18:畑→伐採→井戸。
「はぁ~……土魔法って、便利なものだなぁ」
毛の誤解を解いて、朝食の後、今日やるべきことを話し合った結果――野菜畑の整理、だった。
といってもアーサ畑を耕すのではなく、教会の裏手に家庭菜園を作るというもの。
「魔法っていうけどね、これは精霊魔法なのよ。精霊の力を借りてやってるの」
「へぇ。これが精霊魔法かぁ」
奥さんのひとりが、教会裏の土を耕してくれた。
俺はそこに、朝方拾い集めてきた種を撒く。
更に――。
「お待たせ。それじゃあ浄化するわね」
「ごめんな、レイア。わざわざ人の姿に戻ってもらって」
「いいのよ。私だって日差しの下で、人に戻りたいもの。それに食料は大事だから」
猫の姿だと浄化の魔法は使えないそうだ。だから必要な時に、エリクサーを飲んでもらうしかない。
リンゴの木の周辺はニーナが守っていたから汚染されてはいないけど、さすがに畑はその範囲を超えてしまう。それでレイアに土を浄化してもらう必要があった。
「空気はもう完全に魔素が浄化された状態だ。土も深ーい所までは汚染されてねえし、表面を浄化すりゃ問題ねぇ。そのうち魔法で浄化しねぇでも、正常化するだろうぜ」
その言葉を聞いて胸が高鳴る。
土の深い部分は汚染されていない。魔導装置の浄化機能があれば、まだこの世界の土は安全な野菜を育てることが出来るんだ。
レイアと視線を交わし、笑顔で頷き合う。
ここからだ。ここからいろんなものを再生して行こう。
「あ、そうだ。畑を作るなら、あれも必要になるだろうから修理しとくか」
「あれ?」
「そ。あれだよ、あれ」
前に見つけた井戸を指さす。中は暗くて水の様子も見えないけど、まずは滑車の修理だな。
修理に必要な素材。それは解析しなくても見ればわかる。
木、だ!
土の浄化と種まきをレイアに頼んで、素材になる木材を探して町へと出た。
ユタとユラが一緒に来てくれるから安心だ。
「あの辺の木、伐採出来ればいいんだけどなぁ」
「出来る、わよ」
「え? 出来るって、ユラ、どうやって?」
ギランっと、ユラが鋭い爪を見せる。
いやいや、爪で木は伐れないだろう。
そんな風に思っていた時期が俺にもありました。
ユラが「クァウッ、クァウッ」と二度吠えると、彼女の体から淡い光が放たれた。
そしてドドドドドドッと地を蹴って走り出すと、木の左に回り込んで腕を振る。
爪の先が幹に当たるかどうかのギリギリライン。
だが次の瞬間、木はミシミシと音を立てて倒れた。
「マ、マジかよ! うわっ。すげぇ。スパっと切れてるじゃんっ」
「ふふふ。これぐらい、どうってことないわ」
「ドーッテコト、ネェゼ」
お前が切ったんじゃないだろ。
倒れた木は、万能クラフトの画面を開いて押し当てると、全部にゅるっと入った。
これ一本で結構な木材が手に入ったぞ。
「まだいる?」
んー……。
「もう二、三本頼むよ。そうしたらしばらく薪の用意もしなくていいしさ」
他にもクラウトしたいものもあるし。テーブルとか椅子とか。
合計四本の木をインベントリに入れ、教会へと戻る。
土の浄化は終わり、レイアとニーナが耕された土に種を植えている最中だった。
「ただいま。手伝うよ」
「おかえりなさい、志導くん。大丈夫。もうすぐ終わるから。ね」
『おかえりですの、志導お兄ちゃん。ニーナ、お手伝いしたですから、終るです』
そういうことなら、俺は井戸の修繕に取り掛かろう。
まずは滑車を解析。縄を引っかける丸い部分と、それを支える枠。
まぁ解析結果は、当然ながら木材が朽ちて使えないというもの。
これは修繕というより、そっくりそのまま新しいものを作った方が良いな。
いつものようにゲームのUIに似た万能クラフト画面を開いて、解析眼がダウンロードした滑車構図、サイズをそっくりそのままクラフトする。ついでだ。屋根と柱も新品にしとくか。
「あとはこれを建てれば……どうやって建てよう……」
ハンモックは紐だし、画面から取り出して人力で設置した。これはどうする? 取り出したところで、重すぎて持ち運べないぞ。
何か方法はないか――そう考えていると、クラフト画面に新しいボタンが現れた。
【設置する】
というボタンだ。
どんな風にやるのかわからないけど、とりあえずやってみればわかるさ。
ボタンを押すと、今度はクラフト画面で作ったものの輪郭線だけが現れた。
「おぉ!?」
「ん? どうしたの、志導くん」
「いや、ここに井戸の……あれ、見えてない?」
「え?」
あれ。この輪郭線、他の人には見えていないのか。
それに、俺が視線を動かすと輪郭線もついて来る。設置する場所を自由に変えられる、そんな仕組みなんだろう。
輪郭線を井戸の上に合わせると、クラフト画面に反応があった。
今あるものを素材として回収しますかって出てる。リサイクル機能まであるのか。へぇ。
ボロボロの滑車たその他をリサイクルし、更にロープとバケツもクラフトして井戸の完成!
「さぁ、水はどんな状態かなぁ」
「あ、完成したのね。これでいつでも水が汲めるわ」
「あぁ。雑貨屋にあった水の石を使わなくてもよくな――らないかもしれない」
バケツで汲み上げた水はどす黒く、どうみても汚染されたもの。
うわぁ、せっかく新しく作りなおしたのにぃ。骨折り損のくたびれ儲けだぜ。
「大丈夫よ、志導くん。浄化すればいいんだし」
「レイア……」
「ほら――不浄なるもの、汚れしもの。清め、真の姿となれ」
レイアが唱えた呪文が効果を発揮する。
バケツで汲んだどす黒い水が、一瞬にして透明なものへと変わった。
「んっ。んー、美味しい」
「レ、レイア!」
彼女は躊躇うことなく、バケツの水を掬って飲んだ。
「ね、大丈夫」
「あ、あぁ、そうだね」
レイアはずっとこうして生きてきたんだ。汚染されたものは浄化する。それで安全に飲めるし、食べられる。だから不安なんてない。
俺も彼女を信じよう。これまでこの世界で生きてきた彼女を。
バケツの水を、俺も手で掬って口に運ぶ。
ニオイなし。味も普通。
本当にただの水だ。
「水が汲めたのなら、土に撒いてくれるかしら~?」
「はーい」
木材でジョーロをクラフトし、水を入れてレイアと一緒に畑へと向かう。
なんだかスローライフっぽくなってきたぞ。
さぁ、次は何をクラフトしようか。




