21:謎→帰宅→再出発!
「あぁー、ありゃあ都市の防衛装置が動いたんだな」
アッパーおじさんが目を細め、黒煙が立ち上る箇所をじーっと見つめた。
「見えるのか?」
「いんや。だがな、あの辺りに装置があんのは知ってんのさ。この目で見たからな」
その時に酷い目に会った――そうぼやく。
「防衛装置ってことは、誰かが攻撃されたってこと? モンスターとか?」
「どうだろうな。煙を出してんのは、その防衛装置の方だぜ。たぶんだがな」
え、装置の方が煙を?
「それじゃあつまり、何者かが装置を破壊したってこと!?」
「そこまでわしにわかる訳ないだろ。お嬢さんはわかるってのかい?」
「そ、それは……」
レイアが俺に視線を送る。
わかるわけない。誰にもわからないんだ。
確かめる方法はひとつ――。
「壁の近くまで行ってみるしかない」
だがそれは今からじゃない。
レイアは都市まで半日の距離だと言った。それってたぶん、あの壁までの距離だろうな。
行って帰るのにしても、日帰りじゃ無理な距離だよ。
「一度町まで戻ろう」
「そうね。行くにしても、しっかり準備をしなきゃ」
「それがいい。さ、帰るぞ」
「アッ」
山を下り、町へと戻って来たのは予定通りの昼過ぎだ。
先に食事を済ませてから、山で見たことをみんなに報告した。
驚いていたのはニーナだ。
『防衛装置、壊れされていたですの?』
「わからない。アッパーおじさんがたぶんって言っただけだから」
「おいおい。わしの名を出すなって」
言ったのはあんただろ。
「モンスターが、その防衛装置って壊すことは出来るのかな?」
『うぅん。出来ないことも、ないですの。でも……』
「出来るとしたら、そいつぁモンスターの中でも上位個体だぜ」
かなり強いモンスターってことか。
「だけど、上位個体、は、私たちのように、知性を持ってるわ」
「あぁ。賢い奴ぁな、無駄な争いは好まねえんだ。それにバカじゃねえ。都市に近づきゃ、攻撃されるのがわかってんだから近づかねえよ」
よっぽどの理由がなければ、無差別に攻撃してくる場所に行きたくなんかないよな。
じゃあ、考えられるのは。
「人間、ね」
「レイア。何か根拠があったりするのかい?」
レイアが頷く。
「都市の地下には迷宮がある。お宝がわんさかと眠っているのよ。そのことは、魔導書を発見した時に証明されてる。そうでなくたって、都市には動かなくなった魔道具がいくらでも転がってるだろうし」
「金……力、か。人間が好きそうなものだよなぁ」
これまでも、都市を目指した冒険者はたくさんいたらしい。
その誰もが戻って来てはいない――とも。
それでもレイアが都市を目指したのは、自らの呪いを解くため。お金じゃない。
邪な連中とは違うが、都市にとってそんなものは関係なく。
そう考えると、都市の魔導装置が暴走しているって事前にわかってよかった。下手したら今頃レイアは……。
やめだやめ。たらればの話は止めよう。
レイアはここにいて、無事なんだから。
「志導、直ぐに、行くの?」
「いや、今日はいかないよ、ユラ。どうしてだい?」
「……ミッション、を」
ミッション? まぁいいけど。
「どんなミッションにしようか。んー」
ユラは少し考え、「強くなるミッション」と答えた。
強くかぁ。トレーニング系だな。
「ユタ。あなたもいらっしゃ、い」
「クアーッ」
二頭にはいろいろやらせてみた。効果が重複しなければ、ミッションはいくらでも出来る。重複したって、純粋なトレーニングと思えばいい。
その結果、素早さや持久力、体力、筋力、跳躍力と、純粋な攻撃力なんかが上がった。
ついでに言語トレーニングもやって、ユタもユラの会話もだいぶんスムーズに。
「志導、明日もお願い。明日は今日の十倍ね」
「じゅ、十倍……頑張るなぁ」
翌日はユラの希望通り、十倍ミッションに。
最後の方、ユタはかなりバテていた。それでも全部やり遂げ、ミッション無事クリア。
ユタ、ユラ共に各能力が向上。
そして夜。
「え? お前も一緒に来る?」
「アッ」
ユタが大きく頷く。
「いやダメだろ。直ぐ近くに行くのとは訳が違うんだぞ。帰って来るのに二日か三日かかるかもしれないんだ。子供のお前を連れてはい行けない。ダメだ」
「クッ。クアアァァァァァッ」
ダンっとその場に倒れ、手足をバタバタ、尻尾をビタンビタンと床に打ち付ける。
完全に駄々っ子モードだ。
「危険かもしれないから、ダメって言ってるんだ。別に意地悪で言ってるんじゃないぞ」
「ンアアァァァァァァッ」
ダメだこりゃ。こうなったら、何を言っても聞き入れないだろう。
ユラ、何か言ってくれよ。
「志導」
よし、さぁ、言ってやってくれ!
