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余計な遠慮とプライドは、愛するうえではむしろ邪魔  作者: ほねのあるくらげ


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「エデさん、結婚式の招待状ですが……ああ、大尉とリンバーソン嬢にも送られるのですね」

「ええ。フレミアは未来の義姉だしね。それに、あんなのでも一応あたしの兄貴分だから」

「エデさんが構わないのであれば、私もそれにならいましょう」


 ルカはくすりと笑う。エデも微笑を浮かべ、新婦側の列席者に送る招待状をルカに預けた。


 フレミアは今年で十七歳らしい。ウィズとフレミアの婚礼は、来年フレミアが成人を迎えてから執り行われるそうだ。エデ達のほうが一足早く夫婦になる。


 リンバーソン家の屋敷でウィズの誤解をしっかり解いた後、リトリア家では緊急家族会議が行われた。

 結果、ウィズの土下座と高級お菓子詰め合わせ一年分────それから、二度と勘違いで暴走したり、フレミアも含めた家族を傷つけたりしないことを条件に講和条約が結ばれ、和解は無事成立した。


 まったく、シャロンにもとんだ迷惑をかけてしまったものだ。エデからも何か詫びを入れようと思ったが、「そもそもエデにはいつもよくしてもらってるから。おいしいご飯ありがと」で許してもらえていた。いい妹を持てて嬉しい。


 ルカとの婚約期間は穏やかに過ぎた。元々、勝手の知っている相手だ。関係性が変わってもルカが豹変することはなかった。

 エデはその優しさに甘えながら時に焦れ、ルカもエデに飽きたりエデを蔑ろにしたりせず常に丁寧すぎるほど尊重してくれている。きっと結婚してからも、こういう風に年を重ねていけるだろう。


「そうだ。実は、急きょ実家に顔を出さないといけなくなったんです。再来週の式までには帝都に戻って来ますから、どうか心配なさらないでください」

「何かあったの?」

「貧民街の孤児や失業者を対象に、就業支援プロジェクトを発足しまして。うちの農村に越して、農業に従事してもらうんです。何もない田舎ではありますが、衣食住と教育……それにもちろん給金の保障はできるので。その一期生の募集が終わったので、視察も兼ねて移住者達に同行するんです」


 問題があったわけではなさそうでほっとする。そういうことなら、安心してルカを送り出せた。


 貧民街の住人が自力で食い扶持を稼げるようになれば、救われる命は数知れない。エデ一人では差し伸べきれない救いの手も、ベイル家の支援があるならきっと広く伸ばせるだろう。ひもじい思いをしながら震えるあの日のエデが一人でも減ってくれるのなら、それに越したことはない。


「ね、それ、あたしもついていっていい? 遊びじゃないことはわかってるけど、手伝えることは手伝いたいの」


 ルカの故郷には、彼の祖父母がいるという。結婚式には来てくれるというが、式の前に出向いて挨拶をしておきたい。ついでに農家の嫁としても認めてもらえれば御の字だ。


 そんな気持ちでの提案だったが、ルカは何故か挙動不審になって目をそらす。

 やはり不都合があるのだろうか。無理についていくつもりはないからと取り下げようとするエデだったが、ルカは慌ててエデを止めた。


「ついてきてくださるなら私としても嬉しいですし、それ自体はもちろん構わないんです。ですが……その、少し聞き苦しいことを聞かせてしまうかもしれなくて……」

「あたしの神経ってわりと図太いのよ? 伊達に観客の勝手な批評と演出家の無茶な駄目出しばっかり聞かされてないわ。だから、気にしないでちょうだい」


 ルカと共に歩めるのなら、どんな中傷も苦にはならない。エデだけを愛し、いつくしんでくれるこの人がいるなら耐えられる。金目当ての悪妻だとか、女優上がりの淫乱だとか、勝手な憶測で後ろ指をさされる覚悟はできていた。


 ルカの手を握ってキスをせがむ。ルカは目を丸くしたものの、すぐに安心しきった顔でエデを抱き寄せて唇に優しい口づけを落とした。


*


 ────の、だけれども。


「ごめんこれはちょっと予想外かも」


 誰に聞かせるでもなくエデは呟く。ディオネイス商会の未来の会長夫人として同行した農村への視察は、移住者達が真剣に村人達の教えを聞き真面目に取り組んでいることもあっておおむね順調と言えた。言えたのだが……。


「おろー。坊、わったまぶいべさ。すっかどかみの若者わげものっきゃ。しげねぇの」

「かっ、からかわないでください! これが普通なんですよ!」

「そうきまげるんでねぞ、坊」

「したはんでさすねぇ! わーきまげてねぇべ!」

「若こんつけるぞ。おめんど、すずがるでね」

「若ぁ器量きりょおよしのかがの前だはんで、えふりこぎがるびょん」

「エデさんの前でめぐせぇはんで、やめでげじゃ!」


「騒がしくてすまんのう。村総出で可愛がっとった後継ぎが、出来た嫁をもらって浮かれとるんじゃ。許しておくれ」

「エデさん、不肖の孫ですが、どうかよろしくお願いいたします」

「もちろんです、おじいさま、おばあさま。わたしこそ至らないところもありますが、末永くよろしくお願いいたします」


 軒先でエデはルカの祖父母と共にお茶を飲んでいる。

 その目の前では、笑顔の村人達に囲まれてもみくちゃにされるルカが、エデのほうをうかがいながら真っ赤になって喚いていた。彼が何を言っているのかはもちろん、村人達に何を言われているのかさえも、エデにはさっぱりわからないが。


