25:伸ばした手→掴んだもの→頭!?
手を伸ばした。
届かない。
俺の目の前で、レイアが火球に飲み込まれる。
ブオォッという、何かに着火する音と熱気。
その中で彼女の口元が動いた――ように見えた。
「レイアアァァァッ!!」
黒い影が躍り出て、炎の中からレイアを連れ出す。
「ずらかるぞっ」
「アッパーおじさん!?」
その背にレイアを乗せている。
「レイアッ」
呼びかけると彼女は薄っすらと目を開いた。
無事……よかった。よかったぁ。
「走りやがれぇ」
「ユタ、ユタ行くぞ!」
「クアッ、ッククク」
自分の何十倍もあるゴーレムを相手に、ユタが俊敏さを生かして翻弄している。
そこへ小さいゴーレムもやって来た。人間の子供――ニーナと背丈はそう変らない。だが足はなく、菱形の無機質な胴に頭と腕をくっつけただけの外見は、生き物とすら言えない何かだ。
ユタも踵を返して逃げて来る。
ゴーレムたちは追いかけて来るが、やがて停止した。
俺たちが最初に様子を窺っていた場所。ここが奴らの索敵範囲の外なんだろう。
「レイアはっ」
顔が真っ青だ。服も体もあちこち煤だらけ。火傷したような痕もある。
でも不思議と、服は燃えてはいない。火力が低かったんだろうか。
「だい、じょうぶよ、志導、くん」
「大丈夫じゃないだろっ。エリクサーを早くっ」
彼女の巾着袋から、手探りでポーション瓶を探し出す。
取り出したソレの蓋を開け、急いで彼女に飲ませた。
早く、早く、早く、効いてくれっ。
ポーションを全て飲み干すと、彼女の全身の傷がすぅーっと癒えた。
見える範囲だと、火傷の痕も残っていなさそうだ。
「どう? 他に痛む所はないか?」
「ううん。もう大丈夫。ごめんなさい」
「なんで謝るんだっ。謝るのは俺の方だろ。解析画面ばかり見て、周りをおろそかにしていたんだし」
あの火球は俺を狙っていたんだ。俺のせいだ。
「違う。ちゃんと私がチビゴーレムの注意を引けていなかったから。だからあなたが狙われたんだもん」
「レイア……じゃあ、お互い様ってことにしよう。それと、助けてくれてありがとう」
「そうね。お互い様ってことにしましょう」
レイアが俯き、それから俺の胸に顔を預けた。
え……なに、これ?
ハグ? ハグってやつですか?
「よかった……志導くんが無事で」
「お、おぅ。き、君のおかげさ」
どうしよう。どうすればいい。どうしたい?
えっと。
抱きしめる? いやなんかチャラ男みたいじゃないか?
か、彼女は俺を心配して、それで無事だとわかって気が緩んださけさ。他に他意はないはず。
たぶん。
こ、ここは、背中をポンポンだ。ポンポン。
「イチャついてんところ悪いんだけどよぉ」
「イチャついてないし!」
にゅっと横からアッパーおじさんが顔を出す。足元ではユタが何故か俺の足をホールド。
こほんっと咳ばらいをして、レイアを解放。
彼女は顔を真っ赤に染め、背中を向けた。
アッパーおじさん、こういうのセクハラっていうんだぞ。若い子はデリケートなんだから、変なツッコミするなよなぁ。俺がとばっちり受けるんだから。
「そ、それで、なんだよおじさん」
「なんでしかめっ面なんだよ。まぁいいや。んで、解析はどうだったんだ?」
「解析、それがさ。なんか途中で変なノイズが入って。解析画面が消されたって言うか、なんていうか」
あれは何だったんだ?
