第280話 『蠱毒・2日目《雄牛VS桜鎧》』
気を抜くと直ぐに1週間とか経ってるの困る(自業自得)
あからさまな罠、あるいは挑発のような言動の桜鎧に、この同盟の盟主となるギルドのリーダー……つまりはこの同盟において最も地位が高いとも言える立場のレオが真っ先に斬りかかった。
金属同士がぶつかり合う硬質な音を響かせ、レオが2度3度と止まることなく赤い光を灯す刃を振るい続ける。
『シッ!ふんっ!オラッ!このッ!くっ!えっ、これっ、あのっ、硬くねッ!?』
あまりの堅牢さにたまらず飛び退いたレオが叫ぶ。
その頃には赤い残光も鳴りを潜め、無傷の桜鎧が立ち塞がり続ける。
『おっけ、これあれだわ。まともに相手したらダメなヤツだ。ってな訳で……野郎ども突っ込めー!』
だって通り抜けたら追わないって言ったのあっちだし。そんな気持ちが露骨に見える叫びとともにレオが再び駆け出す。
先程の突撃には様子を探る意図もあったのだろう追随する者はいなかったが、今度は違った。
まるで雪崩のように、レオの突撃を切っ掛けにこの場に集まったプレイヤーの多くが我先にと門の向こう側へと走り出す。
ドドドドドド……!と地響きすら引き連れて、ちょこんと立ち塞がる桜鎧をある者は無視し、ある者は突き飛ばそうと、またあるものは迂回しようとそれぞれが意図を持って集団の中に溶け込んでいた。
しかし。人の津波とでも呼ぶべき眼前に迫る大軍に桜鎧は僅かたりとも物怖じした様子は無く、大盾を構え立ち塞がり続ける。
『【厳冬】【広域封鎖】』
紡ぐ言の葉は2つ。それだけで、雪崩のような人の波を桜鎧は全て止めて見せた。
桜鎧の構えた盾がまるで巨大化するように半透明のくすんだ桜色の壁が広がり、雪崩打つ人の波その全てを真正面から弾き返す。
まさか離れていても防がれるとは思っていなかったのだろう。あるいは、防ぎに来ても反応出来ると思っていたのか。突如として出現した広範囲の壁になすすべもなくプレイヤー達は叩き付けられ、大小様々なダメージを負うこととなった。
特に酷かったのは先頭に居た軽装備の者たちだ。前方には桜色の壁、後方には肉の壁とふたつの壁に挟まれた彼等は無視出来ない量のダメージを受け、中には運悪く死亡するプレイヤーすらいた。
『わぁ、大量ですね。ちょっと素直過ぎませんか?』
目の前で大量の人が壁にぶつかる様を目撃し、あまつさえその原因を生み出した桜鎧はさも驚きましたと言わんばかりに言葉をこぼす。
別段、深い意味を持たない感想だったのだろう。だが、あるいはだからこそそれはとてつもなく強烈な煽りに聞こえてしまう。
「なんだと……!?」
「んにゃろ……!」
斧を構えた禿頭の男と二振りの直剣を持った女性が桜鎧の言葉にカチンと来た衝動のままに襲い掛かる。
元から組んでいたのだろうか、あるいは実力者故の妙技か、即興と言うには連携の取れた2人の戦士は息つく間も与えぬとばかりに桜鎧を滅多打ちにし続ける。
桜鎧は連撃から抜け出すことが出来ないのか防戦一方だ。それを見たプレイヤー達の取った行動は主にふたつに分けられる。
彼らに続いて桜鎧を狙うか、この隙に通り抜けて城に入ろうとするかだ。
しかし、城への道は桜鎧が顕現させた半透明の城壁……【広域封鎖】によって塞がれている。
よじ登ろうとする者、砕こうとする者、回り込めないか確かめる者、方法は様々だが未だに城壁を抜けたプレイヤーは居ない。
『よぉし!準備完了!巻き込まれたくなかったら退きな!』
硬直した状況にレオの声が響き渡る。
その誇らしげな、ヒーローの登場に心躍らせる少年の様に明るい声音は、たった1人に全員が足止めされていると言う認め難い事実を前に漂う張り詰めた空気すら吹き飛ばしてしまうようだった。
だからだろうか、桜鎧に接近していた数人が素直に退いたのは。
それによって道は繋がった。
桜鎧の直線上では、タウラスが全霊の力を込めて大剣を振り被っている。
そして。
まるで名は体を表すとで言うべきか、雄牛が本気で叩き付ける突進の様な勢いで僅かな距離を駆け抜け、タウラスは大剣を桜鎧へ叩き付ける。
助走によって十分に加速の乗ったその一撃は、元の重量も合わさってとてつもない事になっている。
もしも仮にこの一撃がロックゴーレムに命中したとしたら。斬撃に極めて高い耐性を持ったロックゴーレムをして、一刀の元に斬り伏せられる事になるだろう。
それほどの破壊力を秘めた一撃だ。
『【雄牛ノ御業】』
『……!【硬質化】!』
自らの名を冠したその一撃に、さすがに危険だと感じ取ったのか、桜鎧は盾を構えアーツを発動する。
