ずっと心に想う事
春休みは、慌しく過ぎていった。
ウララはダーリンと結婚して、今は一緒に暮らしている。
大事な体は順調で、『胸が大きくなって肩が凝るわ~』なんて自慢をしていた。
マナは驚くべき集中力を発揮して、なんと受験に合格していた。
あたしに『大学生になったらイケメンを紹介してね』なんて、相変わらずな事を言っていた。
頑張り屋なマナを見ていると、こっちまで元気になってしまう。
しっかり、合格のお祝いだと大きなパフェをおごらされた……。
みんな、それぞれの生活を送っているみたいだ。
柴田は相変わらず、隣に住んでいる。
こればっかりは、変わらない。
時々、顔を見せるけど二人で出かけたりはしない。
あたしは、約束はちゃんと守るタイプだから。
リョウは……。
一昨日、東京に向けて旅立っていった。
電話で、少し話したけど『やっぱり、お前は友達だ』なんて念を押された。
『悪い男にひっかかるな』とか『もうちょっと自信持って、カワイイ格好をしろ』とか余計な事まで言っていた。
あたしはその日、空を見上げて少しだけ寂しい気持ちになった。
多分、人気者のリョウにあたしは憧れていたんだ。
あたしは……。
髪型を変えた。真っ直ぐな黒髪に、毛先だけパーマをかけた。
大人というより、老けたような……?
まぁ、そんな感じ。
中野君は……。
『僕の事だけを』なんて甘い事を言っておきながら、最近は会っていない。
電話はかかってくるけど、忙しいのか疲れているみたいだ。
家を出て、一人暮らしをするらしい……。
なんか、あたしだけ……。
「たーいーくーつー!!」
リビングで、叫ぶ。
「うるさいわねぇ、ゆい。毎日毎日、ダラダラしちゃって……」
ダイニングから、お母さんが小言を言っている。
「本当にもう、恥ずかしいわ~。お母さん。ねぇ、湊くん。」
みなと?
「柴田ー?」
リビングの入り口に、柴田が立っていた。
「何の用?お母さんも、来たなら来たって言ってよ!」
「ゆいが、ぼーっとして気付かなかったんでしょ。湊くん、ごゆっくり」
お母さんは、余計な気をきかせてリビングから出て行った。
「今日は何の用事ですか?」
「何だよ、冷たいなー。せっかく、お前に良い知らせを持ってきてやったのに」
柴田はそう言うと、一枚のメモをテーブルに置いた。
「中野のやつ、海外に留学するんだって。」
「えっ?嘘……」
「嘘じゃないんだなぁ。俺、一緒に書類取りに行ったし。」
海外留学……。そんなの全然聞いてない。
「ゆいに伝言。『もう、僕に縛られなくていいですよ』って」
「なんで?」
「ゆいは責任感が強いから。同情して、中野とつき合うって言ったんだろ?」
同情……なの?
「良かったな。『僕はもう大丈夫です』って言ってたよ。前向きに、生きるって……」
「あたし……何も聞いてないんだけど。」
「ゆいは優しいから。中野も、ゆいの優しさにつけ込むのが辛くなったんじゃないか?」
中野君がいなくなる。
一緒の大学に行くんじゃなかったの?
あたしは……あたしは……。
「ゆい?」
「……行かなきゃ。あたし、中野君にまだ何も言ってない!」
中野君の所にいかなくちゃ!
