表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/165

156


 すぐに追いかけるはずが、父上の横やりで時間のロスが発生してしまった。

 晩餐室を出た私は、キョロキョロと四方を見渡した。

 アレクの姿はない。どっちに行ったかも不明。……自室かな? だったら左だけど、違ってたら? 私に気配を感じ取れる特殊能力でもあれば――。


 はっとした。


「クリフォード。アレクはどこへ行ったの?」


 そうだ。私にはなくとも、クリフォードにはある! 


「――あちらに」


 即座に答えが返ってきた。目線でクリフォードが示したのは、私が思っていたのとは、違う方向。あっちにあるのって、大回廊……?


 頷いて、クリフォードが教えてくれた方向に私は駆け出した。一本道なので、迷うこともない。アレクが見つかるまで、進むだけ。

 大回廊の扉の前までやってきた。衛兵に声を掛ける。


「アレクシスは、この先に?」

「――は。いまさっきお通りになられました!」

「では、わたくしも……」


 少し考える。


「クリフォードだけ、私と一緒に来て。ルスト、あなたはここで待機を」


 ルストへのアレクの反応を考えると――私の護衛の騎士ではあるけど、ここから先は、連れて行かないほうがいいかもしれない。


「――畏まりました」


 皮肉げに笑ったものの、ルストが従順に頭を下げた。

 衛兵に扉を開けてもらう。


 すると――いた!


 アレクの姿が見える。それと、アレクの護衛の騎士のランダルも。アレクの命令? 二人の間にはかなり距離があった。それでも、ランダルは心配そうにアレクに注意を払っているように見える。私たちにも当然気づいたみたいだけど――。

 大回廊の中へ入り、私はすぐに後ろを振り返った。


「アレクと話したいの。離れた場所にいてちょうだい」


 駆け出す。

 アレクは、大回廊の中央で立ち止まり、天井を見上げていた。

 無視、とは違う。私に、まだ気づいていない? 


 おかしい、と思った。


「アレク!」


 私は大声で呼びかけた。ようやく、こちらを向いたアレクの瞳の色が――すうっと、変化する。


 黄金みたいな、琥珀色から、エメラルドグリーンへ。


 一瞬、混乱する。気のせい? 光の加減? ……そんなははず。

 瞬く間のことだった。でも、それがはっきりとわかったってことは――。

 私を視界に捉えた、アレクの綺麗なエメラルドグリーンの瞳が、大きく見開かれる。

 身体の向きを変え、すぐに走り出そうとしたアレクの腕を、私は掴んだ。


「逃げないで!」


 ぎゅっと、両手でアレクの腕を捕まえる。


「……お願いよ」


 アレクが、依然として私のほうを向こうとはせず――でも、身体の力を抜いたみたいだった。抵抗が感じられない。


「アレク……わたくしを避けているでしょう? ずっと。お披露目の日から」


 黙っているアレクに、私は話し続けた。


「わたくしが……恋人に関してアレクに嘘をついていたから?」

「……違います」


 私に背を向けたまま、だけどアレクが首を横に振った。


「そのことは、驚きましたが、姉上を避けていたこととは――関係ありません」

「……わたくしを避けていたのは、認めるのね」


 苦笑い。まだほんのちょっとだけ、私の勘違いでしたー、なんて。そんな展開を望んでいた気持ちは、アレクに否定されてしまった。

 また、アレクが無言になった。

 私がアレクに嘘をついていたのが理由じゃないなら、何でなんだろう。


「――デレク様を、護衛の騎士に、というのも、わたくしを避けたことと、関係しているの?」


 ルシンダ様からの手紙に書いてあったこと。

 アレクが、デレクに、そんな打診をしたそう。護衛の騎士、というのが一番名目として通りやすいからそうしただけであって、自分の近くにデレクをおきたい――そういう考えらしい、とも。


「……わかるかと、思って」


 聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で、アレクが呟くように言った。

 わかる? 何を?


「……自分で自分が、信用できないんです」


 途切れ途切れに、話す。


「そんな自分を、姉上に近づけたくありません」


 アレクが振り返った。

 胸に手をあて、吐露する。


「――自分が何をしたか、思い出せないときがあるんです。帰城して、姉上と話した日だって。あの場所から帰ってきてから、それが顕著です。夢も……」


 あの場所から、帰ってきてから。……ターヘンで、何かあった? 思い出せないって、兄やデレクと同じことが、アレクにも……? 

 瞳の色の変化……。それから、父上の発言……。


「…………っ」


 まだ、言葉を紡ごうとしていたアレクが、結局口を噤んだ。俯いてしまう。

 ――言えないことがある。そのことを恥じるかのように。


「アレク」


 ビクリと、アレクの身体が私の呼びかけに反応した。


「……言えないことがあったって、構わないわ。わたくしだって、そうだもの。わたくしも、アレクにだって言えないことがあるわ」


 たくさん。


「姉上にも……?」


 弱々しく返された問いに、私は頷いた。

 偽の恋人役のことは、所詮私の見栄だから、全然言える。


 でも――どうやってこの世界ができたのか、とか。私がまったく別の世界で生きて、死んだ記憶を持っていて、望んで『高潔の王』の世界に生まれ変わったこととか。それは……アレクにだって。ううん、アレクにだからこそ、かな。


「アレクにだって、あって当然よ」


 泣きそうな顔で、アレクが顔をあげた。


「――でも、わたくしを避けないで」


 だって、エスフィアで家族なのって、アレクだけだったんだよ。

 もしかしたら、それは私がそう思っていただけかもしれないし、いまは……少し違っているのかもしれないけど。


「アレクに避けられるのは、とても辛いわ」


 ――私の大切な、大好きな弟だもん。


「姉上は……ずるいです」


 泣き笑いのような表情で、アレクの顔がクシャリと歪んだ。


「姉はずるいものなのよ」


 これは、お姉ちゃんが、妹の私に言っていた言葉。

 捕まえていたアレクの腕を、私は離した。

 手を離しても、アレクは逃げようとはしなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
毎日更新ありがとうございます♡ 爆走オクタヴィア様! 「姉はずるいものなのよ」 お姉ちゃん、いいお姉ちゃんだったんだね。 アレクと和解が出来そうな感じで良かった~ ルシンダ様からの手紙の内容でデ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