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第13話 ヴァイルと冥界

時間は教会でヴァイルが聖球を手に入れた所までさかのぼる。



――――――――



アレン達がとった宿屋の一室に、黒い炎が燃え上がる。

その炎はどこにも燃え移らず、熱すら持っていなかった。

その炎が人一人分くらいの大きさになると、突如として長身で黒髪の女性…ヴァイルが現れる。


「クハハ…どうということはないっ!!我、聖球を奪還セリ!!」


何かがとりついたように小声で叫ぶという器用なマネをするヴァイル。


「い、いかんいかん…つい興奮してしまった…しかし、盗みというのは初めてだったが、なかなかスリリングなものだな…」


言いながら、聖球を胸元から取り出すヴァイル。たゆん、と大きな胸が上下に揺れる。


「む…まったく、この体は動きにくくてかなわん…女というのはこれだから嫌なのだ…歩くたびに擦れるし…不便なことこの上ない…」


ぶつくさ言いながら、聖球に厨房からパクってきた食事用ナイフを突き立てる。

ナイフに黒い炎を纏わせながら模様を描いていく…


「たしか…刻印は…ここを、こうして…六芒星だったか?…えぇい!面倒だなこれは!どうして主にできて、我にできんのだ!!…お?」


いらだったヴァイルは思いっきりナイフを動かしてしまった。

しかし、それは奇跡的に元の模様とつながり、聖球が輝きだしたのだ。黒色に。


「おぉ!!成功か…?」


だが、聖球が本来放つであろう光は黒ではなかったはずだ。


「おかしいな…こんな我のような美しい黒は出せんはずだが…?」


そして、ヴァイルは記憶を掘り起す。

すると、ある一つの可能性に行きあたる。


「もしかすると…六芒星は、冥界へと続く模様だった…か?」


その声にこたえるようにますます輝きを増していく聖球。

ついにはヴァイルの頭の上くらいまで浮き上がった。


「…むっ!?これは…転移術式だと!?」


そう、聖球から魔法陣が飛び出したのだ…ヴァイルは黒く光り輝く転移陣を確認すると、一目散に逃げようとする。


「ちっ!捕まっ…」


言い終わらないうちに消え去るヴァイル。

なぜか召喚解除もできないまま、転移が発動してしまったようだった。



――――――――――――




その部屋には一人の男がいた。

一国の王が掛けるような豪奢な黒色の椅子に、男が腰を掛けている。

その男の目の前に、それはいきなり現れた。


ーどん!


という音と共に床にたたきつけられる「女」を見て、男はなぜか自分が受けた痛みのように顔を顰める。


「うわ、いったそ…」


その声に気付いたのか、女は起き上がる。

もちろん、ヴァイルである。


「…貴様か…」


ヴァイルがその男の顔を見るなり、嫌悪のこもった顔になる。

だが、そんなヴァイルにはお構い無しに、男は久しぶりの旧友に挨拶をした。


「久しぶりだね!アジ・ダハーカ君!いや、今はヴァイルちゃんか~!こんなに美人になっちゃってー!ねぇ!脱いで脱いで!ってちょっ!!」


「ふん!!」


ーどごん!!


ヴァイルが光の速さで拳をふるって、男の腹に一発入れる。


「うるさいぞ!ハデス!!久しぶりに会ったと思ったら、まだ女癖の悪さは抜けていなかったのかっ!!」


一喝するヴァイル。

倒れ伏していた男…ハデスは、にっこりと笑顔を張り付けたまま答える。


「まぁ、僕、冥界の王だし…というか神だし。女癖が悪いのはしょうがないじゃないか…でも、僕は天上にいる神様たちと違って、君みたいに元が男なのは、興味がないよ。反乱軍はいいところだった…みんな一生懸命働いていたし、恋愛も男女間だけだったしね…それに比べて今の神は…」


