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 準舞踏会の会場である『天空の楽園』、その建物内へ、クリフォードとシル様のエスコートを受けて歩き出す。


 こうして踏み出してしまえば、緊張は消えていって、逆に度胸がつくってもの!

 歩くごとに余裕も生まれてきた。シル様と遭遇するっていう出来事を経て、タイムロスはあったけど、城を出た時間が早めだったのが良かった。最終的な遅れはさほどない。

 おかげで二人の手を取って、焦らず、ゆっくりと歩くことができる。


 つまり――シチュエーション的に、乙女心が絶妙にくすぶられっぱなし。


 だってこれって、ある意味、夢見る乙女、憧れのポジションだよね! 比類なきイケメン二人にそれぞれの手を取られながら歩く。

 まさにヒロイン気分! これでこそ王女、お姫様の醍醐味ってもの!


 ……どーんと横たわる厳然たる事実から目を逸らしさえすれば。


 クリフォードは単に護衛の騎士としての職務で、シル様はイレギュラーな事態が起きたが故の緊急措置としてこうしているだけ! 私と二人の間に、甘さなどひとかけらもないという事実を、脳内から消去すれば!


 うん。自分を騙すって大切!


 準舞踏会の中心となる広間へ近づくほど、人も、視線の数も増える。開き直ってヒロイン気分に浸りつつ、私も出迎えの人々に笑顔を振りまく。

 こういう社交の場で仏頂面をしていては王族失格だもんね! とにかく笑っていれば好印象。


 ――ところが、そんな私とは裏腹に、右手を預けた側では徐々に異変が生じていた。

 なまじ、左手側のクリフォードからは一切の動揺も緊張も伝わってこないので、落差が激しい。

 進むごとに、シル様の動きがぎこちなくなり、全身が、強ばっていっている。もう少しで、不自然の域に突入しそう。


 これは何とかしないとかな……。


 良くも悪くも、シル様は有名人。注目を浴びるという目論見は大成功なわけだけど、向けられる視線は、必ずしも好意的なものばかりじゃない。

 シル様の、兄の恋人という立場。そのために受ける恩恵や好意もあれば、弊害や敵意もある。準舞踏会のような場所では、とくに顕著。しかも、今日はシル様の傍らに兄がいない。


 いるのは私ですね!


 ……なんだかんだいって、兄があらゆるところで盾になっていた面は否めない。たぶん、シル様の心理的にも。


「……怖じ気づきましたか?」


 変わらず、周囲に向かって笑みを振りまきながら、小声で囁くと、シル様は弾かれたように私のほうを向いた。


「兄上のところへ、逃げ帰りますか? それでも、宜しいのよ?」


 たたみかける。挑発と鼓舞は紙一重ってね?


「――帰るはずがありません」


 シル様の榛色の瞳に、活力が戻った。強ばっていた口元に、まだ自然とは言えないものの、貴族ならではの社交の笑顔が形作られる。


「ええ。その意気です」


 わずかに目を見開いたシル様の顔に、今度はふっと笑顔が咲いた。


「ありがとうございます」


 さ、さすがは主人公! ただでさえ美形なのに、本物の笑顔の破壊力! アレクの天使の笑顔と戦えるレベル。なんて恐ろしいの、シル様……!


 動揺を隠し、私はそそくさと前へと向き直った。

 正面玄関へ続く大階段を昇りきり、赤い絨毯の敷かれた中央通路へと入る。


 通路の半ばで、足は止まった。


 やや息を切らし、私たちに正面から歩み寄ってきた人物がいたから。


 同時に、音もなくクリフォードが動いた。左手のぬくもりが離れる。

 接近を阻むように、私の前に出た。


「――何のつもりだ?」


 その人物が、クリフォードに問い質した。


「武器を所持している者を許可なく殿下に近づけるわけには参りませんので。――誰であろうと」


 淡々と答えたクリフォードに、引く様子はない……って、武器? 持ってるの?

