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ナイトフェロー公爵家別邸を訪問するにあたっては、あんまり仰々しくならないように心がけた。かといってお忍び風でも悪目立ちなので、馬車は王女用のものを使用。御者は、準舞踏会で最高の乗り心地を提供してくれたカール! 視察では指名できなかったからここぞとばかりに頼んだ。
ただ警護の人数は極限まで減らしている。走行中の馬車の警護をするために、熟練兵士の二人に馬で併走してもらったぐらい。別邸に着いてからは、クリフォード一人。
王族が貴族の邸宅を訪れる際、どの位の規模の警護人数にしているか、は割とデリケート。
厳戒態勢の大人数で行けば、一触即発。「テメーなんぞ信用してねーぞ? あ? やるか?」という意思表示にもなり得る。脅しの匂わせとか。仲が超悪い。
そこを、公式な訪問なのにあまり警護を連れて来ない場合は、「もうあなたのことをすんごく信用してます! 大好き!」になる感じ。超仲が良い。
まあ、相手貴族の規模にもよるけど。公爵家が相手だと、だいたいこの解釈で間違いない。なので、私は後者の例で今回別邸を訪問しています!
あと、父上の態度が昨日ああだったから、王族としてナイトフェロー公爵家との関係は良好ですよーって示すのも目的。
「――お待ちしておりました。オクタヴィア様」
馬車に揺られて数十分。
別邸に到着した私はデレクの出迎えを受けていた。非の打ち所のない貴公子の出で立ちでデレクが一礼した。いつもながら、その動作も文句の付けようがない。
「やはり、デレク様が招待主のようね」
読みが当たったことを私は密かに喜んだ。ところで……今日の私の服装、大丈夫だよね? デレクの貴公子っぷりに負けてないか、気になる。
ちょっとだけ視線を下げて、戻す。左手には手袋――包帯を巻いているうちは、外出時は必須かな。右手には閉じた『黒扇』。
着用しているのはメリーナさんのお店で注文した三着目のドレス。色は赤色が主体で、黒色も交じったもの。系統としては、準舞踏会で着たドレスに似ているやつ。メリーナさんの手直しが済んで、早朝に届けられた! 別邸への訪問時間はお昼の後だったので、さっそく着てみた次第。サイズピッタリ! 普段着用ドレスとして買ったけど、お出掛け用としても遜色なし!
それに、サーシャも太鼓判を押してくれたし。「本日の装いは、レヴ鳥が仕える女神のように完璧ですわ……!」って。……あれ? もしかして褒め言葉じゃなかったかもって思えてきた……。
私は気を取り直して、『黒扇』をパッと開いた。
「おれとオクタヴィア様の関係性は正直、微妙ですからね。外野がとやかく言うでしょう。それを避けたかったんです」
デレクが肯定した。
兄抜きで『私が』個人的に会うと、まあ、確かに。うん。想像できる。私がデレクにアポを取ったのは兄もあの時聞こえてはいたはずだから、そこは問題ないだろうけど――兄以外は色々な想像をするかもしれない。
「母に頼み――」
デレクが瞬きし、言葉を切った。茶色の瞳が少し離れて立つクリフォードを見据える。
「……準舞踏会で」
ん? 準舞踏会?
「アルダートンに飾り房を与えるとおっしゃっていましたが、実行されたようですね」
軽く、デレクが微笑んだ。――社交用の顔で。
デレクは別に『黒扇』に忌避感を出したりしていないし、レヴ鳥の羽根の飾り房だからって負の感情は抱かないものだと思っていたんだけど、違ったのかな? デレクも剣の使い手だし、剣につけるのはまた別とか、やっぱりそういう感じ?
……昨日はエドガー様の反応が好感触だったし、私はつい忘れがちだけど、レヴ鳥は不吉な鳥だと思われている。その羽根を戦いを生業にしている人間が剣につけると――棺桶に喜んで片足を突っ込みに行っているようなもの。だがしかし、あえてレヴ鳥の羽根にすることで、戦場で死を味方にするって見方もできる! それにクリフォード本人は平気そうだし。迷信に打ち勝つ!
「ええ。もしかして疑っていらっしゃったの?」
「いえ。疑っていたわけではなく――」
デレクがかぶりを振った。
「お気になさらず。何でもありません」
依然として社交用の笑顔なのが気になる。
「――デレク! どうして殿下をそんなところでお待たせしているの?」
別邸の建物入り口から、声が掛かった。
現れたのは一人の貴婦人。紫色のドレスがエレガント。ルシンダ様だ。おじ様の妻! そしてデレクの茶色の髪と瞳は、母親であるルシンダ様そっくり。
ふう、とデレクが息を吐いた。
「母上がささやかな茶会を用意しています。まずはそれに付き合っていただけますか?」
と、当然のようにエスコートを申し出てくる。
「お手をどうぞ。ご案内します」
差し出された左手に、一瞬躊躇する。
そこまでしてもらわなくても大丈夫だけど……。真の招待主としては客人への礼儀の一環か。エスフィアのマナーとしてはどちらの手でも問題ない。でも、右手ではなく左手が差し出されたのは、私が左手を怪我しているせいだ。痛くない右手を重ねられるように。
それこそ、少し前まではデレクからのエスコートなんてとんでもないって思っていたのになあ。
「喜んで」
私は『黒扇』ごと右手を預けた。
チラリと私の背後に視線をやってからデレクが微笑んだ。
デレクにエスコートされて懐かしい別邸を歩く。一時期は頻繁に通っていた場所。歩きながら、まだ私の記憶が錆び付いていないこともわかった。
ナイトフェロー公爵家は公爵家なだけあって、権力も財力もある。でも、王都の別邸は割とささやかな規模。敷地内に入ってから、建物まで歩く距離も短め。ただし、庭園のセンスは一、二を争うほど。また建物内はたとえ華美には見えなくとも、公爵家の地位に見合ったものしか置かれていない。
そして、実は公爵家に所属している私兵用の土地が隣接していてかなり広い。別邸はささやかだけど、この土地を合算すると、話は違ってくる。
別邸の敷地内からは訓練風景を見れるスポットがあって、BL妄想が捗る。あと夏場は兵士が上半身裸になっていたりするから、鍛え上げられた腹筋も拝める。
あの頃を思い出しながら到着したお茶会の場所は、別邸の内庭だった。
建物の周囲にある庭園とは別の、建物内にある庭。着色された硝子の屋根のある東屋で、ルシンダ様が先に待っていた。
座っているのは、ルシンダ様と――もう一人。ひと目見てわかった。
年は、十二歳ぐらい。ふわふわの銀髪と碧色の瞳をした少女。『空の間』で会った子だ。




