グッズを皆で考えると古墳が誕生する
今現在、自分達の目の前には狂気の塊が立っていた。
さっきまで言語や知性とはかけ離れた動きを見せていた人物••••啞我凪さんだ。
その様相を少しでも見たことのあるものなら、こんなに狭い会議室で何をされるのだと恐怖するだろう。
ちょっと想像してみて欲しい。人智の及ばない言語を放ち、四肢と髪を振り乱し、超速で動き回る人型の存在を。••••な?怖いだろ?
そんな化け物と真正面から向き合っている状態で落ち着いた姿を見せられるだろうか。いや、できない。そうした状況で冷静に、又はその状況むしろ楽しんでいる奴は狂人だ。••••そう。そいつは美納葉だ。
話を戻そう。例の言語崩壊の獣は今現在、瞳がぎょろぎょろと動き回っていることと、唾液と唸り声が若干口元から漏れていること以外は、比較的落ち着いた姿を見せている。
影縫くんはひたすらどもりながら口火を切った。
「あ、あ、あの?皆山さん••••い、一体今から何をするんですか••••?」
ありがとう。影縫くん。あんた勇者だよ。君もあの玄関先の奇行を見ていただろうに。
影縫くんの問いを聞いた皆山さんは、余程のことがあったのか、それとも俺達の知らないこれからについて危惧しているか、心底胃が痛そうな顔で本題を切り出した。
「えー•••影縫さん、本能寺さん、延暦寺さんには今までマネージャーがいませんでしたね。理由はもうご存知だとは思いますが」
「は、はい」
皆山さんは続ける。
「えー、まずは端的に纏めますね。今回、事務所の者だけでなく、トワイライトの本社の人間を交えて話し合った結果、御三方の隔離を一部緩和するに至りました」
「••••まじですか」
「まじです。本能寺さん」
心底お腹が痛そうに、皆山さんは頷いた。
今まで、俺達ライバーズ2.5期生は「こいつら頭おかしい」という至極尤もな理由で運営から隔離されていた。とどのつまり「名義上では所属にしているが、ほぼ個人勢」という扱いだった訳である。
これは特に企画を決める際に企業のバックアップや、話し合ってこれからの方針を決めていく事ができないという不便もあるが、裏を返せばそれは「トワイライトというビッグネーム」を用いながら、個人勢の自由さの二つを用いることの出来る利点があった。
俺は、皆山さんが連れて来た二人の人物を見やりながら、思考を回す。
俺達の隔離の一部緩和、皆山さんの「マネージャーはいませんでしたよね」という発言、そして連れて来た二人の人物。我ながらめちゃくちゃ浅い推測ではあるが、これは••••。
そうしていると、皆山さんが決定的とも言える発言を放った。
「えー、これから御三方には隔離緩和にあたり、事務所とのパイプ役が必要となります。その為、今日よりみなさんにはマネージャーをつけることになりました」
ほらやっぱり。
俺と影縫くんは顔を合わせると、部屋の隅に向かいこそこそと話し始める。
「••••ねぇ、皆山さんと来た人が多分マネージャーだよね」
「多分そう」
「••••俺、玄関で叫んでた人嫌なんだけど」
「諦めろ影縫くん。地獄からは逃げられない」
そう言うと、影縫くんはがっくりと首を落とした。
その状態で少し経つこと数分、彼は何やらハッとした表情を浮かべた。
なにか妙案が浮かんだのだろうか。
彼は声を震わせながら口火を切った。
「••••••••ね、ねぇ。あの叫んでた女の人千隼くん達のマネージャーにしようよ」
押し付けやがったこのやろー。
俺は即座に言い返す。
「やだよ俺だって!見えてる地雷踏みたくねぇよ!」
「でもでも!美納葉ちゃんもいるんだし、何とかなるって!」
「馬っ鹿お前!?あいつだけで手一杯なのにこれ以上増えたら地獄だろ!?なんとかならないよ!?悪化するよ!?」
「どうせ今だって地獄なんだし!別に変わらないじゃないか!俺は言語が通じる相手がいいんだ!」
「本性表したな!影縫くんは知らないと思うけど、美納葉だって十分言語が通じないんだからな!さっきだって、玄関先で件の女の人と奇声で共鳴し合ってたんだから!」
「なにそれこわ••••げふんげふん!兎に角!俺は嫌だよ!?」