 大きな背中から、ちょっと顔を出してみる。

 相手は――仕立ての良い礼服姿。

 生粋の貴族です! それも高位貴族ですって感じの装い。

 指摘を受け、苦笑が、相手の端正な面立ちに浮かぶ。


「参ったな。そのようなつもりは、わたしにはない。武器は持ち込んでいるが、自衛のためだ。何分、物騒でね。気が抜けない」

「……レディントン伯爵の了承は得ていると?」

「当然です。オクタヴィア様の護衛の騎士のように、わたしもまた例外ですよ」


 口を挟んだ私へ返ってきたのは、如才ない笑み。


 どこで開催されようと、こういった場――舞踏会や準舞踏会へは、武器の持ち込みは原則禁止。かわりに主催者側で要所に完全武装の警備を配置する。

 今回は『天空の楽園』側が、厳選した警備体制を敷いているはず。信用第一だもんね。

 でも、招待客側から武装した人間が紛れ込んでいたりするのは嫌われる。武器を所持していたので賊だと思って捕らえたら招待客の警護だった、とか、そういうことをなくすため。

 招待客に付き添いでやってきた警護がいても、武装している者は、馬車が停まっている外の駐車場までしか入れない。警護も会場入り自体はできるんだけど、身体検査を受けて武器になりそうなものを持ち込んでいないか隅々までチェックされる。


 ただし、逆に招待客自身はそんな厳密な検査は受けない。敷地内に入る前、門前で馬車が停められて誰の到着か確認を受けるぐらい。

 もし招待客本人が武器を隠し持っていて、不祥事でも起こせばそれで人生終了みたいなものだからなあ……。そんなことはしないものとして、招待客に関しては良識任せ、ということになっている。性善説ってやつだね!

 あ、あと、クリフォードみたいに、王族付の護衛の騎士は例外。王族は特別待遇! 王族を守るため、帯剣した護衛の騎士が準舞踏会の会場にいても許される。


 ――許可を得ていれば、招待客も。


 いつの間にか、息の詰まるような静寂が辺りを支配していた。

 公の場で、武器を忍ばせて不用意に護衛対象に近づいてくる者がいたら、それが誰であろうと警戒するのがクリフォードの仕事。

 ただ、相手が相手。

 固唾を呑んで、周囲は成り行きを見守っている。右手からも、さっきとはまた違った類いの緊張が伝わってきた。


 私は口を開いた。


「――クリフォード。彼は、問題ないわ」

 たぶん!

「でも……そうね」

 青い瞳が私を顧みる。

「もし他に不審な者がいれば、知らせてちょうだい。気をつけるわ」


 私も性善説で生きてるから! あからさまに怪しいとか、敵意満載とかでないと、たぶん危険センサーが働かない! 招待客で武器を隠し持っている人がいたとしても見抜けません! 警告があれば、それを受けて判断するから! 頑張る! お願いクリフォード!

 気持ちは素直に目に込めてみた。


「殿下の望む通りに」


 頭を垂れたクリフォードが、何事もなかったかのように下がった。元の位置へ戻る。

 そして、再び差し出された右手に、私は手を重ねた。なんとなく、ほっとする。自然と微笑みが浮かぶ。クリフォードって基本、動じないからかな? こう……安心感があるような?


「不審者扱いとは、傷つきますね。わたしとオクタヴィア様は知らぬ仲ではないはずですが」


 クリフォードという障害が消え、その人物が、近づいてきた。

 知らぬ仲ではないって、また誤解を招きそうな物言いを……。


「――失礼いたしました、デレク様。けれど、わたくしの護衛の騎士は、とても優秀でしょう? あなたが隠し持っていた武器に気づくのですもの」


『従』ならではの洞察力のなせる業? クリフォードが味方で良かったってつくづく思う。敵だったら怖すぎる。


「武器当てで名を馳せたオクタヴィア様と同様に、ですか?」


 いや、違うよ!  気づいたのはクリフォードだけで、私は全然だったけど! 

