3-14 メモリアルツリー
【シャボン石鹸】の注文依頼が飛ぶように舞い込み、ミミリは錬成一色の日々を過ごしていた。
ミミリが忙しくしている間、うさみとゼラは暇だったかというとそういうわけではなく。
ゼラとうさみは、はちみつパンケーキが売りのカフェを切り盛りしていた。接客も務めるゼラの評判はすこぶる良く、はちみつパンケーキ目当てというよりは、ゼラの爽やかな店員姿を一目見にやってくるという主婦層も多く、彼女たちの夫は密かに嫉妬心を燃やしているとかなんとか。
店舗マネージャーのうさみ曰く、「ゼラのスケコマシに拍車がかかっている」そうなのだが、毎日のようにカフェにやってくるデイジーの話によると、可愛らしいうさみに会いたくてやってくる老若男女も後が絶えないとか。
そういえば、デイジーだけでなくバルディも毎日のように工房を訪れてくれた。バルディは特にゼラが可愛いようで、事あるごとにゼラをからかうことで、2人は自然と親しくなっていた。
そんな話を錬成の合間の休憩時間に見聞きするのがミミリの日課になっていて、それぞれが忙しく過ごす濃密な1週間はあっという間に過ぎていった。
そして今はバルディに連れられ、デイジーのいる冒険者登録窓口に来ている。全員の身分証が出来上がったそうなので、早速受け取りに来たところだ。
「デイジーさんこんにちは! 身分証を受け取りに来ました!」
「いらっしゃいミミリちゃんたち。工房兼カフェの大繁盛おめでとうございます。3人分、出来上がっていますよ」
窓口のカウンターに並べられたのは、なんの変哲もない木の札が3枚。手のひらサイズで薄茶の木目が柔らかな味わいを出しているが、身分を証するものを冠する割には、何も書かれてはいなかった。
「びっくりした顔をしていますね。どうぞ、触れてみてください。それぞれ、ご自分の目の前にあるものに触れてくださいね」
「はい」
ミミリが身分証に触れると、じんわりと焦げ茶の文字が浮かび上がった。身分証には、ミミリが先日申請書に記した内容が書いてある。
「――! デイジーさん! これって……」
「はい、身分証です。ミミリちゃんたちは確か初めて携帯するのですよね。……でも、どうしたんですか? みんなしてそんなに、驚いたお顔なさって」
ミミリたちは、揃って顔を見合わせた。
身分証と似たようなアイテムを知っているからだ。
「ねぇ、ミミリ、これって……」
「俺もこれ、心当たりあるんだけど」
「やっぱり、そうだよね」
「「「【大切な貴方へ】と似てる!」」」
「え……? 何ですか、それ?」
ピンときたミミリたちをよそに、デイジーはぽかんとしている。
「デイジーさん、身分証のこと、詳しく説明してもらっていいですか?」
食い気味で質問するミミリの側で、うさみとゼラからも真剣な眼差しを浴びているデイジーは、緊張しながらも一般的な身分証の説明を始める。
「これは、メモリアルツリーっていう特殊な木で作られた身分証です。一階の住民関係窓口で出生登録をした際に併せて申請いただくことで交付されます」
ミミリはいつもの如くメモをとりながら、ふんふん、と聞いている。
「メモリアルツリーは、人とともに記憶を刻む木、とも言われていまして、名前や出生地、職業や犯罪歴など、ともに人生を歩むことによって自然と記録されていきます」
「なるほどね、でも自然と記録されるのなら、真っ新の身分証をその場で交付して終わりでよさそうだけれど」
「そのご意見もよくいただくんですよ、うさみちゃん。仰るとおり、新品の身分証は赤ちゃんのようなものなので手を加えない限りは何も証明できません。肌身離さず携帯して生きていくことで、人生を記録していくっていう感じですね」
ゼラは、ううーんと唸って小さく挙手する。デイジーは、くすりと笑って、どうぞ、とゼラに発言を促した。
「じゃあ、今触れたことで浮かび上がった内容はなんですか?」
「身分証を亡くした場合の再交付でも同様なのですが、新規申請の場合はこちらで初期登録を行います。その情報が明示されるようになるのですが、もし申請内容に虚偽があった場合でも携帯しているうちにメモリアルツリーが正しい内容を証明するようになるんですよ」
デイジーの説明に、うさみははぁっとため息をつく。
「はぁ、なるほどね。だからならず者は身分証を持っていないことが多いってワケね」
「そうですね。犯罪歴も証明されるわけですから。犯罪歴のある方にとっては、身分証ありきの世の中は生きづらいでしょうが、懸命に生きる姿もメモリアルツリーは見てくれますから。犯罪歴は消せないにしろ、今は健全に生きているかどうかも、浮かび上がる文字の色で証明されるんですよ」
「私たちのは焦茶だったけれど」
「それは身分証を交付されたばかりの人の色ですね」
デイジーは、懸命にメモを取り続けるミミリを見て、優しく微笑んだ。
「懸命に健全に生きる方は緑色。メモリアルツリーに不健全と証されるのは赤色ですね。ミミリちゃんたちなら、間違いなく緑色の文字で綴られるでしょうね!」