互いに啞我凪さんがマネージャーになって欲しくなくて必死である。醜い。非常に醜い。だがしかし、ここは譲れない。
俺は徹底抗戦の意思を固めた。
その時だった。
皆山さんが口を開く。
「とりあえず、本能寺さんと延暦寺さんの担当をするマネージャーは啞我凪さん、影縫さんのマネージャーは赤谷さんです。この後、皆さんにはマネージャーを交えてこれからの対応を決めていただきますので、よろしくお願いします」
その台詞は俺にとって、さながら死の宣告であった。
しかし影縫くんにとっては、神のありがたいお告げである。
俺は絶望によって膝から崩れ落ち、影縫くんは「っし!」と小さくガッツポーズを決める。
皆山さんはその様子を見て、「わかるよその気持ち」と言わんばかりの憐憫の視線を、俺に向けて来たのだった。
◆◇◆◇◆
俺達は会議室のすみっこで啞我凪さんと会話を始めた。
後ろを振り向くと、影縫くんは柔和そうな男性マネージャー••••赤谷さん、だっけか?と和気藹々とした空気で言葉を交わしていた。くそう。羨ましい。
心の中で影縫くんに恨み言を投げてみるが、無駄であった。
ややあって、啞我凪さんは、妙に爛々とした瞳で自己紹介を始めた。
「あ、啞我凪 茅美でs••••アビュェハェ••••こ、これから精一杯ィヒィ••••サポートしますゥね••••フシュァー」
••••もうダメそう。
ちょくちょく言葉の区切りや最後らへんで奇声が漏れてるもん。
「ヌベカオマハトルネネルシャアヌアカトルベェェ」
ほら出ちゃった。
俺が遠い目をしていると、美納葉が口を開いた。
「アルカトルベヌァェメルカズホー」
増えちゃった。
奇声を吐き出す啞我凪さんに呼応して、美納葉も奇声を上げ始めた。
もう嫌だ。頭が痛くなって来た。
そうして俺は会議室の壁に頭を打ちつける。
「ねぇねぇ千隼」
美納葉が声をかけて来た。どうやらまだ人語は話せたようだ。
「••••どうした?」
「啞我凪さんが『お二人はこれから何がしたいですか?』だって」
「だっても何も、とりあえずまともに話してくれないと••••ん?」
美納葉の発言に違和感を覚える。
恐る恐る問いかけた。
「••••なぁ美納葉••••もしかしてだが、さっき啞我凪さんと会話してた?」
「うん!」
美納葉はさも当然かのように頷く。
「あの奇声で?」
「奇声じゃないよ?」
「いんやあれは奇声だ」
ツッコミを入れつつ俺は頭を抱える。何ということだ。この幼馴染はどうやら啞我凪さんの発狂の意図が理解できてしまったらしい。
そもそも発狂や奇声に意図があるかすら分からんが、もういいや。考えたくない。
「というと、何だ?お前達が玄関先で叫んでたのは会話してたってことか?」
「そうだよ?『啞我凪さんの黒髪ロング綺麗ですね』『ありがとうございます!手入れ頑張ってるんです!』って感じで井戸端会議してた!」
「叫び声でそんなほのぼのとした会話を!?」
やはりこいつを人間のベクトルで考えてはならない。俺は深く心に刻んだのだった。
◆◇◆◇◆
「サァヌヌバベルェァネ?(話を戻しますが、これからの策、どうします?)」
「あー••••うん。啞我凪さんのおすすめは?」
「ヤニカハベルシュベラタカナヌゥ!(グッズをショップ店頭に展開して、新たな客層に見つけられやすくするのをお勧めします!)」
えー••••現在、俺は美納葉の翻訳を介して啞我凪さんとこれからの方針を決めていた。
しかももう内容も終盤である。
これから企業からの連絡は啞我凪さんから行われること、今の客層だけじゃなく、新たな客層を手に入れる方針にすることがもう既に決まった。
そして今はその方向性に対して具体策を考えていた。
この珍妙な空間。もう俺には何が何だかよく分からない。
「あーもう、じゃあそれでいいです••••」
俺は諦めの極地にいる。
そんな仙人みたいな自覚を得たくなんかなかった。
兎にも角にも、方針は無事決まりそうでよかった。
少しホッとする俺。完全に感性が壊れてる気がするぜ。
ため息を吐いていると、唐突に美納葉が嬉々とした表情で叫んだ。
「じゃあ今日の配信ではリスナーの皆とどんなグッズを販売するか決めなきゃだね!!」
••••はい?
