見えるが、剣は一本だけだ。


「すごい、宝石の塊みたいな鎧だ。武器にもきっとすごい量の銀が……」

「剣の乙女の力には鋼鉄の武器すら耐えられないデスが、街で聞き集めた情報からすると、おそらく10億以上の竜銀ドルムが練り込んであるデス。北方なら都市曳航竜の衝角に使われるほどの強度でしょう」

「確か、スウロが術に使う触媒が1億だっけ」

「もっと大量の銀を燃やすこともできるデスが、それは手のひらに乗せた火薬に火をつけるようなものデス。私だから1億まで制御できるデス」

「そろそろ着くみたいだ」

「アトラ、ここは「すごいね」とか言うとこデス」


猛禽は模型を落とし、そのまま天の彼方に飛び去る。二人は地面に落ちたことを確認して模型から出た。


あらためて近づいてみれば、それは千年を生きた巨木のごとく。天空を突くような竜の肋骨である。

それが、上空の脊椎に向かって湾曲しながら伸びている。

雲がかかればそれに隠れそうなほどの高さ。だが骨は野ざらしの屍のようには劣化しておらず、歯の表面のようにつるりと滑らかだった。生物の骨には間違いないが、朽ちるとか風化するという様子がまったく見られない、完全無欠の骨、そんな言葉が浮かぶ。


「狼が出てこないデス」

「やっぱりだ。人狼は剣の乙女に反応して出てくるわけじゃない。乙女が出たことを誰かが合図していたんだ、城壁から」


数十メートル先、乙女は同じような肋骨の一本のそばに立ち、銀に輝く長剣を一閃させる。

だが実際には複数の斬撃であったのか、骨の表面に無数の線が突っ走り、ブロック状の骨がずれて外れ、地に落ちる。


「やめろ」


声がして、アトラたちは身を屈める。


煙のようなシルエットのまま乙女が振り向く。離れた場所から歩いてくるのは老人である。


「その骨は獣を人狼に変える霊薬。大量にあるとはいえ無尽蔵ではないのだ。無闇に壊すな」

「! あの人、集会で中心にいた人デス!」


老人の脇から人狼も出てくる。

それは鎧を着ていた。乙女と同じく貴金属で飾られた銀の鎧。兜や脚甲まで身に付け、爪の代わりに手から五本の長剣を生やしていた。それぞれに銀で紋様が描かれている。

二体の人狼を従え、老人が首を巡らす。


「そこに誰かいるな、出てこい」

「う、バレてるデス……どうしましょうか、模型に隠れれば逃げられ……」

「いや、出ていこう」


アトラは砂をはたき落としながら立ち上がると、さっさと歩いていく、ついでに大きめのカンテラにも灯を入れた。


「ああもう、危険デスよ!」


スウロも警戒しながら出ていく。ローブの胸元に手を差し入れているのをちらりと見て、アトラが切り出す。


「おじいさん、あなたがハルモンドの代表ですね。そして、この街の仕掛けを作った人だ」

「?? な、何の話なのデス?」


やや腰が曲がっているが、老人の体には固い芯が感じられる。かつては筋骨粒々とした人物だったと思わせる老人は、かるく体を揺すって答える。


「見ない顔だな、旅人のようだが、この街の何を知っていると言うのだ」

「この街は、言わば養殖場だ」


アトラが言う。彼自身もすべてを見通していたとまでは言えないけれど、語るうちに像を結んでいくような、考えが冴え渡る感覚があった。


「おかしいと思った。剣の乙女を動かすのに代償がいるのに、狼は自然に生まれるなんて。それ以外にもどちらも夜に生まれること、力が常に拮抗してることも不自然だ。まるで、乙女の強さに合わせて狼の強さを調整してるみたいに」

「どういうことデス? なぜそんなことをする必要があるのデスか」

「銀を得るためだ」


答えたのは老人である。その両脇を固める人狼は油断なく前傾に構えている。


「二体の竜がこの街にて滅びたとき、ある者は乙女の夢を見て、我々は人狼の夢を見た。竜の骨は霊薬となる。獣に骨の粉を食らわせ、人狼となして乙女を滅ぼせとな。かばねとなっても二つの竜は争うことを止めなかったのだよ。明確にその夢を見たのはわずかに数人。その者たちが街の中心となった」


20年という時間に思いを馳せるかのように、遠くを眺めつつ言葉を続ける。


「我々はそれを利用することを考えた。乙女と人狼の力が拮抗していれば、その戦いは大量の銀を生み出す。やがてハルモンドの街は世界で最も豊かになる。北方の争いなどと無縁の楽園となるのだよ」

