17:最高の目覚め→収穫→スケベ。
「んん~……はぁ、意外といいもんだなぁ、ハンモック」
目覚めは最高だった。
どう最高かと言うと、全身の節々が傷まなかったことだ!
「おはよう、レイア」
教会の隅に設置したハンモックでは、猫の姿に変わったレイアが毛づくろいをしていた。
「おはよう、志導くん。ハンモック、寝心地よかったわね」
「だよな。いやぁ、ハンモック最高。君が糸の原料になる草を見つけてくれててよかったよ」
じゃなかったら今朝も全身バッキバキだったろうし。
解析眼で実物を解析していたおかげで、クラフトするのも簡単だった。素材の糸も大量にあったし。
「でもこれから冷えてくるから、ほら、ユタとユラが狩りしてくれたキラーラビットの毛皮。あれを加工して敷いたほうがいいかも」
「キラーラビット? あの兎、そんな物騒な名前だったのか!」
殺人兎じゃん。おぉ、怖っ。
でもレイアの意見には納得する面もあった。
確かに寒いんだよ。いや、まだ寒いって程じゃないけど、明け方は少し冷える。なんとか焚き火の熱でしのげたけど、一週間後はどうなるか。
兎の毛皮を敷くのはいいとして、掛ける方をどうするかだなぁ。
そんな時、俺の視界にアッパーおじさんが映った。
「あの毛で毛布とか編めたらなぁ」
「そうねぇ。絶対暖かそうよね」
「レイアもそう思う? 思うよなぁ」
あの毛、いただけないものか。
そのアッパーおじさんはというと。
「ほらあなたっ。火が消えかかっているわよっ」
「わ、わかってらぁな、かあちゃん」
昨夜、五頭の奥様方に何も告げずこの町へとやって来て、そして暗くなっても戻らなかった。
それで心配した奥様方が探して、見つけたのは美味そうにニンジンを食っている旦那の姿。
そりゃあ怒るよなぁ。だって何十年もニンジンを食べていなかったんだし。旦那だけ美味いもん食ってりゃそりゃあさ。
「アッパーおじさん。一晩中、焚き火の番してくれてありがとう」
「お、おおぉぉ。志導ぉぉぉぉぉ。お前ぇだけだぜ、そんな優しい言葉かけてくれんのは」
おじさんは罰として、奥様方から火の番を言い渡されていた。そのおかげで俺たちも、震えずに眠ることが出来たんだ。お礼ぐらい言うさ。
「志導、この人を甘やかさないでね」
「そーよそーよ」
「放っておくと夫殿は、あっちへふらふら、こっちへふらふらするのよ。きつく言わねばならぬこともあるわ」
「か、かあちゃんたち……わ、わしは人間たちと話しがあってだなぁ」
奥さんに頭の上がらない男って、人間だけじゃなくモンスターでもそうなんだな。
「まぁまぁ。それよりも、みんなで朝食を収穫しにいかないか?」
野菜は――もう、ない。といっても「ここに」ないだけだ。
収穫という言葉を聞いて、アッパーおじさんの奥様方の目が輝いた。
「「行くわっ」」
も、もの凄い勢いで返事をされた。長い睫毛で瞬かせ、大きな瞳で俺をじっと見つめる。
うっ。あ、圧が凄い。
「ンアァァ」
「そうね。今日、は、太陽がしっかり、出てるわね」
今日はみんなでアーサ畑へとやって来た。アルパディカの雌五頭も一緒だ。
全員、おじさんの奥さん、らしい。
「アーサを刈らないと、探しづらいわよね」
「そうだね。でもまぁ、しゃがんで探せばいいさ――」
そう言った途端、シュパシュパっと風を切る音が聞こえた。それから草が落ちる音も。
「え……」
アーサが、宙を舞っている。
「どうせ来年にゃまた生えてくるんだ。ぜーんぶ刈り取っちまえ」
「そうね。じゃあ全部切っちゃうわよぉ~。そ~れっ」
奥さんの一頭が首を振ると、風が吹いた。視覚化されたその風が、一瞬にして大量のアーサを刈り取っていく。
「ま、魔法!?」
「んあ? おうさ、魔法だぜ。わしらアルパディカは、魔法が得意な種族なんだよ」
「おおおぉぉ。凄い。へぇ、風の魔法かぁ――あ」
感心して見ていたら、その奥で別の奥さんが別の魔法を使っていた。
足で軽く地面を踏むと、ぼこぼこと土が盛り上がって――埋まっていたニンジンが出てきた!