うんざりしたように、趣味嗜好が特殊すぎるんだよ、とか言っている。

それを見たヴァイルはまたもや一喝する。


「当たり前だ!!そんな奴が反乱軍の中にいたのであれば、我が殺してくれるわ!!」


「…万年童貞ドラゴンだった男がよく言うよ……あぁ、君は素材はいいのにねぇ…君を顕現させたのはアレン君だろ?彼もいい趣味をしてる…さすが僕が目を付けた男だよ…」


その言葉にヴァイルは眉を吊り上げる。


「…なぜ、貴様がそれを知っているのだ?」


「僕を誰だと思ってんのさ。冥界の神にして王…ハデスだよ?あんな特殊な死に方をした奴を感知できない訳がないじゃないか。それに、それ、とは何を指しているのかさっぱりだね。」


「それ、とは何かだと?すべてだ。我が主と契約しているという事実と、主がなぜ一度死んだのに蘇っているのか…その他もろもろ全て話せ。」


早口に一気にまくしたてるヴァイル。

美女に眼前まで迫られたハデスは頬を赤らめた。


「ヴァイル…なんでだろう。元男のくせになんでそんなにかわい「早く言わんと貴様を殺す」


すさまじい殺気がヴァイルから放たれる。だが、ハデスは気にも留めていなかった。

だが、このままでは埒があかないと思い、ハデスは話を進める。


「まったく、君という男?女?どっちでもいいか。そんなに君の主…アレン君、またの名を白井源示朗君のことを知りたいのかい?」


聞きなれない言葉に首をかしげるヴァイル。長身の女性が首を傾げるさまはすさまじく絵になっていた。

その光景を見たハデスははしゃいだようにヴァイルに駆け寄り、胸をわしづかみにする。


「あぁ!ヴァイル!一回僕とヤ「シネ!!「ちょっ!ごふぅっ!!」


瞬時に引きはがされ、引き倒し、腹を思いっきり踏むヴァイル。

なぜかハデスは恍惚の表情だ。


「ヴァイル…君、布の服のときはパンツ位はきなよ…丸見えだよ?まぁ、僕はとっても気分がいいけどね。ほら、僕の息子もげんきに「クズガアアアアアアア!!」


顕現させた剣を腹に突き刺すヴァイル。だが、ハデスの腹からは血すら出なかった。


「なにすんだよ…もう、いいよ。興がそがれた…勝手に話すから、質問があったら言う事。いいね?」


そう前置きして、ハデスは話し始める。


「まず君の主のことだ。アレン君…転生…転移前の彼は【地球】というところに住んでいたんだ…さっきまで君がいた世界とは違う世界だよ。そこで、彼はバグに巻き込まれた。あの【最高神】が死者の転生システム更新を忘れてたんだ…理由は、【アフロディーテ】と3年耐久でヤッてる最中だったから。笑えるよね?本当に死んだ方がいいと思うよ。あの神は。」


「本当にくだらない話だな…怒りが込み上げてくるぞ…?」


「そうだよねー…で、なんで君が彼の眷属になったのを知ってるか、だったね?それは簡単…この僕が旧友の死を悲しまない訳がないだろ?これ以上言わせないでくれ。恥ずかしい。」


ぷい、とそっぽを向く男。

全然かわいくなかった。


「……気持ち悪いぞ、【リーダー】。」


かすかな笑みを浮かべてそう呼ぶと、ハデスは嬉しそうに笑う。


「ふふっ…まだその呼び名で呼んでくれるんだね?君は。親友と共に、天界の革新という野望を胸に、反乱を起こし…見事に仲間たちを死なせ、とらえられ、大敗を喫した僕を…君は、まだそう呼んでくれるんだね…」


ハデスはうつむいたまましゃべらなくなってしまった。

そして、しばらくすると、ポツリポツリとまたしゃべりだした。


「ファフニールは残念だッた…あれはアテネに恋をしてしまっていたようだからね…そして、いいように操られ、アレン君のところに送り込まれ…最後には殺されてしまった…。」


「おい、まさか主を恨んでいるわけではあるまいな?」


その言葉に首を振るハデス。


「そんな訳、ないよ。悪いのは送り込んだアテネ…そして、最高神だ…アイツを殺さないと、僕の悪夢は終わらない……ヴァイル。僕は先の反乱で大分力を落としてしまった…今や、ほかの神と力はそうたいした差じゃないだろう……」


