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 ――いよいよ、諸侯会議は目前。

 ううん、もう開始した、と言っても良いかもしれない。

 諸侯会議は、全国から主に爵位――領地持ちの貴族が王都に集まり、城で開かれる会議に参加することで行われる。


 期間は六日間。毎日会議三昧。王女の私は蚊帳の外――なわけだけど、会議初日の前日に行われる催しでは出番がある。

 それが、午餐会と晩餐会。二部に分けた昼夜懇親会と言い換えることもできる。会議初日の前日に行うのと、会議の全日程終了後の翌日に行うのが重要ポイント。


 両方、立食パーティー方式の社交場みたいなもの。

 会議の内容によっては、人間関係がギスギスすることもある。

 なので、そういうことが起こる前に、一度。

 そして、会議の全工程が終了した後にもう一度。


 この二度の昼夜懇親会への参加は自由。会議に出席する貴族自身や、その家族も参加できる。参加比率としては――初日のほうが高いかな。

 二回目の昼夜懇親会には出ずに帰ってしまう貴族も多い。この二日間を含めて、諸侯会議を八日間とする人もいるし、どちらかに参加した人にとっては七日間にもなる。


 いまは、その一回目の昼夜懇親会の真っ最中。

 午餐会が始まっている。

 私も王族として出席。衣装は、実は伝統で諸侯会議中のドレスの形式が決まっているので、それにあわせたもの。


 ――白色のドレス。結婚式じゃないんだから、と着る度に思う。まあ、ベールを被ったりはしないし、デザインで差別化されてはいる。直線的で流れるようなシルエットで、ドレスの膨らみが少ない。襟元と袖に銀糸の刺繍と宝石装飾が施されている。マント風のケープスリーブもセット。髪飾りも白。小さな真珠を連ねたもの。

 ドレスに合わせて、髪も結い上げてまとめている。


 ただし、『黒扇』は私にとってもはや外せないので、これはそのままで所持している。

 お手入れも済んでいて完璧な状態。夕食会の後、給仕から返してもらった。……彼はきちんと保管してくれていた。


『黒扇』のことはともかく、戦争ではなく、卓上での会議によって、平和と調和の象徴として白いドレスを着用する。

 王女だけじゃない。諸侯会議中、王族は全員、白を基調とした服を着用する。

 おかげで、皆眩しいったら――。


 特に、アレク。写真を撮りたくなった。文明の機器とは言わないから、ここがいっそ魔法世界であればって何度思ったことか……! 魔法でカメラ機能を実現できそうだし。映像も良いよね。いっそ、他の問題も解決できちゃう?


 撮りたいのは、もちろんクリフォードも!

 私はチラリとクリフォードに視線をやった。

 クリフォードには、今日から正装用の護衛の騎士の服を着用してもらっている。普段より何倍増しになっているかわからないクリフォードと、顔面偏差値の高すぎるルストを引き連れている私は、ものすごい注目を浴びている。


 もう既に何人と挨拶を交わしたかわからない。準舞踏会と違って、まず身分が低い人から先にっていう暗黙の了解もないので、ひっきりなし。

 暗黙の了解といえば、昼夜懇親会では、王族は全員出席だけど、王族同士で固まらない、というのがある。父上とエドガー様以外? 


 王族が皆揃っていると、話しかけるほうも格式ばってしまう、みたいな。あと、王族同士の関係性によっては話題が限られてしまう、とか。懇親会の趣旨に反する、というのが理由。

 おかげで、最初にちょっと話しただけで、アレクとずっとお喋り――なんてことができない落とし穴! ……たまに話しに行く程度なら問題ない。ただし、タイミングは見計らわないと。


「セリウス殿下とバークス様は大人気のようですわね。――特に」


 ここから見える――挨拶の対応で立ち話をしている、もとい、人垣に囲まれている兄とシル様に視線を向け、感嘆したように言ったのはレディントン伯爵であるローザ様だ。

 伯爵として辣腕をふるう女性。準舞踏会ではおじ様とタッグを組んでいた。


 明日の諸侯会議の出席者だけど、午餐会にも参加している。父上やエドガー様への挨拶を済ませてから、真っ先に私の元へ来てくれた。……さすがに会話の内容は当たり障りのないものになってしまうんだけどね。


 準舞踏会の話もちょっとしたけど、裏事情にはもちろん言及できない。

 でも、「……恋人が護衛の騎士だなんて、素敵ですわね」なんて話題は自然に織り交ぜてくるのが、ローザ様の恐ろしいところ……!


「ローザ様は、わたくしと話していてよろしいのですか?」

「あの中に飛び込むのは勇気が入りそうですわ。殿下とお話ししていたほうが楽しそうですもの。ねえ? ウィンフェル子爵?」

「は、はあ……」


 ヒューイが頷いた。そう、この場には、実はシシィの婚約者のウィンフェル子爵、ヒューイもいた。ただし、残念ながらシシィは晩餐会からの参加。

 女性の参加者は、晩餐会からっていうのが多いかも。


 そして、ヒューイにはどうしても気になっていることがある。何故か自国の第一王女の護衛の騎士になっている友人、ルストのことが……! 視線がそっちへ行きがち。

 ルスト、ヒューイには何も言っていなかったっぽい。


 一応ヒューイにも経緯は簡単に話したんだけど、やっぱりヒューイの態度を見ると、「え? お前が?」って感じ。当のルストは涼しい顔で、昔から護衛の騎士でした、という風に控えている。鋼のメンタル……!


「ヒューイ。ルストと話したいのなら……」


 慌ててヒューイがかぶりを振った。


「とんでもないことです。殿下に、そのような場を設けていただく必要はありません。……第一、ルストは護衛の任務中でしょう? いけません」

「でも、ウィンフェル子爵が気になさるのもわかりますわ。殿下の新しい護衛の騎士も、とても面白い人選ですものね」


 準舞踏会でのことを考えると、こうローザ様が言うのはわかる。ある意味、ローザ様にとってルストは元部下だもんね。


「彼を推薦したのは兄上なのですが……」


 あと、父上?

 兄のいる方向に目をやる。人垣が少し途切れて、兄と、その側らのシル様の姿をはっきり捉えることができた。


 ――シル様の軟禁状態は解除されている。

『空の間』で起こったことに関する証言と、シル様の思い出した記憶が完全に一致したこと。

 あの後に確認が行われ、暴走のトリガーが血だということが実証されたことが主な理由だと聞いた。


 血に気を付けていれば、少なくとも、和やかに話していていきなりシル様が豹変することはないってわかったから。

 血が駄目で、見ると気絶しちゃう人なんかも世の中にはいるから、それと似てる?


 ――最後に会ったときの様子は気に掛かるけど、私としては「安心して昼夜晩餐会を楽しんでね、シル様!」という面持ち。

 あと、シル様、あの服を着てくれているんだよね! ふふふ。メリーナさんによる手直しが完了し、試着のときの数倍以上の似合いっぷり。大満足。


「……去年は一騒動起こったじゃないか。今年も事件が起こらないとは限らないぞ」

「馬鹿なことを言うな」

「しかしな……」


 ――と、参加者の雑談が聞こえてきた。


「……縁起でもないことを言う者もいるようですね」

「まったくです」


 ローザ様が眉を顰め、ヒューイが頷いた。去年は、午餐会で貴族同士での騒動が起こった。「お前を殺して俺も死ぬ!」的な、色恋沙汰が。

 去年あったことは、今年も起こるかもって? 事件が?


 いいえ!


「――今年は事件など起きません」


 私は『黒扇』を開いて、言い放った。


 だって、防いだから!

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