 わざわざ訂正するのも何だし……ま、いいか。


 王女の歩みを止め、話しかける――そうしても、咎められることのない身分と後ろ盾をもった貴族の青年は、私に向かい、優美な動作で一礼した。


「――オクタヴィア様。お会いできて光栄です」


 茶色の髪と黒い瞳をもった、礼服姿の貴公子。ともすれば埋没しそうな色彩ながら、端正な容姿とその地位もあいまって貴族令嬢から大人気。……令息からも大人気! 後者のほうがもしかしたら数は多いかも。


 ――兄の友人、デレク・ナイトフェロー。


 兄が完璧超人ながら、ややすれば取っつきにくいのに対し、デレクは甘さこそないものの、爽やかな好青年風の雰囲気を持っている。一応、私も幼少期からの顔見知りではあるんだよね。たぶん純愛貴族派? 


 王家の馬車でシル様が私と一緒に到着したことを聞き、急いで駆けつけたって感じかな。兄の友人だからこそ、そんなことはあり得ないって思うだろうし。

 あり得ないんだから、自分の目で見るまでは信じられない。何事も。


 クリフォードが立ちはだかる直前、私の右手を取り歩くシル様を見た瞬間、デレクの、高位貴族なら誰でも標準装備しているよそ行きの表情が、崩れたほど。

 ただし、その表情が「マジかよ。勘弁してくれよ」みたいなものに見えたのは……うーん、自信ない。

 デレクはおじさまの息子だし、幼少期からの顔見知りではありつつ、あくまでも知り合いでしかないというか、何というか。


「ええ。お久しぶりですわね」


 とりあえず笑顔で応じてみて、動向を窺う。

 だがしかし、あの表情が崩れた一瞬は幻だったのか。もはやデレクの表情に内面はちっとも表に出ていない。さすが次期公爵。腹芸はお手の物。本音では真っ先にシル様に話しかけたいはず。なのに、王女である私への挨拶を優先するあたりも抜かりがない。

 どこからどう見ても洗練された貴族の招待客なのに、実は武器を隠し持っている辺りも。


 シル様が兄を出し抜いた経緯を聞く限り、このデレク、シル様の味方なのは間違いないんだけど……私にとってもそうかっていうと、微妙。

 いや、さすがに斬り掛かってきたりとかはないと思うんだけどね? だからクリフォードにも下がってもらったんだけどね?

 ――シル様と兄を応援する人々には、大抵私を煙たく思っているという共通点がある!

 油断は禁物。


「何か、わたくしにご用でも?」


 デレクから繰り出されるかもしれない高度な口撃に備え、私は心の中で迎撃準備を整えた。来るなら来い! ……来ないならそれはそれで良いよ!


「はい。セリウス殿下の代理としてお迎えにあがりました。オクタヴィア様の騎士に阻まれたときは、どうなることかと思いましたが」

 付け加えられた皮肉を、クリフォードは無表情に受け流した。


「――広間まで同行する栄誉をわたしにお与えいただけませんか? オクタヴィア様」


 変な方向からの口撃が、来た。

 私とデレクの対峙を目撃中だった人々からも「え?」という空気が漂っている。なのに、言った当人だけは、平気な顔。


「…………兄上の?」

「おや、お忘れですか」


 お忘れですよ!


「昔は、セリウス殿下がオクタヴィア様をエスコートしていたとわたしは記憶しています」


 お忘れって、そのこと? 


「……懐かしいお話ですわね」


 私、ダンスがど下手だった発覚事件の頃は、兄が私のエスコートをしていたんだっけ。それを慣例通り、護衛の騎士が請け負うようになって……。アレクが成長してからは、舞踏会ではアレクが私のエスコート担当になった。


「当時のセリウス殿下より、自分が不在の折は、わたしが準舞踏会で代理を務めるように、との命を受けています。時を経て、本日、ようやく大役を果たす機会が巡ってきたようです」


 デレクが会心の笑みを披露してみせた。胸に手を当て会釈する。

 発言からして嘘くさい! 嘘くさいのに、その様はまさに貴公子。

 鮮やかに、人々の目を奪う。


「どうか、わたしに兄君の代理を務めさせてください」


 ……お断りします!