「スキルキャンセルじゃないかしら」
「スキルキャンセル? 失敗ってこと?」
レイアは首を振って違うと言う。
「志導くん。解析眼のスキルがおかしくなる前、何か感じなかった?」
「何か……あ、感じた! 誰にも触られてないのに、なんかぬめっとしたものに全身が触れたようなないような。何か気持ち悪くて、鳥肌立つ感じ。えっと、上手く伝えられなくてごめん」
「いいのよ。そのぬめっとしたものが、あなたのスキルを妨害したんだと思う」
スキルの妨害……そんな。
止められるのかどうなのか、それすら解析出来なきゃわからないってのに。
どうすりゃいいんだ。
「志導くん……」
不安げなレイアの声。顔を上げると、彼女の悲壮感漂う表情が目に入った。
俺なんかより、レイアの方が辛いに決まっている。
なのに俺がこんなんじゃ、彼女を絶望させるだけじゃないかっ。
もっと時間を掛けて、壁の外周を全部見て回ろう。何か手があるはずだ。
「レイア。時間は掛かる。でも必ず見つけよう」
「志導くん……でも……」
「一年、二年、三年。見つかるのはもっと先かもしれない。だけどどこかにきっとあるはずだ! 都市へ入る方法がっ」
そう思う気持ちに、嘘はない。
必ず見つける。必ずだ。
俺の気持ちが伝わったのか、レイアは少しだけ笑った。
その笑顔を、どこかで見た気がする。
どこだっけ――と考えるよりも先に、ユタが声を上げた。
「ククククッ。アッアー。アレ、アッチ、ミテ」
「ん? ユタ、どうしたんだ?」
何かを見て、と訴えるユタ。その方角はゴーレムたちがいる壁の方。
「何があるんだ、ユタ」
「アシ。ニンゲンノ足、アト」
人間の足跡!?
目を凝らすと、ユタの言う通り足跡らしきものがある。
チビゴーレムに足はない。地面から少し浮いた状態で動いている。
人間がいたのか!?
「んぉ。いいもんがあるじゃねえか。おいユタ坊。行くぜ」
「イックーッ」
え、行くって……まさかゴーレムの方に!?
「ちょ、おじさんっ」
「すぐに戻ってくらぁ。お前ぇらはそこで待ってな」
待ってなって、危険だろ!
先に駆け出したユタが、大きく跳ねてチビゴーレムの前に躍り出る。ゴーレムが反応すると横に走り出し、奴らの注意を引いた。
その隙にアッパーおじさんが、こちらに向かって何かを蹴り飛ばした。
「受け取れぇーっ」
「え? え? う、受け取れって?」
「く、来るわ、志導くんっ」
ぽーんっと弧を描くようにして飛んできたそれを、ギリギリキャッチ。
丸みを帯びたそれは――。
「うわぁっ!?」
「ゴ、ゴーレムの頭!?」
煤で汚れているそれは、間違いなくチビゴーレムの頭だ。
この煤、もしかして先日、黒煙を上げてたのはこいつ!?
「ウッヒョーッ。ユタ坊、戻るぞっ」
「ガッテン」
戻ってきたおじさんとユタが、得意げに笑う。
「そいつを知らべりゃ、ちったーわかるかもしれねえぜ」
「こいつを……」
「だが町に戻ってからだ。ここじゃ妨害されるかもしれねえからな」
索敵範囲外とはいえ、スキルに反応するかもしれない。
そうだな。町でこいつをじっくり解析しよう。
「よし。一度町へ戻ろう、レイア……レ、レイア?」
「ふにゃっ」
レ、レイアが猫の姿に!?
な、なんで。エリクサーを飲んだのに。しかも一滴じゃなく、瓶の中身全部をだ。
「あー、体内のエリクサー成分が、怪我の治癒に全部回っちまったんだな」
「そ、それで猫の姿に……」
「うにゃあ~。エリクサーは飲んじゃったし、人の姿に戻れないにゃ~」
いろんな意味で町へ戻らなきゃいけなくなったな。
彼女をアッパーおじさんの背に乗せて、俺たちは南へ向かって歩き出した。
この頭だけのチビゴーレムを壊したのは、おそらく人間。
この地に足を踏み入れた人がいる――いったいどんな人物なんだろう。
友好的な人物だといいんだけどな。