 村人の言葉がさっぱりなのはエデだけではない。移住者達もだ。

 幸い、村人の中でも比較的若い者や、ルカが連れてきた部下の中には、村人の言葉を理解できるだけでなくエデ達にもわかるような話し方ができる者がいる。彼らが通訳として活躍していた。移住者も最初は戸惑っていたが、ニュアンスを汲み取っておぼろげに理解できるようになったようだ。あとは慣れだろう。


「申し訳ありません、エデさん。さぞ聞き苦しかったでしょう。ここでのことは忘れていただいて構いませんから」

「聞き苦しいってこういう意味だったのね。大丈夫よ、ちょっと驚いたけど」


 もみくちゃにされながらも村人達を押しのけ、ルカがエデのところに帰ってきた。彼の意外な一面を知れたようでなんだか嬉しい。


「せっかく見つけたのに忘れるなんてもったいないこと、するわけないじゃない。ルカの格好いいところも可愛いところも、全部覚えていたいのよ」

「……」


 ルカは顔を手で覆い、しばらく沈黙を降ろす。

 小さく、けれど精一杯の勇気を絞り出したかのようにはっきりと、その声は聞こえた。


「……私も……私も、エデさんの素敵なところをもっと知りたいです」


 エデは慎まずに堂々と、ルカは恥じらいながらも臆しはせず。強がらずに愛を乞う恋人達は、未来の希望を信じるように手を繋いだ。


*

 

 天の神に祝福されたような、よく晴れた日。

 恵みの陽光が降り注ぐ中、幸せな二人が永遠を誓う儀式を執り行おうとしていた。


 大人の列席者には上等なワインが、下戸や子供の列席者にはとびきりのブドウジュースが振る舞われた。豊穣の象徴を片手に、列席者達はこの婚礼を見守っている。

 愛し合う二人に次代の栄華を見出す者、未来の自分達の姿と重ねる者、慶事を我がことのように喜ぶ者、幼い恋をそれと知らないまま手放す者。それぞれの眼差しを受けながら、祝いの席の主役達は静かに並び立っていた。


 神父に促され、ルカはエデのベールを厳かに上げようとする。エデは祈るように目を閉じ、わずかに腰を落とした。

 ベールが上がりきり、エデは姿勢を正してルカを見上げる。芳醇な葡萄酒の瞳と澄んだ琥珀の瞳が交わった。二人を遮るものはもう何もない。

 片耳ずつイヤーカフを付けあい、誓いの言葉と共に口づけを交わす。小鳥のようについばむことも、激しく求め合うこともない、触れるだけの軽いキスだ。それでも、エデの胸にはじわりと充足感が広がっていった。


 神父が結婚の成立を声高らかに宣言した。婚姻証明書に署名をし、エデとルカは互いを見やる。


「エデさん。私を選んでくれて、ありがとうございます」

「そもそもルカ以外を選ぶ気なんてなかったんだけどね。ルカこそ、あたしを見つけてくれてありがとう」


 はにかむルカに、勝気な笑みを返す。ルカはエデの手の甲にキスをし、そのまま腕を組んだ。

 立ち上がった列席者達の拍手に包まれ、エデ達は歩き出す。

 ふと、エデは立ち止まって列席者達のほうを見た。彼らの中に、そこにいるはずのない懐かしい顔を見つけた気がしたのだ。誰より笑顔で、誰より力強く拍手してくれる老人が。


「エデさん?」

「……ううん。なんでもないの」


 まなじりに浮かんだ涙をそっとぬぐい、エデは再び足を前に進める。


「ルカ。約束よ。あたし達、絶対に幸せになるんだから」


 愛する人と、ふたりで。


 かつてひとりだった小さなエデは、もうどこにもいなかった。家族が傍にいてくれたからだ。

 そしてまた、新しく家族となる人と巡り会えた。父とも兄弟妹きょうだいとも、似て非なるひと。初めて触れたこの絆を、人は愛と呼ぶのだろう。


 これまでの家族に対するものとよく似ていて、けれどまったく異なるその想いは、エデをどこまでも強くする。


 お互いが手を伸ばせば、それにはいくらでも届くのだ。理由をつけて取ろうとしないから、手に入らなかっただけのこと。本当に欲しいのなら、なりふり構っていられないのに。


 けれど今のエデは、どうすればいいのか知っている。


 だから────恐れるものは、何もない。






以下、参考にさせていただいたサイト様


・津軽弁対訳集 2021/06/24

(http://www2d.biglobe.ne.jp/~oga/tsugaru/ben.html)

・耶音の不思議の国―津軽弁講座― 2021/06/24(http://yaonwonderland.web.fc2.com/contents/words/tsugaruben.html)

・津軽弁の部屋―一般社団法人黒石観光協会 2021/06/24(https://kuroishi.or.jp/tsugaruben/tugaru_frame.htm)

・津軽弁―Wikipedia 2021/06/25(https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B4%A5%E8%BB%BD%E5%BC%81)

・津軽弁が一覧でよくわかる!かわいい単語から例文まで徹底大特集! 2021/06/25

(https://okapon-info.com/archives/12797)

・津軽語辞典(NIFTY) 2021/06/25

(http://ja7bal.la.coocan.jp/jiten.htm)

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― 新着の感想 ―
津軽弁だったんですね!
[良い点] ふと、エデは立ち止まって列席者達のほうを見た。彼らの中に、そこにいるはずのない懐かしい顔を見つけた気がしたのだ。誰より笑顔で、誰より力強く拍手してくれる老人が。 ここでうるっときてしまっ…
[一言] タイトルも内容もすばらしいお話でした! エデはいいパートナーですね。みんな幸せになる方法をちゃんと手に入れているのが素敵です。
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