え。つ、土の魔法?
「ほらほら、こっち。志導、来てみなさい」
「え? あ、はい」
土の魔法を使っていた奥さんに呼ばれてそこへ行くと、彼女が首を下げて地面に鼻先を向けた。
「ここ。ほら、トウモロコシよ」
「トウモロコシ……あっ、本当だ!」
「まだ芽が出ていないから、拾っておきなさい。ちゃんとした所に蒔きなおせるわ」
種を撒く……栽培出来る!
大事に拾い上げたトウモロコシの粒は、ポケットから取り出したハンカチに包む。
この奥さんが他にも見つけてくれ、何種類かの野菜の種を手に入れた。
食材が増える。それだけでもう感動ものだ。
「よぉし。みんな、野菜は持ったか~?」
朝食用なら、そんなに数はいらない。
いらないはず、なんだけど……。
「みんな、収穫しすぎじゃないか?」
アルパディカたちは、全員がニンジンの葉っぱを咥えている。しかも一本じゃない。それぞれが五本以上咥えている。よく見たらおじさんの背中にも何本か乗ってるし。
そしてユタとユラもニンジンやジャガイモ、タマネギを抱えて持っている。
レイアは……ジャガイモでも掘ろうとしたのか泥まみれだ。
「ほーか?」
「残してても仕方ないでしょ?」
「アーッ」
「放っておくと、花が咲いて、味が落ちてしまうわ」
そうだけど……。んー、まぁ夏でもないし、土から掘り起こして置いてても腐ったりしないか。
みんなで教会へと戻りながら、ふと、あることを思った。
「おじさん。昨日、奥さんたちと移住だとかなんとか言ってたけど」
「んお? ほーらな」
「ニンジン咥えたままじゃ喋りにくいだろ。俺が持つよ」
おじさんが咥えたニンジンを受け取り、それを脇に抱え直す。
「そうだな。ここは空気も綺麗だし、子育てする環境にゃバッチリだ。な?」
おじさんがそう言うと、奥様方もみんな頷く。
「そっか。町で暮らすのか。……じゃあさ」
ここは思い切ってお願いしてみよう。俺とレイアの死活問題でもあるんだし!
「おじさん。住む場所を俺のスキルで整えるからさ、だから……だからおじさんの毛をくれないか!」
「わしの……毛?」
「そう。おじさんの毛だ」
もちろん奥様方の毛も頂きたい。これから寒くなるっていうなら、表面の方を少しずつでもいいんだ。
なんて考えていると。
「わしのどこの毛だ!? どこの毛がいいんだ、このスケベ!」
「は? いや、え? ス、スケベ?」
ス、スケベってどういうこと!?
「ぷふーっ。にゃっ。にゃははっ」
「ちょ。レイア笑わないでくれよっ」
何かがツボったらしい。レイアは突っ伏して笑い、長い尻尾がくねくねと動く。
袖を引かれて視線を下に向けると、ニーナが眉尻を下げて俺を見ていた。
「志導、お兄ちゃん……スケベ、なの?」
「ちょ。違うっ。おいアッパーおじさん! 子供の前でなんてこと言うんだ!」
「クッククッ」
「ユタ。お前まで同情するような目で俺を見るなよ!」
俺は雄のアルパディカに対して、下心なんて絶対に――ない!!
ないったらないぞ!




