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「では、どちらか選ぶなら? どちらにおつけに? 父上はどうお考えなのですか?」
「どちらかを選ぶなら、お前につけるべきだと考える。お前の護衛の騎士は一人だが、それは単に慣例ゆえ。またお前から増員の要望がこれまでなかったからに過ぎん」
そりゃあ……いままでコロコロ変わっていたし。定着しなかったのも護衛の騎士が一人になった理由の一つ。ただ、それだけじゃなくて、前世の麻紀としての部分が、「護衛の騎士がたくさんいると窮屈!」と叫ぶんだもん。
四六時中、人が側にいても平気って、割と希有だからね? 王族にプライバシーは少ない。一人で充分。むしろ一人にしてくださいって感じでした……!
「しかし事情が変わった」
父上がクリフォードを一瞥した。
「王女と護衛の騎士という関係なら良い。しかしお前とアルダートンの関係がそれ以上のものであるいま、護衛の騎士として客観的な立場かつ優秀な人間が必要だ」
私か、あるいはクリフォードが、公私混同になるんじゃないかって? あくまで偽の恋人関係だし、要するに父上の心配は杞憂だけど、意見としてはわかる。
「わかりました。では、わたくしがルスト・バーンを護衛の騎士とすることを断った場合は?」
「アレクシスの護衛の騎士に任ずるだけだ。……既に会ったようだしな」
っ? 何? 私はアレクに会えてなかったのに、ルストはアレクに会ってたの?
ずるい。メラメラと対抗意識が私の中で燃え上がった。
「アレクシス殿下は、あまり私に良い印象を持たれなかったようですが」
さすがのアレク! ――でも、ということは、良い印象じゃない人が護衛の騎士になっちゃうわけだよね?
「……アレクも断った場合は?」
「アレクシスの護衛の騎士に任ずる」
両方とも断った場合は、アレク一択になるの、何でっ?
しかも、父上の中では既に決定事項、という感じ。
それなら、私がルストを引き受けるほうが……?
準舞踏会のとき、私も一瞬検討しかけた案。護衛の騎士じゃなくて、偽の恋人役を頼むかどうかっていう内容だったけど。
ルストは原作の重要キャラクターなのには間違いない。原作という面を抜きにしても、近くにいてもらって、動向を掴んでおきたい存在ではある。
――これがクリフォードの代わりにルストを護衛の騎士にっていう話なら、絶対ナシなんだけどなあ。その最悪な場合の提案じゃないのも悩みどころ。
「さて、お前はどうしたい? オクタヴィア」
「…………」
持ち帰って検討……というのは許されなそうな雰囲気。
どちらにするか。この場で決めろって、暗に父上は言っている。
ルストをもう一人の護衛の騎士として受け入れれば、父上の心配をかわすことができる。
変わらずクリフォードも私の護衛の騎士だし。
私は再度、ルストに視線をやった。顔も避けることなく、直視してみる。
……うん。決めた。
「どうするか決める前に、本人と二人で話す機会をいただけますか?」
父上に向かって、提案をする。
「ふむ。しかし、お前たちは面識があるはずだが」
「それとこれとは別の話ですわ。兄上は試験を行い、父上も面談を行ったのでしょう。自分に関わることなのに、わたくしには本人との面談も許されないというのは横暴ではありませんか? わたくしにも、もっと判断材料が必要です。このままでは、どうするか以前の話ですわ」
私は畳みかけた。隠されていないルストの顔を見続けても平気でいられそうか? に関しては、おそらく大丈夫だって結論が出た。
だから次に必要なのは、手っ取り早く、二人で話せる場所――。
執務室と地続きの扉が視界に入った。廊下へ出るのとは違う扉。
「少しの間、隣室をお貸しください」
その扉に視線をやったまま、父上に要望を出す。
「…………」
父上が考え込むように沈黙する。
……あれ。な、悩むようなことだっけ? もしかすると、ルストと話したいって要望より、場所の問題? 場所のセレクトに失敗した?
返答があったのは、しばらくしてからだった。
「よかろう。許可する」
頷き、今度は父上が目線で執務室と地続きの扉を示した。……場所は、問題なかったのかな?
「お前とバーンの会話はこちらには聞こえない」
密談仕様ってことか。願ったり叶ったり。
「――ただし、アルダートンはここに残るように。良いな? オクタヴィア」
う。クリフォードから問うような視線が……!
ただ、これに関しては、確かにルストと二人だけで話すほうが良さそうなんだよね。私もだけど、ルストはその場にいる人数が少ないほど、情報を出しそうな予感がするから。
二人きりになる危険性に関しては――記章を授けられた状況で、わざわざ目と鼻の先で私へ危害を加える可能性は限りなく低いと思うし。父上がルストの何をもって記章を与えたかは謎だけど、そうだったらさすがに父上も、二人きりにすることも、隣室を使う許可も出さないはず。
私は父上へ頷いて見せた。ついで、命令を下す。
「クリフォード。あなたはここに残りなさい」
「――それが、殿下のご命令であれば」
そう答えたものの、クリフォードが不服そう? さらには、シュンと耳を垂れている大型犬の幻影が重なって見える……! これも恋人役としての演技の一貫ってやつ?
だとしたら完璧だ! 私にも効きまくり。つい、一緒に来るように手のひら返しをしそうになった自分を叱咤する。駄目駄目。
パシンッと『黒扇』を閉じた。
「では、行きましょうか。ルスト」
気を引き締める。
ルストを促し、執務室にある、隣室へ続く扉へと私は向かった。