◆◇◆◇◆
<配信が始まりました>
「ご機嫌いかが皆々様!延暦寺 小町です!」
「どうも、マネージャーができた思ったら言語中枢がやられてて終わったかと思いきや、延暦寺が翻訳できるようになって訳が分からなくなった本能寺 我炎です」
『おっ配信やってんじゃん』
『おいまて訳が分からんのはこっちの方だ。』
『↑同意』
『えーと?マネージャーができた、までは分かった』
『↑思いっきり序盤じゃねーか』
『で、何があったん、少しずつでいいから、言ってみ?』
「えー、マネージャーができました」
『うん』
『せやな』
『それは聞いた』
「そのマネージャーが人語じゃなくて奇声を上げる人物でした」
『お、おう』
『何だ通常運転か』
『トワイライトのマネージャーにも濃い奴がいるんやな』
「その奇声を翻訳して、延暦寺が人外語を喋れるようになりました」
『ファッ!?』
『なんでやw』
『いやそうはならんやろ』
『↑なっとるやろがい!』
『あーもうめちゃくちゃだよ』
「はい。ということでね!配信していこうか!えー••••今回はグッズを販売することになったんだけど••••」
『おい待て待て待てw』
『なーにが「ということでね!」だよ!話題の変え方下手か!』
『てか今さらっとグッズ販売決定の報を出してなかった?』
ソハル『グッズおめでとう!何作るの?ガンガンかき下ろすよ!』
「えーっと。今回は、グッズ販売するのは決まったものの、何を出すのかは決まってないので、この配信を見てる皆で決めようぜ!って配信だ」
「ソハルママだ!」
美納葉がコメント欄を見て目を輝かせる。
ほんとだ。ソハルさんがいる。彼女は売れっ子イラストレーターだったはずだよな?••••仕事は大丈夫なのだろうか?••••まぁいいか••••とりあえず挨拶しとこう。
「どうもソハルさん。そうですねー。グッズがまともなのになったらソハルさんに依頼しますね?」
「それじゃあ今から販売して欲しいグッズをコメントしていってくれ!••••ほら、延暦寺、そろそろ始めよう?」
「おーけー!じゃあ!スタート!」
美納葉の号令の下、コメント欄が動き始める。
『グッズかぁ••••うーん?』
『ぬいぐるみとかか?』
『無難なところだとアクリルスタンドとかアクリルキーホルダーやな』
『前方後円墳』
『↑なんてもんグッズにする気だ』
『↑視聴者大和朝廷かよ』
「うーん、正直もっと面白いものをグッズにしたいかな?」
「延暦寺はどんなのが欲しいんだよ?」
「私はね!アンチコメントを印刷したキーホルダーとかTシャツが欲しい!」
「却下」
「ヤダ!」
『いや草』
『なんてもん欲しがってんだw』
『ア ン チ コ メ ン ト』
『アンチに喧嘩を売るスタイルやめろw』
『いやでも案外面白いかも!』
『↑考え直せバカ』
「ほらコメント欄の皆んなも面白そうだって!」
「一人だけじゃねーか!••••あー、一応候補には入れとくが、決まるかはしらねぇぞ?」
俺はパソコンのキーボードを叩き、配信画面に映るように候補を打ち込んでいく。
『うーん。自分達で決めるとなると困るな』
『いつも企画を考えてくれる人達に感謝だな』
『思い切ってボイスとか?』
『↑確かにシステムボイスとかシチュエーションボイスとかもいいな』
『↑こいつらがまともなボイス出すと思うか••••?』
『↑走れメロスを思い出せ』
『ボイスもダメとなると••••うーむ。ワッペンとか?』
『やっぱ前方後円墳だろ!』
『↑さっきからやたらに前方後円墳を推してくる奴何者だよ』
『ダメだったか?••••じゃあ帆立貝形円墳で••••』
『↑なにそれぇ••••?』
『帆立貝形円墳•••上から見ると、円形に方形がくっついた様な見た目をしている古墳。主な例は乙女山古墳や、大塚山古墳などが挙げられる』
『いつの間にこの配信は歴史の授業になったんや?』
「俺が知りたい」
「いいね〜古墳!キーホルダー作っちゃう?」
「それは博物館とかの人とかに任せとけ。俺達のグッズだからな?」
「うーん。そういえば、コメント欄にボイスってのがあったよね?グッズのおまけとしてつけたらどうかな?」
「そうそう!そういうのだよ!その案はありやな!」
『やっとちゃんとした方面になって来たな』
『おまけ枠から決めて大丈夫か?』
『文房具系とかどうやろか?シャーペンとか』