 あ。同志発見。

 貴族のイケメン青年二人に、着飾った美少女な令嬢一人という、三人の組み合わせ。いわゆる幼馴染みみたいな関係性?

 普通は、令嬢を巡って青年二人が恋の火花を散らすところ。

 エスフィアにおいてはこう! 

 青年二人が両片思いっぽく、間に挟まれた赤毛のご令嬢は「さっさとくっつけ! でも仲を取り持つなんてことはぜーったいしない!」って死んだ魚みたいな目をしながら、引きつった虚ろな笑いを……! 

 彼女とお友達になりたい。


「――あの二人は、青い春真っ最中のようですよ」

 私が熱視線を注ぐ先を見て取ったデレクが言った。

「……お詳しいのね」

「情報は重要です。たかが恋の話と侮れませんよ。そのたかが恋が大きな変化の一端となることも」

「あら。デレク様も恋をなさっているのかしら?」

「生憎、恋とは無縁ですね」

 その発言を聞いていた一部の聴衆が歓喜に打ち震えている。


 ――何故、私がデレクとこんな会話をしているのかというと。


 お断りします! とは、言えたはずもなく。

 私のエスコート役が、三人に増えたから!


 ああいう誘いを公衆の面前で行うのは、友好アピールの一つ。

 不仲だと強調したいのでもなければ、断わらないのが礼儀。

 デレクは次期公爵で兄の友人。私を誘うのも、立場的には何らおかしくはないという……! しかも、真偽はともかく、兄絡みであんな昔話まで持ち出されるとね……!


 断われば、デレクだけでなく、兄とも犬猿の仲だと喧伝するようなもの。私がシル様にエスコートされている状態での誘いだったっていうのも、断わった場合の効果が抜群すぎる。


 要するに、誘いがあった時点で、答えは了承の一択。


 三人ともなると、手を預けるにしても一人余ってしまう。両手にイケメン作戦は変更。変則的に、両隣を固められつつただ歩くだけになった。

 ……なんか、護送されているみたい。お姫様気分が遠ざかったよ!


 左側は変わらずクリフォード。右側はデレクとシル様の順で、身分上、シル様が外側。公爵家の長男と男爵家の三男だと、デレクが優先される。

 なお、友好アピールを受けて連れ立って歩いているため、広間へと向かいつつ、道中はなごやかな雰囲気を演出しなければならなかったりする!

 でも、シル様は空気を読んで黙っているし、クリフォードは私が話しかけるか、必要がなければ口を開くタイプじゃない。

 もっぱら、話すのは私とデレクの役割。

 お互い、貼り付けたような笑みを顔に浮かべながら、周りに聞かせるための会話を繰り広げる。


「オクタヴィア様の本日の装いは常とは趣が違うようですね」

「あら、気づいて下さって嬉しいわ」


 向こうも心得ているようで、振られる話題は当たりさわりのないものばかり。


 一番気になっているはずのこと。


 シル様と私が何故一緒だったのかには、触れて来ない。ここで話すには人目も注目もありすぎるから、当然と言えばそう。ていうかデレクが加わってから、さらに視線の数が増加した! わざわざ私たちを見に移動してきたらしき人たちで通路の脇が大混雑。


 さすが独身の超優良物件、デレク・ナイトフェロー! 恋とは無縁、つまりフリー宣言でさらに価値が跳ね上がったと見た! 超優良物件といえば、クリフォードも男女からものすごく熱い視線を送られていたりする。デレクとの一幕のせいか「騎士様!」と燃えさかっていた火に油が注がれたかのような盛り上がり具合……!

 シル様も、笑顔にやられた輩がいるのか、兄の恋人であるというのに、それにもめげない一部(男)から、熱のこもった視線がチラホラ……!


 ……私に対しては?


 うん。こう、恋敵に対するような、異性からの激しい視線は感じるかな! 錯覚だといいよね! 激しすぎる私への恋慕の情かもしれないって私信じる!


