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花信風  作者: つま先カラス
第四章 四境戦争
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第52話 束の間の平穏

 小倉口の開戦から数日が過ぎた。対岸の幕府軍に目立った動きはない。

 渡航用の小舟を焼かれたことで作戦の変更を余儀なくされているのだろう。よって、すぐにこちらへ攻めてくる可能性は低い、というのが作戦本郡の見解だった。

 だが、戦闘がないからといって、のんびり構えていられるわけではない。損傷した軍艦の修理、戦死者を送る招魂祭の執行、欠けた兵員の補充、次なる作戦計画の立案……。海軍総督兼参謀たる高杉は、毎日休む間もなく飛び回っていた。

 一方の草月もまた、いつ出撃命令が出ても良いように、丙寅丸で操帆訓練や清掃、見張りなどの任務に明け暮れる日々だ。ようやく回って来た非番の日、久しぶりに一二三屋に帰っていた草月は、一太郎の心尽くしの朝食を堪能した後、再び港へと向かった。

 今日も朝からぎらぎらと太陽が照り付ける快晴だ。流れる額の汗を手の甲で乱暴に拭い、目当ての人物を探して左右に視線を走らせた。

 馬関には数日前、イギリス・フランスの公使が相次いで訪れていた。その目的は同じ。幕府への降伏勧告である。それに対する回答を求めて、今日、イギリスの通弁官・ラウダ一行が来関することになっており、草月は彼を会談場所である新地の料亭まで案内する役を担っていたのだ。

 ラウダ一行を連れて店に着いたのは、約束より十五分ほど早い時間だったが、すでに長州側の役人は到着していた。木戸に高杉、通訳の伊藤。そして高杉についてきたのだろう田中。両者を引き合わせた草月は、田中と共に玄関脇にある小部屋に下がった。ここで会談が終わるのを待つのだ。

 気を利かせて女中が運んできてくれたお茶をごくごくと喉を鳴らして飲む草月を見て、田中が苦笑交じりに言った。

「道中暑かったじゃろう。わざわざ非番の日にご苦労じゃったなあ、草月さん」

「私が自分から案内役を買って出たんです。少しでも早く、会談の結果が知りたくて。……田中さんは、木戸さんから話を聞いてますか? やっぱり、長州としては、外国の調停は受け入れない方針なんでしょうか」

「ああ。藩庁での会議の結果、そう決まったそうじゃ。うかうかと話に乗ったら、この先も外国の干渉を招く恐れがあるきに。けんど、それで外国側があっさり引いてくれるかが問題ぜよ。万一、外国が幕府に肩入れして長州の敵に回る、ゆうことになったら、げに一大事じゃき」

「ですね。これ以上幕府に武器や軍艦が渡ったら、かなり厳しいですから。大島や石見方面の戦は長州勝利で終わったそうですけど、幕軍の主力部隊がいる芸州口では苦戦してるみたいだし……。小倉での戦だって、まだ緒戦で勝っただけですもんね。次は向こうも本腰入れて来るだろうから、油断してたらあっという間につぶされかねない」

 女中や他の客などに聞かれぬよう、自然とひそひそ声になる。

「あのラウダとかいう御仁は、おまんの見た感じ、どんな奴じゃ? こっちの意見は聞く耳持たんようないごっそうかえ?」

「うーん……。ちょっと話しただけですけど、わりと気さくな方でしたよ。高杉さんとは知り合いらしくて、今日の会談に高杉さんも出席するって伝えたら、すごく嬉しそうでした。少なくとも、長州に敵意を抱いているふうには感じませんでしたね。ただ、ラウダさん自身の気持ちとイギリス政府としての方針は必ずしも一致しないでしょうから……」