「連れて行ってあげて」
「だよなぁ。やっぱり危険だから……え?」
ユラ、今なんて?
「ユタを連れて行って。この子があなたを守ってくれる。あなたがこの子を強くしてくれる。私は、そう信じてるわ」
「ユラ……」
「いつまでも母親の側で甘えているわけにはいかないのよ。私たちはね、強くなきゃいけないの」
弱肉強食の世界なのだと、ユラは言う。
心配していないわけじゃない。いや、ユラは我が子が心配でたまらないはずだ。
今でもずっと、ユタを優しい目で見つめているし。
だけど親として、子を突き放さなきゃいけない時もあるんだろう。生かすために。
俺の親はどうだった?
いつだって突き放していた。生かすためじゃなく、自分のうっ憤を晴らすために。
俺の親も、ユラみたいだったらなぁ。
そうすればぶつかり合うことはあっても、きっと楽しい人生だったに違いない。
「ユタ、一緒に行くか」
「アッ。シドー、イッショ行クーッ!」
「そっか。じゃあ俺の護衛、お任せします」
「クアァーッ。マカセロ、テヤンデェ」
お。今度は仰け反らず、後ろの倒れなかったな。
ちょっとだけ成長してるじゃないか。
と、ユラに話そうとして視線を向けると、どこか……少し寂しそうな瞳で、彼女は息子を見つめていた。
ユラ……。やっぱり母として、息子の成長は嬉しくもあり、寂しくもあるのかなぁ。
そして翌朝。
「食料よーっし」
「クァーッシ」
「水、よーっし」
「ミーズ、クァーッシ」
荷物らしい荷物はひとつもない。全部インベントリの中にある。
都市を囲む壁まで行くのは、俺とレイア、ユタに、案内役のアッパーおじさんだ。
「じゃあみんな、留守番、頼んだよ」
『志導お兄ちゃん、これ、ニーナが昨日、一生懸命作ったですの』
「ニーナが?」
ニーナから受け取ったのは、雫のような形をしたガラス玉だ。
俺だけじゃなく、レイアやユタ、アッパーおじさんにも渡している。
「凄いわ、これ。とっても強い浄化の力を感じる」
「浄化の力?」
「身につけるだけで、周囲の魔素が浄化されるってこと」
そんな凄いものをニーナが作ったのか!
あ、でも、神力を消耗したんじゃ。
「この前みたいに日帰りならいいけど、二、三日町を離れるなら対策が必要なの。私が魔法で定期的に浄化しようと思ってたけど。これがあればその必要もないわ」
『レイアお姉ちゃん、大変なの。ニーナ、町から離れられないし、これぐらいしか出来ないですの』
「ニーナ……」
はにかむように笑うニーナ。その姿はほんのりと、透けて見えた。
俺たちのために、力をいっぱい使ったんだな。
優しい土地神様のために、何かしてやれたらいいんだけど。
『志導お兄ちゃん、レイアお姉ちゃん、ユタ、アッパーおじさん。みんな気をつけてなの』
心配そうな表情を浮かべるニーナの頭を撫でてやる。彼女は嬉しそうに、また笑顔を見せてくれた。
その隣でおじさんの奥様方が――。
「あなた。ふらふらするんじゃないわよ」
「年長者なんだからぁ、しっかりしてよぉ」
と、まったく心配する様子もなく。
「かあちゃんたち……わしの心配はせんのかい」
「夫殿の心配なぞ、必要あるだろうか?」
「ないわね」「ないわ」「な~い」「ナッシングね」
ここまでくると、ちょっと同情してしまう。
でも、これも信頼しあっているからこそなんだろうな。
「志導」
「ユラ。行って来るよ」
一歩前に出た彼女は、頷き、そして言った。
「この子をお願いね。ちゃんとこの子の事、見てあげて」
「ん? あ、あぁ。わかった。ちゃんと見てるよ」
たぶん、迷子にならないようにってことなんだろう。そう思ってた。
この時のユラの言葉の意味を知るのは、もう少し先のこと――。
「さぁ、出発だ」