「お爺さん、それは本当にあなたの意思なの?」


アトラの問いに、老人は眉を動かす。


「どういう意味だ」

「もっと手っ取り早い方法だってあるはず。乙女の砕いた武器や、狼の死体から銀を抽出できるなら、この骨からも抽出できるはずだ。純度を高めていけば、それは真なる竜銀レアルドルムに近づくはず。もっと言うなら、この骨のどこかに塊としての真なる竜銀レアルドルムがあるのかも」

「そしてまた都市曳航竜を生み出せと言うのか。そんなものを生み出しても使いこなせぬ。人間には・・・・純銀など荷が重かった。まず竜銀ドルムから始めねばならぬ。人間が技術を・・・・・・磨かねば・・・・ならぬ・・・のだ。銀を扱う技術を、銀を食らった獣の制御を」

「お爺さん、あなたやっぱり……」


「長老! 今の話は本当か!」


がしゃり、と乙女の背中から飛び出す影がある。


それはハストだった。彼女は銀の胴丸鎧を着込み、背中に長剣をくくりつけている。髪はさらに伸びて腰に届くほどだ。


「! あの人! さては乙女の鎧に小模型を仕込んで隠れてたデスね!」

「応用力あるなあ、湖に落ちても濡れないようにしたのかな。どんな細工で仕込んだんだろう」

「感心してる場合デスか!」


老人は、場の緊張を楽しむかのように身を揺する。


「ハストか」

「長老、あたしたちを騙していたのか。この20年で、どれだけの女が湖に降りたと……」

「微々たるものだ。むしろこの20年でハルモンドの人口は三割も増している。大量の銀があってこそ、この時代にあっても人々を養える」

「お前の理屈なんかどうでもいい!」


ハストの怒声に呼応し、老人の左右を固めていた狼が前に出る。


「そのためにレンナを犠牲にしたのか!  ずっとあたしらを騙して!」

「レンナが湖に降りたのは己の意思だろう」

「黙れ!」


背中にくくりつけていた剣を抜く。それは鍛冶職人であっても女の腕には大きすぎる剣であったが、その握りから先端までびっしりと装飾に覆われ、月光を受けて白く輝くかに思える剣だ。神聖な建造物をぎゅっと圧縮したような、細工と装飾の極致。

乙女の帯びている剣と合わせて、二つの光柱が砂漠に降り立つかに思える。


「それなりに練り込んだ武器のようだ。だが、この人狼は他の個体とは別格だぞ」

「乙女の力をなめるな。いや、あたしとレンナの絆があれば……」


ざす


「え……?」


剣が砂に落ちる音だ。

剣の乙女が帯びていた剣を落とし、しずしずと人狼たちの方に向かう。


「レンナ! どうしたんだ!」


ハストが慌てて追いすがる。しかし銀の長剣は構えて走れる重さではなく、さらに胴丸鎧もうんざりするほど重かった。剣を後方に引きずりながら、なんとか歩くような格好となる。

その前には、音もなく歩を進める乙女の背中が。


「ほう、剣の乙女の方が物わかりが良さそうだ。投降するようだぞ」

「そんな! レンナ! あきらめちゃダメだ! 二人でこいつらを……!」


がし


と、乙女が後ろ手にハストを掴む。その腕は黒い煙のようで、鎧の襟の部分を掴まれた感覚だけがある。


「え」


瞬間。

ハストの体が弾かれるように加速。残像だけになって狼の頭部に激突する。


「な――!」


声を上げたのは誰だったか。胴丸鎧が砕け、白眼を剥いた鍛冶職人が放り出される。

老人と、もう一体の狼が驚愕に捕らわれる一瞬。ハストの取りこぼした剣を乙女が把持する。かかとを軸に回転、円を描く銀閃。それは人狼の鎧すら紙のように斬り裂き、その胸から上を斬り飛ばした。


「え、な、何が……?」


あっけに取られるのはアトラとスウロも同じだった。

老人はというと、腰から骨を抜かれたようにその場にへたり込む。


「いい剣――」


錆にまみれたラッパのような、金属のきしむような声が。




「でも、あなたはもううんざりよ、ハスト……」



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― 新着の感想 ―
[一言] キノの旅を思いだした 突如発生した魔法、竜銀、集める、王。 ダイダロスとちょっと似てるかな? いやドラゴンボールかも。 ところで何かおすすめの小説か読み物はありますか? イチオシ!!!…
[良い点] 緊迫した場面のはずが、腰を抜かした爺さんと白目向いて倒れてる子でギャグ空間になってるのいいよね。
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