「全ては木戸さんの手腕にかかっちゅう、ゆうことか」

 一刻ほど経った頃、会談を終えたラウダ一行が戻って来た。港まで送ろうとした草月を制して、自分たちで帰れるから、と連れを促して悠々と立ち去る。

 草月と田中は顔を見合わせ、急ぎ木戸らのもとへ向かった。

「イギリスからは中立の確約が取れた」

 椅子に深く腰掛けた木戸は、指で眉間をもみほぐしながら言った。

 畳に絨毯を敷いて、その上に椅子とテーブルを据えた急ごしらえの洋間である。木戸の左右に座った高杉と伊藤は、いかにも大儀そうにばたばたと扇子で顔を扇いでいた。

「フランスにも幕府を援助する意思はないそうだ。ともかくこれで外圧の憂慮は去った。心おきなく戦に専念できる」

 安堵の声にも疲れが滲む。ご苦労様です、と草月は心から労いの言葉をかけた。

「女中さんに頼んで、お茶のおかわりを持って来てもらいましょうか」

「ありがとう。だがやめておこう。これからすぐ宿に戻って、藩庁へ報告書を書かねばならんのでな」

 やんわりと断った木戸の横で、伊藤が勢いよく手を上げた。

「あ! じゃあ俺、甘酒頼む! 英語しゃべりまくって、喉カッラカラでさあ。あ、ついでにところてんも!」

「僕は冷やで。つまみは鯛の刺身がいい」

「お前たちはもう少し遠慮というものを知れ」

「まあまあ。木戸さんもお茶の一杯飲む時間くらいは休んでいいんじゃないですか? あんまり働きづめでも、いい仕事は出来ませんよ。私も幾松さんの様子とか聞きたいですし」

「……君は、私より交渉事が得意なんじゃないか? まあいい、では茶を頂こう。君たちも何か飲むといい。そこの――」

 木戸はじろりと高杉と伊藤を見て、

「そこの二人の遠慮のなさを見習えとは言わんが、昼時だし、何か食べるものを頼んでもかまわんぞ」

「えーと、じゃあ、お言葉に甘えて、お茶を。それと、私もところてんを頂きます。田中さんは?」

「俺は酒で! あと何か煮つけがあれば!」

 次々に品が運ばれてきて、卓の上はちょっとした宴会のようににぎやかになった。

 酢醤油のかかったところてんはさっぱりとして美味しく、つるんとしたのど越しが心地いい。草月がじっくりと味わいながら食べている間に、伊藤はあっという間に平らげておかわりを要求し、また木戸に呆れられていた。

「幾松さんは元気にされてますか? この前、山口で会った時は、あまりゆっくり話す時間がなくて」

 草月が水を向けると、木戸は「町の女たちに交じって、兵士の軍服や肌着を縫う仕事をしているよ」と答えた。

「弟子の君が最前線で戦っているのに、師匠の自分が何もしないのはおかしい、と言ってな。清潔な着物の有無は、衛生管理や兵の士気にも関わる。一人でも人手は多い方がいいから、正直助かっている」

「幾松さん、縫うの速くて正確ですもんね。私なんて、ちょっと破けたところを繕うくらいがやっとですもん。流石だなあ」

 幾松も自分の出来ることで戦っているのだ。そう思うと、励まされる心地がして、無性に嬉しくなる。

「まさに、士民総動員しての戦じゃな」

「やっぱり、長州中に配りまくったあの冊子が効いてるんじゃないですか」

 高杉の言葉を受けて、伊藤がにやりとして言う。

「ほら、これまでの長州の歩みを懇切丁寧に説明した上、赤穂浪士の例まで持ち出してきて、自分たちも主君の冤罪を晴らすために戦うべし! ってぶち上げたやつ」

「あ、それ、『一二三屋』にも届いてましたよ。何て題名でしたっけ? 確か、『長防……、なんとか会議書』?」

「――『長防臣民合議書』だ」

 木戸が律儀に訂正の言葉を入れた。

「確かにのう。あれのおかげで、軍夫の徴集にも大きな反抗はないし、奇兵隊には入隊希望者が続出して困るほどじゃった」

「ラウダさんにも一冊渡したら良かったかもしれませんね」

「渡したぞ」

「え?」

「その冊子ではないがな。薩摩が幕府に送った上書の写しを送った。内容は似たようなもんじゃ」

「へえ……。じゃあ、それもあって、イギリスは長州の立場を了解してくれたんですね」

「というより、イギリスにとっては通商が第一だからな」

 答えたのは木戸だった。

「もともと、日本の内戦に積極的に介入しようとする意志はさほど感じられなかった。馬関海峡さえ通行可能ならそれで良いという考えだ。ここへ来る前、小倉にいる老中の小笠原長行にもそれを強く主張して、砲撃がない時は通行しても良いと言質を取ったと言っていた」