「お褒めに預かり……と言いたいところですが、気づかない者などいませんよ。それほどこれまでのオクタヴィア様の装いとは違いますから」

「何事にも変化は必要でしょう? デレク様から見て、わたくしの姿はどうかしら?」

「目を奪われます。お似合いです。……怖いほど」


 ……怖いほどって何? 褒められてる? 貶されてる?


 デレクと話していると、貴族との会話ってこういうものだったわ……って痛感するよね!

 問い質したいのをぐっとこらえ、ふふ、と笑っておくことにする。

 そろそろ、私からも話を振らないとかな……。

 デレクとできる共通の話題で、頭を使わなくてすみそうな……。閃いた!


 おじ様だ!


「デレク様。ナイトフェロー公爵はお元気?」


 声も自然と弾んでしまう。


「健勝ですよ。殺しても死にそうにありません」

「殺しても、だなんて、穏やかではない物言いだわ」

「それだけ元気だということだとご理解ください。なにしろ、率先して日々の掃除にいそしむほどですので」


 掃除かあ。


「公爵なら、この会場でも掃除をしてしまいそうね」

「――わたしとしては、遠慮願いたいものですが」

「けれど、公爵らしいでしょう?」


 おじ様、綺麗好きで、貴族には珍しく、自ら掃除とかしちゃう人だもんね! 「自分でするのが一番ですよ。他人に任せていてはどうしても肝心なところが行き届きません。見逃されていた巣を発見することもあります」って。私も前世の庶民根性で、つい部屋の掃除とか始めちゃったりするから、こういうところも共感ポイント!


「お会いするのが楽しみだわ」


 私の第一目的は、ルスト・バーン。(偽装の)恋人を引き受けてくれる殿方を探すことだけど、おじ様に会うことも忘れてはいない。おじ様が独身で、あと二十……十歳若かったら! 絶対恋人役を頼みに行ったのになあ……。ううん、役じゃなくても――いや! 私が好きなのは公爵夫人を愛するおじ様なんだった……! 


「……掃除への賛同といい、オクタヴィア様におかれましては、相変わらず我が父が大層お気に入りのようですね」


 これは隠す気がないのか、デレクの声音にはやや呆れのようなものが混じっていた。心なしか「趣味悪いな」とでも言いたげな雰囲気すら漂わせている。嘆かわしい……! 実の息子なのに、わかってない。全然わかってないよ、デレク・ナイトフェロー!


「素晴らしい方だもの。当然ではなくて?」


 愛妻家ゆえに、一際このエスフィアの貴族社会の中でダイヤモンドのような輝きを放つのがおじ様。ナイトフェロー公爵なのです! 掃除好きなのも、前世の観点からすれば家庭的ってことだし! 貴族としてはマイナスでも、私にとってはプラスポイント!


「夫にするなら、きっとナイトフェロー公爵のような方が一番よ」

「それでは、オクタヴィア様の恋人も、我が父のような人物なのでしょうか?」


 高位貴族の必須社交術。内心を悟らせない極上の笑みをたたえたデレクが、何気ない素振りで問いかけてきた。


「まあ……」


 いきなり恋人についての探りが入った! 刺客か! 「まあ……」しか出てこなかったよ! おじ様の話題でいい感じに繋いでいたのに、劣勢に入った気がする。た、立て直さなくては! 何て返そう……。


 扇で顔をわざとらしくあおぎ、時間稼ぎを試みる。


 こうすることで近くにいる人物の、扇――レヴ鳥の羽根を使った、『黒扇』に対する反応も見れたりする。ちなみに、シル様は、『黒扇』、まったく平気だった。平気なフリをしている風でもなかった。迷信は気にしないほう? シル様にもレヴ鳥の羽根の良さを布教できる可能性高し!


 デレクはどうか。近距離で動く『黒扇』が視界に入っても、一貫して負の感情は微塵も浮かべていないけど、こっちは社交術の賜かも。……手強い!