『そういえばAIKOKUとグアムに行った時に指人形してたよな。それグッズ化したら?』
「あーいいねいいね。それじゃあ一旦ここまでにして、とりあえず出て来たものを纏めてみるぞ」
「ぬいぐるみ、アクリルスタンド、アクリルキーホルダー、前方後円墳、アンチコメント印刷Tシャツ・キーホルダー、ボイス、ワッペン、帆立貝形古墳、シャーペン、指人形かぁ」
「古墳はやめろよ。何ナチュラルに入れてんだ」
「••••分かったよ、もう。で、どうやって決めるの?たくさん候補あるよ?」
「何個かずつでアンケートをとる予定」
「なるほどね〜」
美納葉が頷くと、配信画面の延暦寺も頷く。
俺がパソコンで自身のチャンネルのコミュニティ欄にアンケートを作って投稿すると、美納葉がリスナーに呼びかけた。
「焼き討ち組の皆〜!コミュニティにアンケート投稿したから投票よろしく!」
「10分後時点での結果で決めるから早めにしてくれ!」
俺達は結果が出てくるまで雑談を始めるのだった。
◆◇◆◇◆
10分が経ち、結果が出た。
俺達は視聴者にアンケートを終わる旨を伝えて、結果を発表する。
「結果発表〜!」
「さてさてどうなったかな••••••••げっ!?」
『おい今「げっ」って言ったぞ!?』
『まさかまさかだよな?』
俺は集計を見て顔を顰めた。
苦々しげな俺を他所に美納葉はウキウキとした様子で結果を告げた。
「第一位!シャーペン!第二位!アンチコメントTシャツ・キーホルダー!第三位!指人形!第四位!アクリルスタンド!」
「うわぁ••••••••」
『うっそだろw』
『悲報 まさかのアンチコメグッズ決定。』
『誰だよネタ枠に投票したのw』
『それはそうとシャーペンが人気なのな』
『↑実用性もあって常に持ち運べるものだからじゃねぇの?』
『指人形は個人的に嬉しいな』
ソハル『アクリルスタンドの描き下ろしは任せて!』
盛り上がるコメント欄に対して、俺は気分が沈んでいた。アンチコメントグッズの影響で俺達が炎上するかもしれないのが心配だからである。
それからの配信は比較的落ち着いたものではあったが、これからのことを考えると気が滅入るのであった。
◆◇◆◇◆
余談。
方針を決める話し合いの後。
俺は皆山さんと話をしていた。
「何で啞我凪さんがマネージャーなんです?」
「啞我凪さんが有能だからですね」
「嘘でしょ?」
「いや、本当の話です」
聞くと、彼女は数カ国を話すことのできるほどの語学力を持ち、おまけに商談を纏めることが非常に上手いのだと。
「それじゃあ何で?あんなにやばいんです?」
彼は痛みからか顔を顰め、お腹を抑えながら言った。
「どうも彼女、『Vtuberの裏方として働くこと』に生きがいを感じているらしく、喜びが高まると、ああなるのだそうで••••。なのにどこが彼女の琴線かが分からないから対応が上手く出来ないんですよね」
ええ••••そんなことあるのか••••(困惑)。
俺が混乱していると、皆山さんがスーツの内ポケットに腕をいれながら問いかけて来た。
「••••ちょっと一服しても?」
「どうぞどうぞ」
この人煙草吸うのか。と意外に思いつつも、それ程ストレスだったのだろうだから、俺としても貴重なまともな人に心労を掛けたくない。
なるべく煙を吸わない様に皆山さんに背を向ける。
すると、
カシュ!ゴッゴッゴッゴッゴッ!
タバコにそぐわない音がした。
振り返ると、皆山さんが何らかの飲料を一気飲みしていた。その手にあったのは黒く長いアルミ缶。よく見ると、俗に言うエナジードリンクの表記があった。
何故懐にそれ?と疑問を持っていると、彼は笑いながら言った。
「ぷは。••••いやぁ、最近はこれがないと手が震えてきまして」
「••••それ大分、まずくないですか?」
「大丈夫ですよ。エナドリは万病に効きますからね!何なら悪魔付きにも効きますよ!」
「悪魔付き••••」
その言葉で事務所の玄関先での惨劇を思い出す。
そういえば、あの時の呪文の中にエナドリを要求する発言があったような••••?もしかして••••••••皆山さん••••?
皆山さんを見やる。
「どうですか?本能寺さんも飲みません?ストックならいくらでもありますよ?」
「••••あ、ケッコウデス••••••••」
俺は、この事務所が余計に分からなくなったのであった。
最後まで読んでいただき、感謝です!




