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その後、私とデレクは入念な打ち合わせを行った。当日、ボロが出ないようストーリーも作り込んだ。
根掘り葉掘り聞かれた場合、お互いの回答がバラバラじゃあお話にならない。
幼馴染みからの密かなロマンス路線を私は推したんだけど、デレクにすげなく却下された。ひどい。
「それは……厳しいんじゃないですか? 昔から、というのは無理があります。交流がなさ過ぎです。オクタヴィア様とおれ、過去の動向を遡れば遡るほど粗が見つかります」
「では、数カ月前ぐらいから、というのは?」
「それなら戦争も終わった後ですし、良い頃合いかもしれませんね。戦後で心境の変化があったとでもすれば」
「偽名で密かに手紙のやり取りをしていたことにしましょう」
――という具合に、色々と決めていった。
「お披露目の日までに、恋人らしいことをしたほうが良いかしら」
会う回数を増やすとか。デートとか?
「構いませんが……」
が?
「直前になってやるのは、あからさますぎて逆に怪しいですよ。これまでオクタヴィア様は恋人がいることを隠していたわけですから。披露目の数日前に突然おれと仲良くなったように見せる意味は?」
ない、ですかね……。
いままでと同じく、を貫いたほうが自然か……。
「でも、準舞踏会で一緒に踊ったでしょう?」
「あれは――どちらともつかない話なので。おれが破滅するか栄光を掴むのか、貴族たちが現在進行形で見守ってくれています。部下によると六、四の割合だそうです」
何それ? 六、四?
疑問が顔に出ていたのか、デレクは楽しげに説明してくれた。
「貴族は娯楽に飢えているでしょう? 予想しているんですよ。おれが破滅するが六、栄光を掴むが四。いや、視察の後は五、五になったんだったか……。おれの運命はオクタヴィア様のみぞ知るということです」
「恋人役なのだもの。栄光を掴んでくれなくては」
「それは心強いですね」
最後は、一応披露目の日前日にデレクに登城してもらい、二人で最終チェックを行うことでまとまった。ちょうど、その日にシル様に会う約束をしているんだとか。デレクを恋人だと紹介するまでは、ついでに会った風に周囲に見せておいたほうがいいし。
なので、デレクがシル様と会った後の打ち合わせ――本番では互いの名前を呼び捨てにすることも決まったし、その練習なんかもする予定――をもって当日に挑む!
これなら、私もデレクから見たシル様の様子を聞けるしね!
――そして、馬車に乗り込み、帰路につくことになった。
わざわざ見送りをしてくれたルシンダ様たちに手を振る。
「出立!」
号令がかかり、クリフォードと熟練兵士の二名が手綱を握り併走する馬と共に、馬車が出発した。馬車の窓から見える、ナイトフェロー公爵家別邸が遠ざかってゆく。
『黒扇』を横に置いて、私は背もたれに寄りかかった。
はあ。
偽の恋人役問題が解決したせいか、一気に気が抜けた。
カールの御者の腕は変わらず抜群で、乗り心地は最高。
「…………」
気が抜けたからか、頭がぼーっとする。
目を擦る。……眠くなってきた。
行きと同様、馬車に揺られていたのは数十分ほど。
城門を抜けて、馬車が所定の場所に停まった。その振動で、うとうとしていた私はぱっと目を開けた。ぷるぷると頭を振って、眠気を吹き飛ばす。降りなきゃ。
――と、忘れ物、忘れ物。『黒扇』と、もう一つ。ルシンダ様にお願いしていたもの。
私は籠の持ち手を掴んだ。ルシンダ様が可愛らしい籠に入れてくれていたので、私でも持ち運びやすい。
既に馬から下りていたクリフォードが手を貸そうとしてくれたけど、籠を両手で持っていたのもあって、自力で外へ。
――よし。では、さっそく。
私は籠の中からそれを一つ取り出した。
ルシンダ様にお茶会の後、頼んでいたもの。ナイトフェロー公爵家別邸でしか食べられない、特製イーバ!
……一応、後日城に送っていただけませんかって希望だったんだけど、「え? オクタヴィア殿下が? お待ちください!」って別邸の料理長が張り切ってすぐに作ってくれたらしい。
なので、お土産をもらって私は王城へ帰ってきた。
自分で食べる用、という意味合いもあるものの、メインは人にあげる用だと伝えたので、一個一個が紙で包んである。
……予想していたより、籠の中に入っているイーバは多い。
侍女のみんなにもお裾分けするとして――。
「クリフォード」
名前を呼んで、私はクリフォードに特製イーバを差し出した。
「…………」
クリフォードの視線が、私の手にあるイーバで留まった。濃い青い瞳に疑問の色が宿る。
「あなたによ」
「――私に」
私は頷いた。
「昨日、父上の執務室へ赴いたときも、クリフォードに食べるのを手伝ってもらったでしょう?」
「しかし、いまはいただく理由がありません」
あのときは食べきれないからって前提があったんだっけ。しかもそれも私の粘り勝ちって感じだった。理由……。
「理由は……わたくしがあげたいから?」
しいていえばこれ。本当のことだし。
「わたくしはこのイーバがとても美味しいと思っているの。美味しいものは皆で分かち合いたいとも思うわ」
広めたい、布教したい! 別邸に通っていた頃も同じ気持ちだったけど、そうは思っても当時は遠慮の気持ちがね……。年をとって図々しくなって今回はできたというか……。
あと、クリフォードの食べ物の好き嫌いを知ろう計画も私の中で勝手に進行中だし。
イーバを受け取るかわりに、クリフォードが口を開いた。
「――昨日、殿下にいただいた軽食ですが」
! 感想? 感想なの?
