22:吊り橋→ひたすら歩く→変異個体。
「吊り橋が……」
「あっちゃー。これを渡るのは、ちょっと危険すぎるなぁ」
アリューケの町を出発して、三時間ほど歩いただろうか。
前回、都市の壁が見えたあそこから更に進んだ先で問題発生。
深い谷が道を遮断し、対岸と繋ぐ吊り橋があるにはあるのだが……。ロープはあちこち切れてるし、足場の板は半分以上落ちてしまっている。
残ってる板も腐ってるんじゃないか?
「アッパーおじさんは、どうやって壁の方にいったんだ?」
「あ? わしぁ山道を行かず、西からぐるーっと回り込んだからなぁ」
山を迂回するルートか。でもここまで来て引き返すのも面倒だし、何より壁までの距離が長くなる。
それに、危険なら安全にすればいいだけのこと。
「問題なし。万能クラウトで、新品の吊り橋を作ればいいのさ」
「こんなに大きいもの、大丈夫なの?」
「ちょっと試行錯誤するけど、まぁ大丈夫だと思うよ。みんなはここで休んでて」
アーサ糸はまだまだ大量にある。あの一帯を全て草刈りしたからな。
まずは解析。これと同じ吊り橋をクラフトする――と脳内で指示。
必要素材はロープ、木材各種だ。まぁ解析しなくても、それはわかる。
「素材、足りそう?」
「んー……木材が少し足りないかな」
「そう。どの木がいいかしら」
え、レイアが切ってくれるの?
あ、また剣を抜いて……まさかそれで? あ、はい。それで伐採するんですね。
斧の存在意義って、この世界でありますか?
「これがいいかしら?」
「あ、うん。君に任せるよ」
「そう。じゃあこれにするわね。――はあぁぁっ」
気合を込め、細身の刃を水平に振り抜く。
スパッともヒュンっとも聞こえず、彼女が剣を鞘に納めるチンっという音だけが鳴った。
カ、カッケェ。なんか侍みたいだ。
「志導くん、倒れるわよ」
「え?」
倒れるって、何が? と思ったら木だあぁぁぁぁっ。
ドスーンっと音と土煙を上げ、木が倒れた。
……レイアを怒らせるのは、やめておこう。
倒れた木をインベントリに入れてさっそく作業開始。
解析眼の結果が万能クラウトにアップロードされ、そっくりそのままのヤツがクラフトされた。
これを設置して、古い方は回収。薪にするにはちょうどいいな。
「か、完成したけど……」
自分がクラフトしたものでも、この高さはさすがに怖いな。谷の底まで百メートル以上ある。落ちたら一巻の終わりだ。
「クアァァァァ」
「お、おいユタ!?」
お前には恐怖心ってものがないのかーっ!
トタタタタタタタっと軽快な音を立ててあっさりと吊り橋を渡り切った。
「クッ、クッ」
「あ? お前ぇら、渡らねえのか?」
「アッパーおじさんも!? え、怖くないのか?」
「あ?」
首を傾げるおじさんは、振り向いた姿勢のまま吊り橋を渡ろうとしている。
いや、後ろ向きに歩くなよ。いや体はちゃんと前を浮いてるのか。
あぁややこしいっ。
「でぇじょうぶだろ。よく作れてるぜ、この橋」
「そ、そうね。あなたがクラフトした橋だもの。大丈夫よ」
そう言って、レイアはアッパーおじさんの毛をちょんと掴み、恐る恐る進んでいく。
あ……俺もおじさんの毛、掴みたい。
だが出遅れた俺は、ひとりでロープを掴んで渡ることになった。
し、下を見るな。真っ直ぐ前だけを見るんだ。
おいユタ! ロープの近くで飛び跳ねるんじゃない! その爪が当たったらどうするんだぁぁぁ!!
ぜぇ、はぁ……こ、高所恐怖症ではないんだが、やっぱりこの高さは怖いな。
「ほら、行くぞ。目的地までまだまだあるんだからな」
「わ、わかってるよおじさん」
息を整え出発する。
お腹が空けば歩きながら昼食を食べ、更に歩く。
ニーナからもらった石のおかげで、空気の淀みを感じることなく快適に歩けた。
錆びたような鼻につくニオイもなければ、深く深呼吸して咽ることもない。
帰ったらお礼を言って、頭を撫でてやらなきゃな。
お昼を過ぎた頃には山を下り、平野部へと出た。
そこから進路を少し西へ変更。
あの黒煙はもう見えない。さすがに二日経てば煙も消えてしまったのだろう。
「この先に川があってな。まぁ汚染されてっから、飲めたもんじゃねえが。その川沿いに小屋があってよ。今夜はそこで野宿だな」
「小屋があるのか。そいつは助かるな」
「えぇ。風を凌げるだけでだいぶ違うわ」
しばらく歩いて、目的地である小屋を発見。
それにしても、そばを流れる川の色が凄い。紫色って……あの色じゃ、大丈夫だと言われても絶対飲みたくないね。
「あ、れ? なんか川に――」
「シャアァァァァーッ!」
何か見えた気がした――と思ったら、同時にユタの威嚇する声。
「ユタ!?」
俺が叫ぶと同時に水面が動く。
ザバァっと水しぶきを上げて飛び出したのは、ゴブリン!?
「志導くん、下がって!」
「ははぁー、ユタ坊。よく気づいたなぁ。偉いぞぉ」
よく気づいたって、アッパーおじさん知っていたのか!?
川から飛び出してきたゴブリンは、緑ではなく紫色の肌。しかもよく見るとこいつ、水かきがあるじゃないか!?
大ジャンプからの着地。そして俺に飛び掛かろうとして再び跳躍。
さ、下がらなきゃ。
俺が一歩後ずさると、代わりに飛び出したのはユタだ。
「ユ――」
ユタ。名前を呼ぶよりも先に、ユタの爪がゴブリンの首を――刎ねた。
「た、助かっ……うわぁっ。ま、まだいる!?」
「シャァァァゥ」
「志導くん、私の後ろへ!」
出るわ出るわ。紫色のゴブリンが十数体。
だがユタとレイアの敵ではなかった。
あの数をあっという間に倒し終えるユタとレイア。
た、頼もし過ぎる。
それにしてもこのゴブリン、いったい何なんだ? 肌が紫色とか、気味が悪い。
俺の考えてることがわかったのか、アッパーおじさんが「魔素を吸い過ぎて変異したゴブリンさ」と教えてくれた。
うわ。魔素ってそんな影響もあるのか。
「なんだか気味がわるいね。レイア」
レイアはじっと、自分の手を見つめていた。俺の声、聞こえなかったかな?
「レイア?」
「……へっ。あ、どうしたの?」
「いや、君こそどうしたのかと思って。手、痛む?」
「あ、ううん。大丈夫よ」
大丈夫、なのかな。
「中へ入りましょう。ちょっと疲れちゃった」
「あ、あぁ。そうだね、中へ入ろう」
そっか。疲れたのか。
野宿用にハンモックも持って来たし、今日はここでゆっくり休もう。
そうすればレイアも元気になるさ。
だが――。
レイアのこの様子は『疲れ』とは違うものだった。
「志導くん……お願いがあるの」
彼女は真剣な表情で俺を見つめ、そう切り出した。
「私、強くなりたい。あなたを絶対に守りたいのっ」
そう訴える彼女の表情はどこか切羽詰まったようにも見え、だけど赤く染めた頬が俺の心臓をざわつかせた。




