第270話 『蠱毒・2日目《鬼退治⑤》』
投稿ペース戻すって言ってなかった???
『キィィィィィィィィィッ!』
ハルハシャの鋭い咆哮に呼応して、天を蓋する雷雲がゴロゴロと唸り声を上げる。
バチバチと蓄える電撃はどれほどの威力を秘めているのか。少なくとも、大抵のプレイヤーは一溜りもない程の威力である事は間違いないだろう。
『ヴルルルル……!』
カルシェの鈍い唸り声に掻き立てられるように、ゴポゴポと空間が蒼い毒に侵され泡立つ。
弾けた気泡の飛沫ですらじゅわじゅわと大地を殺す猛毒に触れようものならどうなってしまうのか。少なくとも、ろくな結末は訪れない事は明らかだ。
それでも。
「バチバチとゴポゴポと随分威勢がいいじゃねぇか!いいぜテメェら、そういう奴は大好きだぜ!」
鬼は止まらない。
攻撃でも防御でもない、ただただ自身の在り方として纏っている電撃だけで、あるいは毒だけで。触れるもの全てを傷付け殺しかねない怪物達が殺意を持って濃度を高めた死の鎧を前に、鬼は実に楽しげに笑う。
恐ろしいまでの速度で駆け寄ってくる鬼へハルハシャが確定スタンの効果を持った電撃波を放つ。
掠っただけでも体の自由が奪われる凶悪極まりない雷を払い除ける事すらせず突き進む狂える鬼は止まらない。身体が痺れ動かせないどころか、電撃波による僅かな身動ぎすら見られない。
電撃波をものともせず腕を伸ばす鬼へカルシェが毒を滲ませた牙を突き立てる。
ガギャリと鈍い音を立てて、毒の牙が鬼の身に付けた手甲に阻まれる。そんなものは毒で侵し壊そうと毒の濃度を高めても、何故か貫く事が出来ない。鬼にも毒が効いている様子はない。
何故。何故。何故。何故。何故。何故。何故。
ただのモンスターよりも上等なAIを与えられ、プレイヤーとの触れ合いによってさらに向上させて行った2体の思考は疑問に埋め尽くされる。
そして、その疑問の渦の中に、恐怖が混じるのは時間の問題だった。
◇◇◆◆◆
蒼い犬に噛み付かれた腕で両頬を掴み返し、力を込める。
ヴルッ!と悲鳴にも似た小さな唸り声が喉の奥から漏れ出るのを聞き流しながら、腕力にものを言わせ思いっ切り振り被る。
「ウチの可愛いカルちゃんになぁにしてくれてんの!」
その隙を狙ってか、マリアンヌが背後から殴りかかってくる。その気配を察知したリクルスは思いっ切り振り被った状態から無理やりに振り向き、マリアンヌ目掛けてカルシェを投げ付けた。
「んじゃ返してやんよ!受け止めな!」
『ヴァルッ……!』
「ぐっ……!んもぅ!乱暴なんだから!」
触れるもの全てを侵す猛毒を纏ったカルシェを投げ付けられたマリアンヌは慌てた様子で拳を止め、飛んでくるカルシェを受け止める。
とっさの判断で毒の分泌を止め、更には纏っている毒を消し去ったカルシェのファインプレーによって擬似的な同士討ちこそ避けられたものの、大型犬サイズの質量が砲弾並の速度で飛んでくるとなれば、それはもう毒がどうこう以前に驚異である。
それでも受け止めたマリアンヌを、そして主を信じ毒の分泌を止める事に注力したカルシェを、その2人の絆は確かなものだろう。
だからこそ、鬼は嗤う。
「ひゅー!ナイスキャッチ!んじゃ纏めて爆ぜな!」
自らが投げたカルシェに追い付かんばかりの速度で駆けたリクルスが2人まとめて屠らんと拳を振り被る。
カルシェもマリアンヌも確かな実力と高い能力を持った強敵だ。それこそ、それぞれを個別に相手していたら仕留めるのに手こずるだろう程に。
だが、今この瞬間だけはそんな強敵との2対1だからこその優位が生まれていた。
カルシェは投げ付けられた衝撃で動けず、マリアンヌに受け止められたがために毒の分泌による防御も出来ない。
マリアンヌはカルシェを受け止めた衝撃で足を止められ、間にカルシェを挟んでいるせいで迎撃する事が出来ない。
そして、そんな好機で仕留め損なう様なミスをリクルスがする訳も無い。
詰みだ。もうここから状況をひっくり返せる札をマリアンヌもカルシェも持っていない。このまま纏めて殴り殺されるのを待つ事しか出来ない。
だが、それはこの場にマリアンヌとカルシェしかいなかった場合の話だ。
◇◆◆◆◆
「ハルちゃん、ごー!」
『キィィィィィィッ!』
轟雷。
今まさに鬼の拳によって命を絶たれんとしていたらマリアンヌとカルシェの命は間に入った雷の束によって救われた。
マリアンヌとカルシェだけなら詰んでいた状況でも、仲間がいればその限りでは無いのだ。
ミミティアを背に乗せて大空を翔けるハルハシャは強く一声鳴くと、長の号令に駆り立てられる兵士の様に雷雲から続々と雷が降り注ぐ。