「あ、そういえば――。馬関と彦島に造った砲台については、何も言われなかったんですか? 明らかに、和議の協約違反ですよね?」

「ラウダも、数日前に会った公使のパークスも、それについては言及してこなかったな。気付いていないはずはないから、黙認してくれるつもりなのだろう。こちらとしては助かる」

「今さら撤去しろと言われても、無理な相談じゃけえの」

 高杉はくい、とお猪口の酒を飲み干して、

「そうじゃ木戸さん、どうせ黙認されちょるなら、もっと増やしても構わんじゃろう。萩にある大砲をこっちへ回してくれんか? 幕府の艦隊が邪魔で、どうしても進軍を慎重にせざるを得んのじゃ。彦島の砲台を強化して幕府艦隊を足止めできれば、もっと奇兵隊を小倉藩の奥深くまで出陣させられる」

「そうだな。萩の守備隊へ話してみよう。……九州諸藩の切り崩し策のほうはどうだ」

「文面は決まった。あとは、それをどう届けるかじゃが……。坂本くんとも話しちょったんじゃが、薩摩に仲介の労を取ってもらおうと考えちょる。長州の使者が持って行っても突っぱねられる可能性が高いが、相手が薩摩の使者ならそういうわけにもいかんじゃろう。対処に困って攻撃の足が鈍れば良し。たとえ失敗しても、長州と薩摩が繋がっていることは暗に知らせられる」

「なるほど、策だな」

 頷き合う二人の前で、草月があの、と遠慮がちに手を上げた。

「その切り崩し策って何ですか? ……あ、もちろん、私が聞いてはいけないことでしたら黙ります」

「ああ、おのしは知らんかったか。別に秘密にするような話でもない」

 高杉曰く、長州が戦に及んだ経緯や幕兵が起こした乱暴狼藉を縷々認めた文書を、九州諸藩――肥前・肥後・久留米・柳川ら――に送り付け、戦意を失くさせよう……という作戦らしい。

 ははあ、と目を丸くする草月に、高杉は澄まして言った。

「少々姑息なやり口じゃが、寡兵で勝つには、ありとあらゆる手段を取らんとな」

「芸州口の戦の方はどうながですか? 緒戦では勝ったち聞きましたけんど、次に聞いたら苦戦しちゅう話やし」

 と、これは田中。

「緒戦の相手はかなり旧態依然とした軍装だったようだ。しかし次の戦で出て来たのは、わが軍と同じく西洋式に訓練された軍隊でな。諸隊も粘ったようだが、ついには撤退を余儀なくされたらしい。兵も軍夫も、良くやってくれているが、いかんせん兵力差が圧倒的だからな……。石州口の守りに置いている兵を一部、そちらに割けないか検討中だ――」

 のんびり休憩を取るはずが、結局、にわか軍議のようになってしまった。ようやく散会となったのは半刻も経ってからだった。一足先に店を出た草月は、たちまち襲ってきた強烈な暑さに思わず顔をしかめた。地面の上の空気がゆらゆらと揺れている。額に手をかざして目を細めていると、大刀を腰に差しながら木戸が出て来た。草月はぺこりと頭を下げ、