次の瞬間。鼓膜が破れそうな程の大音量で、耳を塞ぎたくなるほどの金属同士が擦れ合う不快音が鳴り響く。
ロックゴーレムすら切り裂く必殺の一撃。
タウラス全身全霊の一撃を受けた桜鎧は。
『今のは凄かったよ……!手が痺れちゃった』
HPを4割残し、傷一つ無い大盾を構え両の足で大地に立っていた。
『なっ……ウソ、だろ……!?』
『タウラスのあの一撃を防ぎますか……!』
「今のでなんで生きてんだ……!?」
「いや、それよりもヤベェのは盾の方だろ!なんでさっきのアレで壊れてねぇんだ……!?」
一目見るだけで理解させられる程の一撃だったからこそ、それを耐え切った桜鎧への恐怖はとてつもない事になっている。
余程信頼していたのだろう。レオやヴァルゴは呆然と立ち尽くし、他のプレイヤー達も理解が出来ないと言わんばかりに混乱の渦に叩き込まれている。
対照的に、必殺技とも言える切り札を防がれたタウラスはと言うと。
大剣を振るった腕を中心に全身から蒸気のように煙を立ち登らせ、振り抜いた体勢で残心を行っていた。
『すっごい一撃だったけど……この程度ならもう経験済みだよ。もっと凄い攻撃は無いの?』
桜鎧が挑発するように、強請るように問い掛ける。
『…………』
その言葉に、何か思う所があったのだろう。タウラスはそっと体勢を立て直し、桜鎧へと向き直る。
そして、言葉無く大剣を構えると、先程までと同じように振り抜くために全身に力を込める。
違ったのは、その先。
今この瞬間、眼前の強敵を打ち砕くためだけに、タウラスは全身全霊を尽くすと決めた。
『【過剰機巧】……!』
タウラスの全身から勢い良く蒸気が立ち上る。
あまりに鮮烈で痛々しいまでの真紅に染った、血霧のような紅い蒸気が。
ひと目で分かる命を削る類の覚悟に、桜鎧もワクワクした様子で応える。
『わぁ!じゃあ私も。【不倒盾】!』
タウラスとは対照的に、桜鎧の外観に変化は無い。
ただし、これまで【対神楽連合】の前に立ち塞がっていた半透明の城壁が姿を消し、桜鎧そのものが持っている圧の様なものが膨れ上がる。
それはまるで、万を超える時を生きた大樹に相対するが如く。
『さぁ、我慢比べだよ!楽しみだね!』
『…………!』
楽しい気持ちを隠しもしない桜鎧に、血霧を纏ったタウラスが猛攻撃を叩き込む。
誰も寄せつけない。否、寄る事すら出来ない嵐の如き猛攻が桜鎧に襲い掛かる。
森を切り開いたた時など比較にもならない、『力』では無く『暴力』を連想させる荒々しく猛々しい破壊の嵐がその萬寿の大樹を地に倒さんと吹き荒れる。
『あは、あはは、あはははッ!』
死の嵐の中で、桜鎧は笑う。
まるで暖かな陽の光に照らされて歌う桜の樹の精のように。
明るく、嬉しげに、楽しそうに。
タウラスが血霧と共に一撃振るう度に轟音が鳴り響き桜鎧のHPが減って行く。
それでも、桜鎧は笑い続ける。
楽しくて仕方が無いと言うように。
もっともっと今が続けと願う様に。
それでも、終わりはやってくる。
『これで……』
もはや桜鎧の命は風前の灯。ミリ単位でギリギリ残っているHPバーは、もはやその真紅すら見えぬほどにすり減っている。
ここまで来れば誰でも分かる。
桜鎧には攻撃の手段が無いのだろう。
ただひたすらに防御に徹し、少しでも長く足止めをする。
この軍勢を前に1人で防ぎ切り、タウラスに奥の手を切らせたその堅牢さは確かに脱帽ものだ。
この激戦に割って入る事は出来ずとも、強化を、回復を、声援を、そしてその隙に先んじて城内に進む事を。
タウラスの猛攻は【対神楽連合】に更なる結束と作戦の進行を与えていた。
だから。
子供のように瞳を輝かせ、誰もがその結末を望んだ。
余りに堅き難敵を、威圧感すら感じる頼もしき巨漢が叩き伏せ、【カグラ】との大戦の初陣に勝利を飾る栄光の結末を。
そして、その瞬間は訪れる。
『終わりだ。桜鎧』
『いいや、まだまだ足りないよ。タウラス』
タウラスが大剣を振り下ろす。
桜鎧が盾で迎え撃つ。
受け止めた衝撃で大地がヒビ割れ小さな破片達が吹き荒れる。
天然の刃に塗れた土煙の中から、声が聞こえた。
『だから、もっと遊ぼう?【フルヒール】』
その呪文を聞いて、絶望の表情を浮かべる【対神楽連合】。
そんな彼等の前で、絶望が現実化する。
『そうそう、こういう時はこう言うんだよね』
血霧に塗れたタウラスが膝を突く。
がくりと小さくなったシルエットの向こうから、楽しげな桜鎧の声が聞こえる。
『さぁ、第2ラウンドの始まりだよ』