その様はまさに雷雨。雷の雨である。
「おいおいおいおい!そいつァ流石におかしいだろ!俺らの【島】の方がまだ易しいぜ!おもしれぇ!」
轟轟と降り注ぐ雷雨の中で鬼が笑う。天より閃く轟雷の槍へと、何を思ったか鬼は拳を振り被る。
「ぐはぁっ!がふっ、げふっ、……けひゃ』
如何に狂気に浸れども、如何に力を付けたとて。雷は純粋なエネルギーの塊であり、拳で打ち合うことなど出来るわけもない。
その結果、鬼の、リクルスの身体は当然のように雷によって吹き飛ばされた。
◆◆◆◆◆
チカチカと明滅する視界の中で。
身を貫く衝撃に揺らぐ意識の中で。
内に巣食う狂鬼が嗤う。
■■、■■■。■■■■■■■■■。
うるせぇ。なんの用だ。
■様■。■謀だ。■し■何よ■無力■。
■ぁ、そ■通りだ。俺はま■弱い。
そ■な物じ■■いだ■う。オ■の力は。
分■って■。俺が■き出し■れてな■だ■■。
力の使い■がなっ■ない。見■に堪えない。
■■■な。持■■すど■■か■■回さ■■る。
邪魔だ、退け。手本を見せてやる。
■■■。■■■■■■■■■■■■■。
狂鬼の腕がリクルスの意識を包み込む。
ぐちゃぐちゃに歪む狂気の中で。
もはや自分のものでは無い己の身体が雷を殴り飛ばすのを見た。
◆◆◆◆◆
『けひゃ、けひゃひゃ、けひゃひゃひゃひゃ!』
純粋なエネルギー体である雷を実体のある物のように平然と殴り飛ばす鬼に、相対する2人と2匹は驚きを抱かずにはいられなかった。
そして何より。その濁った気配に飲まれた姿。
初めに見た【狂鬼】そのものであった。
「あんらァ!随分とまぁ醜くなっちゃって。さっきまでの方が万倍男前だったわよん?」
「ん。いまのリクルスくんはなんというか……こわくない」
『キィィッ!』
『ヴルルッ!』
濁った狂気に飲み込まれ、雷を殴り飛ばし暴れる狂鬼を前に。驚きこそすれど恐怖は無いと。それは暗に先程までの方が強かったと言っているに等しい。
『けひゃひゃ!』
狂鬼は大地を踏み抜き、飛び散る破片のひとつを掴み天を翔けるハルハシャへと投げ付ける。楕円形の野球ボール程のサイズしかないソレは、しかし投げられた腕力によってとてつもない威力を秘めている事は明らかだろう。
しかしハルハシャはそれを余裕を持って回避。むしろ雷のお返しを叩き付ける程の余裕を見せる。
だが、狂鬼は反撃に驚く素振りも見せずその雷を拳で弾き、それどころかその矛先をマリアンヌに向けて見せた。
そのまま、慌てて回避するマリアンヌには目もくれず、背後から不意打ちを仕掛けてきたカルシェにカウンターの蹴りを叩き込む。
狂鬼の蹴りをモロに食らってバシャりと弾けたソレが、カルシェ本体ではなく毒で作り出した囮だったことを、狂鬼は咄嗟に庇った左腕が肘の辺りからミミティアに切り飛ばされた痺れで悟った。
千切れた腕。狂うバランス。その隙を見逃さず、マリアンヌの拳が、ハルハシャの雷が、ミミティアの刃が、カルシェの牙が、狂鬼を仕留めんと襲いかかる。
が、紙一重で狂鬼はその全てを回避する。ぐじゅぐじゅとおぞましい音を立てて失った腕を生やしながら、狂鬼は嗤い続けながら拳を振るう。
ドパンっ!と音を立て大気ごと殴り付けるその拳は、紙一重で避けようものなら押し出された大気に弾き飛ばされるであろう不可視の拳となってマリアンヌに襲いかかる。
だが、そんなものは既にマリアンヌも会得している。元来パワー型であるマリアンヌは、リクルスが狂鬼を宿して初めて使えるその拳を己の力のみで振るうことが出来る。
大気すら弾く拳の応酬。そして、その間も絶えることなく続くハルハシャの雷とカルシェの不意打ち、そしてミミティアの刃。
けひゃけひゃと嗤い続ける狂鬼と、ソレを囲んで戦い続ける2人と2匹の争いが加速し切った、その瞬間。
太陽が、堕ちた。
◆◆◆◆◇
正確に言えば、それは間違いだろう。
太陽は今この瞬間も天に輝き続けているのだから。
だが、太陽と見まごうほどの熱源が、光源が、炎の塊が。一瞬で姿を現したのもまた、動かざる事実。
はるか遠く。戦いで岩山の一角が削れたことで初めて見通せる程の遠くに突如として出現した疑似太陽とでも呼ぶべき炎の塊は、遠く離れたこの地にすら眩い光とぬるい風を運んで来た。
それはあまりにも唐突で、あまりにも荒唐無稽で、しかし事実としてその場にあった。
マリアンヌは、ミミティアは、それどころかモンスターでありAIであるはずこそハルハシャやカルシェすら、驚きのあまりに動きが止まる。
