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ふっふっふっ。楽しい。
げんなりした様子の兄が抗議してきた。
「――オクタヴィア。お前の衣装を選ぶのではなかったのか?」
「わたくしの分は既に選びましたわ。試着をさせてもらいましたし、気に入ったものは購入しました。ねえ、店主?」
私同様、鑑賞会と化した店内で、インスピレーションが湧きまくりなのか、接客のかたわら新デザインを描きまくっているメリーナさんが大きく頷いた。
「はい。オクタヴィア殿下には三着ほど試着いただきました。三着ともご購入を」
「三着だけ、だと……?」
愕然とした兄の突っ込みが入った。
「わたくしは予め店内で厳選し、その上で試着したのです。ですから三着のみでした」
ただし、誤解しないで欲しい……! 三着といっても、選びに選んだ三着だから!
一着目は、秋の色合い。橙色を取り入れた胸元の編み込みがポイントの実用重視なドレス。お洒落に気を遣いながらも動きやすい、城で侍女に見せてもらったもののバリエーション違いがこれ。縁をつないでくれた服だから外せない!
二着目は、パンツスタイルの上下衣装!
今世で見たのは初めてだから大興奮したよね。エスフィアは貴族も平民も、女性の服装といったらドレス。下はスカート。ズボンは男性が履くもの。これが常識。
いやー、店内の隅っこにあったのを引っ張り出したら女性用のズボンだったんだもん。お宝発見の気持ちだった! 薄いグリーンで刺繍が入ってて、ちゃんと女性用だってわかるデザイン。実はまだ売り物ではなくて、試験的に作ったものらしいけど、説き伏せて買っちゃいました!
三着目は、私の普段着用ドレスとして一着。色使いは準舞踏会で来た赤と黒のドレスに似ている。普段使いでも、ああいうのがあっても良いかなってチョイス。普段着用ドレスはどうしても自分の好みでパステルカラーばっかりだったし。
二着目と三着目はサイズの問題で手直しが必要だったから後日配達してもらうけど、一着目のドレスはサイズもぴったりで持ち帰ることにした!
で、お買い物が終わったときに、ちょうど兄も店内に入ってきた。
次の場所へ移動するまで、まだ猶予がある。
幸い、メリーナさんの服飾店は、男性物も扱っている。
そんなわけで、私以外! 男性にも試着体験をしてもらうことを私は思いついたのである!
最初はヒューに振ったんだよね。……断られました。
「護衛中ですので」って。うん。ぐうの音も出なかった。着替えている最中に襲撃が……なんてあったら事だもんね。
ただ、いや、待てよ? 兄の護衛として同様に入店したクリフォードなら?
クリフォードを見た途端、ガイとの会話で自覚したことを思い出して、もやもやしたのを忘れたいのもあった。それに、疑われていることを逆手に取れば……と思って、期待をこめてクリフォードを見たところ。
あの濃い青い瞳と百パーセント、目が合ったのに!
確実に私の意図は伝わったはずなのに!
いや、「どうしよう?」って迷った感じはあった気がしないでもないんだけど、目を逸・ら・さ・れ・た……!
おのれクリフォード……!
なので、私は兄へ話を振った。
「せっかくです。着てみなくては良さも悪さもわかりませんわ。兄上も、何着か試着してみては?」と。
「……私がか?」
当然、兄は難色を示したけど。
「視察の一環と考えれば、兄上も着るのが当然では?」
視察! これは仕事! と強調して押し切った。
そうと決まった後の、私とメリーナさんのコンビネーションはすごかった。兄に似合いそうな男性服を私がチョイス。メリーナさんが兄の着こなしっぷりを見て、インスピレーションを爆発させる。その繰り返し。
それにしても、兄……。
何を着ても、似合う。良いことなのに、何か悔しい。
メリーナさんの作る良品の服を、さらに素材として優れる兄が引き立てる。服と素材で相乗効果を出しまくり。
店内は即席ファッションショー化した。
観客が少ないのが惜しまれます……!
あと、なんだかんだで、兄、真面目に全部きちんと着るしね。着た感想も忘れない。「仕事着だとすると、ここは強度が足りないのではないか?」とか「貴族用であるなら、簡素すぎる。大げさである必要はないが、装飾を足すべきだ」とか。アドバイスの鬼。そして的確。
我が身を振り返って……う、うん。わ、私だって、パンツスタイルについては、ろ、論理的な感想を述べ、た……?
「……次が最後だ」
「では、これを」
試着が次で最後なら……と、私は選んだ一着を兄に手渡した。それを腕にかけた兄が店内の奥に消える。恐ろしいことに、回数を重ねるごとに、兄の着替えの速度も速くなってるんだよね。学習速度はや!