「食べたのかしら?」
「はい」
私は期待に満ちた目でクリフォードを見上げた。
催促になっちゃうけどいいや。
「感想は?」
「――食べられました」
至極真面目にクリフォードが言った。……だよね。クリフォードの基準は食べられるか否か、だもんね。サンドイッチはもちろん、食べられる、のほうだよね……。
道のりは遠い。でも、負けぬ!
「……では、今度はイーバを食べてみてちょうだい」
ずずい、とナイトフェロー公爵家別邸の料理長特製イーバを差し出す。これもまた紛れもなく食べられるもの。クリフォード基準では好きな食べ物の範疇に入る。
「…………」
「…………」
私とクリフォードの、無言の攻防が開始された。……たぶん? 私の気持ち的には。
「…………」
「…………」
沈黙が続く。その時間は、私に多少の冷静さをもたらした。
特製イーバを見つめる。美味しいのは確かだけど、計画が進行中なのもあって、押し付けになってたかな?
手を引っ込めようとしたとき、クリフォードが下ろしていた左手をあげた。私の差し出していた、紙に包まれたイーバを手に取る。
「――頂戴します」
軽く息を吐いた様子は、観念したようにも見てとれる。
「……危険なものは入っていないわ」
私も食べるし、ルシンダ様がくれたものだもん。ちゃんと言っておかないと。
「――はい。承知しています」
落ち着いた返答がきた、けど。
微妙に意味が通じ合っていない気が?
視察の日の夜、紅茶を振る舞う前に、自白剤が入っていても構いませんって意味のことをクリフォードが言ったあれ。あのときと同じニュアンスを感じる……!
今回の場合は、危険なものが入っていても構いませんって意味になる? だったら受けとっちゃダメでしょう!
……ちょっと、頭がかっかしてきた。
その勢いのままに、私はクリフォードの手に渡ったイーバを奪い返した。
クリフォードが瞬きした。濃い青い瞳が、注視するかのように私を見る。
「いいこと? クリフォー……」
「――失礼いたします」
断りを入れてから、クリフォードが左手から黒い革の手袋を外した。
大きな手のひらが、私の額にそっと触れる。
ん?
クリフォードの手が、ひんやりしてるように感じる……。
「……熱があります」
熱?
馬車に乗ってから、頭がぼーっとしてたのってそのせい? 気が抜けたせいじゃなくて? 奪い返したイーバに視線を落とす。
かっかして行動しちゃったのも?
「――城内へお運びしますが、よろしいですか?」
いや、よろしくない!
「よろしくないわ」
お姫様抱っこで自室まで行くわけにはいかない!
「熱があっても、歩けないわけではないのよ?」
そして、私は熱があるのを断じて甘く見ているわけではない。
「殿下」
クリフォードがその場で片膝をついた。跪いて、私を見上げる。
「……ご無理をなさらないでください。私をお使いください、と申し上げています」
無理、なんて。しているつもりは全然なかった。
でも、熱のせいで思考回路がおかしくなっていたりする? ――王女、なら。
「――クリフォード」
「は」
「わたくしを部屋まで運びなさい」
私は命令した。
「御意に」
頭がぼーっとしているおかげで、逆に助かったかもしれない。手に持っていた籠とイーバは、熟練兵士の一人に預けた。……クリフォードに抱き上げられても、あんまり恥ずかしくない。ただし、進むたびに、城で働く人々の注目を集めているのは一目瞭然だった。
さすがに目立つよね……。それに私の部屋まで、まだ先は長いし。クリフォードも大変……。――私という荷物を抱えながら、クリフォードがかなりの距離を歩かなければならないということに今更ながらに気づいた。
「クリフォード。わたくしの部屋に着くまで、必要なときは休憩を挟みなさいね」
心持ち、クリフォードが顔を私のほうに向けた。
「不要です」
「けれど……」
「以前も問題なくお運びできました」
まるで、休憩なしで運びきったことがあるような口ぶり。
「二度目ですので」
二度、目……? 一度目はいつ……? 頭の回転が鈍い。
しばらく考えて、ようやく思い至った。……準舞踏会で寝落ちしたときだ。
私の記憶は、『空の間』から出てトンネルまでで途切れている。次に起きたときは、城の自室だった。――誰がそこまで運んでくれたかは、状況的にも明らか。
「…………」
……熱があがった気がする。
――余計なことは言わないようにしよう。墓穴を掘りそう。
でも、黙っていると、私はただ運ばれているだけなわけで……。
早々に、馬車の中で感じた眠気が復活した。クリフォードの体温と、安心感のせいもあるかな……。
眠気に逆らえなくなって、目を閉じる。
意識を保っていられたのはそこまでだった。