「……耳がお早いのね。わたくしに恋人がいることをご存じなんて。デレク様は、兄上から?」


 まだたった二日だよ? 電話もネットもメールもないってのに。

 デレクが事もなげに首を振った。


「セリウス殿下にお聞きするまでもありませんよ。王都の貴族の間では、もはや知らぬ者のほうが少数派なのです。――派閥を問わず」

 そ、そんなに? 愕然。プ、プレッシャーが……?

「誰もがオクタヴィア様のまだ見ぬ恋人に興味を抱いています。オクタヴィア様が急に出席を決められたので、この準舞踏会にこそ、その恋人が現れるのではないかと予想する者も」


 惜しい! ちょっとかすってる! (偽装の)恋人になるかもしれないルストは現れる! はず。


「面白いこと」


 他人事なら私も「誰なんだろ?」って興味津々だよ! 引きつりそうな王女スマイルを、広げた扇の位置を調整し、隠蔽隠蔽。


「……デレク様は、どのような人物がわたくしの恋人だと?」


 うん。ハードルがあがっているみたいだし、どんな恋人だったら外野は納得するのか、高位貴族代表としてデレクの意見を参考にしてみよう。父上の言っていた例外を避けるヒントにもなるかも。

 期待を込めてデレクを見る。ところがデレクは首を振った。


「残念ながら、わたしごときにはまったく想像がつきません。だから誰もが知りたがるのだと思いますよ、オクタヴィア様」

「……面白みのないお答えね」

 がっかり。もうちょっとヒントになりそうな恋人像をですね……!

「もっと真剣に考えてくださらないと困るわ」

「面白さを求めるなら、こういうのはどうです? わたしの『友人』が言っていたことなのですが――」


 デレクが、真顔になった。好青年風の雰囲気がたちまち霧散する。


「オクタヴィア様には、そもそも恋人などいない」


 心臓に、悪すぎる。

 ぎっくううう! 大正解!

 その友人、誰? 誰なの! ……待って。こういう時、『友人』が、とかいう時、本人のことだったりするよね! てことは、デレクが私を疑っている? 私が対抗意識で恋人がいる発言をしたことを見破っていたり?

 だけど、ここで動揺しては肯定するようなもの!


 真実を言い当てられて実は心臓がバクバクしていることを悟られないよう、微笑みつつ扇の助けを借りた。


「――デレク様、その『ご友人』には、こうお伝えいただきたいわ。どうぞ、披露目の日を楽しみに、と。その日、わたくしの恋人が誰か、いやでもわかるでしょうから」


 わかるといいなあ……。わかるよね? 未来の私が頑張ってくれてるよね? 当日は、私の傍らに(偽装の)恋人がきっと立っている!


「では、そのように『友人』には伝えておきましょうか」

「ええ。ぜひ、そのように」


 笑顔を交わす。くっ。デレクとの会話って疲れる。はやく広間へ――!


 その、広間への入口では、着飾った貴婦人が一人、待ち受けていた。

 すらっとした肢体を新緑色のシンプルなロングドレスで包み、赤銅の髪を複雑に結い上げベールを付けている。真っ赤な唇は不思議と毒々しくはなく、上品に見える。


 彼女こそローザ・レディントン。主催者である、女伯爵その人。


「オクタヴィア殿下。本日は我が準舞踏会へようこそ。お待ち申し上げておりました」


 ロングドレスをつまみ、少し持ち上げ、レディントン伯爵が深く腰を折り曲げる。その仕草は洗練されていて、とても美しい。


「こちらこそ、お招きいただき感謝しておりますわ」


 互いの挨拶が終わる。通常の流れであれば、このままレディントン伯爵と広間へ、という形になるはずなんだけど、彼女はその場に佇んでいる。


「――よろしければ」


 レディントン伯爵の視線が、何故かチラリとシル様に対し投げかけられた。


 ……ん?


「よろしければ、広間へいらっしゃる前に、殿下とお話をする時間をいただけませんか?  エスコートをなさっている、そちらの三名の殿方もご一緒に」


 これは……!


 普段はほとんど役に立たない私の第六感が働いた。

 嫌な予感がする……!



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