あたしは立ち上がった。
「中野の事が好きなのか?」
柴田が、あたしの腕を掴んだ。
「ゆいは俺より、中野を選ぶのか?」
きつい口調。掴まれた腕が痛い。
「柴田は、幼なじみだよ。あたしがいなくても、大丈夫だし」
「俺は大丈夫じゃない」
「あたしは……柴田がいなくても大丈夫だよ」
柴田の手から力が抜けていく。
「あたし、中野君の傍にいたい」
はっきり、そう言った。
「これ」
柴田は、さっきテーブルに置いたメモをあたしの手に握らせた。
「飛行機の時間と場所。これ持って、早く行け。」
「柴田……」
「いいから、行け!ちゃんと、言いたい事は行って来い」
「うん。ありがとう、柴田!」
あたしは、急いで荷物をバッグにつめた。
大事なメモを片手に握り締めて。
家を出ると、柴田が待っていた。
「ホラ、乗って。タクシーで行かないと迷子になるだろ。」
「う、うん」
あたしがタクシーに乗り込むと、柴田が行き先を告げてくれた。
タクシーが発車してから、あたしは柴田に感謝の気持ちを込めて手を振った。
「……賭けは、俺の負けか……」
なんて、柴田が呟いていたとも知らずに。
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「国際線、国際線はこっちかなぁ?」
あたしはメモを片手に、空港をうろうろしていた。
部屋着のままで来たあたしは、なんだか場違い。
早くしなきゃって、気持ちだけが焦ってしまう……。
「お嬢さん。迷子ですか?」
後ろから、声を掛けられた。
「あの、ここに行きたいんですけど……」
天の助けとばかりに、振り向くと……。
「迷子ですか?木村さん」
眼鏡をかけた、中野君が立っていた。
その姿は、最初見たときのカワイイ男の子じゃなかった。
立派な、大人の人。
やっぱり、年上だ。私服だからか、すごく大人に感じる。
「バカ……」
「最後にバカとは……キツイですね」
中野君は、なぜかうれしそうだった。
「なんで、勝手に決めちゃうのよ!」
「僕は悪い男ですが、やっぱりズルはしたくなかった。木村さんの優しさにつけ込んで、縛り付けるなんて。やっちゃいけないんですよ。」
中野君は、笑顔でそう言った。
「自由にしてあげますよ。木村さん。どこでも、あなたの好きな所へ行って下さい。僕は、大丈夫です。寿命がくるまで生き続けますよ。」
中野君は、何を言っているんだろう。
いつも、あたしの事お見通しなのに……今日は何にもわかってない。
「あたしは好きな所に行っていいの?」
「はい。」
あたしは、中野君に駆け寄り抱きしめた。
「木村さん?」
「好きな所に行っていいって言ったじゃん!」
「木村さん、それは……」
「どこにも行かないで、あたしの傍にいてよ。あたしは……中野君の事だけをずっと……想っているから。」
あたしは人目も気にせず、中野君を抱きしめていた。
この手を離したら、この人は行ってしまうから。
「同情ではないのですか?」
「そんなにあたしは優しくなんかない!優柔不断だったけど、自分の欲しいものくらいわかるよ!中野君はあたしの事、いつだってお見通しなのになんでわかんないの?」
「……好きだから」
中野君はそう言うと、あたしにキスをした。
「僕の事だけを想って、ずっと傍にいてくれますか?」
「はい。」
今度は、あたしからキスをした。
「木村さん。お土産は何がいいですか?」
「……えっ?そんなすぐに帰ってくるの?」
「はい。予定は一週間ですから。」
一週間?
「入学式には間に合いますから。一緒に行きましょうか?」
「あのぉ……海外留学するんじゃ……」
中野君は涼しい顔をしていた。
「海外旅行の間違いじゃないですか?柴田君、聞き間違えたのかなぁ?」
あたしは、メモを握り締めた。
「なーかーのーくーん!!ハメたわね!」
「ハメてませんよ。そうですね……僕と柴田君との賭けですよ」
『賭けをしませんか?』
そんな中野君の声が聞こえたような気がする……。
「でも、知りませんでした。木村さんがこんなに僕の事を想ってくれていたなんて。」
中野君は、笑顔でそう言った。
「今頃、柴田君は荒れてるでしょうね。」
一週間の海外旅行。
ホッとしたような、ムカつくような……。
あたしはその場に座り込んだ。
「僕も、自信がなかったんですよ。だから、この旅行は傷心旅行のつもりだったんですよ。でも……行くのやめようかな?木村さんを置いていくのは、惜しいですね。」
「……お土産。楽しみにしてるから。」
「行っていいんですか?行かないでって言ったじゃないですか。」
それは……。
「もう!ヤダ!恥ずかしいじゃない。……やっぱり、中野君は意地悪。あたし、部屋着のまま急いできたのに!」
「木村さん。かわいくなりましたね。」
「……ありがとう」
悔しいけれど、あたしはやっぱり好きなんだ。中野君が。
「じゃあ、行って来ます。」
出発の時間が近づいてきた。
「行ってらっしゃい」
一週間くらいの別れなら、平気だ。
「唯一無二って知ってます?」
急に中野君が言う。
「辞書引かないと……」
自信が無い。
「僕の好きな言葉です。ゆい、あなたの名前がはいってる。」
中野君はゆっくりと、エレベーターを降りていく。
ずっと、手を振りながら。
あたしは、なんだかくすぐったくなって自然と笑顔になっていた。
飛行機は、あっという間に大空へ。
あたしは見えなくなるまで、ずっと見送っていた。
中野君の笑顔を思い出して、心はずっと温かかった。
あたしは、もう逃げたりしない。
ずっと心に想う人がいるから。
一応、終わりです。
一気に書き上げたので、おかしなところがあったらゴメンナサイ。
長い話を最後まで読んでくださった方、感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうごさいました。
番外編として『甘い彼女と甘くない彼氏~その後のThe Great Escape~』も良かったらどうぞ。
好評だったら、もうちょい書くかも??




