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16,真相

 マリウスの隣に座っているシャンテルは、頬を赤く染めてとても明るい表情で座っている。二人の様子を窺うように見ていると、ヴィクターがレナの指に触れて

「よそ見」

「え」

「今のエスコート役は俺だろ?」


そんなことを言われても、ヴィクターを隣からでも見つめ続けるなんてとても、心が持ちそうに無くて結局は夜会向きのテールコートに、さりげなく施されている刺繍を目で辿る。


そんなまごつく軽食の時間を終えて、後半の舞踏会にさしかかると、レナはまた男性たちとダンスをひたすらこなす。ヴィクターは、この夜は踊らずにジョエルとお酒を飲みながら話をしていて、まるでレナを片時も目を離さないようにしているかのようだった。


いよいよ巡ってきたラストダンスは……約束のヴィクターで。

「今日は、どうして踊らなかったの?」

ヴィクターはレナ以外の、という言外の意味をわかったらしい。

「愛すべき友が代わりに誘って踊ってくれたから」

どんな形で、それを徹底したのかとレナはふと疑問が浮かぶ。


重ねた手が、二人の2枚の手袋ごしなのがどこかもどかしい。

そんな気持ちから、勇気を振り絞って顔をそっと斜め上に向ける。


「それは……わたしの、為に?」

「無理して踊ることはないだろ」

何でもないことの様に言うけれど、それを徹底するのが大変な事だとわからないほど愚かじゃない。


ヴィクターはレナを近くに居ていいと、単なる形式だけじゃなくてそう態度で示してくれている。それが昨日の恐怖を拭い去って今こうして、レナをこの場に立たせてくれている。

守ってくれているのが、分かるから。ここに居ることが出来る……。


ヴィクターはレナの約束のひと。

その手を、取ることはこんなにも、心地よくて……それでいて心はざわざわと落ち着かない。


この夜の、ラストダンスは早く終わって欲しいような……。

でも、それよりもこうして二人で踊る時間(とき)が永遠であって欲しいようなない交ぜの気持ちが、きつくその手を握らせた。



***



ウィンスレット公爵家の大広間から少しだけ移動した所にピアノやソファ、遊戯盤のおかれた広間がありそこへとレナはヴィクターと移動した。


まだ未婚の若い男女たちが無礼講とも言うべき時をこれから過ごすのだ。すでに軽く酔いのまわった若者たちは、さっきまでの上品ぶった振る舞いを少しずつ忘れ去っていく。

シャンテルは、レナよりも先にここに来ていて、キャスリーンとともに、マリウスとカイルに挟まれて楽しそうに笑っていた。


淑女たるもの、酔うほどに飲むのははしたないと言われてしまうのだから、頬を赤くして飲み過ぎてるのじゃないかと、二人の様子が心配になってしまう。


同じ広間でもいくつかグループが出来ていて、その中のソファセットにヴィクターと隣り合わせで座り、レナはシャンパンを少しずつ飲みながら、若い活気に満ちたその空間に身を漂わせていた。


ヴィクターの反対側にはジョエルが座り、その斜め向かいにはエリー・マクラーレンが座りその隣にはルーファス・アボットが座っている。

「休みたくなったら、いつでも客用の部屋は使えるから」

ジョエルは微笑みを向けてくる。

「いくら婚約を決めたからって、ヴィクターと同じ部屋にはさせないよ?」

「ジョエルったら」

レナは一瞬呆れて、その悪い冗談を笑ってしまった。


「いや、冗談ぬきでレナは大切な妹のような存在だから。まして、グレンヴィル伯爵が王都に来られていない今は私が目を光らせてるからな、覚悟してろよ?ヴィクター」

「分かってる」

ヴィクターはため息混じりにジョエルに頷いて見せた。



「……―――それにしても、ギルセルド殿下には、レナをと思っていたけれどな」

ジョエルがギルセルドの騒動の事を口にしたのを聞いたのはこれがはじめてだった。

「俺だと悪いのか」

「悪くはない。既に縁戚にあたるフェリシア妃が王家にはいるから、これ以上は単なる支配欲だ」

「ジョエルがそんなに欲望に際限がないとは知らなかったな」

「ウィンスレットの権力(ちから)はとても、大きい。それを余すことなく使いこなしたいと男なら思うだろう?」

目の前のグラスを揺らしながら、さながらそれがウィンスレットの権力(ちから)でもあるかのように見える。


「それにしてもアンブローズ侯爵が妃を出してくるとは全く予測をしていなかった。それが不甲斐なく思うよ」

「……全部がジョエルの読み通りに進むわけではないだろう。いい経験じゃないか?」


「まぁな。そろそろ自分も結婚を考えないとな」

「ジョエルが?」

ルーファスが面白い、といった顔をジョエルに向けた。


「そう言うということは、相手まで考えてると言うことか?」

ヴィクターが言うと

「あらゆる事を考えるから、相手は慎重にならざるを得ないな」

部屋が騒がしいのでこんな込み入った話をしていても、誰も気にした風はなく、むしろ密談に向いていた。そして、でもジョエルの話に身を乗り出した頃、ジョエルの青い双眸だけがふと動いてつられてレナの視線もそちらをちらりと見る。