「あの、木戸さん。休んでくださいって言っておきながら、戦の話ばかりしてすみません。ちっとも休息になりませんでしたよね」

「いや、君もせっかくの非番の日にご苦労だった。……ところで、少し個人的な話があるんだが、ちょっといいか」

「あ、はい……。何でしょうか」

 木戸は人目をはばかるように草月を料亭脇の物陰へ呼んだ。

「皆の前では聞きづらかったんだが……、無理はしていないか? 丙寅丸に乗って戦に出たんだろう。幾松が案じていたぞ」

「ああ――」

 草月はにっこりした。

「私なら大丈夫です。大砲の撃ち合いになった時はさすがに怖かったですけど、大した怪我もしていませんし。何より、少しでも皆の役に立てることが嬉しいんです」

 木戸は形のいい眉を、器用に片方だけ上げてみせた。

「それは君の本心か?」

「え?」

「幾松に言わせると、君の言う『大丈夫』は時に『大丈夫』じゃないそうだ。心配かけまいと強がって言っているだけだと。……違うか?」

「そんなことはないです。本当に、平気です」

 草月はきっぱりと言い切ったが、一瞬その表情が揺れたのを木戸は見逃さなかった。

「……やはりか。君がそういう時は、叱って、ちゃんと話を聞いてやってくれと言われていたんだが――」

 木戸は何かに気付いたように草月の後ろを見て、そして意味深に微笑んだ。

「――どうやら、それは私の役目ではないようだ」

「え?」

 慌てて振り向いた草月の視線の先。むっつり腕を組んだ高杉が、そっぽを向いて立っていた。

(まさか、聞かれてた?)

 うろたえる草月をよそに、木戸は「あまり無茶はするなよ」と言い置いて、伊藤や田中を促して立ち去ってしまった。

 残された草月は気まずい思いで視線をさまよわせた。

「ええと、高杉さん、今のは……」

 だが草月が何か言うより早く、高杉が大股で近づいてきた。小言を言われるのを覚悟してとっさに身をすくめた草月だったが、降って来たのは思いがけない言葉だった。

「まったくうんざりするほど暑いな。川涼みへでも行かんか」


                      *


 強い日差しを受け、川面が小さな光の粒を無数に散らしたようにきらきらと輝いている。

 そっと手を浸した川の意外なほどの冷たさに、思わず、わっと声が出た。

「どうじゃ、冷たいじゃろう」

 得意げに笑った高杉は、袴の股立ちを取り、下駄を脱ぎ捨てて、ざぶざぶと川に入って行く。草月も高杉に倣って裸足になり、そっと川に足を踏み入れた。足裏に、つるつるとした石が触れる。川の流れが足首をすり抜けていく感触がくすぐったい。

 馬関の町から北へ少し歩いただけで、こんなに自然豊かな場所があるなんて、今まで知らなかった。

 青々とした伸び放題の草に覆われた川辺は、すぐ側までせり出した山の影になっていることもあり、空気がひんやりとしている。町の喧騒はほど遠く、聞こえるのは川のせせらぎと遠く響いてくる鳥の声だけだ。

 川底の石ひとつひとつまで見通せる澄み切った川面には、周りの濃い緑の葉が映り込み、ゆらゆらと様々にその色を変えている。

「あ! 見てください、魚がいますよ! ほら、あそこにも!」

 草月は子供のようにはしゃいで、右へ左へ川の中を動き回る。

「転んでも知らんぞ」

 笑って言いながら、高杉も川の中を覗き込んだ。体長二寸ほどの小型の川魚が銀のうろこをきらめかせている。

 無謀にも素手で捕まえようと二人で追いかけ回り、結局果たせずに揃ってびしょ濡れになってしまった。互いの姿をからかいながら川から上がりかけた時、

「――草月!」

 高杉が抑えた鋭い声で草月を呼んだ。

「どうしたんですか――」

「しっ!」

 高杉の視線の先。せり上がった斜面の木々の間から、薄茶色の毛並みが見え隠れしている。

「い、イノシシ!?」

 大きい。大人の身長ほどもあるだろうか。口の両端からは恐ろし気な牙がにゅうと突き出ている。

「川の水を飲みに下りて来たんじゃろう。いいか、騒ぐなよ。興奮させると手が付けられん」

 ささやくように高杉が言った。

 張り詰めた空気が辺りを支配する。

 引いていた汗が、またどっと噴き出してくる。どれほど睨み合っていただろうか。イノシシは急に興味を失くしたように、くるりと方向転換して山の奥へと消えて行った。草月と高杉は、しばらくそちらを凝視していたが、戻ってくる様子はなさそうだ。ほっとして緊張が解けた途端、どちらからともなく笑いがこみ上げてきた。

