20:轟音→歯ぎしり?→黒煙。
「志導くん。そんな所で寝てたら、風邪引いちゃうぞ」
ん……その声は……風見、さん?
「あ……」
目が覚めて、まず最初に飛び込んできたのは、やたらと高い石の天井。
あぁ、夢か。いや、夢というか、学生時代の記憶だな。
実際、昼休みに学校の屋上でうたた寝をしているとき、彼女に言われたセリフだ。
風見さん。どんな世界に転生したんだろうなぁ。
ふと視線を遠くに向けると、焚き火が消えていることに気づく。
「アッパーおじさんも疲れて眠ったんだな」
焚き火の側で、膝を曲げ、首を真っ直ぐ伸ばした姿勢でおじさんが眠っている。
まだ種火が残ってるし、今なら薪をくべてやれば燃えだすだろう。
そっと静かにハンモックから下りたその時だ。
ドゴォォォォォォン……という音が、かなり遠くから聞こえた。
「んなっ。なんでぃなんでぃ!?」
「い、今の音、何?」
「ククク」
音はそれほど大きくはなかったけど、レイアとアッパーおじさん、それにユラも目を覚ます。
パラパラと天井から砂が落ち、足裏からもわずかな振動が伝わる。
音の次に、振動?
な、なんだ、これ。何が起きてる?
直ぐに振動は収まったが、不安は拭いきれない。
「あらぁ、どうしたのぉ、みんなぁ」
「おい、かあちゃんたち。呑気に寝てる場合じゃねえって。今すげぇー音がしただろ?」
遅れて目を覚ました奥様方は、まだ少し寝ぼけているようだ。
「あなたの歯ぎしりじゃないの?」
「うむ。夫殿の歯ぎしりは……ウザい」
「ちげーよ!」
ユタもさすがに目を覚ましたようで、少し不安そうにユラに寄り添う。
「ちょっと俺、外見てくるよ」
「ま、待って。私も行くわっ」
レイアは剣を手にし、俺の隣へと並んだ。
そんな彼女を見て、どこかホッとしている自分がいる。ひとりじゃない。それだけて安心出来た。
「雷かしら?」
「それは……どうかな」
見上げた空には月がはっきりと見える。昼間も天気が良かったけど、この時間もそうだ。
雲一つないわけじゃない。遠くには薄い雲が広がっているのが見える。
その雲の隙間からも、月の光が地面に向かって伸びているのがわかるほどの薄さだ。
「雷が落ちるような、そんな雲には見えないな」
「そ、そうね。だったら何かしら?」
「ニーナ。何かわからないか――っと、回路を遮断したんだった」
そう言うと、教会の中から光が飛んで来て、すぅっとニーナが現れる。
『です、の。何の音か、ニーナにはわからないです。でも』
「でも?」
ニーナは北の山を振り返り、小さな指をでその先を指した。
『音は山の向こうから、ですの』
「山の向こうって、魔法王朝の都市じゃないの!?」
驚いたレイアが、改めて山を見上げる。
街頭なんてない。見えるのは黒いシルエットだけ。
「気になるが、夜じゃお前ぇら人間の目には、なんも見えねえだろ」
「そう、だな……」
アッパーおじさんの言う通りだ。
「わしぁ夜目が効くが、それでも見に行くなら明日の朝にすんぜ」
「そうだな。明るくなって、それから少し山を登ってみよう。都市の方まで見えるといいんだが」
「それなら安心しな。わしが見晴らしのいい場所まで連れて行ってやらぁ」
レイアと二人頷き合い、不安が残るが今夜はこのまま眠ることにした。
明日、山に登る。何事もなければいいな。
寝付けないまま朝を迎えた。
収穫し尽くした野菜をインベントイから取り出し、レイアが朝食を作る。
「私、今日は人の姿のままでいるわ。エリクサーの残りも、まだ余裕があるから」
「そうだね。猫の姿のままだと、いざという時危険だろうし」
山を登れば、当然モンスターとも遭遇するだろう。それ以外の何かがあるかもしれない。
俺が戦えていたら……。
攻撃スキル――ないものはないんだ。自分に出来ることをしよう。
「クアァッ」
「ん? もしかしてユタも来るのか?」
ユタは尻尾を振って、うんうんと頷く。
「いいんじゃねーか。山をちょいっと上る程度だ。昼過ぎには戻ってこれらぁ」
「ユラ、いいか?」
ユラはじっとユタを見つめ、それから頷いた。
昼過ぎには戻ってくれると言ってるし、あの山はそんなに標高も高くない。せいぜい五百メートルぐらいじゃないかな。
アッパーおじさんも一緒だ。大丈夫だろう。
「じゃあユタ。一緒に行こう」
「ンクアァーッ」
嬉しいのか、教会の中を走り回りだす。
が、ユラに尻尾を掴まれ、ビターンッと顔面から床に突っ伏した。
い、痛そう……。
けどユタはそう感じていないのか、プルプルと顔を振っただけで立ち上がる。それからユラを見て、首をすくめた。反省のポーズだ。
「飯食ったらすぐ行くぜ」
水、雑貨屋の魔石を持っていく。
おやつのリンゴもよし。
アッパーおじさんの一言で、俺たちは山へと向かった。
山は途中まで、草木の生える緩やかな斜面が続いた。
魔導装置のモンスター撃退音の範囲外だから、当然、モンスターも出てくる。
だが不運だったのはモンスターの方。
レイアは強かった。
そしてユタも。
最も驚いたのはアッパーおじさんだ。
「ったく、雑魚のくせにしつけー奴らだぜ。ほれっ」
そう言って右前脚を踏み鳴らすと、ズガァーンっとどこからどもなく雷が落ちる。
昨日の雷はおじさん? と思わず考えたが、だったら本人があんなに驚く訳がない。
「アッパーおじさんは、雷属性の魔法が得意なのね」
「あぁ、そうさ。わしぁ雷と、あと火属性も得意だぜ」
「二つの属性!? 凄いじゃない、おじさん」
ん? どういうこと?
「志導にゃ伝わってねえらしいな。ま、嬢ちゃんが博識なんだがよ」
「あ、ごめんね志導くん。アルパディカってね、生まれた時に得意属性が決まるの」
「おう、そうさ。わしらアルパディカは、個体ごとに得意魔法の属性が異なんのさ」
あぁ、それでか。
風の魔法を使う奥さんは、それ以外を使っていない。畑を耕してくれた奥さんも、土以外の魔法を使わない。それぞれ得意魔法が決まっていたのか。
「お、そろそろだぜ。北の大地が見える場所」
山の頂に到着はしていない。だが、俺たちが進む先だけ山が削れたようになっている。
そこへ立つと、山の北側が一部だけ見えた。
遠く、かなり遠く、巨大な壁のようなものがある。それが視界の端から端まで続き、その向こうには森に山、そして地平線までが見えた。
「中央の都市はさすがにこっからじゃ見えねえが……音の原因は、どうやらアレらしいぜ」
「え、アレ? あっ」
やや西より、あの巨大な壁から薄っすらと黒煙が上がっているのが見えた。
壁が燃えたのか? でもあの大きさ、さすがに木製じゃないだろう。
じゃあ……なんで煙が!?
いったい何が起きてるっていうんだ!?