「……ヴィクター、マリウスから合図が来た」

ジョエルが低くレナとヴィクターに視線だけを向けてどうする?というように見た。

「マリウスがシャンテルから話を聞きだすつもりだ。うまく真相がわかるかも知れない。一緒に行くか?」

聞くのが怖いような気がするけれど、レナはそれに頷いた。


「後で、話そう」

「ああ」

ヴィクターは、レナの手を引いてついてくるように促す。

立ち上がって、ふと視線をめぐらせてみればテラスに出ようとしているシャンテルとマリウスが見えて、ヴィクターはその隣のテラスに続く扉へ向かいレナを外へと導いた。


隣からは見えないようにして、テラスにある椅子に座ると風に乗って話し声が聞こえてきた。


「―――昨日、レナを部屋に連れていったのはシャンテルだったよな?」

マリウスの声だった。

「レナのドレス、汚れちゃってたから」

「でも、シャンテルはドレスを借りにはいかなかったよな?」

問いただすようで、あくまで声は優しく宥めるかのようだ。


「少し……いじわるな事をしちゃった。ドレスの替えを持ってくるって……でも」

シャンテルはやはり酔っているのか、呂律が少しだけあやしい。

「それで、戻らずに自分は会場に戻ったんだ」


「だって、レナったら。結婚の相手探しになんて興味ないみたいな感じで……。まるで、頑張ってるわたしたちが馬鹿みたいに思えて……。他の女の子たちに意地悪されても、気になんてしなくて、あくまでどこまでも絵にかいたような令嬢ぶりで。そんなの見てたら少し腹が立っちゃって……、ぽつんと部屋でずっと待ってればいいって……」


「それで、しばらくして部屋を見に行ったらいなくて焦った訳だ」

「そう……なの。レナったら……今日わたしを責めたりしなかった……。でも、ヴィクター卿との事を話してくれないくらいだから、やっぱりわたしの事なんて友達だなんて思ってなかったんだわ、きっと」

シャンテルの言葉にレナはズキンと胸が痛む。

「意地悪なんて、したくないのに。でも、あんなに恵まれてるのに、わたしなんて、全然だめってそぶりだし。じゃあ、他の女性たちはどうなのって。レナは………恵まれてるから、焦らずにいられるのに、そんなレナが妬ましくなって」

「そっか、辛かったな。シャンテル」


「レナ、わたしに怒ってるわよね」

「怒ったり、しないよ。レナは」

「レナは……本当に優しいから。そんな所も……わたしは時々許せなくて……悪いこと、しちゃった……」

「悪いことしたと、思ってるなら。これから友達らしくしたら、大丈夫じゃないか?」

「そう、だといいな」

シャンテルの語尾が、揺らいで滲む。


シャンテルは……部屋に連れていって会場から遠ざけただけだった……。

目の前のヴィクターを見ると、軽く頷いている。

「アドリアンと、シャンテルは……関係なかった?」

「そうみたいだな」

「睡眠薬は……?」


「それは、とある令嬢が……。まぁ、ロレーナ・コベットが用意していたらしい。そこに上手く、誘い込めれば利用出来ると思ったみたいだな」

どうやら、調べはかなり進められて居たらしい。しかも、それをヴィクターが知っていた事に軽く驚きを感じてしまう。

「レディ ロレーナ?」

「レディ、と、つけるのは躊躇われるが」

ヴィクターが渋い顔をしながらそうだと軽く頷いた。

「じゃあ……ドレスの、汚れは……」

「それは、ミス キャスリーンだな。指摘した時にわざと汚した。ミス キャスリーンも……シャンテルと同じで、レナが妬ましく邪魔に感じたんだろう……大丈夫か?」

気づかう様子に、大丈夫だとレナは、頷いた。


「アドリアンは……昨日レナに目をつけたのだろう。それで、部屋に入ったのを見ていて、シャンテルが誰も呼ばずに会場へ戻ったからそれで」


ヴィクターがレナの目尻を指でなぞる。

「泣いてもいい、と思う」

そうつぶやくと、ポケットからチーフをだして溢れ落ちる涙を拭う。その腕に引き寄せられたのはその僅かな時のすぐ後だった。


「でも、良かった……。シャンテルが薬なんか用意していなくて。……アドリアンと結託していなくて……」

「そうだな」


少しだけ……その事が分かって、良かった。でも、シャンテルがレナを思っていた内容にやはり、傷つく。でも、それはレナがいけなかったのだ。レナだって、シャンテルを信じきっていなかったから。


「知らない方が良かった?」

「ううん、聞けてよかった。ありがとうヴィクター」

「なら、良かった」


テラスの扉がかるく叩かれジョエルが顔を覗かせる。

「シャンテルは、部屋に送っていった……。どうだった?」


「軽い気持ちでしてしまったみたいだ。部屋に連れていってそのままに……後悔はしてたみたいだな。ジョエルの分析の通り」

ジョエルは頷いて、

「なら、さっさと戻ってこい。テラスでのんびり二人きりで過ごさせるにはまだ早すぎる」

早すぎる、のはデビュー間がないからか、それとも正式な婚約がまだだからだろうか?

「兄ぶってるな、ジョエルは」

こそっとヴィクターはレナに耳打ちする。ほんの少しそれに笑えて、苦しい気持ちがわずかに浮上する。

レナは夜の闇から、ランプで照らされた明るい室内へと、歩を進めた……。




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