28:思い出→再開→無傷。
「あ、あのね志導くん。今度のふれあい合宿の時にね、お弁当、いるでしょ?」
高校に入学して一ヶ月。同じクラスにいた風見さんから、初めて声を掛けられた時の事を思い出す。
母親はおらず、父親は刑務所。俺の家庭環境のことは、入学早々クラスの全員に知られていた。
教師がうっかり職員室で漏らしたのが原因だって、あとになってわかった。
そんな俺に、風見さんが弁当を作って来てくれたのは一度ではない。
遠足の時も、体育祭の時も、その後の合宿でも。
彼女は自分の弁当とおかずの内容を変え、自分が作ったものだと周りからもバレないよう気を使っていた。変な噂を立てられないために。
そこまでするなら、作らなくてもいいのに――とは思わなかったのが、俺もまぁ、美味い飯が食えるのが嬉しくてつい。
優しい子だった。誰に対しても。
美人で優しくて、学校でのミスコンで一位になるぐらいだ。彼女に好意を寄せる男も多かったんだ。
そんな風見さんだから、きっと平和な世界に転生していると思っていたのに。
でも、今目の前にいるのは――。
「やっと……やっと気づいてくれたんだよね?」
「風見、さ……本当に、君なのか?」
「そうだよ。私だよ、志導くん」
俺はつい最近転移してきたばかりだ。彼女は高校生ぐらいの年齢だし、時間が合わないじゃない。
「で、でも、俺より数分先に転生した君が……なんで」
「うん。うん、そうだね。私も驚いた。だってあなたは、あの時の、数年ぶりに再会した二十七歳のままだもん。たぶん転移を選ぶだろうなって思ったけど、まさかあの時のままだなんて」
本当に風見さんだ……レイアは風見さんだった!?
同じ世界の、同じ時間に生きているなんて……思いもしなかった。
「俺と風見さんとで、この世界に来たタイミングが違ったのか……スキルを選んでた数分の差なのかな?」
「わかんないけど、たぶん違うと思う。あのね恵理ちゃんのこと覚えてるかな? あ、日下部さんのことね」
「あ、うん。覚えてるよ」
いつも風見さんと一緒にいた、三年生の頃のクラスメイトだ。
「恵理ちゃんね、実はスキルに悩みに悩んで、転生したの一番最後だったらしいの。志導くんよりも後だったって」
「俺よりも!?」
俺より後の子なんて、いたんだ。
「でも恵理ちゃんと私、同じ歳なの。それに大沢くんも」
「大沢も!?」
いつも賑やかな奴で、高校の時、俺と普通に接してくれた数少ない同級生のひとりだ。よくゲームの話をしたっけか。
転生のタイミングが数分違いでも、三人は同じ年に生まれている。
転生と転移で違いが出ただけ?
これは他の連中も、十七年前に転生してそうだな。
「ってことは……鈴木や大宮、越後もか……」
「たぶん……」
お互い声のトーンが低くなる。
この三人は、俺たちが死んだ原因を作った張本人だからだ。
高校では鈴木をリーダーにした不良グループで、あいつらは大人になっても変わっていなかった。
ほろ酔いだったのもあるんだろうけど、悪ふざけで車が来てる道路に飛び出すなんて。
あいつら、車が止まらなかったら慰謝料がっぽり貰おうとか言ってたけど。死んだら意味ないだろ。しかも無関係な俺たちまで巻き込んで。
「あいつらとは顔を合わせたくないな」
「それは大丈夫じゃないかな。この世界、どこもかしこも汚染されてるから、集落から集落への移動も、命がけだったりするのよ」
と、風見さん、いやレイア? とにかく彼女はにっこり笑って話す。
な、なかなかハードモードな世界だと思うんだけど、ここで生まれ育ってるから汚染が日常茶飯事になっているのか。逞しいな。
「風見さん、ここから君が住んでいた場所は近いの?」
「ううん。ここまで二カ月よ。といっても、浄化の魔法を頻繁に使うから、途中の集落で何日も休ませてもらったりもしていたから」
「二カ月!? 何泊もしてたと言ってった、やっぱ遠いんじゃないか」
「毎日歩けたとしても、んー……一ヶ月ぐらいかしら」
徒歩一ヶ月の距離って……でも、呪いを解くためには魔法王朝に行くしかなかったんだろう。
何故呪われたのか気になるけど、さすがにそれを聞くのは野暮すぎる。
「大変だっただろ、ここまで」
「うん。でも来てよかった。だって、志導くんに出会えたんだもん……私――」
「俺もレイアに出会えてよかったよ」
「えっ……」
アリューケの町以外のことは知らないし、そもそもここは何百年も前に廃墟となった場所だ。
人がいない。
いるのはユタドラゴンとアルパディカ。そして土地神様だ。
人間がいない!
猫に変身してしまうけど、人間のレイナがいてよかった。
「いやぁ~、本当によかったよ」
「そ、そうなんだ? 私もね、私も……あなたに――「アアァァーッ!!」かった」
「ん? ユタ、どうしたんだ?」
下からユタの声がして覗き込むと、やや不貞腐れた顔でこっちを見上げていた。
「ハラ、ヘッタアァァァァッ」
「あ……悪い悪い。ちょっとうたた寝しててさ。か――レイア、下りようか」
「……うん」
ん? なんかこっちも不貞腐れているような?
どうしたんだ、レイアは。
さっき何か言ってたようだけど、ユタの声で聞こえなかったし。
「レイア、さっき何を言っていたんだ?」
「へっ? あ、えっと……なんでもない。大したことじゃないから」
「そ、そうかい? んー、ならいいんだけ――どわぁっ」
「キャーッ、志導くん!?」
屋根から下りようとして、転がっていた小さな瓦礫を踏んでしまった。
マズい! お、落ちるぅぅぅー!!
いや落ちたあぁぁぁぁーっ!?
お、俺の異世界ライフ……今度こそここで終わるのか!?
が、どすんっと両足で着地。
す、少し足がしびれたけど、大丈夫だ。
「志導くん!?」
「だ、大丈夫だレイア。はは、ビックリし……た……」
レイアの声がして見上げると、彼女は数メートル先。
お、俺、あの高さから落ちて無傷? いや、両足で着地したのに、どうなっているんだ?