地上に突如として太陽が発生するという超常現象に気を取られ、動きを止めてしまったことを責め立てるのは、あまりにも無理があるというものだろう。
その炎塊が地上を照らしていたのは時間にしてほんの数秒程。たった数秒。しかし、それはこの加速し切った戦闘で全てが終わるのに十分な時間だった。
だが。
「……なんで、動かなかったのかしら?」
「なさけのつもりなら……不愉快」
狂鬼は動かなかった。
否応無く意識を奪われる事情すら無視して目の前の戦いにのみ意識を向ける。そんな狂った闘争心を、目の前のソレが持っている事はこの場の誰もが理解していた。
だからこそ、絶好のタイミングであったこの数秒の硬直を不意にするという行動が理解出来ない。
マリアンヌのミミティアも、そして2匹のモンスター達も。情けをかけたのかとその瞳に不快感と怒りを宿し狂鬼を睨み付ける。
「冗談じゃねぇ。こんなんで決着つけて見ろ。バレたらこの先ずっと煽られまくるぞ」
その答えは、狂鬼ではなくリクルスの口から発せられた。
こんなバカげた炎塊を出現させる奴なんて、リクルスには1人しか心当たりがなかった。そして、その手段も事前にトーカから聞いていた。
それが、アラームだとも。
(時間が来たからトーカの指示でカレットが自爆した感じか……。ちぇっ、こっから面白くなるってところだってのに)
「煽られる……?」
「どういうこと……?」
「ま、気にすんな。お前らがどうこうは関係ねぇ。こっちの話だ。それよりも、すまねぇ」
リクルスは律儀に2人と2匹に向かってぺこりと頭を下げる。
「時間切れだ。決着は次会った時に着けようぜ」
そういうや否や、リクルスはとてつもない速度で駆け出す。未だ発動したままの『狂鬼』の効果によって上がり続けた速度は一瞬でこの場から離脱するのに十分過ぎるほどに強化されていた。
「なっ……!カルちゃん!」
「にがさない!ハルちゃん!」
『キィィィィィィィィィッ!』
まさかの逃亡に一瞬泡くらうマリアンヌだったが、即座にカルシェへ追跡を指示。
ミミティアも駆け出しながらハルハシャへ指示を飛ばす。
ハルハシャが放ったのは速度重視の雷。流石に超強化されたAGIとはいえ、雷よりも早いということは無い。それも、速度特化となれば尚更だ。
すぐさま雷はリクルスの背を捉え……
「『觸』」
リクルスの拳に弾かれた。
「アイツの思い通りみてぇで癪だが、とりあえずひとつ。技を盗んでやったぜ」
そう言ってほくそ笑むリクルスの瞳には、濁った狂気とは比べ物にならない程に爛々とした狂気の片鱗がチラついていた。
◇◇◇◇◇
「おかえり、ミミちゃんにカルちゃん。どうだったかしら?」
「だめだった、見失っちゃった」
『クルル……』
「うーん。残念。私達だけで戦えるチャンスだったのに、逃げられちゃったわね」
「ん。同盟をくんだら、さすがにわがままも言えなくなる」
「とりあえず、同盟を主導してる【アルガK】が指定した顔合わせの時間は今日のお昼だったわよね?」
「うん。一応、リーダーとして顔だしてくる。けど……」
「分かってるわん。なんとなーく、裏がありそうよねぇ……。ま、同盟なんてそんなものよ。信じ切らず利用するくらいの気概でいましょ」
「もち。んじゃ、かえろー」
「ええ。帰りましょ帰りましょ」
『ピィ!』『ヴル!』
実は炎塊で出来た隙を突いて2人と2匹倒して撤退させるつもりだった。
そしたらリクルスが「同じ戦場にいるならともかく、遠くから一方的にお膳立てされて倒すのはなんか負けた気がするから殺らん!」って言ったのでこうなりました
集合し始めた【カグラ】と【アルガK】なる集団を中心に発足する同盟。そして今はまだ影が薄い(なお画面外では暴れてる模様)【クラウン】や【魔導研究会】などのトップギルド達
まだまだイベントは序盤。これからどうなってしまうのか……
リクルスが『狂鬼』の乗っ取りから解放されたのは『太陽クラスの炎塊が突如出現したけどあれカレットだよな。この隙に倒したらアイツに一方的に助けられた事になるんだろ?ふざけんな!』という意地が半分、条件的に狂鬼の乗っ取りが甘かった状態でリクルスの精神が強靭だったというのが半分なのです
『觸』
狂鬼がエネルギー体である雷を殴り付けてる姿を見て技を盗んだリクルスが会得したスキル
エネルギー体などの実態がないものに触れられるようになる
ネームド仕留め損なってるがヒャッハー達が書籍版でも大暴れ!
書籍版1巻&2巻が発売中!素敵なイラストで彩られたヒャッハー達の冒険をお楽しみください!




