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1話

この世界では、地球の常識は通用しません。それをお忘れなく。

 孝一郎がイライザをクランマスターとするクラン、『ロストフェザー』に来て数日が経過した。一般人が着る服一式を貸与され、この世界の一般的常識を学んでいた。色々と学んでいく時点で孝一郎は一つの結論を出していた。


 ──地球の常識、ならびに航空力学は殆ど役に立たない


 もちろん完全にというわけではないが、此方の世界では浮力を簡単に得られる仕組みのようで、地球で言う飛行機のような長い翼は必要がないらしい。またこの世界では海が80%を占めており、陸地はたったの20%しかない。高い山がないので人が住む場所は十分にあるらしいが……。


 クランというのはフライト・ギア乗り(これをスカイハンターと一般的に呼称する)、整備員、そして代表者となるクランマスターを揃えた上で、最低でも10人以上が同時に寝泊りできるクランハウス、という家を構えていれば簡単に名乗りを上げる事が出来る。クランランクはE-から始まり最高はSSSらしい。クランランクを上げるには、クラン同士で戦闘を行い勝てば上がり負ければ下がる。もちろんその時には、決闘の立会人がクランの中央管理局から派遣されてくるらしい。


 クランの戦闘は当然フライト・ギアを用いて行なわれる。決闘用特注とされるグランガ弾というものを使用し、後は撃ち合う。グランガ弾というのは命中するごとに相手の浮力を奪う特性を持ち、相手のクランメンバーを全員着水させたら勝ちというシンプルなルール。もちろん死者が出ないように最大の注意を、見届け任であるクラン管理局は払っている。グランガ弾も管理局のみが使い、決闘後使わなかったグランガ弾は全て回収される。


 他の一般教養としては、基本的な物流やお金の単位(バーズ、というらしい)、物の取引内容とクランの立ち居地を学んだ。クランはいわば何でも屋であり、街の人の依頼を受けてそれを解決する報酬で経営する。当然クランランクが高いクランは信用という財産を持ち、高額な報酬が提示される依頼を受けることも多いらしい。ちなみにここ、『ロストフェザー』はランクE-である。


 使われている家具や道具はアンティーク風とでも言うのか? ステッキを持ったイギリス紳士が使うと実に絵になるようなそういう感じのものばかりだ。電話もあったし、ラジオもあった(TVは無かったが)。 そういう日常品一つ一つがレトロチックな外見をしている。


「とりあえずこんな感じかしら。それにしてもキミ、ほん……っとうに世間知らずね? 今までどうやって生きてきたのよ」


 イライザの質問に幸太郎は返答を返せずに苦笑をするだけである。


「まあいいわ。 それで、いよいよキミには究極の二択を選んでもらうことになるわ。フライト・ギア乗りの『スカイハンター』になるか、フライト・ギアを整備する『チューナー』になるかね、このクランにいる以上それ以外の道はないわ」


 どうやってその二択を見極めるんですか? この孝一郎からの質問に、イライザからの返答はこうだった。


「当然今からフライト・ギアに乗ってもらうわ。コレばかりはセンスが物を言うからね、センスがない子は100年かかってもスカイハンターになる事は出来ない。残酷だけど、それが世界の不問律よ」


 ―――――――――――――――――――


「さ、テスト行くわよ。動かし方は教えたから、後は貴方のセンス次第よ」


 確かにこれはセンス次第だな、と孝一郎は考えていた。操縦桿はたったの一本。足元にあるペダルで速度を調節……というより加速するかしないかだけの大雑把な仕組み。操縦桿を手前に倒せば上昇。左右に傾ければその方向に旋回、奥に倒せば下降。そして操縦桿の先にある小さな赤いボタンを押し込めば、備えつけてある機銃が発射される。ゲームコントローラーだってもう少し凝ってるだろうに、というのが説明を受けた直後の孝一郎が思った正直な感想だ。


「了解了解、じゃあいくか……」


 もう一つ変わっている事がある、あくまで地球の常識からみてだが。このフライト・ギアの鍵……それは指貫グローブである。どこぞの格闘家が手につけているようなそれを右手にはめる→フライト・ギアの鍵部分に手ごと突っ込む→突っ込んだ先にあるレバーを90度回す→手を引き抜く という手順でエンジンに火が入る。この方式の理由は鍵をまずなくさないから、だそうだ……。逆にいえばこの世界で右手に指貫グローブをつけている人はスカイハンターであるという証拠になる。


 エンジンに火を入れて、ギルドハウスの中まで通っている水路からゆっくりと外に出る。この前も言ったが、この世界では滑走路はない。全て水上から飛び立つタイプのフライト・ギアしか存在しない。ギルドハウスから海に繋がっている水路から海に出て、孝一郎は機体の速度を徐々に加速し始めた。


「そう、そうやって加速して一定の速度になったら離水して! そこでビビる人は永久にスカイハンターにはなれないのよ!」


 孝一郎とイライザを載せた二人乗り用のフライト・ギアは順調に加速し……。


「今よ!」


「あがれええええ!」


 ふわっとフライト・ギアは離水し、空に舞い上がった。あっという間に世界は海の青と空の蒼に染まる。その蒼は、孝一郎が今まで見てきたどんなものよりも美しく見えた。


「──綺麗だ」


 孝一郎はそう言葉を漏らした。気が付けばいつから空の蒼さを忘れていただろうか? 面白くない面白くないとばかり言って下ばかりを見て、コンクリートやアスファルトの色ばかりを俺は見ていたのではないだろうか?


「空に上がれたわね、おめでとう、キミはスカイハンターを名乗る資格があるわ、ようこそ、空の世界へ」


 そんな孝一郎にイライザが声を掛けてくる。孝一郎も素直に「ありがとう」と返答した……その時に、ジリリリリリリ! とフライト・ギアに備え付けてある無線機が音を立てたので、孝一郎は開いている左手で無線機を取り耳に当てた。


「はいもしもし?」


「ヨーゼフだが、見事に飛んだな。チューナー見習いが一人増えるかと期待したんだが残念だ」


 笑いながらそんな通信を入れてくるヨーゼフ。


「残念だったねおっちゃん」


「まあいい、しばらく空の祝福を楽しんで来い。それはスカイハンターになれた者だけの特権だからな」


 ヨーゼフの通信が途絶えた後、三十分位孝一郎はそのまま空を飛び続けた。イライザはそんな孝一郎をほほえましく見ていた。


「そろそろ帰りましょう、燃料も少なくなって来ているわ」


 そうイライザに言われて孝一郎が燃料計に目を移すと、レッドゾーンまで燃料が落ち込んできていた。確かにそろそろ降りないとまずい。


「一応予備燃料はあるけれど、それを当てにしちゃだめよ。予備燃料はあくまで緊急時の時にだけ使うものだから」


「了解、マスター」


 エンジンの出力を落とし、降下を始める。程よい高度まで降りてきたら、ゆっくりと手前に引いていき、無事に着水する。


「着水も問題なしね。でも、ちゃんとクランハウスに戻るまで油断は禁物よ」


 何所の世界にもそういう言い回しはあるんだな……孝一郎はそんな事を思いつつ、ゆっくりとロストフェザーの建物に通じている水路に入っていく。こうして孝一郎の初フライトは無事終了した。


「おかえり。どうだった、自分の意思で飛んだ空は?」


 ヨーゼフの質問に孝一郎はこう返答した。


「ただひたすらに蒼かった……涙が出そうなほどに」

むしろ作者がこの世界に行きたい、そんな思いを込めて書いています。

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