説明の最中、懸命に書き綴るミミリを見て、うさみもゼラも思わずクスッと笑ってしまう。
「定期的に更新も必要だって聞いたことあるんだけど、もしかしてその都度得た情報を街役場として情報集約してるのかしら」
「すごいです! うさみちゃん。仰るとおりですよ。ただ最重要機密事項に近いので、手法などはお答えできないですけれど」
うさみとゼラは顔を見合わせる。
もしかしたら、スズツリー=ソウタについて街役場なら情報を持っているのかもしれない。
「調べて欲しい人のこと、調べてもらうことはできますか⁉︎」
「残念ながら、個人情報なので、それもお教えすることはできないんです」
「……そんなにうまくはいかないわよねぇ」
「お役に立てなくて、ごめんなさい」
「謝る必要ないわ。個人情報が簡単に漏洩する世の中であってはならないもの」
「――!」
デイジーは、ギュッと両手で胸元を押さえて、苦しそうにミミリたちの後ろに立つバルディを見た。心配そうにデイジーを見ているゼラとバルディをよそに、うさみは少し呆れ顔だ。
「バッ、バルディさ〜ん」
「はいっ! 大丈夫ですか? デイジーさん」
「うさみちゃん、めちゃくちゃ可愛いしお利口さんです。私、胸をワシッとつかまれました!」
「……うん、褒めてくれて嬉しいけど、貴方の胸をつかんでるのは、私じゃなくて貴方自身だけどね? ちなみにこんなやりとり2度目だからね?」
「ツンデレっぽいところも、たまりません! それにうさみちゃん、名探偵みたいですよ〜!」
「――! なかなか見る目あるじゃない、デイジー。後で特別に抱っこさせてあげるわ」
「嬉しい〜!」
――ガタン!
懸命に書き綴っていたミミリは、突如立ち上がってうさみたちを見た。ミミリの大きな目が更に見開いているのを見て、一同はギョッとしてしまう。
「あのさ、ミミリ。うさみと一番仲良しなのはミミリだから大丈夫だぞ」
「そうよ、ミミりん。私たちはかったーい絆で結ばれてるんだからねん」
「……そ、そうだよ! 固い絆で結ばれているみたいに、共通点があるかもしれない」
「「――?」」
ミミリが言っているのはどうやらうさみのことではない様子。うさみはミミリにまずは着席を促し、落ち着くように言い聞かせる。
「落ち着いて話してみてちょうだい。何か気がついたんでしょう?」
「うん、推測なんだけどね、身分証の元となるメモリアルツリーは、【大切な貴方へ】の錬金素材アイテムの1つだと思う」
「それは俺もそんな気がしてる。あまりに似てるもんな、でも」
「うん、【生命のオーブ】を有していない私たちでも反応するっていうところは【大切な貴方へ】と身分証の相違点なんだけどね。私が気がついたのは、別の方。メモリアルツリーで得た情報を蓄積するような錬金素材アイテムもあるんじゃないかって思ったの」
「なるほどね、身分証の情報を集約しているほうのアイテムなのか素材なのかに、【生命のオーブ】を錬成するのに必要な錬金素材アイテムがあるんじゃないかって思ったわけね。確かに私は動いて魔法を使うだけじゃなくて、今まで生きてきた記憶も蓄積しているわ。可能性としては低くないかもしれないわね」
ミミリたちから次々と発せられる推測に、少したじろぐデイジー。とても13歳とは思えない見識の広さに、錬金術士とは何かを見せつけられたような気さえする。
「すごいですね。みなさん。でも、私たち末端では知り得ない域のお話なので、何とも申し上げることはできないのですが、私から言えるのは1つだけ」
デイジーは、言いながらバルディをチラリと見たが、バルディは眉ひとつ動かさなかった。アザレアの集権者に近い立場にいるバルディなら知っているのかとも思ったが、デイジーにはバルディの真意が読めなかった。
「1つだけ、ってなんですか?」
ミミリの質問に、デイジーはハッと我にかえる。
「……失礼しました。1つ、アドバイスができたらな、と思いまして」
「アドバイスですか?」
「はい。たくさんの謎を解き明かす、近道のお話です」
デイジーは、少し離れたご依頼ボードを指差した。
「たくさん依頼をこなしていただき、冒険者の等級を上げることをお勧めします。等級が上がるほどに、権限も増えたりしますから。手始めにこちらの依頼はどうですか?」
初めから紹介する気満々だっただろうデイジーが、カウンターの下からサッと依頼書を出したことにうさみは思わず笑ってしまった。
「ローデにしろデイジーにしろ、この街は有能な職員が多いわね。とっても商売上手じゃない。依頼を受けたいのは山々だけど、メモリアルツリーについてはもう少し質問させてちょうだいね。私たちの冒険の謎を解くヒントの1つになりそうだから」
こんな依頼をこなすところが見てみたい!
こんなシーンを見てみたい!
というご希望がありましたら、お声をおよせいただければ嬉しいです。
次話は明日の投稿を予定しています。
よろしくお願いいたします。
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うさみち




