16:アルパカ→子育て→ホラー。
「カァーッ。急にでけぇ声出すんじゃねえよ」
「アル……アルパカが喋った!?」
もふもふだ。すっげぇもっふもふなアルパカが喋ってる。
あの毛、絶対温そうだ。
「あぁん? あるぱかって何でぇ。わしゃあアルパディカだぜ」
「ア、アルパディカ?」
た、確かにアルパカじゃない。
アルパカにあんな羊のような、ぐるんっと巻いた立派な角なんて――ない!
「クアァーッ」
「おう、ぼん。お前ぇの知り合いか?」
ん? ユタの知り合い?
トテテテテと走ってきたユタが、アルパディカの前でシャキーンっと背伸びをする。
「クッ。ウゥ、タ」
「あ? なんだぁ?」
「ウ・タ! オイ、ラ、ウゥタッ」
「ウタ? お前ぇ、ウタなのか?」
その一言がお気に召さなかったのか、ユタは長い尻尾をバチーンっと鳴らして地面に打ち付けた。
「あ、あの。ユタって言ってるんですよ、それ」
「あぁ? ユタだぁ? ぼん、お前ぇユって言えねぇのか」
「ンアァァーッ」
ユタが跳んだ!?
「お、おいユタ!」
ユタが鋭いカギ爪でもって、アルパディカの足に飛び掛かる。
お、おい、怪我させたらどうするんだ!
飛び掛かられたアルパディカは気にした様子もなく、その場にじっとしているだけ。
ユタの爪が触れたはずなのに、もっふもふの毛一本切れていない。
ど、どうなっているんだ?
「ぶわーっはっはっは。あぁ、すまねぇすまねぇ。ほらよっ」
アルパカは頭を下げ、その鼻先でユタを持ち上げた。
いや、たかいたかいのそれを遥かに超える高さに放り投げた!?
「ユタアァァァァッ」
「ニャァァーッ」
宙に放り出されたユタが、くるんっと一回転して、そのまま落下してくる。
う、うわぁぁっ。キャッチ、キャッチしなきゃ!
俺が両腕を伸ばしてわたわたする中、ユタはアルパカの背に着地して毛の中に埋もれる。
足元では同じくわたわたしていたらしいレイアが、突っ伏すようにしてコケていた。
「かっかっか。しっかし人間なんて、珍しいじゃねえか。前に見たのは何十年前だ?」
「え? 他にも人間が来たのか?」
「あぁ。都市の下にある迷宮目当てにな」
「志導くん。ほら、私が話したじゃない。魔導書よ、魔導書」
あ、そうか。
魔王を倒した勇者を召喚する方法、それが記載された魔導書は地下の迷宮で発見されたんだっけ。
「まったく迷惑な話だぜ」
「え、迷惑?」
アルパカは遠くを見つめ、唇をブルルンっと鳴らす。
「迷宮に入った人間どもの中に、よくわかりもしねーで魔導装置を弄った奴がいてな」
「……あはは」
「そんで魔導装置を暴走させてんのさ。あそこの魔導装置は、魔王の奴に滅ぼされた時ほとんど壊れちまった。けどな、いくつかは生きてたんだぜ」
このアルパカ――えっと、アルパディカだっけ?
魔法都市のことに詳しいんだろうか。
「あの、生きてたってのはどんな風に?」
「ん? あぁ、生命維持に必要な部分でな。汚れた空気の浄化機能さ」
「え、浄化機能が生きてたのか!?」
地面に突っ伏したままのレイアを抱き上げ、毛に付いた砂を払ってやる。
都市の方にある魔導装置でも、空気が浄化出来ていたとは。
「ま、ごく一部のエリアだけだがな。元々都市の近くにゃ火山があってな。ガスも出ていたのさ」
「じゃあ魔素の浄化用じゃなくって、ガスを浄化するために設置されたおのだったと?」
「あたぼーよ。魔素は大昔からあった訳じゃねえ。魔王がばら撒いたのが原因なのさ」
魔王が倒された今も、魔素は残ったまま。浄化の手段が限られているからだろう。
魔導装置意外だと、魔法だけみたいだし。
「魔素のねぇ都市で子育てすんのが、よかったんだけどなぁ」
「こ、子育て?」
「おうよ。けどまぁー、この町の魔導装置が治ってんじゃねーか。ハッハー。こりゃ女房たちと移住だな。移住。お前ぇらも子作りするために来たんだろ? ん?」
子作り……誰と、誰が?