「…大丈夫だ。必ず我が【鍵】と【権利】と【目】を持ち、奴に会い、我の一撃で沈めてくれようぞ…その時は、ハデス。お前が我々の神となるのだ。」


顔を上げ、まっすぐにヴァイルを見るハデス。


「そこで、一つ君に報告と相談だ…アレン君…彼は今、【鍵】と【権利】をもっている」


その言葉に目を見開くヴァイル。


「な、なんだと!?いつの間に主はそのようなことを成し遂げていたのだ!?」


「もちろん、君がいない間に、かな。見てる僕は歯がゆくてしょうがなかったよ…まず、権利だけど、これはキミの因子がアレン君に吸収されたとき、同時に手に入れたようなんだ…おそらく、最高神のたちの悪い嫌がらせだろう…」


そこで、歯を食いしばり、悔しそうな顔をするハデスは、こらえ、話を続ける。


「そして、鍵も、だ。わが友、ファフニールを殺した時に、アレン君は鍵を手に入れている…これも、嫌がらせだろう…僕たちが求めてやまなかったものを、分割し、反乱軍の奴に埋め込む…それもトップの奴らに…絶対に集まらないように、仕掛けもされてあった…まぁ、僕が外部入力でアレン君に割り込んで、それを解除、ログも削除したんだけどね。」


「まて、主はバグで生み出された存在…貴様が干渉できる理はないぞ?」


「馬鹿をいうんじゃない…僕は最高神と肩を並べるほどの力を持つ神だぞ?怠惰なヤツと違って、僕はちゃんと仕事もしてるんだ…あんなバグ、干渉できなくてなにが神だよ。」


舌を巻くヴァイル。


「……貴様にはいつも驚かされる…だが、どうするつもりだ?主を最高神討伐に向かわせるには動機が足りんぞ?しかも、勝てる保証はない…」


「そこは大丈夫。彼も気付くはずだ…奴の身勝手さと、不条理さ…そのどれかに触れたとき、彼は思う…自由に生きたい。ってね…さて、ヴァイル。君はもう帰るんだ。【源神ガイア】が現れたようだよ?」


「なに!?源神だと!?それを早く言わんか!?」


「なに、いいじゃないか。久しぶりに旧友と会えたんだ…そして、アレン君なら勝てるさ…というか、勝ってもらわなきゃ困るよ?僕の友を二人も殺したんだから…それくらいは責任とってもらう…まぁ、彼の能力なら問題ないよ?」


「そうか…だが、源神とは…最高神の体の一部が具現化したものだろう…?それも…ガイアとは…もしや、【目】か!?」


「そう…あいつは明らかに誘っているんじゃないかな?アレン君と直接対決を望んでるみたいに、次から次へと鍵となるものを送り込んでくる…。だけど、もし…あいつが…本当にファフニールを好きだったのなら……。な、なんだって!?アテネお前は何を考えているんだ!?」


「いきなりどうしたのだ!?」


いきなりハデスがあわてだし、それにびっくりしてしまうヴァイル。


「おいおい嘘だろう!?なんでアテネがアレン君と接触してるんだ…!?ヴァイル!君は早く戻って、クローディアちゃんとリリアちゃんを守るんだ!!彼女たちが死んでも、アレン君の命数は減る!!…開け旅の門よ…彼の者を転移させたまえ…座標設定、世界【ラズニエル】!場所は、クローディアちゃんとリリアちゃんのちょうど間だ!!」


いきなりの詠唱に、ビビってしまったヴァイルだが、何をすればいいかはすべてわかっていた。


「また会おう。…わが友よ…」


ヴァイルはその言葉を最後に、冥界の王の前から姿を消した。

そして、一人天を見上げるハデス。




「ああ…僕が、生きてたら、ね。…ああ、クソ…気付かれたな…また逃げなきゃいけないじゃないか…【転移】!」




瞬間、光り輝く稲妻と共に、冥界の一室は粉砕されてしまった。

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