『蠱毒・2日目《黒鉄の雨》』
お待たせしました
一年以上の更新停止は流石にな……と再開したものの不安定な投稿間隔で申し訳ないです
ちなみに、Twitter(現X)の方は機種変に伴いログインが虚無に行ってしまって触れなくなってたりします
自衛隊が使用する機関銃の弾丸としては12.7mm弾が最大級のサイズと言われている。大型の狙撃銃の弾丸としても用いられるソレは、普通乗用車であれば容易く粉砕し、軍事用に用いられる装甲車であっても場所によっては貫くという。
さらに、現実の世界でも12.7mm弾を使用したガトリングガンは存在しており、圧倒的な重量のため車両や艦船、あるいは航空機などに搭載され用いられている。
その連射速度は用途により異なるが、毎分1000〜2000発。これでも十分過ぎる程に早いが、種類によってはさらに早く、ミニガンの名で知られるガトリングガンともなると、弾丸は小さくなるものの、毎分6000発もの弾丸を放つのだとか。
もっとも、それでは耐久性に難がある点や弾薬消費速度が早すぎるなどの問題で、現在ではあえて連射速度を落としているらしいが。
と、ここまでが現実世界での話。
そして、ここは仮想世界である。
装甲車すら貫く12.7mm弾はこの仮想の世界において、現実世界程の猛威を振るう訳では無い。例えば、防御に振ったトップ層ならば平然と耐える事が出来るだろうし、攻撃に振ったトップ層ならばその威力を容易く上回る。
銃がファンタジーにおいて力不足かと言えば、そんな事は決してない。だが、現実世界のように圧倒的かと言えばそうでも無い。いわば、対等なのだ。
このファンタジーを体現したような世界では、銃は無数に存在する攻撃手段のひとつとなる。運営がシステムとして実装していない、リアル過ぎる物理演算を用いて再現した銃ともなれば尚更だ。
だが、嗚呼、あえて言おう。相手が悪かった、と。
現実世界には存在しない高品質な金属、火薬、そして魔法。彼女はその全てを潤沢に、贅沢に、過剰に、惜しむこと無く使うことが出来る。
時間は等しく有限だが、ショートスリーパー極まりない生態をしている彼女には他の人よりも多くの時間がある。トライアンドエラーの末に踏み出した1歩は容易く脳内麻薬を噴出させ、より深い試行錯誤の海へと沈む。
その末に、彼女は生み出した。
毎分6000発の12.7mm弾を吐き出し続ける黒鉄の悪魔を。
剣と魔法のファンタジーに落とされた、ドス黒い一滴の墨のように。貴賎ではなく、ただ場違いな力の塊を。
ギュィィィィィと唸りをあげながら、相対する20名を引き裂かんと、存在してはいけない悪魔が吐き出す無数の黒鉄が彼等に襲いかかる。
『ッ……! 我が天秤が示すは均等! 其の天秤が傾く程に、浮いた皿へ力を与えん!』
ギャリギャリと、黄金のベールが黒鉄の悪魔を食い止める。
それはライブラに与えられた切り札がひとつ【天秤ノ御業】。
理屈としては、トーカも扱う『結界魔法』や『支援魔法』が近いのだろう。独自の論理で彼我の能力差を算出し、釣り合うように弱きに力を与える。現在はそれが、ガトリングガンという暴力に対抗するための防壁として現れているのだ。
天秤を掲げる彼の前に、まるでオーロラのように揺蕩う黄金のベールは悪魔によってひび割れ、そして傾いた天秤が均等を保たせるためにベールを修復する。
現実世界では決して人の身で立ち向かってはならず、この世界においてもひとかどの猛者をも容易く食い破りかねない悪魔を前に天秤の騎士は1人、退け続けていた。
しかし。リソースは無限では無い。
『むぅ……! MPが恐ろしい速度で削られて行く……! 長くは持たぬぞ!』
『とんでもない! 総員! ライブラが時間を稼いでいるうちに、『土魔法』を使える者はいくつかに分けて防壁を! 他は固まらずに分散して防壁に隠れてください! ただし、先程スコーピオを襲った狙撃銃があります、警戒は怠らずに!』
「「「「「了解!」」」」」
ヴァルゴの支持に従い、2〜4人程の小グループとなって『土魔法』で作られた防壁に隠れる。残っているのは、今なお毅然と悪魔に立ち向かうライブラのみ。
しかし、本人が言っていたようにMP切れが近いのか黄金のベールはその輝きを曇らせ始めている。チカチカと、切れかけの電球のように陰り始めている黄金が明滅を繰り返す。
『ぬ、ぐぅ……! 天秤が、軋む……! よもや、これ程とは……!』
ぴしり、ぴしりと黄金はひび割れ、キリキリとライブラの掲げる天秤が軋みをあげる。もはや、長くは持たないだろう。誰もがそう直感し、次の一手へ思考を巡らせる。
ある者は防壁の強化を。またある者は自身のVITを、あるいはAGIを強化し、またある者は射線から逃れるように大きく場を離れる。
砕かれるか、耐え切るか。いずれにせよ、遠からず悪魔を隔てる黄金の壁は消え去る。ならば、勝負はその直後。
その黄金が消える時、その輝きを無駄にしないためにも出来ることを。
そんな背後の仲間達の気配を察したのだろう。
ライブラが兜の下で笑う。そして、1歩踏み出す。
『ああ天秤よ均等を成せ、万象平定し律を示さん』
それは、彼らが共通して持つ3つの切り札。そのひとつ。
相棒たる武器の性能を限界を超えて引き出す、諸刃の剣。
代償は装備の完全破壊。効果終了時、対象の装備は例えメイであろうとも修復不可能な程に破壊される。
だが、それによってもたらされる効果は絶大だ。
『【制限解除】!』
黄金が、溢れ出す。
ライブラの持つ小さな天秤が黄金に光り輝き、照らされたベールもその輝きを取り戻して行く。それどころか、どれほど悪魔に侵されようともはやヒビひとつ入らない。
「すげぇ……」
「マジか、そんなん持ってやがったのか……!」
悪魔が壁を穿とうと憤る音すら受け止め飲み潰す黄金のベールに【対神楽連合】が色めき立つ。
ただ1人、この場において【制限解除】の効果を詳細に把握しているヴァルゴを除いて。
『み』
なさん、油断は禁物です。即座に反撃に移れるよう準備を。
そう続けようとしたヴァルゴの言葉が止まる。
音も無く、彼の眉間に小さな穴が開いている。
死んだ。そう彼が感じる間も無く、全身から力が抜け倒れーーーる前に、なにかに支えられた。
透明な、ナニカ。確かに存在し、触れられるのに、見えない。
そんなナニカにそっと受け止められ、【アルガK】および【対神楽連合】の参謀長たるヴァルゴは音も立てず、また仲間の誰にも看取られることなく、戦場から姿を消した。
全体を見て指揮を出来るよう最後列に下がっていたのか良くなかった。ライブラの活躍に誰もが目を奪われ、沸き立っていた。そのせいで、【対神楽連合】の誰一人として。音も無く行われた背後の小さな異変に気付けなかった。
◇◇◇◇◇
黄金のベールの向こう側。悪魔を侍らせ玉座に腰掛ける小柄な少女は笑う。にこやかに、楽しげに、可愛らしく。
「《上級騎士人形:色騎士》が一体。暗殺特化型の《透明騎士》。持たせた消音器の性能もバッチリみたい。目に見える驚異と見えない驚異。ふふ、どうなるか楽しみだね」
そのつぶやきは悪魔の嘶きと黄金のベールに阻まれ、誰にも届くことは無かった。