「雌のお嬢ちゃんの方は、なんかややこしい呪いにかかってるみてぇだな。元には戻れるんだろ? なら子作りできらぁな」
「ま、待て待て待て待て。違うっ。そういう関係じゃないからっ」
「ふにゃにゃにゃにゃにゃっ」
こ、子作りって、俺とレイアのこと!?
「あ? なぁに照れてんだ。雄と雌が一緒ってこたぁ、そういうこと――『アッパーおじさん!』あ?」
突然、強烈な光が湧いて出た。
ニーナだ。
教会へと戻る途中に消えていたから、先に戻っていたんだろう。
『アッパーおじさん。志導お兄ちゃんとレイアお姉ちゃん、困らせたらメッ、ですの!』
アッパーおじさん?
それがこのアルパディカの名前なのか。
「お? 土地神のお嬢ちゃんじゃねえか。魔導装置を修理出来たんだなぁ。偉いぞぉ」
『違うの! 魔導装置修理したの、志導お兄ちゃん、なの! 困らせたら、メッ』
「お、おぅ。お……ぬわにいぃぃぃぃー!?」
叫んだアッパーおじさんが、ぎゅいんっと首を回して俺を見た。
「こ、この人間が修理しただと!? い、いったいどうやって!」
「どうって……解析眼で」
「んなっ、なあぁぁにいぃぃぃーっ!!」
え、何この反応。解析眼を知っているのか?
都市のことにも詳しそうだし、もしかしてこのアッパーおじさんって、凄い人物――アルパディカか?
と思ったら急に真顔になって、
「解析眼ってなんだ?」
――と言い出した。
「知らんのかい!」
一瞬でも期待した俺がバカだった。
その日の夜。
「ニンジンだ……ニンジンだぜ……ニンジンなんて見るのは、何十年ぶりだ?」
残しておいたニンジンを見て、アッパーおじさんの目が輝いた。
あと口元も輝いて見える。
「た、食べる?」
「何!? い、いいのかっ」
いいよね? という視線を、レイアへと向けた。
既に月が出ている時刻。彼女は人の姿に戻っている。
「いいわよ。まだあの辺りに何本もあったし」
「へへ。催促したみてぇーで悪いな。んじゃありがたく馳走になるぜ」
何十年ぶり、かぁ。
じっくりニオイを嗅ぐように、アッパーおじさんは鼻をピスピスと鳴らす。
それから尖った方からゆっくりと齧り、味わいながら少しずつ食べ勧めていった。
俺とレイアは孵化したジャガイモに少量の塩を振って食べる。
日本にいた頃は自炊なんてせず、もっぱら外食かコンビニ弁当だったけどジャガイモだけ食べる、なんてことはなかったな。
こうして食べてみると、案外美味いもんだ。
「美味い! カァーッ。やっぱニンジンは格別だ――」
「ん? アッパーおじさん、どうした?」
最後の葉っぱを咥えたまま、アッパーおじさんの動きが止まった。
「自業自得、ね」
唐突にユラがよく分からないことを口にする。
その間、アッパーおじさんは歯をガチガチ鳴らして、何か恐ろしいものでも見るような視線を教会の入り口へと注いでいた。
「な、何があるんだ、アッパーおじさん」
「ンガ、アババババババババババババ」
「な、何? 何なの?」
さすがのレイアも恐ろしくなってか、目をぎゅっと閉じてしまった。
何が、何があるっていうんだ。入口にいったい何が!?
見たくない。見るのが恐ろしい。
なのに体が自然と、入口を見ようとして振り返った。
壊れた扉の隙間には、漆黒の闇が見える。
そこにぼぉーっと浮かぶ白い影――。
それは……。
「「あぁぁぁぁ、なぁぁぁぁぁ、たぁぁぁぁぁぁぁっ」」
「ひぎっ。ひぎゃえええぇぇぇーっ!?」
それは、闇に浮かぶアルパカたちの姿だった。