「な、何なんですか、いきなりイノシシって! ありえないでしょう!」

「悪党を引き寄せる性質じゃとは知っちょったが、まさかイノシシまでとはのう!」

 二人して腹がよじれるほど笑って笑って、倒れ込むように草むらに足を投げ出して座った。

 ひんやりした風が頬をすり抜けていく。

「気持ちいいですね……。今が戦の真っ最中なんて、忘れそうになるくらい」

 言ってから、しまったと思った。高杉がじっとこちらを見つめている気配がする。

「……やっぱり勘弁してはもらえないんですか」

「僕は木戸さんと違って、腹芸は苦手じゃ。言われた言葉は額面通り受け取る。大丈夫じゃと言われたら、大丈夫じゃと思う。……じゃけえ、大丈夫じゃないなら、はっきりそう言え」

 いかにも高杉らしい物言いがおかしくて、何よりその不器用な優しさが嬉しくて、草月はくすりと笑った。

「ありがとうございます。……でも本当に、大丈夫ですよ」

「……僕には言えんのか」

「そうじゃありません」

 草月は言葉を探して空を仰いだ。吸い込まれそうなほどに濃い青空には、躍動感のある入道雲がもくもくと広がり、存在感を主張している。

「確かに、全然無理をしてないわけじゃないですよ? 戦のことを思い出すだけで身体が震えてくるし、夢に見て夜中に叫んで飛び起きることだって何度もあります。また戦に出ると考えたら、情けないけど、息ができなくなるくらいに怖い……。でも、それでも、高杉さんや皆がいるから、自分も頑張って戦おう、って思えるんです。だから、無理は無理でも、前向きな無理なんです」

「無理に前向きも後ろ向きもあるか」

「あるんです! ……あるってことにしてください」

「……まったく、強情な奴じゃのう」

「いいじゃないですか。少しは格好つけさせてくださいよ」

「おのしはもう少し、甘えることを覚えろ」

「甘えてますよ? というより、甘やかしてもらってます。丙寅丸の仲間は、私が悪夢に魘されても笑わないでいてくれる。一二三屋に帰ったら、おさんちゃんが何でも話を聞いてくれる。一太郎さんは美味しいご飯をめいっぱい食べさせてくれる。今だって……。高杉さん、忙しいのに、私のこと心配して、わざわざこうして時間割いてくれたでしょう? この前の海戦も、内戦の時も、高杉さんがそばにいて、いっつも偉そうにふんぞり返ってたから、どんなに危ない時も大丈夫だって思えたんですよ」

 草月はほんのわずか、高杉の肩に額を寄せた。

「だから、高杉さんも、ちゃんと甘えてくださいね。田中さんが言ってましたよ。最近ずっと忙しくて、ろくに寝てないみたいだって。私じゃ、高杉さんの仕事を肩代わりすることは出来ないけど、でも、女に化けて敵陣の偵察に行くとか、嘘の情報を流して敵をかく乱するとか、そういう手伝いなら出来ますから」

「おのしはどうしていつもそう勇ましいんじゃ」

 高杉は呆れた顔をしながらも、

「まあ、おのしの手を借りる必要が出来た時は、遠慮なくそうする」

「はい、いつでも。でも、今は――」

 草月は側に置いてあった編笠を、ひょいと高杉の頭にかぶせた。

 何するんじゃ、という抗議の声は無視して、

「今は、戦のことはいったん忘れて、ゆっくり休んでください。……少し経ったら、ちゃんと起こしますから」

「……そうじゃな」

「――!?」

 ぐいと手を引かれて、高杉共々草の上に仰向けに倒れ込んだ。

「どうせなら、おのしも一緒に休め」

 軽く上げた笠の下から、高杉の楽し気な瞳が覗いている。

 赤くなった頬を隠すように、草月は高杉の肩に鼻先を押し付けた。

「……二人して、ぐーぐー寝入っちゃっても知りませんよ。日が落ちても戻らなかったら、きっと田中さんあたりが大騒ぎで探しに来るんですから」

「その時はその時じゃ」

 くっくっ、と楽し気に笑う様子が、肩の揺れを通して伝わってくる。

 高杉がふわりと笠を二人の顔を覆うように置いた。日差しが遮られて、視界が暗くなる。草月は観念して目を閉じた。





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