なので、兄はすぐに着替えて戻ってきた。
試着最後の服を着た兄を見て――。
「その服は、シル様のほうが似合いそうですわね」
私は呟いた。
ラストチョイスは、兄ではなく、シル様に合いそうだなーという服にしてみた次第! 兄が着こなせない服を求めて!
結果、似合っているけど、イメージがちょっと違うよね、な感じに収まっている。
「…………」
兄が眉を顰めて押し黙った。服への感想もない。
だが負けぬ。
「兄上もそう思いません? シル様に贈ってはいかがでしょう」
良いことを思いついた、と私はわざとらしく手を叩いた。左手に痛みが走った。けど、やせ我慢で乗り切る。
私とシル様が城下に出かけて、シル様の守りの指輪を見つける、原作でのエピソード。あのときって、原作の『妹ちゃん』とシル様は、一緒に服を買って着替えてから街に繰り出すんだよね。そのときのお会計は、自分のではなく、相手の服の代金を支払って。お互いに服をプレゼントし合う。……そのエピソードが実現しないことは確定してる。
ただ、消えたエピソードを部分的にでも再現したいなって。直接プレゼントははばかられるので、私のチョイスで、兄からシル様へ! どうだ!
名案――って、私は大きく目を見開いた。ヒューが私の前に立つ。
鈍い音がして、兄の護衛の騎士の一人が、地に伏していた。
犯人が取り押さえられている、の図。
で、剣を突きつけて取り押さえているのは、クリフォードっ?
「――クリフォード・アルダートン」
怒声ではなかったけど、兄からの糾弾の問いが飛んだ。
「一体どういうつもりだっ?」
取り押さえられた護衛の騎士が金髪を振り乱し、クリフォードを頭だけで振り返って抗議の叫び声をあげる。
クリフォードが冷笑した。
「どういうつもりだ、とは」
吐き捨てるように。
「説明しろ。アルダートン」
兄の再度の声が飛ぶ。クリフォードが顔をあげた。
「――オクタヴィア殿下を襲おうとしていたため、阻止しました。護衛の騎士としての役目です」
「っ! 濡れ衣です!」
押さえつけられたままの金髪の騎士が即座に否定する。
「装備が気になったため、剣に触れましたが、それだけです! 決して――!」
「クリフォード。あなたはその者が馬車に細工をした人間だと思う?」
犯人がその護衛の騎士だったら、曲者の一味で、私たちを襲おうとした?
「――それはわかりません」
クリフォードが首を振る。
「しかし、いま剣を抜こうとしていたのは事実です」
「オクタヴィアへ向かって?」
「はい」
深く、兄が息を吐いた。他の護衛の騎士たちを見渡す。
「アルダートンが指摘したように、襲撃の挙動を察知した者は?」
兄側の護衛の騎士からは、声はあがらなかったけど。
「――私が」
「じ、自分が」
私の側からは、あがった。私の前に立つヒューと、挙手したガイ。
「オクタヴィア殿下を害そうとしたか定かではありませんが、剣に触れたのは私も見ました」
裏切られた、という風に、愕然とした表情で、押さえつけられた護衛の騎士がヒューを見上げる。
「自分も、剣に触れたのを見ました。いえ、自分には――」
続いてガイが、はっきりと告げる。
「自分には、その護衛の騎士が剣を抜きかける瞬間に、アルダートン様が取り押さえたように見えました」
……だから、ガイも私の側に来てたんだ。
ファッションショーをしていたときは、壁側にいたのに、明らかに私とガイとの距離が近くなってる。エレイルはまだ壁のほうにより近い位置。……ガイの行動も、証言を裏付けている。
「――その者が、剣に触れたのは事実のようですわ。兄上。クリフォードだけではなく、ヒューやガイも目撃していますもの」
嘘ではないってこと。
「警護中に剣に触れることはある」
「ええ。彼に非はないのかもしれません。――クリフォード。剣を下げなさい。彼を立たせてあげて」
「……承知しました」
突きつけていた剣を下げたクリフォードが、片手で護衛の騎士を立たせた。
「ですが、兄上? 彼は怪しまれるような行動を取った、とも言えますわ。視察警護の任務から外してください。少なくとも、その必要はあるでしょう」
「……わかった。連れて行け」
その命令で、他の護衛の騎士二人が、金髪の騎士を両側から押さえた。ここでようやくクリフォードが拘束をとき、一歩下がる。
「念のため、監視をつけろ」
三人が店内を出ようとしたとき、ヒューがその内の二人に対して追加の命令を下した。




